砂嵐
青々としていた木々が少しずつ減り、広々とした草原を抜け、ゴロゴロした岩山が見え始めると、急に植物の数が減っていった。
全行程で7日間の予定だが、本当の砂地地帯は真ん中の二日程度で、ほとんどはこんな感じの乾燥地帯なのだそうだ。
空には猛禽類らしい鳥が、常に周りを見張るように飛んでいる、誰かの従魔なのだろうか。
シグルは、なるほど、鳥の従魔がいたら便利そうだ、いつか欲しいと思いながら見上げる。
その空には、雲のかけらも無かった。
サソリに刺された同乗者の治療をしたり、毒蛇が馬車の中に紛れ込んでたりと、小さなトラブルはあったものの、一行は順調に進んでいた。
獣人の商人達に人族の町について聞いてみたが、直接人族の国に入った事のある者はいなかった。
ただ、クミラギの戦いを見ていた者がいて、コーエン帝国の兵士達は今までの鎧とは違う、見た事の無い鎧を身にまとっていて、力やスピードがそれまでと比べものにならなかったと言っていた、大きなゴーレムもいたらしい。
シグルは、コーエン帝国に日本人の転移者がいる事を思い出し、嫌な予感がしていた。
少しの間、獣人達と一緒に居て判ったのだが、獣人達はあまり対外魔法を得意としてなかった、その代り、自分の身体能力を高める事に魔力を使っていて、恐ろしく丈夫だった。
対人に対する治癒魔法は使えないのに、自分の治癒力を高める魔力があり、少々の傷はものの数分で治ってしまう、力は総じて強く、個体差はあるものの、眼がいい者、耳や嗅覚が優れている者など、それぞれ特徴的な能力を持っていた。
コーエン帝国は、それに対抗しうる装備を準備したのかも知れない。
いよいよ砂地地帯に入る予定の四日目、それまで順調だったキャラバン隊だったが、この日の朝は、いつもの出立の時間になっても、隊列は一向に動き出す気配が無かった、
しばらくして、二足歩行のトカゲ、エオプラに乗った伝令が大きな声で、
「砂嵐が来る、出発は延期、嵐に備えよ」と言いいながら走っていく。
砂嵐?と外の様子を見るが、いつもの暑い日差しに、シグルにはその気配は感じられなかった。
だが、周りを見ると、馬車からオオトカゲを離し、車輪を外す獣人達の姿があった。
シグルの乗っていた馬車も同じように車輪を外し、馬車の床面を土の上に直に付く用にして、ロープを張って固定していく。
シグルは少し離れて見ているだけだったが、その手際は見事だった。
オオトカゲは馬車の脇で腹をつけて低い体勢で待機していた。
「地上の民の順応性は驚かされるな、儂も森からあまり出なかったからな、こういう体験は初めてじゃ」
長い時間を過ごしてきたレジーナにとっても、森以外の地上の暮らしはあまり経験が無いと見えて、幾分興奮気味にそう話した。
「砂っぽいのいや」とシルは一言呟いただけだった。
やがて、西側からまるで生き物のように砂が舞い上がり、空が赤茶色に染まっていく、
「馬車に入るだ」とコウラルが呼んでいる、あわてて三人が馬車に入ると、突然、風の音と共に砂が馬車の幌に当る音がする。
「運が良かっただ、もう少し進んでたら砂に埋もれちまうところだっただ」とコウラルが言う、
これで運がいいのか、とシグルは思った、埋もれちまうってどんだけだよ。
「砂に埋もれたら、一巻の終わりですか?」と聞くと、
「魔力で支えればなんとかなるが、砂から馬車を引き出すのは大変なんだ」と言う。
激しさを増して来た砂嵐は、その音で隣との会話もままならない程だった、
その音に、ボン、ボン、とおかしな音が混ざる、
「様子がおかしいだ、これは砂の音じゃないだよ」コウラルが険しい表情で大声で言って来た。
外の様子を見ようにも、砂嵐で目もまともに開けられない状態だった。
コウラルが、シグル、レジーナ、シルにそれぞれゴーグルを配った。
「ほう、これはいいな」とレジーナは嬉しそうにゴーグルを掛けた、
顔を布で覆い、結界魔法を掛けて風下側の幌を潜り抜け、四人で外に出て様子を見る。
すると、二足歩行のトカゲが群れを成して、列の中央辺りの馬車を飛び越えていた。
「あれは、野生のエオプラだ、こんな嵐の中、群れで動くはずがねえだ」
コウラルは三人に聞こえるように大声で話す。
(なにか大きな生き物の気配がする)シルが思念で言って来る。
エオプラの群れが通り過ぎた後、砂嵐の中に巨大な影が見えた、砂塵でよく形が判らない。
4人が結界の中でその影の様子を窺っていると、前方から一人、獣人が近づいて来た、シグルが結界の中に入れる。
「ダストドラゴン、砂塵竜だ、エオプラを追って来たのだろう、通り道になりそうな馬車の乗員の避難は済んでる、このままやり過ごした方がいい、通り過ぎてくれればその方が被害は少ない」
そう言って来たのは、熊っぽい顔をした体躯のいい獣人だった。
シグル達には、全く判断が付かないので、この獣人の言うとおりに様子を見る事にした。
やがて砂塵の中にその姿が露わになってくる、太い四本の脚、サイの様な体に長い首、顔は恐竜そのもだ、違っているのは背中に翼が生えている。
「あの翼は飛ぶためというより、風を起こす為の物だ、奴の風魔法はあそこから出ている」
熊の獣人が解説する。
その時、そのダストドラゴンの背中に鎖が渡されるのが判った、首にも鎖が巻かれる、
警護隊が攻撃を加えたのだ、
「あの馬鹿ども、あの程度でどうにかなる相手ではないのに」
警備隊が槍を投げるも、風の壁で全く届かない、直接近づいて槍を指そうとするも、近づくだけで体制が崩れてしまい、槍に力が入らない。
「仕方ない、俺も出る」
熊の獣人は、大きな斧を構えて結界から出た。
「コウラルは馬車に戻って」とシグルが怒鳴った、
「シグル、お前は結界魔法で馬車を守れ、あまり大きな魔法は打つな」レジーナがシグルの肩を掴んでそう言って来た、
「我があの翼を裂く」シルはそう言って、嵐に負けない風を纏った。
攻撃をされた砂塵竜は、背中の鎖を跳ね除け、翼を広げ更に強い風を巻き起こす、綱が外れた馬車が宙に浮きあがる、
ちっ、と舌打ちして、シグルは身体強化魔法と風魔法を駆使して結界を張りながら、被害の出ている馬車の方へと急いだ。




