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友としてそれだけは言えぬのだ!

 明良の親友、七瀬淳一の実家は、戦国時代に大成した武術を現在に伝承している古い家だ。

 その隣の家に生まれた明良は、習字や塾と同じ感覚でこの道場に入門したのである。


 淳一の祖父であり、道場の主である七瀬一徹老人は、まるでお地蔵様のように温和な笑顔を浮かべた糸目の老人だった。

 だが、そんな地蔵めいた静謐な笑顔のまま『わたしは無闇に暴力を振るうのが大変好きな性分でして』と言ってのける、菩薩のほほえみの下に修羅の心をひそませる危険人物でもあった。

 当然、その稽古も体力の限界を搾りだすような苛烈なものばかり。

 で、稽古を積めば、当然打ち身や擦り身などをする。

 そこで出てくるのが、また一軒隣にある天羽の家。

 稽古で捻挫をしたり、筋肉痛になったりする門弟相手に良く効く薬を売りつけたりする中々あこぎな薬屋の一族であった。


 だから、明良の少年時代とはこの三つの家に生まれた子供たちと過ごした時間でもあり。

 明良には淳一と、もうひとり天羽薫(あもう かおる)という幼馴染がいるのだ。


「ああ、(かおる)、こっちこっち」


 そんな天羽薫という少女を遠目に見つめた明良は、校庭のベンチから手を振って呼ぶ。


「明良」

「うん。薫、どうかした?」


 明良は不思議そうに首を傾げながらやってきた少女に目を向けた。

 綺麗な黒髪にフレームレスの眼鏡。無表情だけども、目がとても綺麗。

 小柄だけども姿勢が良く、動作がきびきびとしていた。声も明瞭で良く通るため、周囲の眼を惹きつける存在感のある美少女であった。

 幼い頃から一緒に付き合いのある彼女であるが、最近は少し疎遠になりがちで、だから彼女から呼び出された時は二人して何事かと思ったのである。


「しっかし、幼馴染三人がこの学校に勢ぞろいかぁ。これで淳一の妹の美千穂ちゃんも加えたら子供の頃の遊び仲間が全員だな」

「ん……」


 明良は懐かしむように呟き、薫も頷く。

 薫は綺麗な目でまず明良を見つめた。


「……明良、質問がある」

「ん? なに? 天羽先生でも分からないことがあるの?」


 明良はちょっと面白そうに微笑んだ。

 天羽薫は高校二年でありながらも『先生』と敬意を込めて呼ばれることがある。

 近所の武術道場にお薬を売りつける薬問屋の末裔は、天才児だった。

 様々な新発明を生み出し、沢山の特許を獲得している。

 この星出水学園は富裕層の子息子女が多く在籍しているが、十代のうちから自力で富裕層になったのは薫ぐらいのものだろう。

 だから最近、薫と接する機会は少なくなっていて。

 彼女から会いたいと言われれば、明良はすぐさま応じた。

 一体なんだろう? もちろん幼馴染の彼女の頼みであるならば、損得など抜きにして助けるつもりであった。


「明良は西園寺絢華の事をどう思っている?」

「ぐはあぁ」


 だけれどもいきなりそんな直球で心の傷口を刺しえぐる言葉のナイフに、明良は心で血の涙を流しながら崩れ落ちた。

 テーブルに手を突き、ふらふらと立ち上がり、叫ぶ。


「なんで……なんで知ってる!」

「ほほぅ……」


 あれ……怒ってる?

 明良は、僅かに頬を膨らませ、下からねめつけるような薫の瞳に思わずたじろぐ。

 これは、あれだ。子供の頃、淳一の妹である美千穂ちゃんが薫の大事なぬいぐるみを誤って壊してごめんなさいと泣きじゃくっている時の憤懣を我慢している顔だ。

 でもどうして憤懣を抱えているのであろうか、と明良は思った。


「……もう一度聞くけど、なんで知ってるんだ」

「悪いけど、守秘義務がある」

「なんで俺の失恋話が話してはいけない秘密の情報になっているんだ」


 すると、薫はおすまし顔のまま、冷酷な事を言う。


「おや? 公開していいなら学校の掲示板にでもでかでかと宣伝したほうがいいかな。

ネットに『陽世明良の好きな女の子は西園寺絢華』と」

「やってることは小学生レベルの嫌がらせだがやめろ!

現代ではそんなレベルでも全国レベルの恥辱になって明日から学校に通えなくなるんだ!」


 明良は叫んで嫌がった。

 当たり前だ、ネットとは万人が閲覧できる情報の発信源。可能性で言えば、明良の好きな人が誰なのか、世界中が知ることもできる。

 そんな彼の反応に、薫は不意に、不安そうな顔を見せた。

 何かを期待するような、縋りつくような目の色に、明良は黙る。


「では。…………好き?」

「好きさ、もうフラれたけどな」


 明良はぶっきらぼうに答えた。

 告白してフラれて。

 ようやく心の傷が癒え始めてきたところにこんな質問を受けたのだ。

 いくら幼馴染で仲の良い薫であっても、不機嫌さをぶつけても仕方ないじゃないか。


「……おうい薫、どうしたのよ」


 だからそっぽを向いていた明良は、薫の妙な様子に気づいた。

 薫はその綺麗な目を大きく見開き、頭に『?』マークを浮かべるかのように首を傾げていた。

 何か予想と大きく違う回答を受けたかのような反応。

 先ほどの不安げな表情と今のきょとんとした顔。

 その二つを頭の中で比べてみれば、まるで予防接種を受けるために覚悟を決めてきた子供が『注射しなくていいからねー』と親に言われたかのような、気の抜けた顔をしていた。


 ……なんでフラれた事を知って、ほっとしているのだ。


 明良は首を捻った。

 薫は困ったように目をくるくる回し、明良を見上げた。


「お、おかしい。そんな話は聞いてない」

「……というか、そもそもそんな話は誰から聞いた」

「しゅ、守秘義務がある」


 いずれにせよ、薫から犯人を聞きだして後でケジメだ。明良はこっそり復讐を誓った。

 そんな事を考えているとは露知らず、薫はふぅ、と小さく息を吐いて呟いた。


「そう、安心した」

「なぜ安心する」


 薫の台詞に思わず明良は突っ込む。

 それに答えようとして、薫は思わず口ごもった。


「それは……なぜだろう?」

「俺に聞かれて分かるわけが無い!」


 明良の言葉に薫は困ったように首を捻った。

 先ほど呟いた薫の言葉は、本人でさえ意図しないものだった。

 胸の中にじんわりと広がる暖かなものは、まさしく安心であった。

 どうしてなのだろう? 

 明良はいいやつだ。薫は子供の頃から本の虫で、人と接するのが苦手だった。

 そんな自分に優しくしてくれたのは彼と淳一、後は淳一の妹の美千穂ぐらいのもので、能面のような無表情の下にはいっぱい感謝の気持ちが詰まっている。

 だから彼が幸福になるのはいいことなのに。


 どうして彼が不幸になった事を、自分は幸福として受け止めているのか。

 そう思って、薫は自分にとっても友人である西園寺絢華と明良が仲良くする光景を想像してみて……なんだかとても嫌な気持ちになった。

 理屈ではない。薫は自分が、明良が幸せになるのが我慢ならない大変な性悪娘になってしまったのか、と考えてしまう。

 でもどうして絢華なのだろう。考えると自然と言葉が出てくる。


「不思議」

「何が?」

「もっと小さな時に明良と出会って親交が始まった。十年以上になる」

「ん? ……まぁそうね」

「対して、西園寺と明良の接触はこの学園に入ってから。共有した時間の長短で言うなら私が遥か上のはずなのにどうして明良は私の事を好きにならないのだろう」

「……いや、俺は薫の事好きだよ?」


 明良は先ほどから妙な言動を続ける薫に、特に何も深いことを考えずに答えた。

 薫は、綺麗な瞳をじっと明良に向け続け、はふぅ……と小さな溜息を漏らす。

 綺麗な白い肌に僅かに赤みがさした。


「明良」

「うん」

「もう一度」

「うん?」

「もう一度」

「…………もう一度?」


 こっくり頷く薫。これはもう一度同じ事を言え、という意味なのであろうか。

 明良は、改めて繰り返すと気恥ずかしいなぁ、と思いながら答えた。


「俺は薫の事好きだよ?」

「…………」

「薫?」

「……録音した」

「なんだか非常に不味い弱みを握られた気がする!!」

「その台詞を聞いた以上、もはや明良に用はない。失礼する。ふふ」


 あ、おい、と声を掛ける明良の目の前で、薫はまるで雲の上を遊ぶようなふらふらしたおぼつかない足取りで廊下を歩いていく。

 ちょっ、と、心配そうな声を出す明良。

 薫が何もない地面で二回転んだあたりで、不安になってくる。


 何かいいことがあったのだろうか。

 と、そんな風に考えていたら、薫の前に淳一が現れた。

 彼も薫に呼ばれてはいたけど、用事があって遅れるという話は聞いていた。

 淳一は薫に気づくと声を掛ける。


「おう、薫。遅くなって悪かったな、用事って……うわぁっ」


 だけども薫の顔を覗き込んで、なぜか驚きの声を上げる。


「ちょっ、淳一。一体何を見たってんだ」


 淳一は明良の言葉に答えず、薫の頬の辺りをハンカチで拭ってやる。まるで赤子の涎を拭いてやるようなしぐさだ。

 そして薫を見送ってやると、淳一はようやく答える。


「……明良。お前何を言ったんだ」

「……何って、なぜか絢華さんの事をどう思っているのか聞かれたんだけど」

「それだけじゃあるまい。それだけで……あんな顔するわけが無い」


 薫はいったいどんな顔をしていたのだろう。明良は逆に興味がわいた。

 とりあえず答える。


「俺は薫の事好きだよ? ……と、言っただけだ」


 淳一は、貴様が真犯人だったのか、と言いそうな顔になった。

 そうして、小さく嘆息を漏らしてから言う。


「……薫のやつ、自分の気持ちがどういうものか理解してないタイプだよなぁ」

「何か意味深な事言うよね、淳一。……それで、薫はどういう顔をしてたんだ」

 

 淳一はなぜか顔を赤らめた。

 そして黙って立ち去ろうと早足になる。


「おい! なんだよ、なんだよその反応、薫は一体どんな顔をしていたんだ!」

「言えぬ、言えぬのだ! 薫の幼馴染として、お前にだけは絶対に言えぬのだ!」


 急に侍のような口調になった淳一は本気の疾走を開始し。

 その反応によけい好奇心を刺激された明良も全力ダッシュで追いかけるのであった。


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