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突然変異

 あれから一日経った。

 

 現在、朝のホームルームが終わった一時間目が始まる前の休み時間。今日も今日とて、相変わらず上位カーストの奴らは勝手にわいやわいや騒いでいらっしゃる。

 所々でキャハハハと甲高い笑い声が聞こえてくる度にイラッとくる。うるせー。あー、マジうるせー。黙ってくれないかな。本当このまま黙ってくれないと、俺混ざりに行っちゃうよ。しれっと話掛けに行った際にはあいつら絶対困惑の顔見せながら一瞬黙っちゃうよ。うわ、何それ悲しいな。

 まあ、それは最早いつも通り。通常運転。何も変わらない日常。

 ただその中で、一つだけ。明らかに異質なことが起きていた。


「……鹿川くん、どうかしたの?」


 雨川が俺の席の前に立っている。恨めしげな視線を上位陣に対して向けていた俺に不思議そうな顔を向けている。

 いやいや、えっ、これ良いの。例の如く上位陣は全く気にした様子は無いものの、雨川と俺なんてほとんど関わったことの無い、異色の組み合わせだろ。下位グループは結構、えっ何で、みたいな顔して見ている。


「えっと……大丈夫なの?」


 勿論雨川は変装中。改めて、昨日見た素顔とはギャップありすぎだろと実感する。ていうか、素顔知ってんの俺だけなんだよな。

何となく特別性に感慨、俺はナイスガイ(ラップ調、才能ゼロ)。


「……大丈夫。変装バッチリだし。それより鹿川くん近くで監視しようと思って」


「うわー、嬉しいなー」


 思いっきり棒読みで言ってやった。わーい、女子に監視されるとか嬉しいなー。

 ……って、なるか! 監視って何だよ!


「って、だから誰にも言わねえって! 監視とかいらねえから」


 クスクスと雨川が笑う。

 あっ、その変装時の顔で笑ってるとこ初めて見たかも。素顔の方を知ってる所為か、若干その笑顔から綺麗なオーラが漏れて見えた気がした。


「もちろん冗談だよ。単に、鹿川くんと話したいと思って」


「はっ、話したいって……あっ、そう」


 照れくさくなってつい淡泊な返答になってしまった。


「じゃなくて、それは良いんだけどさ、俺達今までほとんど話したことないだろ。なのに今こんな堂々と喋ってるから、結構物珍しそうな目で見られてる気がするんだけど。それも良いのか?」


 あとはあの普段誰かと積極的に話す様子のない雨川が俺の席まで来て、っていうのも大きいだろうけど。


「そうなの? でも。別にそんなの気にしないよ? ダメな理由ないし、私が話したいと思ってるんだから」


「あ-、あっ、そう」


 だからそういうのを平気で言われるとこっちが照れてしまうと何度言えば……。一回も言ってないけど。

 何というか、そういうところ素直にすげーな。素で当然のようにそういうこと言えちゃうところとか、自分に素直過ぎるところとか。

 積極的にはなれないと自称してる割にはそこら辺は自分から行けるんだな。そして人の目にそこまで左右されないっていうのもやっぱりすげーな。

 

「にしても本当に佐土原さんとか、あそこら辺のグループ苦手なんだね、鹿川くん。すごい睨んでたよ。……私もちょっと苦手だけど」


 俺の耳元で小さく喋る雨川。

 ちょっと苦手ね……。この場合は少しというニュアンスなのかもしれないけど、その場合でも経験上女子のちょっとは実際ちょっとじゃないことが多い。何だろうね、緩和剤のつもりなのだろうか。それならもう無理ですとかはっきり言った方が良いと思うんだけど。

 まあ、今回の雨川が実際どうなのかは知らないけど。

 っとそれよりだ。今の雨川の発言はちょっと見過ごせないな。


「雨川、それは違うぞ。俺はあいつらが苦手な訳じゃない」


「えっ、あれっ、ごめん。違ったんだ。あれっ、でも昨日――」


「嫌いなだけだよ」


「余計ひどくなった!」


 全然関わってないにも関わらず嫌いなんだから、これはもう本当嫌い。まあ、あの態度さえ見直したならば、気持ちを変えてやることを考えてやらんでもないがな。


「所詮あいつら顔だけだろ。性格悪い奴ばっかだよ、絶対」


「うーん、それは何とも言えないな……」


「雨川だって、たまに何か振られたりするの嫌だろ?」


 あまりにも万田がいじられる為そごで回数は多くないが、万田ほど酷くないにはしろ、雨川がいじられてるのはたまに見る。

 女子相手にやらすなよ、とは思っていた。


「まあそう思うこともあるけど、でもほら、私この格好でバレないこととなるべくありのままの自分でいることを意識してるから、そしたらあまり自分から人に話しかけることが出来なくなって。だから、ちょっと嬉しいと思うこともあったんだよね」


 たははと、困惑気味に話す雨川。

 俺にはその気持ちは分からない。あいつらだから。あいつらと関わりたいとは思わないから。でも、それはあいつらだから。

 でも雨川は、自分から話し掛けられないからといって決して話したくないという訳ではない。寧ろ、こうやって俺に話し掛けにくるぐらいだし、本当はもっと人と会話がしたいのだろう。

 だとするならば、そう思うのも仕方ないのかもしれない。あいつらへ対する想いだという余計なファクターさえ除いてしまえば、そう思ってしまうこと自体は分かる気がする。


「あっ、チャイムだ」


 そこで二時限目開始のチャイムが鳴ったので、雨川が戻っていった。

 その際に、手を小さく体の前で振られたのが、何というか良いねこれ、と思いました、丸。


「鹿川くん、雨川さんと仲良かったの?」


 雨川が席に戻ってから丁度そのタイミングで、コソッと二木が話し掛けてきた。

 休み時間の間はトイレか知らないけどどっかに行っていてずっといなかったけど、一分ほど前に戻ってきた。二木がその際、意外そうな顔でこっちを見たのには気付いていた。

 まあ、例に漏れず二木も他の奴と同じ感想を持つ訳だ。


「だよね、私もちょっと意外だった」


 二木の言葉を聞くや否や、橘も椅子毎体を翻して、話に入ってきた。橘は自分の席に座りながら、さっきまで他のクラスのソフトボールの女子と話していたのに、こちらのことを気にしてたんだ。

 うわー、メッチャ楽しそうに話してたのに、器用だなー。

 ちなみにいつもならここら辺で茶化して来そうなチャラチャラボーイ高倉君は、今日はサッカーの退会があるようで休みになっている。


「あー……いや別に。昨日帰りにちょっと会ったから話したぐらいだよ」


 嘘は吐いていない。それ以上は話すこと出来ないしな。


「あー、そうなんだ。今まで話してたところ見たことないからビックリしたよ」


「だよね。それに、雨川さんが誰かに話し掛けるのって珍しいよね。私もそこまで見たことない気がする。あの子、おとなしいし」


 二木が言葉通りに意外そうな顔を見せ、橘がそれをうんうんと首振りながら肯定する。

 全くもって想定通りの反応に逆にこっちもビックリ。それに、おとなしいか……。まあ、おとなしいっちゃ、おとなしいよな。


「まあ、そうかもな。でもな、話してみると結構凄い奴だったんだよ」


「凄いって何が?」


「あー……」


 橘が純粋な疑問の目を向けてくる。

 しまった。思わず言ってしまったけど、何て答えよう。

 えっと……


「真っ直ぐ過ぎるところ?」


 結局素直に答えることにした。これぐらいなら何の問題も無いだろ。


「真っ直ぐ?」


「そう。これをやりたいって決めたらとことん真っ直ぐなんだよ、雨川って」


 首を傾げる二木に実感を込めて話す。

 それをへーとか感心しながら聞いていた橘が突然、「あっ、ということは!」っと何かに気付いたような発言をし出した。

 しかも超ニヤニヤしてる。


「もしかしてそれって惚気?」


「……はっ?」


 惚気? 何故。ホワイ? どうしてそうなった。


「だって、それってつまり雨川さんは鹿川と話したいから話に来てるって言ってるようなものでしょ。仲良しアピール、いやこれはもしかして付き合ってるアピールじゃないの!?」


「えっ、そうだったの、鹿川!」


「いやいや待て待て、お前ら! 考えすぎだっつうの。そういう意味じゃねえから!」


 目を輝かせて、さぞ愉しそうに言う二人に否定の言葉を入れる。


「えっ、じゃあ付き合ってないの?」


「だからそうだって!」


「えー……」


 超ガッカリしたような声を挙げる橘。本当に女子はあれだね。恋愛とか好きだね。「はいはいだよねー」とか適当な相槌しか打ってなかった女子も恋愛の話になると途端に「で、で、それからどうなったの!」みたいに前のめりで聞いちゃうぐらいだからね、愛してると言っても良いんじゃないかな。

 ただ、橘のその目はまだ懐疑的に俺を見つめている。

 

「でも、鹿川。あまり人と関わらない雨川さんが話し掛けてくるってことは、鹿川はともかく雨川さんは鹿川に良い印象を持ってる証拠だよね」


「そうなのかね」


 その辺は正直分からんけど、まあよく思われてて悪い気はしないわな。つか、ぶっちゃけ嬉しいだろ。本当はスゲ―美人だって知ってる分尚更。

 という訳で、それが悟られるのが嫌で俺は顔を逸らして窓から空を見上げた。


 まあ昨日色々話して、何て言うのかな。仲間意識? みたいのが芽生えたのは確かだ。思い上がりではなければ、多分あっちも。だから気軽な感じで話し掛けてきただけかもしれないし、気まぐれなのかもしれない。今気が乗って話し掛けてきただけならこれからも話掛けてくるのかなんて分からない。

 ……まあ、話掛けられなくても俺から話し掛けてやるけど。


 ――なんていう考えは、全く持って無駄だったとすぐに分かることになった。


 

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