第33話 魔棍ハティ
鍛冶師のランドルフに武器の制作を任せてから、三日が経過した。
とうとう、ランドルフの指定した期日だ。
果たして、俺の新しい武器は、完成しているのだろうか。
ウェールズ通りにあるランドルフの店、『ロペス武具店』を訪れた俺たちは、その古さからか立て付けの悪くなったドアを押し開ける。
「おーい、ランドルフ!いるかー?」
相変わらず人の気配のしない店内で、未だに姿を見せないランドルフへ向かって、マークがそう声を上げる。
「……反応、ないな。ここにいないってことは、奥の部屋にいるのかな?」
「ああ、そうかもしれん。あいつは、仕事に集中すると他のことが目に入らなくなる質だからな。」
そう言って、マークは奥の鍛冶場へと通じる通路へと向かって歩みを進める。
しかし、鍛冶場へと到着した俺達が見たのは、衝撃的な光景だった。
「ランドルフ……!?」
「おいおい!大丈夫かよ!?」
火の消えた炉の前で、突っ伏したまま反応のないランドルフを見た俺たちは、同時に驚きの声を上げる。
動揺する俺を尻目に、冷静にランドルフへと近づいていったマークは、首筋と口元へと手をかざし、その脈拍と呼吸を確認する。
「……寝てるだけだな」
「なんだよ!びっくりしたな……!」
そんな俺達のことなど知らず、呑気にいびきをかき始めたランドルフを見て、少しイラっときた。
とりあえず、乱雑に丸め置かれていた羽織を、布団替わりに掛けておく。
「ヨシヒロ、どうやら、注文の品はしっかり完成させたみたいだぜ」
そう言って、マークは、鍛冶場の奥にあった小さなテーブルを指差す。
期待と不安の中、そのテーブルへと近づいていくと、手紙ともに、注文の品であった新しいメイスが置かれていた。
『すまんな!疲れたから寝る!
支払い金額は、10万エルだ!また後日に頼む!
その時に話したいこともあるから、踏み倒すなよ!
PS.武器の名前は『魔棍ハティ』だ。大事にしてくれよ!』
手紙には、乱雑な字でそう書かれていた。
―――魔棍ハティ。
それが、俺の新しい武器の名前か。
俺は、テーブルの上に置かれたメイスを持ち上げ、よく観察する。
「結構重いな……」
魔棍ハティは、アイアンメイスよりも、少し重量があるようだ。
冒険者の加護を受けてなお重さを感じるのだから、恐らくその重量は相当なものだろう。
だが、扱えない程じゃない。
俺は、周りを確認すると、軽くメイスを振る。
「うん、問題なさそうだ」
「良かったな。なんか不気味な色だが、性能は確実だろうぜ」
俺の新しい武器である『魔棍ハティ』は、注文通り、シンプルなデザインになっている。
アイアンメイスの比にならないその重量を活かすことができれば、より強力な一撃を繰り出すことが出来るだろう。
だがその一方で、マークの言うように、打撃を繰り出すための頭部は、禍々しくも澄んだ藤色に輝いていた。
「確かに、呪いでもかかってそうな色合いだなぁ……」
そんなことはないのだろうが、その不思議な色合いがそう思わせる。
恐らく、素材に使った【邪狼の胸結晶】が影響しているのだろう。
「そんなことより、俺は早く実践でこの武器を試したいよ!」
「ああ、そうだな!幸いまだ昼前だし、このままクエストへ行こう」
マークの同意も得られたことだし、早速クエストだ。
未だに寝ているランドルフをよそに、俺達は店を出て、ギルドへと向かった。
◆◆◆
実践で武器を試すために俺達が受注したのは、『大毒蜂討伐依頼』だ。
ある程度の戦闘力と素早さがある敵の方が良いだろうというマークの意見から、今回のクエストを選択した。
大毒蜂は、ハチであるにも関わらず巣を持たない魔物であり、大きな牙と鋭い針が特徴だ。
体長は70セルチ程と、昆虫系の魔物にしては大きく、俺の世界にいるオオスズメバチをそのまま大きくした見た目を想像すると分かりやすいだろう。
常に数体の群れで飛び回り、縄張りに侵入した冒険者や他の魔物を襲う大毒蜂は、その素早さと猛毒から、戦い慣れた冒険者達からも煙たがられる存在だ。
戦闘力自体はほどほどなのだが、この面倒な特徴から、依頼がたらい回しにされやすい。
そんなわけで、クエストを受注した際には、アリシアさんからお礼を言われてしまった。
グスタの街から1時間ほど歩き、俺達はアブダイル山脈の森へ辿り着く。
大毒蜂は、決まったルートを縄張りとして飛び回るので、その上で待っていれば、いずれ遭遇するだろう。
今回目撃情報があったのは、アブダイルの森では珍しく、花の群生地となっている場所である。
現在は、そのルートである花畑の傍にある茂みに隠れ、大毒蜂が飛んでくるのを待ち構えていた。
「……来たぞ、群れは三匹だ」
茂みに待機してから体感で30分程が経過した頃、見張りをしていたマークがそう声を上げる。
「あれか、思ったよりデカいな……」
70センチとはいえ、ハチがそこまで大きいと本能的に恐怖を感じる。
特に、姿があのオオスズメバチとそっくりであれば、それは尚更だ。
「あー、ヨシヒロに関しては毒が効かないから特に注意はないな……。ヤバそうなら俺も手伝うが、武器の調整も兼ねてとりあえず一人で行ってみるといい」
「わかった。前の武器より重い分、素早い大毒蜂に攻撃を当てられなかったら、その時は頼むよ」
そう言いながら、俺はわざと大きく茂みを揺らして、大毒蜂の方へ進み出る。
普通なら気づかれる前に不意打ちするのが得策なのだろうが、毒も効かない上に、囲まれたとしても【硬化】で防御のできる俺は、あえて向こうから来てもらった方が手っ取りばやいからだ。
『『『ギギギギギギギッ!!!』』』
キチキチとその鋭い牙を打ち鳴らしながら、こちらに気づいた大毒蜂が、一斉に飛んでくる。
あっという間に俺の目の前まで辿り着くと、大毒蜂達は、横一列に並ぶような陣形を取った。
警戒態勢のつもりなんだろうけど、こちらからするとチャンスだ。
相手が横に並ぶなら……!
「おおおおおっ……らっ!」
素早い大毒蜂に避けられないよう、俺は右手に持った魔棍ハティを全力で振りぬく。
やはり少し重いが、その動きに支障がでる程ではない。
―――ガシュッ。
「……は?」
俺の振りぬいた魔棍ハティが、硬質な大毒蜂の甲殻を易々と砕き潰し、そんな音を立てる。
どうやら、俺の全力の一撃により、大毒蜂は断末魔を上げる暇すらなく消し飛んだようだ。
「ヨシヒロ!お前、さっきの攻撃……」
「ああ、思った以上に、この武器の性能は凄いみたいだ……」
一瞬で終わってしまった戦闘に、2人とも呆気に取られる。
何となく肩透かしとなってしまった新しい武器の調整は、こうして呆気なく終わったのだった。
近いうちに、支払いも兼ねてランドルフにお礼を言いに行かなければ。
想像以上の性能を持つ武器を作ってくれたランドルフは、本当に腕の良い鍛冶師なのだろう。そのことを、今更ながらに実感した。
それに、話したいこともあるって手紙に書いてたしな。
俺は、大毒蜂の落としたドロップアイテムを拾い上げると、まだ少し呆けた様子のマークを連れて、街への帰路を辿るのであった。
次回、恐らく明日のお昼12時に投稿頃投稿です。




