このスマホはお前にとどめをさす武器だ!
ブックマークありがとうございます。
嬉しいので出勤前にもう一度更新。
頬の緩みが止まらない。
唇がふにゃふにゃになる。
油断すると「ふ、ふ、ふふ」と含み笑いが止まらなくなる。
腰の辺りがふわふわしてタコかイカみたいに足取りがおぼつかない。
淳一が『明良の奴には見せられない』と心から思った顔を浮かべていた薫。
だから、しばらく待ってから、メールを打った。
「西園寺老は『絢華は明良のことを気になっている』と言っていた。
けども、明良は『既に振られている』と答えた。これはどういうことだろう?」
メールのあて先は西園寺老。絢華の祖父である。
天才科学者として様々なものを発明していた彼女だが、もちろん研究には後援者がいる。
西園寺老は彼女に出資をしてくれた人間であり、彼から『絢華が気になっている男性のことを調べてほしい』と頼まれたのである。
もちろん、それが見知らぬ第三者であるなら無視しただろう。
けども絢華の好きな相手が『陽世明良』と言われた時、心の中に言いようのない危機感を覚えたのである。
そして明良が振られたと自分はなぜああも安堵を覚えたのか。
なによりも――『好きだよ』という言葉を聞いて心臓が今もドキドキしているのか。
「病気か」
天才的な頭脳を持つがために常識的な知識を脱落させている彼女は、そう結論した。
こんな時は暖かなお茶とおいしいお菓子を食べるのがよい。
そのまま友人である西園寺絢華が学園に持つ私室にお茶と御菓子をたかるため足を運んだ。
天羽薫はあまり人と接するのが得意ではない。
この星出水学園では、気安く付き合えるのは明良と淳一。
そして後援者の娘という事で出会い、今では数少ない友人となったのが絢華であった。
学園の中にある、西園寺の子女の為に作られた建物のインターフォンを鳴らし、お邪魔する。
がちゃり、音を立てて中に入れば、豪奢な美貌の絢華が待っていた。
「失礼する。絢華」
「あら、薫さん、いらっしゃい。歓迎しますわっ」
絢華がいつにも増してニコニコしていたのは当然下心があったからだ。
天羽薫は、西園寺絢華の友人であると同時に、明良くんの幼馴染でもある。
彼女を通じて個人的な情報を得られないか、と姑息な事を考えていたのである。
「明良に告白されてフッたという話は本当かな?」
「なんで知ってますのよぉー!!」
しかしその目論見は入室から三秒で砕け散った。
そのままふらふらとよろめいてソファに崩れ落ちる。
薫はそんな絢華を無視して席についた。
メイドの鏡のような冷静な表情でお茶の準備をする花蓮。彼女にありがとうと答えた。
そして告げる。
「それはもちろん明良本人から『も』聞いたのだ」
最初は絢華の祖父、西園寺老からの頼みごとがきっかけであった。
花蓮は薫の言葉の意味に気づいたように眉をぴくりと動かすが、絢華は狼狽しているせいかその細かなニュアンスに気づかないまま。
「私も幼馴染の明良が恋破れたのは残念だが、これは仕方ない」
残念、と言う割には唇が次第に笑みに歪んでいる。
花蓮は薫の表情の動きに気づいていたが指摘する事はなかった。
天羽薫が天才的な頭脳の持ち主なのは花蓮も聞き及んでいる。けれども、幼馴染がフラれたという事実に笑みを浮かべるあたり、薫もまた恋愛には不慣れなのだろう。
(流石はお嬢様のご友人、見事な同類でございます)
「……花蓮さん、何か?」
「いえ」
本心を言いかけたけれども、主の友人に対して失礼な事を言わないメイドの鑑の花蓮。
さて、と花蓮が視線を向ければ、絢華はソファの上で倒れて、はうぅー、はうぅー、と陸に打ち上げられた魚のような弱弱しい声を上げている。
告白されてフッたという事実を知られて悶えているのであろう。
「……どうもよく分からない」
薫は言う。
「明良の事をフッた……それは別に仕方のないこと。
だけども、絢華の反応は相手をフッたというより自分がフラれたかのように見える」
「はうううぅっ」
「絢華、どういうこと? 明良に何をしたの?」
薫の指摘に更なるダメージを受けたのか、絢華は体をびくびくと震わせた。
だけれども詰問するような薫の綺麗な目に耐え切れず、絢華はヤケのように答えた。
「……可愛かったんですのよ。わたくしに告白して、振られて、泣きそうになりながらも我慢して耐えるのがいじらしくて……一目惚れしてしまったんですのよー!!」
そして、絢華は数週間前に受けた告白の顛末を全て吐かされた。
「……絢華が、明良の事をフッタのは仕方ない。その直後に一目惚れしてしまったのも、間が悪いと思うしかない」
薫は、無表情の中に優越感を滲ませながら告げる。
「けれども、明良は既に次の恋を見つめている。絢華は諦めたほうがいい」
「そ、そんな事ありませんわっ!」
一番恐れていた、明良が新しい恋を見つけている、という薫の言葉に、絢華は信じたくないといわんばかりにいやいやと頭を振って否定した。
瞳から滲み出るような不安の眼差しで薫を見つめる。
「嘘ですわ、わたくしに好きだと告白してくれた明良くんは……そんなに……簡単に」
けれども、少なくとも告白を断った絢華の呟きはタダの願望でしかない。
花蓮は、慰めるように絢華の肩を叩いた。
ある意味、残酷な結末かもしれない。
失恋する時は刃のように鋭い拒絶の言葉を受けたほうが失意の傷は早く癒えるだろう。
けれども手をこまねいているうちに、明良はもう誰か別の人に心を寄せていた。
「お嬢様。仕方の無いことです」
花蓮はメイドの職分を越えた優しさで絢華に慰めの言葉を向ける。
がっくり気落ちした様子の絢華。今はきっと心の中で未練と後悔が渦巻いているだろう。
だから今更『あの時すぐに告白すべきでしたのに』などと花蓮は言わなかった。
がっくりしている絢華に、薫は言う。
「そう、仕方のないこと。明良は『薫の事好きだよ?』と言ってくれたのだから」
その言葉に、地獄に落ちたような気持ちになっていた絢華は、うん? と顔を上げた。
「……薫」
「なに、絢華」
まるで敗者を見下ろす勝者のような、さりげない優越感の滲む薫。
しかし、絢華はなにかこう、違うような気がした。
薫の言葉づかいは正確で、きっちりと明良の言葉遣いを模倣している。
だからこそ、気づいたのだ。
「……なんで好きだよ、の言葉の後に『?』マークが付いてますの?」
「?」
絢華は首を傾げる薫に、なんかムッとした。
さっき自分の心を打ちのめした言葉が、本当は間違っていたとしたら。
「そもそも、どういう状況で明良くんはあなたに好きといいましたの?」
「絢華……失恋は悲しいこと。でも事実に目を背けてはならない」
まるで聞き分けのない子供を相手にするような薫の言葉に、絢華はまたムッとする。
だけども、薫は仕方ないと言う様に小さな溜息を漏らした。
「絢華にトドメを刺すようで気は進まないけど。そこまで言うならば仕方ない」
まるでスマホを人を殺せる武器のように絢華に向けて、薫は音声再生のスイッチを押した。
『……いや、俺は薫の事好きだよ?』
「「…………」」
絢華と花蓮の二人は、ちょっと黙った。
確かに録音した明良の声は、薫に対する好意をしっかりと告げている。
しかし、これはなんか違う。
軽いのだ。圧倒的に言葉に込められた気持ちが軽い。
『俺たち友達だよ』と言うような驚くほどの気楽さ。
ラブではなくライク、恋愛ではなく親愛。
「ふっ……」
絢華は笑った。
一度明良に告白された経験を持つからこそ浮かんだ、驚くほどに強い安堵の溜息であった。
明良が告白したその時、彼は緊張と興奮で、到底冷静さからは遠い様子だったけども、声に含まれる恋情は、聞いているこっちがドキドキするぐらいに強かった。
今から思い出しても顔から火が出そうになって、口元が緩んでしまうような嬉しい言葉。
だから思わず絢華はソファに寝転がったまま安堵の声を漏らし。
「ムカァッ!」
その安堵の溜息をまるで嘲笑のように感じた薫は、冷静な顔を崩す事無く怒り狂ったのであった。
「絢華、何がおかしいっ!」
「きゃっ、きゃあっ!」
そのままジャンプし絢華に薄い胸でフライングボディプレスをかます薫と、下敷きになってじたばた足を振り回す絢華。
小柄で体重も軽い薫が怒って飛びかかったところで、女子同士がじゃれ付いている程度のダメージしかない。
けども、あまり怒ることの無い薫の反応に絢華は困惑して上手く跳ね除けられなかった。
花蓮はそんな二人の騒ぎにも心乱されることなく、食器類が巻き込まれないように退避させるのであった。