第94話 束の間
グスタの街のような大衆酒場は見つからなかったが、この街出身のマークのおかげで、聖騎士団員行きつけの隠れ家的な酒場で打ち上げを行うことができた。
継承の儀に向けて、少しでもマークの気持ちが軽くなればとの思いだったのだが……。
いつもは酒に弱いマークが、殆ど酔った様子もなかったのが気になった。
勿論、楽しんでくれてはいたのだが、時折どこか上の空といった様子だったのだ。
そして、ラティウム初日から一夜明け、翌日。
マークは少しでも修練を積みたいとのことで、ラティウムの街の外れにあるという騎士団の古い訓練場へと向かって行った。
現在使われている訓練場を使うこともできるのだが、少しでも自分の情報を隠したいと言うこともあるのだろう。事実、他の候補者達も、部隊全体で行うような訓練以外は、それぞれ時間や場所を変えながら行っているのだそうだ。
「とまぁ、俺達2人が残されたわけだけど……」
朝日の照らす街並みの中、俺は隣でうんうんと唸っているクロエに声をかける。
「……うーん、決めたわ!」
手をポンと鳴らし、名案が思い付いたとばかりに目を輝かせるクロエ。
「決めたって、何をさ?」
「アイツ、普段はクールぶってるくせに今回はやけにブルってるじゃない?」
「……まぁ、少なくとも緊張はしてるだろうね。らしくないと言えば、らしくない」
「だからこそ、私は考えたわけ。アイツが少しでも活躍するにはどうしたらいいかって!」
何やら、クロエには秘策があるらしい。
正直、あまり期待しない方が良さそうだが……。
「……うーん、俺には情報収集くらいしか思いつかないけどな」
「馬鹿ね、ヨシヒロ!この上級魔導士クロエ様にかかれば、アイツの緊張を解くためのポーション作りなんてお手の物なんだから!」
それはもはやドーピングなのではなかろうか。
そもそも、クロエがポーションを作っているところなんて、見たことがないのだが……。
「……一応聞いとくけど、ポーションを作った経験は?」
「ないわ!でも、多分できる気がするの!とりあえず、効きそうな素材を市場に探しに行くわよ!」
「うーん……。まぁ、情報収集の片手間くらいでなら付き合うけどさ……」
クロエが多少強引なのはいつものことではあるが、今日はいつにも増してそれが激しい。
普段は喧嘩の多い二人ではあるが、なんやかんや言いつつも、彼女はマークのことを心配しているのだろう。
「よし、そうと決まれば、市場に向けて早速出発よ!」
そう言ったクロエに手を引っ張られながら、俺達はラティウムの市場へ向かうのだった。
「……うーん、滋養強壮として、大毒蛙の黒焼きはマストかしら?」
何やら不穏な魔物の名前が聞こえた気がするが、大丈夫なのだろうか。
ぶつぶつと言いながら市場を物色するクロエをよそに、俺自身も市場の商品を眺める。
「……クロエの方はとりあえず信じるしかないけど、確実に効果のあるこの辺の素材は追加してもらおうかな」
俺が購入したのは、コーヒーに似た飲み物の粉末と、殺人蜂の蜂蜜だ。
カフェインには覚醒効果、糖分には疲労を回復させる効果がある。
まぁ、誰でも知っているような知識ではあるが、これを入れるだけでも、疑似的なエナジードリンクのような役割くらいは果たしてくれるだろう。
「……クロエ、とりあえずポーションの方は任せるよ。俺は候補者達の情報収集をしてくる!」
「……はーい、分かったわ。こっちも素材を集め終わったら宿に戻って調合にかかりっきりになっちゃうから、集めた情報をアイツに伝えるのは任せたわよ」
「了解、じゃあ、また夜にでも」
そんなこんなで、俺はクロエと別れ、ラティウムの街を駆け回った。
マークの付き添いとしてこの街を訪れている俺達は、マルティネス家の敷地内も自由に出入りして良いという許可証を、マークの父であるロムルスから貰っている。
そのおかげで、マルティネス家の敷地内を含む、街の殆どの場所に入ることができた。
そして、数時間後。
街中や騎士団内を駆け回って得られた情報は殆ど無かった。
いや、正確に言うと、情報自体は色々と聞くことができたのだが、その情報が既にこちらが知っている内容であったり、それぞれの武勇伝や人柄に関する内容ばかりであったのである。
原因として大きかったのは、やはり聖騎士団員達の口が皆一様に堅かったことだろう。
俺がマークの連れであることは騎士団内でも既に周知の事実であるようで、一人の候補者が有利になる情報は話せないと、当たり障りのない話しか聞き出せなかったのだ。
そのせいもあってか、俺が聞き込みを行う相手は、ラティウムの市民に偏ってしまったのである。
とはいえ、完全に信用すべきでは無いものの、話にあった武勇伝からは他の候補者の戦い方の参考になりそうなものもあった。
それに、ある人物からは有用な情報を聞き出すこともできた。
時刻は既に昼過ぎ。
集めた情報をマークに伝えに行くついでに、軽食の差し入れでもしてやろう。
そう考えた俺は、市場の売店でサンドウィッチを購入すると、街の外にある訓練場へ向かった。
◆◆◆
「―――陸の型……望月……ッ!」
郊外の修練場に、剣を振るう風切り音が響く。
瞬間、正面にあった複数本の巻き藁が、一斉にそぎ落とされたかのようにその半身を失った。
青年の周囲には、既に役割を終えた数十本の巻き藁と、無数の傷が刻まれた木人が佇んでいる。
「―――おーい、マーク!調子はどんな感じ?」
「……まぁ、ぼちぼちだな。少なくとも、冒険者をやってたせいで剣の腕が鈍ってるなんてことはねぇよ」
「そっか、それなら良かった。とりあえず、あれから俺も情報収集してみたんだ。あとは、これを差し入れに。朝から何も食べてないでしょ?」
袖口で汗を拭うマークに、街で購入してきたサンドウィッチを手渡す。
「ああ、助かるよ。集中してたとは言え、流石に腹が減ってくる時間帯だ」
訓練場の片隅に設置された東屋のような場所に移動した俺達は、ゆっくりと木製のベンチに腰掛ける。
マークは静かに息を整えると、俺が購入してきたサンドウィッチにかぶりついた。
「……うん、美味いな。そういえば、クロエは来てないのか?」
周囲を見渡したマークが、俺にそう声をかけた。
「あぁ、そうなんだよ。なんでも、マークのために特製ポーションを作るとかで……」
「おいおい、大丈夫かよ。アイツがポーションを作ってるとこなんて、見たことねぇぞ……」
「まぁ……効果はあるんじゃないかな……」
「正直、不安しかねぇ……魔法に関しちゃアイツは天才的だが、その辺の才能は皆無に思えるがな……」
「少なくとも、俺の知識で確実に効果のある素材はピックアップしておいたから、大丈夫。……じゃないかな?」
「そこは、言い切って欲しかったがな……」
マークは深く溜息をつくと、残りのサンドウィッチを口に放り込んだ。
「そういえば、集めた情報のことも共有しておくよ。一つ、気になる情報もあったし―――」
俺は街で手に入れた情報をマークに伝える。
それぞれの性格や騎士団での実績、戦い方、噂レベルの武勇伝。
そして、ダイモスに関する、ある黒い噂について。
「―――ダイモスが、俺を殺そうとしてる……?」
「うん。俺も、どこまで信用していいのかは分からないんだけど……」
騎士団内で情報収集のために駆け回り、収穫もなく撤退しようかと考えていた頃。
俺は、とある人物から声をかけられた。
ダイモス・アーレウスは、マーク・マルティネスを殺す計画を立てている。
彼がマークに対して抱く憎悪は並のものではなく、その計画はほぼ確実に実行されるだろう、と。
「……あり得ない話だ……って言えれば良かったんだがな。今のあいつの性格と、分家との確執を考えれば、警戒せざるを得ないだろう。一応聞いておくが、誰がそんな情報を?」
「それが、その情報源って言うのが他でもない、エリスさんなんだ」
そう、俺を引き留めたのは、ダイモスの姉であるエリスだったのだ。
最初は偵察行為を咎めるために声をかけたのだと思ったのだが、どうも違ったらしい。
真剣な面持ちの彼女が語ったのは、彼が持つ暗い側面に関する話だった。
曰く、自身と同じような戦闘スタイルで、模擬試合とはいえ、当時から騎士団期待の星と言われていたユリウスに勝利したマークに、彼は憧れの感情すら抱いていた。
そして、マークが所属するであろう第四部隊に入隊することを目指し、必死に特訓していたのだという。
だが、その憧れの存在であったマークは、マルティネス家を出奔した。
「……そうか。憧れていたって部分は、少し意外ではあるが……」
「そこまでは、まだ理解のできる話だったんだけど―――」
俺は、更に話を続ける。
なんでも、マークが出奔してからのダイモスの落ち込みようは、見ていられない程だったらしい。しばらくの間、自室から出てこなくなってしまったのだとか。
だが、それから数週間が経った頃、ふらりと騎士団の訓練所へ姿を現したそうだ。
今の彼と同じく、何か暗いものを瞳に宿して……。
それ以降、マークに憧れ、戦い方を真似ていたダイモスは、より一層手段を選ばなくなってしまった。
臆病だった性格は鳴りを潜め、より苛烈で加虐的に。
弱者をいたぶり、作戦の中で不必要な殺しすら是としてしまう程に。
「―――聞いた話はこれだけかな。一応聞いておくけど、エリスさんがブラフを張ってるって可能性は?」
「……可能性がゼロとは言い切れないが、無いだろうな。エリスは昔から、馬鹿が付く程の正直者だ」
「ってことは、一応事前にこの話を聞けて良かったのかな」
「どんな手段を使ってくるかは分からないが、事前に聞いてさえいれば、ある程度は対策できるからな。一応は、あいつと俺は似たようなタイプな訳だ。考えつくことも多少は分かる」
「そうだね……。重要な情報だとは言え、俺自身が役に立てる情報を集められなかったのは歯がゆいけど……」
一応は他の候補者達の情報も伝えたが、俺が集められる情報程度であれば、マークは既に仕入れているだろう。
「いや、十分すぎる程に参考になったよ。ダイモスのことは勿論、他の候補者達のこともな」
「そうかな?あまり参考になるとは思えない話ばっかりだったけど……」
「いや、俺が知っている情報と殆ど変わりなってのが重要なんだ」
「ええと、つまりは……?」
察しの悪い俺にやや呆れながらも、マークは言葉を続けた。
「確かに、ヨシヒロは目新しい情報は得られなかった。だが、それ以上の情報が出てこないってのは、裏を返せば、戦闘スタイルが大きく変わってないってことだ」
「……なるほど。少なくとも、5年間ラティウムを離れていたマークが、情報戦で不利になることはないわけだ」
「そういうこと。基本的には考えていた通りの戦い方で勝ちを掴める可能性が高い。もちろん、どの候補者も隠し玉くらいは用意してるだろうけどな……」
「むしろ、ラティウムを離れていたマークの方が有利まであるかもね」
「……まぁ、あくまでも情報戦の一点においてはな。少なくとも、ユリウスの兄貴に対して、生半可な小細工は通用しない。このカードばっかりは、自身の持つ全てをぶつけて戦うしかない」
俺が聞いた範囲の情報だけでも、ユリウスの立てた武勲の数は、他の候補者どころか、ラティウム聖騎士団の中でも有数だという。
そして、王道を往く戦闘スタイルでありながら、戦いの面においても無類の強さを誇る。
今回の継承の儀において、最も高い壁であることに間違いはない。
マークが儀式に参加する一番の目的は、自身の実力を示すこと。その目的を達成するためにも、ユリウスは越えなければならない壁だ。
「……とりあえず、俺はもうしばらくここで鍛錬を続けるよ。お前は、街に戻ってクロエの手伝いでもしてやってくれ」
「そうだね。俺も、クロエを完全に放置すると危ないと思うから……」
「ああ、アイツの好意を無下にもできないし、せめて弱体効果が掛からない程度のポーションには仕上げてくれ……」
「了解。じゃあ、また夜にでも」
「ああ、助かった。クロエにもよろしく頼む」
苦笑を浮かべながらも、マークは再び訓練場の木人へ向かって行った。
俺自身も、そんなマークを後目に、ラティウムへ続く街道へと歩を進める。
いよいよ、明日は継承の儀の本番だ。
どのような結果になるかは分からないが、俺には応援することしかできない。
ダイモスの不穏な噂に一抹の不安を覚えながらも、俺は足を速めるのであった―――
次回より、継承の儀が開始となり、バトル展開が続きます。
戦闘描写が得意では無いので、少し投稿ペースが落ちるかもしれません。
予定としては明日6/17(月)の夜~6/18(火)の夜までのどこかのタイミングで投稿予定です。
書き終わり次第、こちらの後書き欄に投稿予定を追記いたします。
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※6/17 追記
今日中は確実に間に合わないため、明日6/18の昼(12:00前後)か夜(19:00〜21:00)のどちらかで投稿させていただきます




