カムマラの老人
王宮に一泊して、次の日には麓の町カムマラへ飛竜で送ってもらった。
旅の仕度の為、少しの間滞在すると言うと、カイキルもついてきて来て、宿泊の手配をしてくれた。
カムマラの町は、天然にできたコロシアムの様に、谷の下に闘技場があり、その谷の周りに宿屋や商店が並んでいた。
まだ山腹なので、平らな場所は少なく、ゴチャゴチャと入り組んでいる印象だ、
いたるところに龍の彫り物があり、そのせいか、石作りが多いのに、何処となく中華風の雰囲気があった。
獣人の町だが、人々はよく見ないとその違いは判らなかった。
シグルはシルを伴って、街に出ていた。
森の洞穴から持ってきた魔石や鉱石を現金に変え、砂漠越えに必要そうな道具や衣類を見て回った。
シルはレジーナと違い、シグルのそばにいる事が自分の役目と思っているようで、何処に行こうとしても付いてきた。
ただ、仕方なくそうしてる、と言う雰囲気が駄々洩れだった。
「シル、無理して付いて来なくてもいいんだぞ、俺だって一人で宿ぐらい帰れるよ」
「ラビス様のお言い付け、ちゃんと守らねばならない」
「いやいや、確かに付いて行け、とは言ってたが、そう言う意味じゃ無いと思うぞ」
「駄目だ、主は目を離すと何かしでかしそうだから」
「しでかすって」
これじゃあ、俺のプライベートの時間が・・・
シグルは少し前に色街の看板を見つけていたのだった。
そうこうしているうちに、格闘技場が見える谷の上に出た、闘技場では二組が模擬戦をしているようだ。
闘技場の周りは、観戦するのに丁度いい勾配になっていて、結構な数の観戦者がいる。
オークキングとの戦い方をレジーナにボロクソに言われているシグルも、参考になるかもと思い、少し下に降りて観戦することにした。
対戦者は魔法を使わず、身体能力だけで戦っているように見える、それでも凄まじいスピードの技の応酬で、シグルには視力強化魔法を使わないと、細かい動きまでは判らなかった。
シルも、興味津々の様子で見入っていた。
「フホホホ、細かい動きに囚われると、気の動きが見えんようになるぞ」
まるで、シグルが何を見てるのか判っているように声を掛けてきたのは、どう見ても人族の老人だった。
「我が名はホンヘイと申す、どうじゃ、そなたも模擬戦をしてみては」
突然現れた老人は、簡単なゲームでも誘うようにそう言って来た。
「いえいえ、私にはとてもとても、武芸の経験もありませんし」
シグルはそう言ったが、これは正確では無かった、実は中学、高校と柔道部に所属し、それなりの成績を収めていた。だが、ここで行われてる模擬戦の前では、経験が無いも同じと思っていたのだ。
「ふうむ、そうでも無かろう、それに魔力の制御は見事なものじゃて」
「いやいやいや、まじ無理です、勘弁してください」
さらに続ける老人の言葉に、本当にやらされそうな危機感を覚えて必死に断った。
「フホホホ、まあ、よいわい、本題はそれでは無いからのう、森から来た御仁というのはそなたであろう?、ちと聞きたい事があっての、探しておったのじゃ、少し年寄りに付き合ってはくれぬか」
露骨に怪しく見える老人がそう言うと、
「何の用?あなたの気は普通と違う」とシルが立ち上がって言った。
「霊獣よ、心配はいらぬよ、わしの本職は学者じゃ、この世のあらましに付いて調べておる、召喚や異界に付いても調べておるのよ」
老人の言葉にシルはさらに警戒を強めた。
「おいおいシル、落ち着け、この人は大丈夫だ」
なんの裏付けも無いが、シグルは本当にそう思っていた。
人族がほとんどいない町で、この世界で初めて会った人族の老人に、シグルは感じる物があった。
なにより、召喚と異界と言う言葉に興味を惹かれていた。
「ご老人、ご老人は人族で間違いないですよね?」とシグルが聞くと、
「ふむ、元は間違いなく人族じゃ、いまはどうなのかちと怪しいがの」
とホンヘイと名乗る老人は答えた。
どいう事?、今一意味が判らなかったが、シグルは老人に付いて行く事にした。
「こっちじゃ」
そう言って老人は人影のない小道に入って行く、周りに人の気配が無いのを確かめると、ポンポンと杖で地面をたたいた。
すると、地面に魔法陣が現れる、この中に入れと言われ老人と共に二人は魔法陣の中に入った。
青白い光につつまれ、三人の姿は消えていった。
ふっと体が浮くような感覚になり、気が付くと山の中腹と思われる場所のいた。
木々の中に岩肌が出ている、その岩肌にあるへこみ部分に丸太小屋をくっつけたような建物が、この老人の住処のようだった。
「今のは、魔法?」シグルがそう聞くと
「空間移動の魔法じゃ、呼び方はいろいろあるがワープと言うのが一般的かの、なに魔力さえあれば案外簡単な魔法じゃよ」
そう老人に説明され、なにこれ、超便利、そう言えば魔導書にもあったかな、後で調べてみようとシグルは思っていた。
小屋の中に招かれ入ってみると、そこは書物や巻物の山だった、
部屋の真ん中にある丸太を削ったテーブルに着くと、尾の長い黒っぽい小型の猿がお茶を運んできてくれた。
気が付くとシグルのマントの風防に、久しぶりに妖精達が顔を出していた。
「ほー、これほど複数の妖精持ちは儂も初めて見るな」
老人は驚いた様子で妖精達を見ていた、妖精達は警戒はしてるようだが消えようとはしてなかった。
シルは妖精達の姿を見て、先ほどまでの警戒を緩めたようだ。
「さて、そなたは森から来たという、人族のそなたがだ。儂は異界人と確信しとるのだが間違いあるまいか?」
老人は、いきなり確信に触れてきた。