第1話 社畜・イン・ワンダーランド?
俺が目を覚ましたのは、どこかの森の中だった。
青々と茂った木々の隙間から差す木漏れ日と、どこからか流れてくる穏やかな風が心地いい。
ここはどこだろうか。
まさか、電車事故でどこかへ放り出されてしまったとでもいうのか
いや、その線は恐らくない。
何故なら、俺が乗っていた電車は、東京のど真ん中を走っていたのだ。
全く見覚えのない場所だったが、不思議と焦りや不安はなかった。
「確か俺は、電車に乗って……」
そうだ、俺は確か、通勤中に事故にあったはずだ。
そして、いつの間にか意識を失って……。
「……俺は、死んだのか?」
ということは、ここは天国なのだろうか。
居心地は良いが、些か殺風景ではある。
何にしても、東京都内では無さそうな気がするが……。
そんなことを考えながらウロウロと辺りを散策している時だった。
茂みの向こうから、低い男の声が上がる。
「おい、そこの兄ちゃん。道にでも迷ったのかい?」
声のかかった方を見ると、そこにいたのは、豊かに蓄えた髭が特徴的な、大柄の男だった。
所謂猟師の様な格好をした男の身長は、2m近くはありそうである。
「おっと、そのカッコ、どこぞの貴族か何かかい?そうすっと、ますますこんな場所にいる理由が分からねえが……」
何でここにいるのかは俺も分からん。
(いや、待てよ。今なんて言った……?貴族……?)
もしかすると、俺は夢でも見ているのだろうか。
はたまた、どこか別の国の片田舎にでもワープしてしまったとでも言うのか。
少なくとも、日本に貴族制度は存在しない。
しかし、夢にしては意識がはっきりしている。
これが、明晰夢と言う奴なのだろうか……。
「あの、ここって、どこですか……?」
状況確認の為にも、恐る恐る、猟師風の男性に声をかけてみる。
先程聞こえた言葉は理解できたので、こちらの言葉も通じる筈だ。
「どこもなにも、ここはアルクス地方、グスタの街の外れの森さ。まぁ、地元の人間も滅多に来ないような最奥部だがな……」
アルクス地方、グスタの街。
言葉は通じるが、やはり全く聞いたこともない地名だ。
どうやら俺は、本格的に知らない地方にワープしたのか、異世界にでも迷い込んだらしい。
「な、なるほど、ありがとうございます……。それでは……」
ここにきて、ようやく自分の状況を把握した俺の頭は、かなり混乱していた。
行く当てもないまま立ち去ろうとすると、再び男から声がかかる。
「おいおい、見たところ迷ってんじゃねえのかい?俺もコイツを街まで持ってくところだ、ついでに兄ちゃんも案内するぜ?」
男は、背負っていた小型の鹿のような動物を指さすと、俺に向かってそう笑いかけたのだった。
どうやら、森の中で迷子になるような事態だけは避けられるらしい。