第2話 グスタの街へ
森の奥から、体感にして約1時間ほど歩いただろうか。
前方にうっすらと街の影が見えてきた。
「なんであんな所に居たのかは分かんねえが、兄ちゃんが魔物のエサになる前に通りかかってよかったぜ。近頃じゃ、あの辺りにも凶暴なヤツが現れるからなぁ……」
「魔物……!?」
冗談めかしてそう言った猟師は、俺にカタギリ・ロックウェルと名乗った。
どうやら、狩りのために森に入り、帰る途中だったらしい。
しかし、カタギリは、確実に『魔物』と言った。
ナマモノ、イキモノでは無い。
確実に、マモノと口にしたのだ。
もしかすると、俺は本当に、異世界に来てしまったのだろうか……。
「あれが、グスタの街ですか?」
「そうとも、この辺りじゃ一番大きい街だぜ?兄ちゃん一体どこから来たんだい?」
前方を指差して俺がそう尋ねると、カタギリは怪訝な顔をしながら、そんな言葉を返した。
どこも何も、俺の出身は日本だ。
最も、ここが本当に異世界であるのならば、そんなことを言った所で通じないのだろうが。
「まぁ……ずっとずっと東の方、ですかねぇ……」
俺は、誤魔化すようにそんな答えを返す。
それを聞いて、更に困惑した様子のカタギリに苦笑しながら、ぼんやりと歩くのだった。
◆◆◆
何気ない会話をしながらしばらく歩いていると、大きな門が見えてくる。
どうやら、グスタ街の入口まで辿り着いたようだ。
「おう、お勤めご苦労さん」
「これはどうも、カタギリ様。お疲れ様です」
カタギリが門兵に何やら見せると、大きな音を上げて街への大扉が開かれた。
通行許可証か何かだろうか。
「どうだい、圧巻だろう!グスタの街は冒険者の街。敵襲に備えて防壁を携えた、城塞都市なのさ!」
カタギリはそう言って、高い城壁を見上げる。
確かに圧巻だ。
優に20mを超えるであろう石造りの壁が、視界の遥か先まで続いている。
恐らく、この街全体を石壁が取り囲んでいるのだろう。
防壁の上には、大砲やバリスタが所々に設置されているようだ。
有事の際には、あの設備を使い、敵襲から街を守るのだろう。
「おお、これは凄い……!」
「ああ、防壁もそうだが、街の中も中々のもんだろう。アルクス地方では、一番大きな都市だからな!」
大扉をくぐり抜けた俺達を出迎えたのは、中世ヨーロッパ風の街並みだった。
立ち並ぶ建造物はどれもレンガや石造りだ。
だが、規則的に設置された街灯なんかを見る限り、ある程度は近代的な文化水準であることが伺える。
露店の呼び込みで賑わう大通りには、冒険者の街という名に相応しく、腰や背に武器を携えた、冒険者達の姿が殆どだ。
まるでゲームの中に迷い込んだような光景に、キョロキョロと辺りを見まわしていると、唐突にカタギリから声が掛かる。
「ところで兄ちゃん、行く宛てはあんのかい?」
「いえ、さっぱり……」
そう、見慣れぬ光景に少し浮かれてしまったが、俺には行く宛てが無い。
武器など持ち合わせていなければ、今の装備はくたびれたスーツにビジネスバッグのみ。
財布やスマホなんかも、そのままポケットに入っているが、恐らくどちらも役に立たないだろう。
「やっぱりそうか、行くあてがないようなら、冒険者ギルドに向かうといいぜ。ギルドで冒険者登録さえしちまえば、この街で暮らすのに何かと便利だからな」
冒険者ギルド。
ファンタジー世界、それも冒険者の街とくれば当たり前ではあるが、やはり存在するらしい。
「冒険者って言っても、俺、剣や魔法どころか、戦ったことすらないですよ……?」
そう、いくら異世界に転生したからといって(この場合は転移が正しいのだろうか?)、お約束であるようなチート能力や、チート装備が手に入った訳ではないのだ。
少なくとも、死ぬ寸前に、神様やら何やらと出会ったなんてこともない。
であれば、俺は何の能力も無く、ただの現代日本人としてこの世界へやって来たことになる。
そんな状況では、どう考えても魔物の相手など出来ないだろう。
「ああ、それなら問題ねえ。ギルドに行けば、ステータスによる加護を受けられるからな。それに、初心者には、武器や装備もある程度は支給される」
そしてカタギリは、それでも不安だったら、最近は初級冒険者のために戦闘講習なんてのも開かれる予定があるそうだぜ、と言葉を続けた。
どうやら、俺が心配していたような問題は解決できるようだ。
(しかし、転職か……)
現実世界で働いてた頃は、日々に忙殺されてしまい、考える暇もなかった。
未だに、長い夢を見ているのか、現実なのかはっきりしないが、この世界で生きていくためにも仕事と収入は必要になるだろう。
「わかりました。とりあえず、冒険者ギルドまで行ってみます!」
「おう、それがいいさ!ギルドはこの通りを真っ直ぐ進んで突き当りにある、大きな施設だ。行けばすぐにわかると思うぜ」
「ありがとうございます!本当に、お世話になりました!」
俺が感謝の言葉を述べ、ギルドへ向かって出発しようとすると、再びカタギリから声がかかる。
「……あ、待った待った!兄ちゃん、名前を聞いてなかったよな?」
そういえば、彼の言う通りだ。
こっちに来たばかりの混乱や考え事で全くそんな余裕がなく、危うく恩人に名も名乗らずに去ってしまうところだった。
「俺の名前は、佐藤善寛です!今日のご恩は、いつか必ず返します!」
「ハハハ!恩だなんて大げさだぜ!まぁ、期待して待っとくとするよ!」
そう言いながら大胆に笑うカタギリに背中を叩かれ、そのあまりの強さに吹っ飛びそうになる。
「おっと、すまねえ!まぁ、これもなんかの縁だ、なんかあったら家まで来てくれや。ギルドの人間にでも聞きゃあ、俺の家は教えて貰えると思うぜ!」
「分かりました、また近いうちに伺います。それでは、ギルドまで行ってきます!」
こうして、俺はこの世界で生活する為の手がかりを手に入れた。
そして、大きく手を振るカタギリに見送られながら、今度こそ冒険者ギルドへと歩を進めるのであった。