錬金
次の日、卓が目を覚ますと、すでにカボチャ石の目は開いていた。
最初に教わったのが、魔力の制御だった。
卓にはかなりの魔力が備わっていて、判る人が見るとそれだけで警戒されるだけでなく、弱い魔獣は皆逃げてしまい、得物を獲るのにも不便なのだそうだ。
自分の中にある魔力を感じ、膜で包み込むようなイメージなんだそうだが、まったく出来そうに無かった。
気配を消す魔法もあるそうだが、魔石の精霊にはやり方が判らないそうだ。
卓は、魔石の精霊を魔石先生と呼ぶ事にした、名前を聞いたら、長く沈黙していたので忘れてしまったと言われたからだ。
どの位沈黙していたのか聞いた所、数百年と答えてきた、もうこの手の疑問を卓は考えないようにする事にしていた。
魔法は使い方が判らなかったが、卓には頼もしい仲間がいた。
蜘蛛が狩りに出掛ける卓の肩に乗って着いて来るようになったのだ、この蜘蛛が出す糸が強力で、罠を張ると結構な大きさの動物まで捉えることが出来た。
スライムの方は、食べられる野草や果実を食べてジュースを作ってくれた、これは考えてみると人間で言う排泄物なのではなかろうかと疑問に思ったが、必要な栄養を取り出してくれるのだから、ちょっと違っているのだろうと勝手に解釈して、美味しく飲むことにした。
この二匹に名前を付けた、蜘蛛の方は大きさからいって雌だろうと判断して「蜘蛛子」と名づけ、スライムの方は、ジューサーみたいなスキルなので、「スラジュー」と決めた。
名前を付けると、相手の意志がなんとなく読み取れるようになり、こちらの意志もさらに理解するようになった。
これは便利と、もっと従魔を増やしたかったが、おとなしくこちらに近づいてくれる魔獣は現れてくれなかった。
先生の話だと、従魔契約ができる相手は自分よりかなり魔力が少なく、明らかに自分より弱い相手だけなのだそうだ、今の卓では、そんな相手はなかなかいないようだ。
従魔は、主人と共に成長し、中には進化するものもいるらしく、強い相手と契約するのは難しくとも、うまく育てればかなりの戦力になると教えてくれた。
三日も経つと狩りにも慣れ、食料に困る事はなくなっていた、
その頃になると、火を起こす時は「妖精さん火を頼む」と自然にお願いするようになっていた。
その日も、妖精に火を起こすように頼むと、何もいなかった空間に、様々な色をした毛むくじゃらのテニスボールの様なむ物体がピョンピョン跳ね回っているのが見えてきた。
よく見ると、色だけではなく一体一体微妙に個性がある、少し楕円の物もあれば、周りに生えている毛が長い物や、とんがり頭の様になっているもの、毛が少なく黒い石の様なものもいる、動き方も微妙に違っているようだ。申し訳程度の小さな目が付いてるのも判った。
おまえさん達が妖精さんなのかい?
予想とはかなり違った姿に呆気にとられて見つめていると、集めて置いた小枝を器用に積み上げ、火の妖精と思われるオレンジ色のボールが火を噴き、焚火に向かって風の妖精と思われる青っぽいボールが風を送っている。
なんて、愛らしい。
卓は、一生懸命に火を起こす妖精たちの姿に見とれ、にやけ顔でしばらく眺めていた。
「ようやく、妖精の姿がみえるようになったか」
そんな卓をみて、魔石先生が満足そうに言って来た。
「いや俺は、妖精というのは、てっきり羽の付いた小さい人型だと思っていたのでびっくりしましたよ」
「その子たちは、まだ生まれて間もないでな、妖精の幼生じゃ、その中から人型に成る者も出てくるのじゃ、まあ大半は物質や仲間の中に入ってしまうがの、フホホホ」
元の世界では妖怪も妖精の一種みたいに書いてあった本もあったのだから、いろんな妖精がいても不思議ではないのかな?まあ、妖精がいる時点で不思議なのだけれど。
例によって卓は深く考えるのを辞めた、ここで暮らす以上、ここにあるものを受け入れるしかないのだから。
五日も経つと食事が単調な事を除けば、ここで暮らすのに不自由はそれほど無くなっていた。
体の汚れはスラジューが落としてくれるし、蜘蛛子も勝手に鳥やウサギを獲って来るようになっていた。
そして寝るときは、スラジューが呼んだ他のスライムと合体して大きくなり寝袋代わりになってくれていた、もうこれが快適で、固さといい、保温性といい申し分無かったのである。
ただ、困った事に、バックパックに入れてあった塩が切れそうだった。
先生に岩塩が取れる場所が無いかと聞いてみると、
「岩塩か、それならば」と、なんと洞穴の一部に岩塩を出してくれた、不思議な出来事に慣れたつもりの卓もこれには改めてビックリ仰天だった。
「お主はまだ魔力の制御ができておらん、遠出をさせる訳にはいかんからのう、良い機会じゃから魔法でその岩塩から塩だけを精製してみるといい」と言う、
魔力をただ漏れさせていると、弱い魔物は近寄らないが、強い魔物の場合帰って呼び寄せてしまう可能性があるのだという、細かい魔法を操る事で魔法の制御が出来るようになるという事だった。
魔力で精製って言われてもと困っていると、
「見本を見せてやるわい」と、手を前に出してこねくり回すような仕草を始めた。
すると壁から岩塩の塊が飛び出し、白い粉と茶色の砂に別れていく、
「よいか、物質の違いによる重さの違いを感じるのじゃ、これは魔素魔法でもできるはずじゃ、魔力の制御の修行には持って来いの方法じゃて」
それから手掘りで岩塩を取り出し、挑戦すること半日、先生程鮮やかには精製できず量も少なかったが、なんとか塩を取り出す事に成功した。
「ふむ、それを応用すれば鉄鉱石から鉄も取り出せよう、その鉄を利用すれば簡単な道具も作れるようになるじゃろうて、錬金というやつじゃな」
先生のその言葉を聞いて卓の目が輝いた、道具を自分で作れる?
それは無茶苦茶便利だし、楽しそうじゃ無いか。
それから卓は、魔石先生の指導の元、錬金術の練習に没頭した。
コツを掴むまでかなり苦労したが、少しずつ思うように魔力を使えるようになり、鉄や銅から物を作るのが面白くて夢中になった。
鉱石を熱したり冷やしたりしているうちに、魔法のレパートリーも増え、魔法の制御も完ぺきにこなせるようになっていった。
気が付くと三ヶ月以上の月日が流れていた。