魔王の手先と自称勇者の話
「勝負だ! 魔王の手先!」
突然響いた甲高い声で私は目を覚ました。
門を背に気持ちよく寝ていたが、起きてしまったのなら仕方がない。
重たい瞼を開けると、自称勇者の少年がこちらに剣を向けていた。
「また来たか少年。だが私は勇者でなければ倒せない。大人しく家に帰るがいい」
「だから俺が勇者だって何回も言っているだろう!」
少年が勇者だと? 馬鹿も休み休み言え。魔王様を唯一倒せる可能性のある勇者が、私を倒せないほど弱いわけないだろう。
何度目になるかはわからないが、帰ってもらうため、ゆっくり立ち上がり少年を見下ろす。
「ならば、また試してやろう。かかってくるがいい」
「今度は負けないぞ!」
少年が剣を天高く掲げると、晴天の空から真っ直ぐ雷が降り注ぐ。衝撃で大地が震えあがり、空気が軋む。
見たことない動きだ。新技か?
万が一に備えて腕を組み、防御の構えに入る。
「くらえ! 雷鳴斬!」
雷を纏った剣を振り降ろし、少年は最大火力の斬撃を放った。今までの斬撃とはまさに桁違いと言ったところだ。だが――
「馬鹿な⁉」
少年が驚くのも無理はない。自慢の奥義を片手で受け止められれば、誰だってそういう反応になるだろう。
隙だらけの少年を軽くはたいて吹き飛ばす。これでおしまいだ。
「自分の攻撃が防がれた時に動揺しすぎだ。常に何手も先を考えて行動しろ」
「畜生……覚えてろ!」
少年は泣きながら、瞬く間に走り去ってしまった。あの様子では近いうちにまた来るだろう。
敗北で折れず、次へとつなごうとする。強い少年だ。生まれたときから折れている私とは大違いだな。
私は魔王様に作り上げられたゴーレムだ。遠く離れた魔王城へ向かうための第一の門番と言うことになっているが、本当は違う。
真の役割は勇者と戦い敗れること。強くなった勇者を魔王様はお望みなのだ。そのため勇者以外の人間と争う理由も特になく、誰も近寄らない門をボーっと守っている。
そもそも、この門自体が魔王城に向かうため絶対に通る必要も無いのだから困ったものだ。最悪勇者に合わない可能性もあるのだが、ここの守護を任されているから動くこともできない。
そのような場所にこの少年がやってきたのはいつだろうか。いきなり襲ってきた時は驚いた。何せ私のような巨体を持つゴーレムに木剣で挑んできたのだ。無謀に程がある。軽く、追い払い、二度とこないよう驚かしたつもりだったのだが、次の日も少年は来た。勇者だから魔王の手先は倒さないといけないらしい。
悲しいことだ、勇者にあこがれただけで彼が命を失うのは余りにも惜しい。
考えた末、私は少年を追い払う中で指導していくことにした。そうすれば無謀な戦いで命を落とす確率も減るだろう。
私は軋む体を点検しながら、特訓内容を考えていた。
◇
あれから数年の時が流れた。未だに私は一人空しく門を守り続けている。
たまに仲間から連絡が来るが、情報伝達のみで雑談を交わすこともない。
そんな、私の唯一の楽しみと言えば――
「またせたな、魔王の手先」
少年――いや、もう青年となった彼との戦いのみだ。
青年の後ろには魔法使い、僧侶といった仲間が増えていたが。青年はあくまで一対一の戦いを望んでいた。
「あんたに戦いを教わり、俺は強くなった。ここであんたを越える」
少年の頃より大きくなった剣を両手に持ち、青年は静かに構える。
もはや、あの時の弱かった少年はいない。心身ともに鍛え上げられ、勇者と言っても過言ではない青年がそこにはいた。
「何度でも言うが、私を倒せるのは勇者のみ。去るがいい」
「今日こそ認めさせてやるよ!」
青年は素早く距離を詰め、私の関節部分を的確に狙ってきた。幾ら強靭な体を持とうと稼働部位を破損すれば動きに支障が出る。
私は地面に拳を叩き込み、砕けた大地を青年の体にぶつけようとした。だが青年はそれを読んでいたとばかりに、砕けた大地を足場にしながら空中で加速する。
「今!」
勢いづいた青年の剣が私の右肩に突き刺さる。この体が直接傷つけられたのは初めてだ。
私が苦悶の声を漏らすと青年は勢い付き、こちらに反撃の隙を与えないよう攻撃し続ける。
「勇者様頑張って!」
「そんな奴、簡単に倒しなさい!」
青年への声援が戦場に響く。
たとえ一人であろうと、仲間の応援があれば皆強くなれる。
だが一つ訂正させてもらおう。
「青年は勇者にあらず! 勇者を名乗りたければ私に勝つがいい!」
私は両手を広げ、身体を軸に回転することにより竜巻を生み出した。荒ぶる砂煙は青年の視界を奪い、高速回転は攻撃と防御の両方をこなす。
そんな私の動きさえ読んでいたのか、青年は竜巻の勢いを利用して空中に飛び上がり、雷鳴をその剣に宿した。
これは、あの時の技か!
「くらえ! 超雷鳴斬!」
放たれた斬撃が目前に迫る。よもや、私が――
◇
「畜生……今度こそ勝てると思ったのに……」
「勇者様!」
「ちょっと大丈夫⁉」
倒れた青年のもとに仲間たちが集まる。
結果としては私が勝った。青年の放った一撃を耐えきり、空中で無防備な青年を滅多打ちにしたのだ。
僧侶が青年を回復させ、魔法使いがこちらを仇のように睨み付けてくる。
「許さない!」
魔法使いは怒りのままこちらを攻撃しようとするが、起き上がった青年がその手を掴み、それを止める。
「やめろ」
「どうして⁉ こいつは魔王の手先でしょ⁉ だったら倒さないと――」
「確かにこのゴーレムは魔王の手先だ。だが、それと同時に俺の師匠でもある」
青年が真っ直ぐこちらを見てくる。
「そうか、そのように思ってくれていたのなら、光栄……だな」
私は膝を折り、そのまま地面に倒れ込む。
青年たちは顔色を変え、急いで駆け寄って来た。
「お……おい、どうしたんだよあんた⁉」
「こうなるのも時間の問題だった。私は元々長く動けるようには作られていない。本来ならもっと早くに機能停止していた」
「な……」
魔王様はもっと早くに、勇者が私を倒す想定をしていた。そのため、強い代わりに劣化が激しい体だったのだ。
その私がここまで永らえることができたのは――
「お前のおかげだ――青年」
「俺の?」
「ああ、お前と戦う日々は本当に楽しかった。成長する姿をもっと見続けたい。その一心で体を請われた部分をでたらめに修復してきた」
だが、先ほどの戦いで限界がきた。あの一撃を耐えられたのは、せめてもの意地だったか。
「ふざけるな! まだ、あんたに勝ってない! 勇者って……認められていない……」
青年の涙が体に当たる。
ゴーレムだからよくわからないはずなのに、何故か温かいような気がした。
「そうだ、お前は勇者ではない。一人の人間だ」
私は身体に隠されたスイッチを押し、中から剣を取り出す。
「私が認めた相手に渡すよう魔王様に言われていたものだ。――と言っても、今のお前には必要ないかもしれんがな」
青年が装備しているのは、魔王城付近の仲間が持っていた強力な武器だ。対して私の持っていた剣はここからそう遠くない場所で手に入る物。今の青年には何の価値もないはずだ。
「そんなことない。あんたの剣……受け取る」
青年は力強く剣を受け取り、天に掲げる。
それは鈍くも確かに輝いていた。
「お前が望むなら、行くがいい青年。立ち止まることは、師匠が許さん」
「何だよ……今さら師匠面するなよ」
青年は涙を拭き、一礼すると仲間と共に去っていった。
「さらばだ青年。いや、勇者よ――」
私の意識はそこで途絶えた。
◇
「――――ン?」
意識がある。
馬鹿な。私はあの時死んだはずでは。
「勇者様! お師匠様が気づきましたよ!」
「本当か⁉」
体をゆっくり起こせば、あの時と変わらぬ場所で青年たちがいた。
「青年。私は一体……」
どうやら、あの後青年は魔王様を倒し、私を生き返らせるよう頼んだらしい。
自身より強い相手と戦えて満足した魔王様は上機嫌でそれを了承。結果現在に至るとのこと。
「じゃあ、早速だけど。勝負だ!」
青年が嬉しそうに武器を構える。
やれやれ生き返って一息つく間もなく勝負とは。しかし、それも悪くない。
「いいだろう。だが、私を倒せるのは勇者のみだ!」
「何度も言っているだろう! 俺は勇者だ!」
後に分かったことだが、勇者には近くにいるものを強化する力があり、そのせいで私も異常なほど強くなったらしい。
私の実力は既に魔王様を遥かに上回っており、後に青年だけでなく魔王様も鍛えることになった。