工房改装
その日の夕方、シルとメグが救護の仕事を終えて帰って来た。
「獣人の皆さんは凄いですね、あっという間に仮設の住宅立ててしまって、診療所も作ってくれたんですよ」
とメグは興奮気味に話してくる、その脇でシルは机に突っ伏していた。
シグルはそんな二人の為に、空間魔法で保存してあった猪の魔物のステーキを焼いてあげる事にした、
いい臭いが漂い始めた頃、タリルことタクマが訪ねてきて、久しぶりのメグとの再会を果たした。
お互いの無事を喜びあい、黙っていなくなったことを年上のメグは怒り、タリルは謝っていた。
食事が始まると、転移組の三人は、醤油やみそを作れないかという話で盛り上がり、レジーナは元の世界の食事について質問してきた、シルも口数こそ少ないものの、食べ物の話題には喰いつきが良かった。
久しぶりの団らんに、メグとタリルも楽しんでくれたようだった。
次の日から、シグルにはコウラルから資材運びの依頼が入るようになった、
木こりのグランが仕切る伐採所から木材、かなり離れた川の上流にある石切り場から石材、森の中の崖から粘土の依頼もあった。
山猫族のミラは、鉄鉱石を探す調査隊の護衛をしていた、たまに会うと「師匠」と元気良く手を振ってくる、火の玉が出せるようになったと言っていたので、そのうち魔法の練習に付き合う約束をした。
レジーナは、一見遊んでるように見えたが、本人の話では責任者補佐のルイナの依頼で、町の治安保持に当っているのだそうだ、まあ適任であるとは思った。
シグルは仕事の見返りとして、工房の建物の改装をコウラルに依頼した。
部屋数を人数分にしてもらう為、一階の工房にも部屋を作ってもらい、自分の部屋として使う事にした、
二階には三部屋、物置だった部屋を潰したので、結構広い部屋が出来そうだ。
一階には、流し付きのキッチンも作り、皆で食事できるスペースも取った。
本当は風呂も欲しかったのだが、それはまだ無理だったようだ。
この時、シグルはコウラルに新しい町の完成図を見せてもらった、
見た印象は、元の城壁の町を城に見立てた城下町と言った感じで、城壁の外に道を整理し、家々と畑が整然と並ぶようになっている、
川に橋を新設するようで、道は、今クエン族がキャンプを張っている地域まで伸びていた。
いざという時、住民を避難させる為、城壁も拡張するようだ、山の中にも非常用の隠れ家が用意されていた。
将来的には、城壁内の下水工事も考えているようで、コウラルは見かけによらず仕事は出来るようだ。
史跡を巡るのが好きだったシグルは、この城壁の外に、大阪城の真田丸の様に出城を作ったら面白いだろうな、とは思ったが、それは黙っていた。
一緒に見た地図によると、大きな川の両側は緑の濃い地域が続くが、それ程広範囲では無く、コーエン帝国とフェルダーンの町の間は荒野が続いているようだ、そこに獣人の小さな町が点在している、コーエン帝国が侵攻してきた場合を想定すると、この町の住人も避難してくる事になるだろう、備えすぎるという事は無さそうだった。
獣人の仕事は早く、工房の改装が終わると、シグルは三匹のスライムを森から連れ帰っていた、このスライムはスラジューが見つけ出したもので、スラジューが薬の精製を教えると張り切っていたのだ。
シグルはどうやって教えるのか興味があったので見ていると、
スラジューはスライムの姿に戻ると、他の三匹のスライムと合体し始め、大きなスライムになった。
すると用意しておいた薬草を体に取り込み消化し初め、体の周りから液体を出し始めた。
その液体をシグルが指ですくって舐めてみると、間違いなく回復薬だった。
大きなスライムは、元の4匹のスライムの分離した、すると(みんな覚えた)とスラジューから思念が来た。
「はやっ」シグルはあっさり憶えてしまったスライムにビックリして、思わず声をあげてしまった。
スラジューは、作った薬を体内に溜めて置き、好きな時に吐き出せるのだが、覚えたてのスライム達はまだそこまでは無理なようだった。
そこでシグルは、亜空間から鉄のインゴットを取り出し、たらいの様な形に成型していった、底面を丸くして中央に穴を開け、じょうごの先のように注ぎ口を付ける。
それを三つ、足を突けて並ぶように配置、上部にはスライムの移動の為の通路付けて、その先に薬草を食べる餌場を作った。
これで、たらいの下に容器を置いておけば、回復薬が勝手に溜まるはずだ。
餌場に薬草を入れて、三匹のスライムを放す、早速薬草を体内に取り入れているのが判った。
スラジューに薬を出す時はたらいに入るよう指示してもらう、スライム達はゆっくりたらいに移動して汗をかくように薬を出し始めた、ポタ、ポタ、と薬が容器に溜まっていく、
とりあえず成功だなとシグルは満足気に頷いていた。
これで、薬不足が解消されればいいんだがとシグルは考えていた。
蜘蛛子は、工房の中から屋根、前の道に至るまで見えない糸を張り巡らせ、防犯体制を整えていた、さらに町の大半の蜘蛛を仲間にしている様子で、一度工房を訪れた事のある人物は、おおよその位置が確認できた。
工房の天井裏が気にいった様子で、そこに住処を作っていた。
そして、新人のケモリンは、シグルにもほとんど姿が見えず、なんとなく、そこに居るとしか分からなかったのだが、この工房に定住してしばらくすると、時々思念を送って来るようになった。
その思念というのが、言葉では無く、なんと画像だった。
いつの間に見てきたのか、コウラルの工事の作業現場だったり、シルが引きつった顔で薬を飲ませている所だったり、レジーナの歩く姿だったり、主に仲間の様子が多かった。
中には、メグの着替え姿や、シルの寝姿もあり、ちょっとまずい場面も混じっていた。
「いやいや、これはまずいだろ」と声に出しては言うが、心の中で、でかした、もうちょっと違うアングルでとか思ってたりしたものだから、思念としてそっちが伝わっているようだった。
邪念をどかし、「いいか、シルは俺と従魔の契約を交わしている、お前とも念が繋がってるかもしれないぞ、もし見つかれば間違いなく殺される、よくよく用心しろ」と言って聞かせた。
よく考えると、辞めろとは言ってなかった。
普段は、二階の軒下に居る事が多く、工房の前を見張っているようだった。
妖精達は、なかなか姿を見せなかったが、工房に入って数日たつと時々顔を見せるようになった、夜中には工房の建物の中をあちこち冒険しているようだ、
以前とは違い、明らかに笑っていると判る声が聞こえるようになり、ピョンピョン跳ねてたのが、スーッと空中を移動するようになっていた。
魔石先生が、今は幼体だと言っていたが、そろそろ姿が変わるのかも知れない。
シグルは密かに楽しみにしていた。