竜の山
空から見える景色は、シグルがいた森がいかに雄大だったかを改めて教えてくれた。
「精霊の森を空から見るのははじめて」
と、シルも幾分興奮している様子だ。
山脈の麓には、川に沿っていくつかの集落があるのが判る、その川の上流には大きな滝があった。
その滝の上には湖、ここにも集落が見える。
そこを過ぎると、山並みはさらに険しくなり、やがて木々も少なくなって行く。
熊の魔獣の親子がこちらを見上げている、鹿やヤギの様な魔獣も見える。
雄大な景色に圧倒されながら、こんな場所を歩きで登ったら、何日かかるだろうとシグルは思っていた。
飛竜の羽ばたきが激しさを増す、どんどん高度上げて、一段と高い山の頂上を目指して行く。
ぶわっと強い風にぶつかる、剣の様にそびえた山頂を飛び越えた。
精霊の森と山脈を挟んで反対側の景色が見える、はるか下に雲が見え、その隙間から広大な草原、そしてその向こうは砂漠だろうか、はるかかなたまで続いているのが判った。
飛竜が方向を変え、少しずつ高度を下げて行く。
そこには、どうやってこんな所にこんな物を建てたのかと思わせる、見事な建築物があった。
元の世界のアンコールワットに似た雰囲気の細長い建物が、峰にそって、何層にも築かれている、屋根部分は同じ形の石が並べられ、所々が塔のように突き出ている、柱一本一本にも彫刻が施され、色彩的には地味だが、返って威厳を感じさせた。
何かを運んでいるのだろうか、何匹もの飛竜が人と荷物を乗せ建物に出入りしているのが見える。
厳しい山の景観と相まって、幻想的で圧倒される景色だった。
その建物の脇にある、岩を人工的に削って作ったと思われる平らなテラスに飛竜は降りた。
すでに、龍族の従者と兵士と思われる者が控えていた。
「レジーナ殿、よく参られた、王がお待ちかねだ」
従者らしい男は、一応女性であるレジーナに手を差し伸べてそう言った、
その手を全く無視してレジーナは、よっ、と飛竜から飛び降りる。
「二年ぶりだな、カイキル、変わり無さそうだ」
そうレジーナが言うと、男は差し出した手をそのままに、「ああ、皆変わりない」と言った。
カイキルを紹介されたシグルは、もう名前はシグルでいいやと、自らシグルと名乗った。
シルは、龍の王宮は初めてらしく、いくらか緊張しているように見えた。
カイキルに案内され、田舎から来た観光客のように、辺りを見回しながら前に進む、
リョウキは、「父上に知らせて来る」と言って先に駆けて行ってしまっていた。
竜人達の服装は、前の世界の中華風に近く、エリは詰襟で丈が長くズボンのひざ下まであった。
顔立ちは、東洋人と白人の中間と言う感じで髪と目は黒かった、カイキルは特にゲームのキャラの様な顔立ちだった。
護衛であろう兵士の鎧には、ドラゴンでは無く東洋の龍が彫られている。
シグルは、元の世界の伝説上の生き物が、この世界の実際に居る人や生き物とやけに合致するのを不思議に思っていたが、例のごとく、深く考えるのは辞めておいた。
「少し、ここでお待ちを」と通されたのは、三人でいるには少し広すぎる控の間だった。
「よいか、相手は一応、龍の王だ、従者達の前では敬わねばならん、謁見の間にはいったら、片膝を付いて頭を下げて置け、なーに、儂の真似をすればいい」
扉の外には護衛の兵士がいるので、少し小声でレジーナがそう言って来た。
シグルとシルは、一応とか言っていいのか、と思ったが、緊張もあってウンウンと頷くだけだった。
「どうぞこちらに」と案内され、重厚な扉が開き、カイキルに続いて謁見の間に入って行く、
両脇には護衛らしき兵士が何人も並び、その前に重役らしい人物が何人かいた。
王座の前まで来ると、打合せ通り片膝をついて頭を下げた。
「森の警護者レジーナ殿、及び、森の修行者シグル殿、森の霊獣シル殿をお連れしました」
そうカイキルが声高に王に向かって報告した。
後から聞いた話だと、いちいち、森の、と付けるのは、大精霊の保護下にあるという意味合いがあって、他の竜人達や配下の者に知らせる為だそうで、それがあるとなしとでは待遇が違うらしかった。
修行者というのはカイキルが考えたらしい。
「久しいのレジーナ、シグル殿にシル殿もよくぞ参られた、龍の山はこの三人を歓迎する」
龍の王は、威厳のある声で、周りに言い聞かせるようにそう言った。
「ご無沙汰しておりました、龍王様にはお変わりなく、お慶び申し上げます」
レジーナはキリッとした声で挨拶する、普段とは別人のようだった。
その後、簡単に森の様子などを聞かれ、レジーナがもっともらしい態度で答えていた。
ここまでが儀式だったようで、その後、一旦控室の戻ると、別室で昼食に招かれた。
「ここは儂らのプライベートな場所だ、固くならずゆるりと過ごしてくれ」
王はそう言うが、シグルとシルは緊張しっぱなしで、食事の味も判らなかった、
レジーナは、謁見の間とは違い、すっかり素に戻っていて、なんと王様にタメ口だった。
シグルは、親しそうな二人をみて、元は一緒に冒険した仲とかそんな感じだろうか、とマンガやラノベにありそうな展開を妄想していた。
この時は、シグルは彼らの年齢を知らなかった、知っていれば違う妄想をしていたかもしれない。
一緒に食事をしていたリョウキが
「父上、シグルは凄いのですよ、飛竜より大きな巨大な地蛇を従魔として従えているのです、あんな巨大な蛇、初めて見ました」
と目をキラキラさせて、父である龍王に報告する、
「レジーナが人族と一緒と聞いて、どのような人物かと思っていたが、やはり並の人族とは違うようだな」
と、含みのある笑顔で王が言う。
「あれは、レジーナとシルがいてくれたおかげで、たまたま上手く従魔にできただけでして、ナハハ」
シグルが、緊張の為か、言い訳口調でそう言うと、
「たまたまで地蛇を従魔になんてできませんよ」と王の後ろに控えていたカイキルが喰い付いてきた。
「まあ、リョーキだけでは無く、カイキルもシグル殿にご執心のようね」
と妃が楽しそうに笑いながらそう言う。
カイキルは、バツの悪そうな顔をして、思わず口を出してしまった事を恥じていた。
食後、シグルとシルはリョーキに王宮を案内してもらった、史跡めぐりが好きだったシグルは、現役のしかも山の頂近くにある王宮に興味はつきなかった。
シルは、人懐こいリョーキに戸惑いながらも、少し嬉しそうに手を引かれていた。
レジーナは食事の席に残り、王達としばらく何事か話していたようだ。
王宮からの景色は壮観だった、遠くに見えるのはやはり砂漠だそうで、その砂漠の向こうに人族と獣人が混在している地域があり、さらにその先に人族の国があるらしかった。
シグルは、ラクダの様な生き物がいるだろうか、徒歩では絶対無理と思っていた。
山の麓には種族ごとに別れた集落がいくつもあり、その中心に、修行者の聖地となっている闘技場を中心とした、様々な種族が集う、カムマラと言う町があるという事だった。