だから彼はぼっちである道を選ぶのである。
初投稿ということで、まだまだ未熟者ですが、少しでも自分の作品で楽しんでいただければと思います。週に3回ほどは更新頑張ろうと思いますので、ブックマークなどつけていただけたら幸いです。
あくびをしながら歩くいつもの通学路。桜の木も満開を過ぎ、雨で散った花びらが桃色の道を作り上げる。新学期が始まり2日がたった日。いつも通りぼっちで登校していたおれは少し立ち止まった。
「どうかしたのか?」
おれはそっけなく尋ねる。
普段おれは自分から声をかけるタイプではない。おれが声をかけた人間はみな気まずそうな顔をして「あーうん」と相槌だかなんだか知らん微妙なフレーズで答えてくる。いつも勇気を振り絞っても呆気なく返される。そんなことにももう慣れてしまっている自分は正直いって鋼のメンタルではないかと最近思ってきた今日この頃です。
でも、そんなおれがなぜいま自分から声をかけているかというと目の前に泣いた子供がいるからだ。
5、6歳ぐらいだろうか。綺麗な亜麻色の髪のショートカット。左の側頭部で結われたサイドテールは春風に揺れて可愛らしい。歩道の真ん中で立ちすくんで顔を覆いながら鼻をすすっている。道行く人は見て見ぬふりをして関わるまいと女の子から距離を置いてその歩道を歩いていく。こういう風景を見ると他人の悪い部分を発見できたとあって少し気分がいい。でも一人で孤独に泣く彼女をおれの倫理観はほっとくことはできなかった。
一応こんなぼっち体質なもんで小中と道徳の授業は真剣に受けていたからな。
おれは彼女の目線までしゃがみこんでもう一度尋ねる。
「どうかしたのか?」
「……………………」
だが、彼女からはなんの言葉も返ってこない。
「どうかしたのか?」って言葉が間違ってんのか?泣いてるんだからどうかしてるのは当たり前だろう。おれとしたことが野暮だったな。さてどうしたもんか。
「なにかお困りですか?」
ちょっと大人びた風に言ってみた。別にふざけてるわけじゃないけど。
顔を覆っていた手をどけておれを見た彼女は泣きすぎたのか目を腫らし、涙も枯らしていた。そんな状況にも関わらずこの小さな女の子は口をパクパクさせて何かを伝えようとしている。
「…………お母さん居なくなった」
そう短く告げた彼女の言葉からは勇気を感じた。これだけ泣いても誰も助けてくれない孤独。それに耐えきって、やっと話しかけられたかと思って顔を上げてみれば、こんな冴えないぼっち高校生。そんなおれにしっかりと自分の困っている理由を伝えた彼女は立派だと思った。
「そか、なら探すか。名前なんてんだ?」
「お母さんが知らない人にはお名前教えちゃいけませんって言ってた」
わぉ、それは深刻な問題だ。こんな根暗の陰キャ名前教えるほうが間違ってるのかもな。なんか自虐ネタが最近辛くなってきた今日この頃ですね。
だが名前を教えてくれなきゃ情報がなさすぎて親を探すことができない。交番まで連れてくか。でも交番まで送れば学校に遅刻してしまうのは確実だ。こんな状況で自分のことを優先するとかどうなんだよと思う人もいるだろうがぼっちのおれが遅刻なんかしてみろ。後でひそひそ噂されるのは目に見えている。
やなんだよ、あの教室入っていった時のみんなの視線。うわこいつぼっちのくせに時間の管理もできないのかよとかいう印象ついたらもっとぼっちになっちゃうじゃん。まあぼっちはぼっちなんでそれ以上ぼっちになることはないんですが。
でもそんなこと言ってられないよな。
「そだな。知らない人に教えちゃ怒られちゃうよな。さぁ交番にでも行くかな」
「…………ひっ」
「ん?なんか言ったか?」
「……あさひっ。なまえ……あさひ」
「そっか。教えてくれてありがとな。おれは織林九蘭だ。名乗ってくれたら名乗り返すのは礼儀だからな。じゃあお母さん探すか」
おれはあさひの頭をなでてやろうと思ったが手を引っ込めた。
せっかく心を開きつつある彼女を動揺させてはいけないと思ったからだ。でもこんなこともただの自分への言い訳に過ぎなかった。
自分から関わったっていうのに何やってんだおれは。
それから20分ほど探したか。それでも母親は一向に見つからない。
なにかさっきからずっと違和感がある。ここはとりわけ見晴らしのいい道で歩道も十分な広さが確保されている。こんな道に迷子が出たなんて聞いた事も見たこともない。しかもこの朝の時間帯。あさひは小学生まではいかないくらいだろうか。そんな、小さな子がこの時間この場所で迷子になるなんて考えられない。
おれはもう一度しゃがみ込んで、あさひと向き合った。
何か初めからおかしいと思っていた。よく見ればあさひの背負ったリュックにははち切れそうなほどに何かが入っている。母親と出かけていたならこんなに何かを詰め込む必要はないだろう。
しかもどこかで転んだと思っていたが膝まであるソックスが不自然に破れているし、服もどこか薄汚い。明らかにおかしなところについた身体の傷もより一層違和感を膨張させる。
正直おれはあさひのことを普通の迷子とは思えなかった。
「あさひ。…………お母さんがいなくなったのはいつ頃のどこでだ?」
この疑問を解決するために、おれは尋ねた。でも、心のどこかでおれはこの質問をすることを怖がっていたのかもしれない。
「どこか……わからない……でも…………」
か細く震えた声で。か弱く崩れ落ちそうなその身体から。おれは心を揺さぶられる言葉を聞いた。
「たす……けて……」
あさひは聞こえるか聞こえないかのか細い声でそうつぶやいた。おれではない何かを見て。おれはその言葉の意味がわからなかった。いやわかりたくなかったのかもしれない。
「おーい!あさひ!」
すると後方から男の声が聞こえた。あさひはびくっと身体を震わせた。振り向くとそこにはあさひの父親らしい男が手を振って駆け寄ってきていた。
よかった、親が見つかったようで。これで一安心だな。
おれは元々この子の親を見つけることが目的だった。それはいま達成されたそれでいいじゃないか。
大丈夫だ。あさひはどこかで転んだんだろう。服の汚れも身体の傷もその時についたんだ。
これでおれは学校にも間に合う。問題はすべて解決した。めでたしのハッピーエンドだろ?
男は見た目はチャラいが好青年といったところか。見た目は歳を感じさせない金髪に左耳だけにピアスを開けている。身体は鍛えられているのか着てるTシャツがピッタリフィットして肉々しい。その見た目とは裏腹に優しい声の持ち主だ。
「君、ありがとう。あさひと一緒に居てくれて。この子すぐどこかに行っちゃうですよ。本当にありがとうございました。ほらいくぞあさひ」
見た目からは推測できない丁寧な口調でお礼を言ってきた男の言葉だったが、どこかたどたどしく何かを隠したいとあせっているように見えた。
だが、あさひは一向におれの側から離れようとしない。おれのズボンをぎゅっと小さな手で強く握っておれの後ろに隠れている。その手は必至で震えていて、彼女の強い思いが伝わってきていた。枯れていたはずの涙はまた溢れだす。
これは小さな彼女なりの精一杯の足掻き。彼女なりの伝え方。
「ほら、父さんが迎えに来てるぞ。…………帰れよ」
でもおれは、そんな冷たい言葉をかけるしかできなかった。
おれその場から逃げ出したかったのだ。この違和感がおれの心を絞めつける。この異様な状況を速く終わらせたい、おれの推測が確信に変わってしまうまえに。
「あさひ。ほら帰るぞ」
男はしゃがみこんでまた優しく声をかけ、あさひがおれから離れるよう促す。それでもなおあさひはおれのズボンに顔をうずめて泣きじゃくる。それにおれは応えることができないでいたとき。
「帰るぞっ!…………なぁーあさひー」
一瞬時が止まったかと思った。先ほどまでは聞こえてこなかった低い声。どこから聞こえてきたのか、おれはその発声源をを知りたくなかった。
すると突然あさひは泣くのを止めて何事もなかったかのように男の側に駆け寄っていった。
男はおれに一礼すると乱暴にあさひの腕を掴み、連れて帰っていった。
おれはただ呆然とその後ろ姿を見守っていた。
だが、最後の彼女の言葉が頭に残って仕方ない。おれから離れる寸前に放った勇気の権化。あの小さな女の子から送られてきたおれへのSOS。彼女なりの精一杯の何か。
「いつか……あさひをたすけて」
わからない。わからない。あさひが何を言っていたのか。あの父親らしき男はなんなのか。おれにはわからない。なにも知らない、ついさっき初めてあった女の子のことなんて。どの家庭にも事情ってもんはあるしそれはおれのような赤の他人が踏み込めるものじゃない。
おれが今何を考えたって意味がない。終わってしまった過去は取り戻すことはできないのだから。
だからおれは人と関わりたくないんだ。自分は変に人のことばっか気にして考えて辛くなって、他人はおれに変に期待して失望する。関わなければ失うことはない。馴れ合いや友達なんて、時間が経てば忘れるし、距離がひらけば他に興味が映る。忘れた人間は楽だが、忘れられた人間は傷つく。ただただ無意味に関係を築いて、傷つけあって最後には失う。そんなもの…………。
友達なんて、馴れ合いなんて、失ってしまうものならば、おれはぼっちである道を選ぶ。