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走って走って走った結果……足がつった。


前にも述べた通り、私はウン……運動音痴だ。運動が苦手な人なら解ると思うが、特別な理由でもなければ自ら運動をしたりはしない。普段使用しない筋肉を使った結果、こうなるのは自明の理である。


そして足がつった私はバランスを崩した。


(あ)


――――勝彦が来てくれる!


そう思った瞬間、前のめりに倒れる私の身体が後ろに引き戻される。誰かが肩を掴み、体勢を整えてくれている。


「!!」


勝彦だ!……そう思った私は咄嗟にその手目掛けて自分の手を動かす。

しかし自ら自分の肩を掴んだだけで終わってしまった。……勝彦!素早すぎるわ!!


「か……誰?!出てきてよ!お礼も言わせないつもり?!」


勝彦が何処へ行ったか判らないので、360度ゆっくり回転しながら周囲に叫ぶ。……だが返事はない。


「……くそう……あくまで忍ぶ気か」


流石は日陰の忍者。

苦々しく舌打ちをするが、どうしても顔がにやける。公爵令嬢のソフィアとつるむようになったせいで、私は絡まれたりフラグイベントが起こる様な機会が極端に減ってしまっていた。久々の勝彦だ。嬉しい。


どうにかして勝彦に会いたい。見た目なんてさしたる問題ではないのは、既に脳内のイメージで解っている。

『日陰の忍者勝彦』を知らない人の為に説明すると、浜ちゃん扮する勝彦は黄色いフレームの眼鏡に、前髪短めの市松人形の様なおかっぱで茶髪。サテンっぽいピンクの生地に大きめの緑の水玉模様というサイケデリックな忍者装束を身に纏っている。

これでときめけるのだからどんなのが来てもときめけるに違いない。


(絶対に捜し出してみせる!)


そう決意した私は悪役令嬢の親友ソフィアと、その恋人で攻略対象だった筈のローレンス殿下に全てを打ち明け協力を願い出た。本星悪役令嬢に絡まれたところを王子が助けるという、フラグ囮作戦である。



だが勝彦は乗ってこなかった。



「流石にバレバレなんじゃないかしら……」


「ああ、私達が仲睦まじくし過ぎたようだ。ヴァレリーは確かに魅力的だが、彼女に迫る演技をしているときですら私の目にはソフィアしか映っていないからな……」


「「殿下……」」


私とソフィアは同じ事を言ったにもかかわらずそのトーンはまるで違う。

黙れこの色ボケ王子が。私の腕を見てみろ、サブイボ立ったわ。……と思って呆れ気味に突っ込んだ形の私に対し、ソフィアは嬉しそうに頬を染めている。解せぬ。


「本当の事を言ったに過ぎないのに、頬が薔薇色だ。ふ……そんな君も愛らしいな……」


おい、お前ら見詰め合うんじゃない。

私はほったらかしか。

『絶対協力する』って言ってたくせに……女の友情って儚い。




糞の役にも立たない色ボケ共を置いて、私はひとり自室に戻った。

とりあえず手紙を書いてみる事にしたのだ。


投網で捕まえるとか落とし穴に落とすとか……色々考えてはみたものの、勝彦の運動神経を(かんが)みると捕縛するという手段はおよそ現実的ではない。


しかしラブレターどころか手紙もさして書いた事のない私は苦戦した。年賀状すら書かなかった私に『明けましておめでとう』等のわかりやすい定型文がないのはキツい。

こういうときこそソフィアが役に立つ……と席を立とうとして、思い直して再び座る。


これは、私が書かなきゃ駄目だ。

拙くてもなんでも。


悩んで悩んで何度も書き直した。


結局書けたのはたった三行。


『あなたは誰?』

『いつもありがとう。』

『会いたい』




(う~ん、果たしてこれで良いものか……)


思い悩んだ私だが、心を癒してくれる酒はもう手元に無い。

勝彦への手紙を書いたついでに、実家に『心付けとして渡すから酒を送ってくれ』という手紙を書いた。




次の日私は手紙を胸ポケットに入れ、学校の裏庭へと赴いた。あそこなら人気がない。……きっと今も勝彦は何処かで私を見ている筈、そう信じて。


胸が高鳴る。

誰もいない裏庭のベンチに手紙を置く……ただそれだけなのに。


「……手紙を書いたの!ここに置いておくから!!」


何故だか上手く喉の奥から出てこない声を絞り出すようにして宙に声を掛け、足早にその場を去る。

きっと私がいる限り彼は出てこない……というのもあるが、私の方がこの緊張に耐えられそうもないのだ。早足の筈がいつの間にかまた走っていた。


でも、胸の鼓動が速いビートを刻んでいるのはきっと……そのせいだけじゃない。


(……って乙女か!ポエムか!!)


『恋をすると人は誰しも詩人になる』……みたいな言葉を、正直なところ、今の今まで「アホか、脳に虫でも沸いてんのか」等と思っていたが、そうでもないらしい。それか、私の頭にも虫が沸き出したかのどちらかだ。


裏庭から校舎沿いに半周走ったところで踵を返した。素早い勝彦の事だ、きっともう手紙は回収されているに違いない。


胸がドキドキとする中、裏庭が近付くに連れて私の歩みはどんどん遅くなる。

確認したいけど、なんだか怖い。


(これが乙女心か!揺れる乙女心か!)


今までの人生、現世ですら私を良く知る者には『女子の皮を被ったおっさん』と評されていたこの私。そんな私の中に眠る乙女を引きずり上げた勝彦……素直に凄いと思う。




遠目から確認出来ないよう、視線をずらしつつベンチの背もたれ側から近付いた。一旦深呼吸をして、心を落ち着かせてから確認を行うことにする。


思い切ってベンチの座面に顔を向けた。


…………手紙はあった。

飛ばないように置いた石もそのまま。


「……ええぇぇぇぇ!!なんでぇ?!」


ショックではじめは気付かなかったが、ちゃんと見ると封は切られていた。


(読んだんだ……)


ホッとする気持ちの中に、なんで受け取ってくれなかったんだろうというモヤモヤした気持ち。

そっと重石を取り、手紙を持ち上げると下に走り書きのようなメモがあるのに気付く。


勝彦からだ!


おそらくは勝彦からだと思うが、その内容に私は驚愕せずにいられなかった。


『間違ってます』


………………意味が解らない。


「……あれ?」


(多分)彼からのメモ書きを見た後、手元に握っている自身の書いた手紙を見て、ようやくその意味を理解した。


「あああああ間違えたあぁぁぁぁ!!」


――――ベンチに置いたのは実家への手紙の方だったのだ。

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