第5話 はじめてのくえすと
転職が終わり、ついに【冒険者】になったところで、ふと疑問が浮かぶ。
「そういえば、ステータスの確認はギルドでしかできないんですか?」
これから活動していく上で、ギルドを利用する機会は、数えきれないほどあるだろう。
しかし、その際にわざわざ手続きを行ってステータスを確認しなければならないのなら、少し不便だ。
「そうでした、その事を伝え忘れていましたね。冒険者登録を行うと、誰でも使えるようになる魔法があるんです。【ステイト】、と唱えてみてください」
「……【ステイト】!」
そう唱えた途端、目の前にゲームのステータス画面のようなものが浮かび上がる。
そこには、先程見たのと同じステータスがしっかりと表記されていた。
「なるほど、この魔法を使えば、旅先でもステータス確認ができるんですね」
「そうなんですよ。基本的にレベルアップやステータスの上昇は戦闘で起こりますし、冒険中にステータス確認をすることができるよう、当ギルドが独自に開発した魔法です」
「へぇ、便利ですねえ……」
その後も、職員からギルドの利用方法や冒険の基礎知識を教えて貰った。
ここまで準備が整えば、俺もようやく冒険に向かうことができそうだ。
◆◆◆
「これでよし……っと!」
支給品である革製のサポーターを装備し、腰のベルトに付いた剣帯へ、片手剣を収める。
どこからどうみても立派な冒険者に変身だ。
この姿なら、街を歩いても変な目で見られるなんてことは無くなるだろう。
「とりあえず、定石から言えばクエストか……?」
支給されたのは武器と防具、数個のポーションのみで、金銭の支給は全くのゼロだ。
俺がRPGの勇者であれば、王様なり村長なりから旅の資金を貰えただろうが、冒険者で、しかも最初級職ともなると、ギルドで依頼をこなして、地道に稼ぐしかないのだろう。
そう考えた俺は、ギルドの片隅にあるクエストボードへと向かう。
よく見かけるような掲示板には、いくつも紙が啓示されており、よく見るとその一つ一つがクエストであることが分かった。
「ふーん、ある程度、難易度に合わせて種類分けがされてるんだな」
クエストボードは全部で3つあり、右側へ行くにつれて依頼の難易度が上がっていくらしい。
俺は、左端のクエストの中でも、初級や初心者向けに分類されるであろうものを流し見ていく。
「薬草収集、畑のスライム退治、ゴブリンの群れの討伐……。落し物探しに、迷子犬探し……?」
ファンタジー感溢れる依頼から住人のお手伝いのような依頼まで様々だ。
どうせなら、この世界でしかできないようなクエストが良い。
落とし物探しや迷い犬探しなんて、どう考えても売れない探偵か、派出所のお巡りさんの仕事ではないか。
そんなことを思いながらクエストボードを眺めていると、1つの依頼が目に付いた。
「よし、これがいいかな……」
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《初級者向け スライムの討伐》
内容:村の畑に居着いたスライム3体の討伐
報酬:750エル
詳細はギルド窓口まで。
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スライムといえば、ゲームや創作物においては、よく最弱と謳われる魔物だ。
クエストが初心者向けに分類されているので、この世界でもその常識は変わらないらしい。
それに何よりもこの依頼は、他の依頼に比べて報酬がいい。
初級依頼の平均報酬が300エル程度なことを考えると、かなり破格だ。
物価や貨幣価値はいまいち把握出来ていないが、報酬が高いに越したことはないだろう。
俺は、クエストボードに貼られた依頼用紙を剥がすと、受注カウンターへと持って行った。
「はい、クエストの受注ですね。承りました」
依頼用紙を受け取った職員が内容を確認すると、不思議そうに尋ねてくる。
「おや?スライム討伐ですか…ソロでの挑戦でよろしいのですか?」
「はい、何か問題でも……?もしかして、1人で倒しきれないほど強いとか……?」
初心者向けの依頼といっても難易度はピンキリだ。
薬草採集や落し物探しと比べれば、ゴブリンの群れの討伐なんかは、桁違いに難しい。
初心者向けのクエストとは言え、この世界のスライムは。ある程度戦闘能力が高いのかもしれない。
「いえ、スライムなら、誰でも倒せるくらい弱いですよ?なにせ最弱の魔物ですから……」
「そうですよね。なら全く問題ないです!ソロでお願いします!」
「ううん……。まぁ、そう仰るのであれば構いませんが……」
少し困惑した様子の職員が依頼書に受領印を押し、クエストが正式に受注となる。
そして、依頼場所までの地図が渡された。
目的となるのは、グスタの街から東へ向かった先にある、コロゾ村という場所のようだ。
地図で見る限りコロゾ村までは一本道で、距離もそれ程遠くはない。
ちなみに、俺が最初に目覚めた森は、グスタの街の西にあるようなので、全く逆方向へ進むことになる。
そんなこんなで初めての依頼を受注した俺は、回復ポーションの入ったポーチを腰へと携え、街を出発したのであった。
―――しかし、この時の俺は、まだ何も知らなかった。
職員が困惑していた真相を。
そして、他の依頼よりも報酬が高い理由を。
まさか、初めてのクエストが、あんなにも散々なことになるとは、この時の俺は、露程も思っていなかったのである。