第74話 地獄へ向けて
大変お待たせしました。
間隔が空いてしまった分、いつもの1.5倍くらいは長めです。多分。
エリカの真意を受け、強大な魔物への挑戦に対して及び腰だった俺達も、ようやく氷獄獣の討伐に向けて一致団結出来たような気がする。
「……そういえば、報酬の話がまだでしたわ!」
それまで俺達と向き合っていたエリカが、ポンと手を叩いてそう声を上げる。
確かに、この依頼の裏にある事情や目的となる魔物の事については聞いたものの、報酬に関しては頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「ああ、確かにそうだったな。冒険者として、盗賊として、そこはしっかり聞いておきたい」
食堂の椅子に深く腰掛けていたマークは、身を乗り出すようにしてエリカに尋ねる。
報酬に反応する辺り、何やかんや言っても、マークも盗賊ってことか……。
「うむ!それに関しては、俺から教えようじゃねえか!」
これまで、娘の決意を見せられた感動からか、おいおいと鳴いていたカタギリは急に素を取り戻してそう告げる。
びっくりするので、後ろから突然に大声を出さないでほしい……。
「ええ、報酬としてお二人にお渡しすることになるアレについては、お父様の方が詳しいですものね!」
「おうさ!ちょいと待っててくれよ、今持ってくるからよ!」
そう言ったカタギリは、食堂の奥に向かって歩を進めていく。
そして、壁に飾られていた、一振りの剣を取り外してこちらへと戻ってきた。
「これが、報酬として渡す予定の聖剣クラウ・ソラスだぜ!」
カタギリに手渡されたその剣を、マークが代表して受け取った。
一見、よく手入れされてはいるが、ごく普通の片手剣に見える。
だが、シンプルではあるが気品のある装飾と、鋼鉄ですら易々と切り裂いてしまいそうな程の鋭い輝きを放つ刀身が、この剣の価値を示していた。
「これは魔剣……?いや、聖剣か……?」
手渡された剣をまじまじと眺めていたマークがそう呟いた。
確かに、クラウ・ソラスと言う名は俺でも聞いたことがある。
詳しくは憶えていないが、海外の神話に登場する伝説の剣であった筈だ。
「おう、その通りだぜ!別名、光の剣なんて言われてたか?何でも、伝説の勇者の時代に作られたとか言う話だったが、どこまで本当なのかは俺にも分からんぜ!」
「いや、いくら何でも報酬が破格過ぎませんか!?この剣、明らかに国宝級でしょう!?」
確かに、本当にこれが聖剣なのであれば俺達一般人が持っていて良いものではないだろう。
それも、勇者なんていう伝説の存在に関する噂まで付随しているとなれば、その信憑性はともかくとしても、それだけでコレクター垂涎の逸品である筈だ。
剣の目利きに疎い俺ですら、このクラウ・ソラスが相当な名剣であることが理解できる。
盗賊であり、様々な分野で博識なマークがここまで狼狽えているのであれば、勇者の時代に作られたという噂も、聖剣であるということも、真実である可能性がかなり高いのではないだろうか。
「そいつは、俺がまだ現役の冒険者だった頃に、とある国の王様から褒美として下賜されたもんなんだがよ……。結局、貰ってから一度も使ってねえし、ずっと飾ってるだけなんだわ!なんせ、俺が使う武器は大戦斧で、エリカも普段は両手剣だからな!この家じゃあ、誰も使う奴がいねえんだよ!」
「それでも、俺達みたいな中堅冒険者なんかが受け取っていいんでしょうか……?」
「……俺も、もっとこの聖剣に相応しい人に渡すべきじゃないかと思いますよ」
多少は名が売れてきたとは言え、俺達の実力はまだまだ中級の域を出ない。
いくら貰えると言っても、その報酬が俺達の実力と釣り合っていないのだ。
まぁ、確かに決闘で見たマークの剣技には目を見張るものがあったし、使ってもらえば戦力がぐんと上がるのは確かなのだが……。
(でも、マークはあんまり剣を使いたがらないんだよなぁ……)
あれ程の剣技を持っていながら、マークは何故か盗賊であり、使っている武器も短刀だ。
過去について話そうとしない事と関係していそうな気はするが……。
「いやあ、遠慮するな!家に置いといても、腐らせるようなもんだからよ!」
マークが遠慮がちに返そうとした聖剣を、そう言ったカタギリは無理やり押し返す。
それに抵抗しようとマークも粘るが、見た目通りの筋力を持つカタギリには敵わず、あっという間に剣を押し付けられてしまった。
「はぁ……。仕方ない、そこまで言うなら頂きますよ……」
渋々と言った様子で剣を受け取るマークを、カタギリは満足そうに見つめる。
うちのパーティでまともに剣を使えるのがマークだけだから完全に任せてしまったが、少し申し訳なかったかもしれないな……。
「そういえば、勇者の伝説なんてあったんだね!全然知らなかったよ!」
「お前って、とことん世間知らずだよな……。後で話してやるから、とりあえず今は黙っとけ……」
「勇者の伝説を知らないなんて、どこで生まれ育ったんですの?」
「俺なんかより、勇者の方がよっぽど有名だぜ、兄ちゃんよ……」
勇者の話が出てから、密かにそのファンタジーな存在にワクワクしていたのだが、それを口にした瞬間、この場にいた全員に白い目で見られた。
そこまで言われる程有名な割には、全然話なんて聞かないじゃないか……。
「……あー、とりあえず話を戻そうか。その聖剣クラウ・ソラスについて、俺からもうちっとばかし説明しておくぜ!」
何故か白けてしまった場の空気を戻すように、カタギリは大きく咳払いをして話始める。
確かに、もし実戦で使うにしても、もう少し性能なんかを聞いておいた方がいいかもしれないな。
「さっきも言ったが、それは勇者の時代に作られたなんていう大層な剣だ。俺は手に馴染まねえから使わなかったが、鋼鉄の鎧すら紙みてえに斬っちまう。この剣を渡された時に、ただの一般兵が鎧を斬るのを見たから威力に関しては折り紙付きだぜ!」
鉄でも斬れそうな剣だと思ってはいたが、まさか本当にそんな馬鹿げた威力があるとは……。
マークの剣技に聖剣が加われば、まさに鬼に金棒だ。氷獄獣ですら軽く退けてしまえるかもしれない。
「あれ……?そこまで凄い剣なら、なんでエリカに渡さなかったんですか?」
俺はふと、そこで疑問に思ったことを口に出す。
いくら普段はエリカが大剣を使っていたとしても、それ程までに貴重な聖剣であれば、普通は実の娘に引き継ぐのではないだろうか。
確かに、大剣と片手剣では使い方や戦闘スタイルが変わってくるかもしれない。
しかし、決闘では実際に片手剣サイズの木剣を使っていたし、マークに負けたとはいえ、かなり使いこなしていた筈だ。
「あー、いやなぁ……。最初は勿論、俺もそのつもりだったんだが、年々俺に似て戦い方が力任せと言うか、荒くなっちまってなぁ……」
「「あぁ、なるほど……」」
溜息をつきながら言ったカタギリの言葉に、俺達は揃って納得する。
決闘の途中で見せたエリカの戦い方は、まさに狂戦士と称するべき豪快さだった。
だが、ただ豪快だとか荒いとかで片付けられない変貌だったが、あのエリカの変化には何か秘密があるのだろうか。
「……そういえば、決闘中にエリカの戦い方が変化した上に、力が急上昇したアレ、どういう理屈なんだ?」
マークも俺と同じ疑問を抱いたようで、エリカに向かってそう尋ねる。
まぁ、あれは明らかにスキルの効果か何かだろうが、これからパーティを組むのだからその詳細も知っておくべきだ。
「……あれについてはあまり話したくないのですが、仕方ありませんわね。決闘中の変化は、私の固有スキルである【狂化】の効果ですわ」
「へぇ、やっぱりスキルの効果だったんだね!ちなみに、どんな効果があるの?」
「……私の怒りが限界を超えた時、身体能力が大きく向上します。ようするに、ステータスアップのスキルですわ」
何故かむすっとした表情で、エリカはそう答える。
先程もあまり話したくないと言っていたが、何かこの固有スキルに思う所があるのだろうか。
「……なるほどな。身体能力の超強化の代わりに、スキルの発動中は理性が薄くなるってところか?」
「そうです!そうなんですわ!あのようなスキル、淑女としての気品が感じられません!発動中の事を思い出すだけで、恥ずかしさと怒りで腹が立ちますの!ええ、そうですともッ!」
マークの言葉を受けたエリカが立ち上がると、興奮した様子でまくし立てる。
防御一辺倒の俺としては羨ましい限りだが、貴族であるという自覚の強いエリカにとっては、このスキルが野蛮なものに感じられるのだろう。
というか、既に怒りで【狂化】が発動しそうになっていないか……?
「おうおう、とりあえずエリカも落ち着け!話が逸れちまったが、あと一つ聖剣について付け加えるとしたら、【悪魔特攻】のスキルが付与されていることも言っておくべきだな!」
「……ふぅ。思わず取り乱しましたわ。あまり使いたくないスキルですので、お二人も覚えていてください」
カタギリによって宥められたエリカが、深呼吸をして俺達に念を押す。
クロエが怒ったところで大して怖くはないのだが、何故かエリカだけは本気で怒らせてはいけないという謎の圧がある。
俺達はエリカの言葉に、ただブンブンと首を縦に振るので精一杯だった。
「ってえことで、これで話すことは終わったか?報酬はその聖剣で前払いだ!お互いのスキルやら得意な戦法なんかは、旅の途中で話してくれや!」
話し合いがようやく一段落したところで、カタギリが俺達の方を見渡しながらそう話を締める。
依頼の真意と討伐する魔物、更には報酬のことまで、恐らくこの場で話せることは全て話したのではないだろうか。
カタギリの言う通り、互いのことについては旅の中で話せばいいだろう。
「いや、待て!肝心の行き先をまだ聞いてない!」
俺が納得しかけたところで、マークが思い出したように声を上げた。
「ああ、確かにそうだったね!わりと重要なのに何で忘れてたんだろう……」
「まぁ、話の内容が濃すぎたからな……。で、氷獄獣の討伐にはどこへ向かうつもりなんだ?」
マークの言う通り、今回は話が唐突だった上に内容が濃密すぎた。
ぶっちゃけ、貴族のしがらみやら何やらなんて、俺には殆ど理解できないからな……。
「氷獄獣は、名の通り氷を操る魔物であることは先程もお話しましたね。氷を操ると言うだけあって、その住処があるのは極寒の地。上級冒険者や熟練の探検家であってもその環境に負けることがあるという辺境、コキュートスが今回私たちが向かう先ですわ」
「まぁ、氷獄獣の討伐ともなればそうなるよな……」
確か、コキュートスと言えば俺の世界では地獄の最下層だったり、冥府を流れる川の名前だったりした筈だ。
どちらにしても、死の世界に限りなく近い場所であることには変わりないだろう。
「えーと、それってめちゃくちゃ危険なんじゃ……」
「当然ですわ!しっかり準備をしないと、氷獄獣に出会う以前に命を落としますもの!」
「……まぁ、旅の準備に関しては俺も手伝うから心配するなよ」
マークは安心させようとそんな言葉を掛けてくれるが、それ以上にエリカの言葉が重すぎる。
果たして、そんな地獄を乗り越えて、俺達は無事に依頼を終えることが出来るのだろうか……。
「それでは、出発は三日後の正午としますわ!馬車は当家で用意しますのでこの屋敷の前に集合してください!くれぐれも準備を怠らないように!」
「おう、頑張ってくれや!兄ちゃん達!」
こうして、地獄に向かう旅へのカウントダウンが始まる。
死の危険すらある極寒の地で、ギルドでは上級に分類される強大な魔物の討伐。
刻一刻と迫る死への恐怖に怯えながらも、俺はマークと共に屋敷を出て、早速旅の準備のための買い出しへと向かうのであった。
今週中に、またできれば更新したいと思っています。




