表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

改めて手紙を置いたが、羞恥心と脱力感が凄すぎて確認を行うこともなくその日は寮に戻ることにした。授業?そんなもんはサボる!受けてられるか!!


普段の私は優秀ではないが真面目な生徒である。下手に赤点をとるような真似をして、それっぽいイケメンから勉強を教わる事になっては困る。

しかし寮に帰ろうとした私を待ち受けていたのはチャラ男イケメン先輩だった。サボったせいでイベントが起きてしまったのだ。

チャラ男イケメン先輩……略してダメ男は私の腕を引き、鮮やかに壁ドンを繰り広げると耳元で囁いた。マジ引く。壁ドンの『ドン』は擬音ではなく『ドン』引きのそれに違いない。


「授業をサボるなんて悪いコだね。……刺激が欲しいの?」


「お腹が痛いんで帰るんです。刺激物は更に下してしまいそうなんでむしろご遠慮願いたいところですね。トイレに寄るので退いてください」


ムードを台無しにすることにかけては自信がある。甚だ小学生的ではあるが、私は小学生ではないので『あいつ学校でウンコしてたぜ~!』とか言われても気にしない。『アイドルは排泄しない』等は幻想である。ヒロインもアイドルも排泄はするのだ。


しかしダメ男には通じなかった。

私の女子として残念な台詞をものともせず、可笑しそうに笑う。


「こんなに良い顔色で?嘘つき」


ダメ男の手が私の顔に伸びる。……これは『嘘つきにはお仕置きだ』みたいな台詞からのチューという、明らかなセクハラ訴訟案件の流れ!

私の動きは機敏じゃないので逃げられない!!


「……っか、つひこぉぉぉ!!」


おもわず勝彦の名を呼んだ。

勝彦が『勝彦』と私から呼ばれているなど、知っている筈も無いのに。


「……たっ!」


小さく声を上げ、ダメ男は手を引っ込めた。コン、と何かが落ちた音の方に目をやると……そこには学生服の、ボタン。


(勝彦が助けてくれた!)


私はすかさずそれを拾い上げ、走り出した。飛んできた方向はいまひとつ判らないが、きっと近くにはいる。

運動音痴で鈍足な私は走るときいつも足の動きがままならない感じを抱いてしまうのだが、今は足が若干縺れているのにもかかわらず全く気にならない。


(この学園の生徒なんだ!)


新たに手に入れたたったそれだけの情報と、やっぱり助けてくれたことに歓喜しながら裏庭に戻った。


手紙は……ない!


「……会いたいの!!」


学生服のボタンを握り締め、衝動的に叫んだ。

私の声に驚いたのか、鳥がバサバサっと羽音を立てて飛び立っていく。


「…………」


風に木の葉が揺れる音。遠くに人の声。


……勝彦は現れなかった。


胸に穴が空いたような初めての虚しさを抱え、失意のままただ宙を見ていた視線を手紙を置いたベンチの方へ向ける。勝彦の残像を捜すように。


「!」


ベンチにいつの間にか何かが置いてある事に気付いて、慌てて駆け寄った。


そこにあったのは小さな箱。


それは…………下痢止めだった。


「……勝彦……」


私は勝彦の残した学生服のボタンと、勝彦のくれたプレゼント(下痢止め)を胸の前で握り締め、小さくその名前(仮名)を呼ぶ。


胸が締め付けられる。

……『切ない』ってこういうことか。


私は確かに彼に恋をしている。




「……これで勝彦を割り出せないかな?」


私は寮には戻らず、昼休憩になると即座にソフィアを取っ捕まえた。

ダメ男は私を追いかけては来なかったようだが、自分もサボってたことを棚上げし『アイツサボってやがりましたよ』と先生にチクるという細やかな心配りも忘れない程、冴えている。今ならなんでもできる気がする。恋って素晴らしい。


しつこい様だがソフィアは公爵令嬢である。しかも恋人は王子。勝彦を割り出すのに、こんなに使える手駒はいない。

こんなことなら『酒の力だ』なんて言わずに『9割位は私のお陰だ』と恩を売っとくべきだった……とか思ったが、ソフィアはそんなことしなくても快く引き受けてくれた。私と違って性格が良いのだ……私の方がよっぽど悪役令嬢に向いている。


公爵家の暗部に勝彦の素性を調べてもらっている間、私は勝彦と文通を試みることにした。


文通なんて前時代のまだるっこしいこと、今時誰がやるんだ……と前世で思っていた私だが、ようやく少しだけその気持ちが解った気がした。


顔も知らない勝彦の事をあれこれ想像しながら筆を走らす。どうしてもそのイメージが浜ちゃん扮する勝彦になるのは致し方無い。

返事はくるだろうか。私の事も知ってもらいたい。


(……あ、勝彦の方は私を見てるから知ってるのか)


考えてみればちょっとしたストーカーだが、当人である私が不快でないので問題は皆無。むしろ嬉しい位だ。


調べているので彼がどうして私を助けてくれるのか、なんて野暮なことは手紙には書かない。ただ思いの丈を綴る。


だがやはり手紙というものは難しい。

すっかり脳が春……啓蟄を迎えた私の頭には虫がわんさか沸いていた。

読み直して恥ずか死にそうになりながら破り捨てる事数度、結局数行しか書くことが出来なかった。


★☆★☆★


勝彦へ


お薬、ありがとう。

名前も知らない貴方の事を、密かに勝彦と呼んでいます。

本当は、ちゃんと名前を知りたい。

会ってお話できないのなら、せめて文を交わしたいと思い、この手紙を書きました。ご迷惑でなければお返事下さい。


ヴァレリー・ハドルストン


★☆★☆★


「……ご迷惑だとしても調べて追いかけるがな!」


手紙というのは恐ろしい。こんなにも簡素な文なのに、なんだか別人格の様だ。そんな気持ちを割り切るべく、一言吐いた。……これ以上書いても録な事にならないのは目に見えている。

幸い私を常日頃見ている筈の勝彦は、文面から私に幻想なんて抱かないだろう。


意外かもしれないが私はお菓子作りができるという隠れ女子力を持っている。ここぞとばかりにその力を発揮して手作りのクッキーを作り、それを手紙に添えた。女子力アピールである。我ながらあざと可愛い。マジ乙女。

裏庭のベンチに置きそそくさと立ち去り、少し待つ。


(……はっ、『お薬ありがとう。』の後に『本当は別にお腹壊してないけど。』って注釈を入れるべきだった!!)


ダメ男に腹を下していると思われるのは一向に構わないが、勝彦には嫌だ……そんな乙女心が急激に働いた。


急いで手紙を回収しに戻ると、黒髪で眼鏡の少年と鉢合わせた。

瞠目し固まる少年……手には手紙とクッキー。

更に彼は素早い動きで一瞬にして消えた。……間違いない!勝彦だ!!


(勝彦おぉぉぉ!生勝彦ぉぉぉ!!)


半生手裏剣(※)ならぬ生勝彦!!

興奮のあまり私は卒倒しそうになった。


しかし興奮が少し落ち着いて我に返ると、とんでもない事実に気付いた。


興奮のあまり、黒髪と眼鏡しかほぼ認識出来ていないという事実。

……黒髪の眼鏡は沢山いる。


(……結局調べてんだし……まぁいいか)


惜しいことをしたが、少なくとも普通の外見であることはわかった。




一度姿を見せてしまったから、次は私の前に出てくるかもしれないという期待も空しく、勝彦は現れてくれなかった。

それどころか、いつまで経っても手紙の返事もない。


(……何か事情があるのかもしれない)


私は一方通行の手紙とプレゼントを続けた。貰ってはくれるようで、いつも知らぬ間に無くなる。

手紙とプレゼントをベンチに置き、『いずれ会えますように』という願いを込めて柏手を打って去るのが私の日課になった。……なんだかお供え物みたいだ。


1週間程してからソフィアが『誰だか判った』と報告してくれたが、私はお礼と手間を掛けてしまったことを詫びてそれを辞した。


「……多分、会いたくないか、会えない事情があるんだと思うから」


これまでの経緯を話してそう言うと、ソフィアは微妙な顔で「そう」とだけ言った。




学園生活の3年間、ずっとひとりよがりともいえる手紙とプレゼントを続けた。


ソフィアから色々教えて貰ったお陰で、攻略対象達とはさして絡むことなく過ごすことが出来た。

ごく稀になってしまったフラグ回避の中で、やっぱり勝彦は私を助けてくれたけれど……結局彼が私の前に再び現れることはなく、遂に卒業の日が来た。


私は卒業式の後、各々別れを惜しむ学生達の中を抜け出て、最後のお供え物をしに裏庭に行った。


――――最後の手紙は2通。それぞれ一言だけ。






※『日陰の忍者勝彦』の武器。多分軟らかい。ネットオークションで買えるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ