オークキング
いつの間にかシルの姿が見えなくなっていた。
どうやら、集落の周りを偵察しているようだ、契約をしたままなのでシグルにはシルの動向が何となくわかった。
外の様子にまだ動きが無さそうなので、シグルは使えそうな魔法は無いかと、カイルにもらった本をだして読み始めた。
本を開き、軽く目を通すだけで驚くほど頭に入ってくる、これも魔法なのかなとシグルは夢中になって読み始めた。
「そ、それ、麒麟がくれたのか?」
レジーナが驚いた様子でシグルに聞いてきた。
「ああ、魔法の修行の役に立てろって、魔法の教科書らしいよ」
とシグルは何気に答えた。
(教科書って・・・、麒麟も随分思い切った事をする。)
レジーナは、大魔導書をあぐらをかいて読みふけるシグルを、それにしてもこの男は、と呆れた表情で見ていた。
日が傾きかけた頃、シルが戻って来た。
「思ったより数が多い、300を超えるかもしれん、かなり広範囲のオークが集まっているようだ」
とあまり表情を変えずに淡々と報告した。
一方、エルフの数は女子供含めて80人程、長寿種のエルフは繁殖力は弱く、このくらいの数が一般的な集落らしかった。
「300か、かなり強力なキングがいると思った方がいいだろうな、ゴブリンならともかく、オークキングとなるとかなり手ごわい、安易に単独で仕掛けない方がいい」
レジーナはシグルの方を向きながらそう言って来る。
いやいやいや、単独で仕掛けるなって、俺にはまったくそんな気はないですよ、とシグルは心の中で言っていた。
「地蛇に里の守りを頼みたい、儂達はキングを探し出し打ち取る、キングを倒せば後はどうにでもなるだろうからな」とかなり大雑把な方針が決まった。
その少しあと、エルフに差し出されたアーモンドの様な木の実を食べていると、蜘蛛子が危険を知らせる思念を送って来た。
蜘蛛子は、いつの間にか森との間に透明な糸を張り、森の蜘蛛たちと連絡を取っていたようだ、
その森に居る蜘蛛が、オークの進軍を知らせてきたのだった。
蜘蛛子の指揮という能力は、どうやら、他の蜘蛛を配下における能力らしかった。
「来たみたいだ」とシグルが静かに言うと、
レジーナとシルも気配を察していたのか、すぐ立ち上がり物見櫓の方へ駈け出した。
「見えるか?」と物見に向かってレジーナが聞くと、
「木々が微かに動いている」と答えた後、物見はカンカンカンと木でできた警報を鳴らした。
丸太で囲った中にある、弓を打つための台にエルフ達が弓を持って次々登っていく、
「シグル、地蛇はどのあたりにいる?」とレジーナが聞いてきたので
「壁の50メートル先あたり」と答えた。
「よし、50メートルまで引き付けろ、それまで弓は打つな」と大きな声でレジーナがエルフ達に指示する、リーダーらしいエルフが判ったと手を上げている。
すっかり日は暮れ、月明かりの中、不気味な影が大量に見え始めた、
あれがオークか、夜目を効かしていたシグルはその姿に目を見開いた。
想像より体が大きい、顔は確かに猪の面影はあるが、ほとんど鬼の様な形相だ、下あごから牙が出ていて凶悪そのもだった、その体付きは猪では無く、まるでゴリラだ、手には太い棍棒を持っていた。
その凶悪なオークが大群で迫ってくる。
「まだだ、まだ打つなよ」レジーナがそう言った直後、
オーク達の先頭集団の足元が、音を立てて帯状に陥没していく、そこに将棋倒しのように何体ものオークが落ち、行き場を失った後方のオークが右往左往している、その地面から大きな口が飛び出してきた。
土砂が舞い上がり、辺り一面に降りそそいだその先に、オークを咥えた巨大蛇がカマ首をもたげていた。
「よし、地蛇の作った堀を越えてきたオークを狙って打て」
レジーナの号令で一斉に弓矢が打たれた、エルフ達の弓矢は確実に堀から這い上がろうとするオーク達の頭に命中していた。
弓では、頭以外では大きなダメージを与えられない、エルフ達もそれは承知していた。
堀の向こうでは、突然現れた地蛇に、オーク達は慌てふためいていた、
オークの棍棒では蛇太郎に傷一つ負わすことが出来ない、なんとか抑え込もうとするオークもいたが無駄な抵抗だった、蛇太郎の尻尾に投げ飛ばされ、大きな胴に押しつぶされていた。
たまらず逃げ出すオークも出てきた。
その状況を見定めると、
「よし、キングを殺りに行こう」とレジーナがシグルに向かって言った。
「ひゃい?」儂達って俺もそっち側なの?、シグルはてっきり自分は蛇太郎と里の防御だと思っていたので間抜けな答えになってしまった。
レジーナとシルが柵を飛び越え森の方へ飛び出していく、行きがけに二、三体オークの首を刎ねていた、
シグルも慌てて後に続いた。
「蛇太郎、こっちは頼むぞ」と巨大な地蛇に声を掛ける、
蛇太郎は視線だけをこちらに向け、承知、という思念を送って来た。
蜘蛛子がすでに場所を把握していた、先行するシルも迷わずその方向に向かっている。
そのシルがスピードを緩め、気配を消して木の上にジャンプした。
レジーナとシグルも後に続く、そこから奴の姿がよく見えた。
(かなり用心深い奴だ、取り巻きを10体も残している)
声を出さずレジーナが思念を送って来た、以前とは違いはっきり言語として頭に入ってくる。
一段と大きな巨体のオークを囲む様に10体のオークが車座に座っていた。
巨体なオークが何やら喚いている、戦況が良くない知らせでも入ったのかも知れない。
(あまり時間をかけると、エルフの村から逃げた連中が戻ってきてしまうかも知れない、力押しで行くぞ)
レジーナはそう言うと枝から飛び降り、すぐさま一体の首を刎ねた。
シルも体に風を纏うと、飛び降りながら体を回転させオークを切り刻んでいた。
シグルは直ぐには飛び出さなかった、枝の上で仁王立ちになりその有様を見ていた。
巨体なオークの傍らに、獣人とエルフと思われる裸の女性が五人、血だらけで横たわっていたのだ。
それまで、何処か他人事の様に行動していたシグルだが、その光景を見た時、頭が真っ白になっていた。
シグルは木の上から瞬間移動を使い、いきなりキングと思われるオークに切り掛かる。
オークキングはそれを二の腕で受けた、切れ味抜群のシグルの日本刀だがキングの腕の皮膚と毛は鉄の様に固かった。
不意を打たれたオークキングはそのままシグルを薙ぎ払った、ものすごい勢いで振り払われたシグルは大木にぶつかり、頭を強打する。
だが、すぐダメージは元に戻った、シグルの防壁チョッキとなっていたスラジューが回復薬を使ったのだ。怒り狂ったオークキングは追撃しようと雄叫びをあげながらシグルに迫り、こぶしを振り上げる。
だがその拳を降ろせなかった、腕が蜘蛛糸で引っ張られていたのだ、力を入れ直し糸をブチ切り、改めて拳を振り上げる、だがその時にはもうシグルの姿は無かった。
シグルは、オークキングの背中に瞬間移動すると、衝撃で日本刀を落としてしまったので右手でミスリルパイプを腰から抜きながら、左手の手の平を首筋にあて、直接電撃を喰らわす。
オークキングは痙攣を起こしながら苦しそうにもがくが、それでも倒れない、右手を肩越しに背中に回しシグルを捕まえると、勢いよく地面に叩きつけた。
かなりの衝撃だったが、スラジューがクッションを効かしてくれたおかげで、すぐ動けた。
地面に寝転んだそのままの体制から、右手で持ったミスリルパイプから火玉を連射する。
流石にたじろいだオークキング、手で顔を庇いながら二歩三歩後ろに退く。
シグルは火玉を連射しながら、日本刀を拾うと、瞬間移動でオークキングの頭の上に移動した。
ミスリルパイプを口にくわえ、日本刀を両手で逆手に持つと、オークと変わらぬ鬼の形相で耳の穴めがけ刀を突き刺した。
刀は左耳から右の首元に突き抜け、オークキングは大きな音と共にうつ伏せに倒れた。
「はあ、はあ、はあ、」
シグルは、肩で息をしながら、しばしオークキングの死体を見ていた。
ハッと我に帰り、「スラジュー、あの人達を介抱してくれ」と言うと、血まみれで横たわっている女性達の方を見て、目をつぶった。