第65話 狂気
「……【魔術改変ッ!】
クロエの放った色とりどりの光が辺りに降り注ぐ。
その瞬間、俺達だけでなく魔物達ですら、魔法の光に魅了されたかのように時が止まっていたような気がした。
「やった!成功したわ!」
一瞬の静寂を破るようにクロエの声が響く。
俺の後ろで詠唱を終えたクロエは、喜びを隠し切れないとばかりに跳ねて喜んでいた。
なんとも気が抜ける反応だが、その気持ちも分からなくはない。
「クロエ!今の魔法で何が起こったの?」
「ああ、お前の魔法が放たれた途端、魔物達が動きを止めた……」
そう、クリエの【魔術改変】が放たれた途端に、魔物達を魔法の光が包み込んだかと思えば、全ての魔物が呆けたように動きを止めたのだ。
かと言って深刻なダメージを与えた様子も無く、魔物達は魂が抜けたかのように、ただじっとそこから動かない。
これまで絶えず攻撃を仕掛けてきていた状況は一変したが、一体何が起こったのだろうか。
「ああ、説明がまだだったわね。さっきの魔法で、シュタイナーから魔物の制御を無理やり奪い取ったの。だから、今は魔物が大人しくしてるってわけ」
「まさか、そんな魔法があり得るのか……!?」
「いくら何でも、規格外すぎる……」
「言ったじゃない。だからこそ、私達ベルヴィルの一族しか使えない秘伝の魔法だったの」
何度も言うようだが、本当に規格外としか言えない魔法だ。
ただこの大量の魔物の動きを止めただけならまだ想像の及ぶ範囲だったが、そうではなく、この魔物達に掛けられていたシュタイナーの施す使役の魔法の制御を奪い取った。
確かに詠唱も長く、失敗する可能性が高いことからリスクもかなりのものだが、それをもってなお余りある程のメリットが、この【魔術改変】にはある。
「……お前が勝ちは確定するって言ってた意味が分かった。制御を奪ったってことは、ただ魔物達の動きを止めるだけじゃないんだろう?」
「ええ、勿論よ。このままシュタイナーを襲わせる事もできるわ」
「確かに、それならもう俺達が勝ったのは確定したみたいなものだね」
クロエの【魔術改変】は、読んでその字の通り相手の魔法の制御を奪い取るハッキングのような魔法だった。
今回の状況で言えば、今のように魔物の動きを止める事も出来るし、相手へけし掛けることも可能だ。
どこまで魔法の効果が及ぶのかは分からないが、もしかすると魔物を自害させるなんて言う指示も可能かもしれない。
「ふざっ、ふざけるなアアアァァァァッ!?落ちこぼれの小娘風情が、我が人生を賭けた究極魔法の制御を奪うだとオォォオオォッ!?」
俺達のやり取りを静観していたシュタイナーが、唐突に狂乱の叫び声を上げる。
狂ったように髪を掻き毟りながら、狂気に歪んだ顔で地団太を踏みながら俺達を睨みつけていた。
「何故だ何故だナゼダアアアアアッッ!?貴様ら凡夫が天才の私を何故こうも追い詰めるッ!?」
「……全てはお前の慢心だ、シュタイナー。俺達は兎も角、クロエは天才だったんだよ。お前と同じく、な」
なおも叫び続けるシュタイナーに向けて、マークがそう言い放つ。
クロエは自分のことを落ちこぼれだとか、出来損ないだとか言っていたがそんなことは無い。彼女は間違いなく、魔術に関しては超一流の天才だ。
【魔術改変】を見るまでも無く、その制御や応用力を見ていればそんなことは魔術に詳しくない俺でも分かる。
だが、秘伝の魔法が使えないと言うだけで、これまではそういう扱いを受けてきたのだろう。
「違うッ!違う違う違うウウウウウッ!!真の天才たる私が発動する魔法が破られる筈がないのだアアアアアアアアアアッッ!!!」
「……別に、私は落ちこぼれでも出来損ないでもいいわ。アンタが天才なのも認める。でも、最後に一つだけ聞かせて。アンタはなんで、一族の皆の殺したの?」
少し悲しげな表情のクロエが、シュタイナーにそう尋ねる。
すると、狂乱していたシュタイナーは唐突に平静を取り戻した。
「……そんなもの、研究の為に決まっているでしょう。使えるモノがあれば何であっても使う。それが天才たる私に許された私だけの特権なのですから」
さも当然とばかりにシュタイナーはそう言い放つ。
きっと、こいつは人の命を研究資料としか見ていないのだろう。
そして、自分には人体実験すら許されると思い込んでいるのだ。
「……そう、分かったわ。アンタが救いようのないクズだってことがね!」
「ああ、容赦はいらない。殺さない程度にやってやれ!」
「うん、犠牲になった一族の人達のためにも、これはクロエがやるべきだ……!」
「ええ、分かってる!殺すつもりはないわ!こいつには、死ぬよりも苦しい目に合ってもらわないと私の気が済まないの……!」
そう言ったクロエが、歯を食いしばるようにシュタイナーを睨みつける。
そして、目を閉じて再び【魔術改変】の制御に集中し始めた。
「……哀れな傀儡と化した異端の魔物達よ。その支配から解き放たれ、我が力となって蹂躙せよ!」
クロエの言葉を受けた魔物達は、我に返ったように生気を取り戻すと、一斉にシュタイナーの方へと向き直る。
「やめろッ、お前らッ!改造して強化してやった恩を忘れたかッ!?お前らは一生私の奴隷として生きていけばいいんだよオオオオオオッ!!!」
状況は一転、100体を超える魔物に一斉に囲まれることになったシュタイナーは狂ったように叫びを上げる。
だが、その支配から逃れた魔物達には、その声は既にもう届かない。
「……やりなさい!殺さない程度にね!」
「アアアアアアアアアアッ!ふざけるな、ふざけるなアアアアアアッ!?私が、ワタシが貴様ら愚物に負けていい筈がアアアアアアアアアアッッ!!!??」
シュタイナーは必死に叫びを上げて逃げ惑うが、じりじりと迫りよる魔物達がそれを許さない。
あっという間に逃げ道を塞がれたシュタイナーは、その場で右往左往しながら、何度目ともなる狂った叫び声を辺りに響かせた。
「何故、何故ダアアアアアアッ!?天才の私が負ける筈がナイィィィィィィッ!?」
聞くに堪えないような甲高い声を上げながら、シュタイナーは自分の頬に爪を立てる。
その姿はまさに、俺の頭の中に狂乱の二つ名を思い出させた。
「……ああ、そうですね。私が負ける筈が無いのです。これは夢だッ!アアアアッハッハハハァァァァァァァッ!!!」
『『『ギャアアアアアアアオオオオオッ!!!』』』
波となって押し寄せた魔物は、狂気的な笑みを浮かべるシュタイナーを押し潰していく。
クロエの命により手加減はされているものの、怒涛の攻撃の波がシュタイナーを襲う。
「……アハハハハハハハハアアアアアァァァァァアアアアッ!」
そして、魔物の雄叫びと、シュタイナーの不気味な笑い声だけが辺りに木霊していった。
次話でこの章は完結、幕間に入ります。




