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いつかきっと報われる

「はあ、今日は一日疲れたな……」


 私は大きく息を吐きながら、ベッドに倒れこんだ。お気に入りのハート型のクッションに、うーんと唸りながら頬を擦り付けると一気に癒やされる。幸せ……。

 今日は色々気持ちの整理が追いつかないくらいのことが起きた。まさか私の変装がバレてしまうなんて。入学当初はバレるんじゃないかってオドオドビクビクしていたけど、時間が経っても誰にも気付かれないからもう完全に油断していた。

 まさか、誰も使わない筈の教室に、丁度私がウィッグを脱いだ瞬間に入ってくるなんて。なんてタイミングの重なり具合なんだろう……。

 

 そんな感じでちょっと納得いかない部分もあるけど、でもそれ以上に。そんなのとんでもなく小さく思えてしまうほどに、良かったかなという思いが大きく私の中にある。

 それに、あの時から妙に気分が高まっている。


 家に帰るまでの道、家に帰ってからのふとした時間、夕食の時、お風呂の時、そして今……。ともかく、なぜか鹿川くんの顔を浮かべてしまう。

 

 こんなの久しぶり……んんっ? あれっ、ひょっとしたら初めて? 探っても、私の今までの経験の中でこういう感情になった記憶がない。


 昔から何度も男の人には告白されてきた。はっきり断るということが出来なくて、それに私自身も好意を寄せてその中で何人かは付き合ってきたけど、みんな長続きせずに別れてきた。


 初めて付き合った人には付き合いたての頃に友達に紹介させられて、それで会ってみるとみんな可愛いとか褒めてくれた。それに対して勿論悪い気なんかしなかったし最初の内は嬉しかった。


 だけど、褒めてくれるのは顔のことばかり。その人とは別れてから付き合った人達もみんな自慢げに友達に紹介して、それで何ヶ月か経つと私の方が振られた。多分、あれはただ私のことを掲げ上げて、その上でそんな女と付き合ってる自分が凄いとアピールしたかっただけだったんだろう。私と付き合いたいのは、ただ単に自分の価値を上げるためだけだったんだと思う。


 その頃から私への他人の評価に疑念を感じ始めた。


 ある男の人には、もう飽きたからと振られた。お前と一緒にいてもつまらないと言われた。

 クラスの女子には、顔は可愛いけど、おとなくして暗いしとっつきづらいと陰で言われていたのを知っている。私から振ったことはないのに、あんな地味な性格して、意外と飽きた男はすぐ捨てて別の男を探すような軽い女と言われてきた。

 そんなことしないと言いたくても、どこに吐き出せば良いのか分からなかった。


 誰も私の中身なんて見てくれない。


 私は顔だけなのかな。顔だけ評価されて、付き合おうって言われてきたのかな。

 でも誰でもそんなもんじゃないの。恋愛に興味のある年頃の私たちは、大体顔が好みだからって理由だけで告白したりされたりして付き合うものでしょ。そんなの分かってる。


 だけど、私の価値は顔だけなのかなという嫌な疑念がどんどん増していった。


 そんな時に聞こえてきた、ある時やってたドラマで言ってた台詞。「人は顔じゃない。中身の方が大事なんだよ」という言葉。

 ありきたりで、何度も似たようなことを聞いたことのある台詞。でも私は知っている。そんなことない。誰でも顔ばかり注目して中身を見てくれない。綺麗ごと。ドラマの中で気持ちが昂ぶった教師に言わせる為だけの言葉。脚本を書いた人だって本気でそんなこと思っていないだろう。

 そんなの分かってるのに。

 私の心は動かされた。

 顔だけじゃない。いつか私の中身も褒めてくれる、私のこの人柄が良いと言ってくれる人が現れてくれるんじゃないかと期待してしまった。


 だから、私は決意した。


 このままじゃ変わらない。何より自分が納得出来ない。だから、やることをやってみる。


 本来の自分を隠して、それで何か変わることを求めて、私は同級生が選ばないような遠くの高校に通うことにした。


 でもいざこの顔を隠すと、途端に人との交流が難しく感じてしまった。あまり人から話かけられることもないし、今までされてきた告白も途端にされることが無くなった。


 それは入ったこの高校が、偶然人間関係に容姿が重視される風潮だったということもある。


 でもそれ以上に元々人との付き合いが苦手だった私は、素顔がバレないかという恐怖も相俟って、誰とも上手く接することが出来ずに、どこか一線置いた交流になっていたからだと思う。

 だから、変わるどころか今までいかにこの顔ばかりが評価されてきたのかと強く実感してしまった。


 そもそも私は評価される程のなにかを持っているのかな。

 自分でも特に性格が良いとは思わないし、褒められるべき点も見つからない。中身は空っぽの人間なのかもしれない。ないものを見つけて褒めて欲しいなんて、私はただわがままなだけ……?

 こんなことやっても意味あるのかな、と心が折れそうになったことも何度もあった。後悔もした。

 でも今更やめることも出来ない。その思いだけでやってきたと思う。

 変わりたくて始めたのに、今までよりひどい現実しか待っていなかった。

 寝て朝目覚めると、頬を涙が伝っていたこともあった。


 けど、今日。


「雨川、お前凄いな」


 ――心臓が一回、ドクンと大きく跳ねた。

 初めは信じられなかった。なんでそんなこと言われるのか全く分からなかった。

 でも理由を説明してくれる彼の言葉に嘘は感じられなくて、むしろ熱意が感じられた。心から私の顔以外を褒めてくれた。

 勘違いなんかじゃないよね。本当にこの人は、私の顔じゃなくて想いを――。


 思い出すと顔がニヤけてしまう。

 ようやく認めてくれた人が一人現れた。やっとかー、っと達成感を感じるけど、ここまでが長かったな。 でも、まだまだここからだ。

 

「いっぱい話したいな……」


 仰向けになって、右手の甲を額に乗せながら呟く。

 今までは男の人に話しかけてもらう機会が多かったから、自分から話しかけたいと思ったことが無かった。

 なのに今は鹿川くんのことをもっと知りたい、もっと話してみたい。そう思う。

 

 よし、やっぱり明日話しかけてみよう。


 そう思うと一層高まった気分は、やっぱり今までの記憶にはないものだった。

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