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9/13

救世主

 結局あの後もメッセージはつつがなく送られてきて、登校中も度々返信しつつ、現在は既に学校に到着。

 そのまま昇降口で靴を履き変えていた時だった。


「あっ、鹿川くん!」


 その声に瞬間的に反応して、入り口側に目を見やる。

 同時に辺りにも目を配る。ってのは別に他人に見られたからってどうもならないけど、つい反射的に。


「よっ、雨川。今日は遅いんだな」


 俺はいつも通りギリギリを狙った時間。より、少しだけど早くきたこの時間でも、雨川ならいつもは着いてたと思うんだけどな。


「ちょっと八太郎の散歩終わった後、鹿川くんとのメッセージのやり取り見返してたら遅れちゃって」


「へっ、へえ……」


 そんな別に俺、特別面白いこと送ってないんですけど。学校に行くのいつもより遅くなるぐらい足を止めてしまうような文章を書いた記憶は無いんだけど。

 過大評価されすぎて逆に戸惑っちゃうぜ。


「あとは、いっつも鹿川くん遅いから、ちょっと遅く行ったらどっかで鹿川くんと会えるかなって」


「へっ、へえ……」


 ナチュラルに出た今のへえにもさっきのへえより、倍の照れが混ざっております。

 だから平然とそういうこと言われるとこっちも反応に困るんだけど。


「あっ、って言っても、私鹿川くんの家知らないから通学路も分からないんだけど。あっ、あっそれで、そういえば、鹿川くんの家ってどこなの?」


「えっ、家?」


「うん、家」


 えっ、何、どういう流れ? 何で俺の家になるんだ。


「まあ、ここから自転車で十分ぐらいのとこって言えば良いのかな」


「それじゃよく分からないから、住所教えて?」


 えっ、何で住所? 

 何々年賀状出すから? いや、にしてはまだ夏なりたてだし、早すぎる。ていうかそもそも何で俺の家知りたいんだ。

 えっ、怖いよ。何で住所で聞いてくるんだよ。住所の確認なんて年賀状出す時か正確な位置が分からない場所を検索する時くらいしか……。えっ、俺の家住所から割り出す気!? マジで怖いよ! いや、何もしないとは思うけど。いややっぱり何で住所なんだよ。


「えっ、なんで住所?」


「うーんと……色々使えるから?」


 聞いた住所色々使うって怖い! 


「住所である必要はあるのか?」


「うんうん。別に家を教えてくれるなら、それでいいよ」


 あっ、良かった。悪用する気は無さそうだ。勿論分かってはいたが、良かった。

 しかし家を教えて欲しいって……あっ、もしかして俺の家に来たいってことなのか? だとしたら住所から絞り出そうとしないで、家行きたいって素直に言った方が良いと思います。


「あー、良いけど、それはまた今度機会があったらな」


 とりあえず誤魔化しておいた。しかし言うと、むーっと不満そうにする雨川。

 いやいや、情報化社会の現代、個人情報を誰かに掴まれるというのはかなり危険なことであってだな。時間を掛けて相手が信用なる相手だと判断してからではないとな――なんて適当な理由を辿々しく述べる気もなく。別に教えることは構わないけど、何となくまだ出会って間もない女子に家を教えるというのは心理的抵抗がある。

 今はまだ無いだろうけど、いつか機会があればってことで。

 両者賛同の解決の為にそんなことをやんわり伝えると、「分かった」と渋々雨川が了承してくれた。

 その時だった。


「ちょっとそこどいてよ、ジャマくさい」


 後ろから聞こえてきた声。

 その声音は明らかに不機嫌で、ともすれば感じが悪い。

 反射的に上位グループの奴かと振り返りざまきつい視線を送ると、そこには予想していなかった人物が立っていた。


「あっ、ごめんなさい。すぐどけます」


 そう言ってどけた雨川の横を「ったく」等と文句を言いながら通り過ぎようとした女子は、同じクラスの宇佐見うさみ明子あきこ


 あまり女性のことを悪く言うのはあれだが、正直お世辞にも優れた容姿とは言えず、周囲から聞こえてきた顔面偏差値は三十二。きつめの目は、どうも良い印象を受けない。


 まあ、顔の作りなんて仕方ないし、人は顔だけじゃない。だからそれだけなら別に問題ないのだが、気になるのは中身も中々醜悪だということ。


 パシり、雑用、金貸し。自分から上位グループの狗となって奴等に媚びへつらい、接触することで、あたかも自分は上位カーストに属している気になって、他者を見下すかなり嫌な奴。通称、うざみ。


 ただ実際見ていると、上位カーストの奴等にはほとんど相手されていないように見えるけど。「うざみ、うざー」とか、うざみがジュース買いに教室出て行った時に聞こえてきたし。


 それでも本人はそれに気か付かず、仲間になったつもりでいるのはこちらとしては哀れに思えてくるが、まあ本人気付いてないから仕方無い。


 早く行けよと思いながら、俺の横を通りすぎるうざみを見送り、更に雨川の横を通りすぎようとした所で、雨川の肩に掛けていたショルダーバッグがうざみの体に軽く当たった。


「あっ、いった。ちょっ、痛いんだけど。なにぶつかってくれちゃってんのあんた」


 立ち止まり、肩を抑えながら雨川に敵意剥き出しの視線と声を向けるうざみ。

 はあっ、何言ってんだ、こいつ。ぶつかったの自分だろうが。てか、何抑えてんだ。軽く当たっただけなのに、いてー訳ねーだろ。

 本当うざみはうざみだな。


「えっ、あっ、ごめん。カバン当たっちゃったんだ」


「いや、当たっちゃったんだ、じゃないから。わたしさー、ちゃんとジャマだからどけろって言ったよね。なんですぐどけないの? あんたの汚いバッグが私に当たっちゃったじゃん」


「……ごめんなさい」


 戸惑い気味に謝る雨川にそれでもまだ糾弾するうざみの言葉は、正直俺がカチンと頭に来た。

 おいおい、自分で当たっといて何だその言い草。うざみ、マジでうぜーな。

 しかし、相手はいくらうざみとはいえ、一応は女性。こっちが取り乱す訳にもいくまい。諭すような口調を意識して喋りかける。


「おいおい、ちょっと落ち着けよ、うざみ」


「誰がうざみだ!」


 しまった。会って数十秒にも関わらず、既に全開なうざみのうざさについ心の声が漏れてしまった。


「てか、うわっ、ついツッコんじゃったけど、あんたがなにうざみとか言っちゃてんの。わたしのその愛称呼んでいいの、イケてる系グループの人だけだから。顔面偏差値四十程度のあんたが口にしちゃダメだから。てか、私に話し掛けないでくれない、ブサイク」


 ――うざい、うざすぎる。なにこいつ。

 てか正直嫌だけどあえて分かりやすいように使わせてもらえば、俺お前よりは顔面偏差値の数値上だからね。どっから出てくるのその自信。

 この人は自分がモデル並の顔立ちをしているとでも思い込んでいるのだろうか。

 ひょっとしたら誰かに自分の顔が綺麗に見える幻覚をかけられているのかもしれない。

 あるいはあまりにも理想とギャップのある現実の顔に自分は綺麗だと自己暗示を掛けてしまっているのかもしれない。自分を客観視出来ないとは何と哀れなものか。


 そして、お前うざみって愛称だと思ってんの。ちげーから。蔑称だから。何ちょっと気に入っちゃってんの。呼ばれたいの、そのただの悪口?

 あー、クソ。男ならそれはもう既に胸ぐらに掴み掛かった上で「おまっ、ちょっ、なんだと、あーん?」みたいな言葉を延々と浴びせかけてる所だけど、社会的地位を守る為と、あとはこんなうざみでも一応戸籍上は女性となっていることを考慮し、何とか自分を抑え付ける。


 ――ことに俺は努力していたんだけど。


「宇佐見さん、誰がブサイクだって?」


「はっ?」


 突然の雰囲気の変わった声に、俺とうざみは速攻でそちらに視線を向けた。


「ぶつかったのは私だよね? 何で鹿川くんの悪口言うの? あと、ブサイクって誰のこと? もしかして鹿川くんのこと言ってるの? そんな訳ないよね。違うよね?」


 聞き覚えのない、雨川の少し怒気の混ざった口調。俺より先に雨川が口を開いた。

 さっきまで下になって謝っていた雨川が、今はどうやら珍しくお怒りになっているらしい。


「はっ、はあ、なに急に」


 その態度に一瞬口調がごもり、うざみは少し怯んだ様子を見せる。


「鹿川くんはブサイクじゃないよね。なのになんでそういうこと言うの? 私は悪かったよ、ごめんね。でも、鹿川くんには謝ってくれないかな?」


 後ろからゴゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな威圧感が今の雨川にはある。

 いやいや、これ本当に雨川? 怒るイメージが全く出来なかったけど、こんな感じなんだ。

 ――って、いやいや。俺の為に言ってくれるのはありがたいんだけど。


「別に俺は気にしてないよ。それよりもうさっさと行こうぜ。遅刻しちゃうし」


 早くうざみから離れたいし。

 あとは、何となく逆に申し訳なくなってくる。


「ちょちょ、ちょお待てや。意味分かんないし。なに逆ギレしてんの、アンタ。気持ちわるっ。偏差値三十ってだけで、キモいのに性格までキモいとか。てか、マジでキモ」


 うわっ、ボキャブラリーの無さよ。一つの文章の中に同じこと何回言ってんだよ。よくキモいのを伝える為だけにそんな文章長く出来たな。作文の宿題で文字数稼ぐ為に、「楽しかった」を「すごく、すごく、すごーく楽しかったです」って書く小学生か。

 ていうか、お前がなに人のことバカにしてんだよ。性格キモいのはお前だし、顔に至っては本来ならお前なんか雨川の足元にも及ばねえんだぞ。


「きっ、気持ち悪くなんてないよ」


 のだが、当の雨川は否定するもののさっきのような勢いはない。

 マジかよ、おいおい。俺への罵倒は強気で否定してくれたのに自分のことに関しては自信がないのかよ。


「はっ、なに言ってんの。そのメガネなに。それになに、その全く整理されずに伸びきった髪。全然あんたキモいけど。勘違いしてんじゃねえよ」


 勢いが萎んだ雨川に、今が好機と言わんばかりに逆に勢いを増すうざみ。

 雨川はしょぼんと俯き加減に顔を下げてしまう。

 やばい、今にもうざみに手が出てしまいそうだ。でも、堪えろ。こいつはメスなんだ。オスではないのに、殴りかかる訳にはいかない。


「おい、宇佐見。お前ちょっとそれは無い――」


「あと、あんた暗すぎー。もうちょっと明るく生きられないの? 顔はキモいんだからさ、もうちょっと性格だけでも明るく行けや。顔もダメなら中身もキモいって、あんたほんと良いとこないよね」


 俺の言葉など聞く気もないようで、遮ってそんな言葉を宣ううざみ。

 瞬間、かーっと頭に血が上ったのが分かった。脳内の温度が急激に上昇した。


「おい、良い加減にしろよ、お前。雨川のこと何も知らねえくせに言ってんじゃねえよ。何勝手に決めつけてんだ」


「鹿川くん……!」


「はあっ、アンタも? 二人してなにかばいあってんの、キモっ。てか、もしかしてだけど、あんたら付き合ってんじゃねーの? てか、完全付き合ってるっしょ」


「すっ、好き……? 付き合ってる……?」


「はあっ、付き合ってねえよ。てか、今はそんなの関係ねえだろ」


 呆然として復唱する雨川は置いといて、俺は強めに否定した。

 そこでまたシュンと落ち込んだ姿を見せる雨川。いや、違くて! 別にお前と付き合ってると思われたのが嫌とかじゃなくて、これは牽制なんだよ。


「大体お前なんかよりな――」


 ――雨川の方が魅力的なんだよ。


 勢いそのままに言葉を口にしようとして、でも瞬時に飲み下した。


 顔のことは言えないし、中身に関してだって、こいつに比べりゃ大体の奴はマシということになるけど、それでも俺は雨川のことをまだよく知らない。

 勿論既に充分過ぎる程分かってることもあるけど、軽々しく知った気になってそんな言葉口にするのは間違っているし、仮に言ったところで多分こいつには伝わらない。


「なに急に黙っちゃってんのよ。わたしなんかより、なによ一体?」

 

 うざみに回答を急かされるも、適当な言葉が見つからず言葉に窮してしまった。やばい、何て言おう。

 焦りながらも、別の言葉を探索していたその時だった。


「あれ、馬鹿川、なにやってんの?」


「はっ、えっ、いや、だから馬鹿川って呼ぶな!」


 思わず反射的に声がした後方に振り返ると、そこにはゆっくり歩く高倉が見えた。

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