なんだその目は!
西園寺絢華は混乱していた。
きっと薫や美千穂のようにおざなりな返事が返って来るものだと思っていたのに、なぜかとても嬉しそうな顔をしている。
これはなんなのだ。
以前、花蓮に亜穴を突かれ、声が出ない状態で絢華の下着を真摯な瞳で洗濯していた明良。
かつて告白した相手の下着を洗濯しているというのに、動揺一つみせずに洗濯する姿に釈然としない姿をしていたのに。
しかし今度は微笑んでいる。
嬉しいのか。
今度は自分のパンツを洗濯する際にいかがわしいことに使ったりするのであろうか。
頭の中がぐるぐると回転する絢華。
そんな彼女を見ていて面白くないのは、薫と美千穂の二人であった。
明良に下着の洗濯を依頼し、実に冷静な反応を返されてムッとしていたのに、絢華の下着を洗濯して欲しいといわれた時には朗らかな笑顔を浮かべている――その反応が許せない。
好きな相手の動揺が見たい。
ちゃんと女性として意識しろ、この馬鹿。
そんな気持ちに突き動かされるまま薫と美千穂は一歩進み出て言った。
「明良!」
「明良兄ちゃん!」
「ん?」
明良は二人の語気の強さに首を傾げる。
しかし洗濯に命を賭ける明良はすぐさまごしごし洗う汚れ物に意識を集中させる。
女の子二人は手を伸ばしてスカートをまくりあげ……パンツを脱いだ。
「ななな……」
絢華は男子のいる目の前で下着を脱ぐ二人の暴挙に、顔を真っ赤にしてあわあわと唇を震わせた。
既に好きな男の子に下着の洗濯を依頼するという、なんかの羞恥プレイと疑うようなことをしており、一時のハイテンションでどちらも正常な判断力を失っている。
そして下着を差し出して、言った。
「明良、お願いする」
「自分の頼むんすよ、明良兄ちゃん!」
それを横で見ていた絢華は慌てる。考えが纏まらない。
(どういうことですのよ。
なんで目の前でパンツ脱いで洗濯してほしいと頼むんですのよー!!
で、でもこのままだと洗濯大好き明良くんが二人のパンツを洗うことに……。
抜け駆けは許しませんわっ!!)
麗華はパンツを脱いだ。
「わ、わたくしもお願いしますわっ!!」
スゴイ絵面であった。
三人の美少女から下着を突きつけられて、『洗濯して!』と詰め寄られる光景。
カオスにもほどがある。
その様子を離れた場所から観察しているだけであった石水花蓮は、どうしよう……とクールな無表情にたらりと冷や汗を流していたりする。
明良は、三人の声に思わず反射的に振り向き……差し出された下着に視線を向けた。
右から左に、精査するような目で見つめられ……流石の三人娘も少し気恥ずかしそうにもじもじする。
そして、うん、と明良は頷くと……指先を、ごうんごうん、と稼働する洗濯機に向けた。
「それじゃ纏めて洗濯機の中に入れといてください。後で纏めて洗っときますので」
「……」
「……」
「……」
「……え、あの。みんな、なんでそんな軽侮の視線で人を見つめるの?」
明良は自分を射抜く三人娘の視線に思わず怯えながら呟いた。
洗濯して欲しい、とそう言われたから……その下着が果たして手もみ洗いが必要なのか、洗濯機で纏めて洗っていいものなのか確認してから答えたのに。
どうしてそんな、救い難いバカを見るような視線を受けなければならないのか。
「明良がこの世で一番大切なのは洗濯機という事が分かった……」
「薫お姉ちゃんの言葉に異議なしっす……」
「明良くん……わたくしと洗濯とどっちが大事ですの? い、いえ……答えなくて結構ですわ。これで洗濯を優先されたらわたくし生きていけませんわ……」
事情は分からないが、なぜか評価が暴落していることは理解できる明良。
ぱんつはいてない三人娘は明良の微塵も動揺を見せない鉄壁の精神に、かなり適当な反応に興奮と熱情へ冷水を浴びたかのようにがっかりした。
洗濯機を開けて下着を放り込み、じゃばー、と水が流れるさまを見つめながらぱんつはいてない三人娘は、そのまま部屋から出て、この事態の元凶である花蓮の横を通り過ぎる。
三人は女性としての自分の魅力に疑問を抱いていた。
下着を縫いでも動じない明良の鋼の克己心を褒めれば良いのか、朴念仁と怒ればいいのか、それともいっそのこと洗濯という事象そのものに好きな男の心を奪われたことを嫉妬すればいいのか。
「おつかれさまでした」
メイドの花蓮が丁寧に頭を下げ、労わりの言葉をかける。
ぱんつはいてない三人娘は、その言葉に疲弊しきった視線をお互いに向ける。
「確かに……疲れましたわね」
「……右に同じく」
「……運動の疲労とはなんだか違うっす」
はぁ~、と長々とした疲労感溢れる嘆息。
ぱんつはいてない三人娘は見つめあう。
全員が全員明良の事を好いていたが、その恋が適うまでの道程に、多大な困難が付きまとうだろう。
謎の連帯感を胸に抱き、三人は笑った。
「明良兄ちゃんはひどいッス」
「異議なし。あれの洗濯に対する愛情の一欠けらでもこちらに向けてくれればいいのに」
「ですわねー」
お互いをライバル視していたつい先ほどの事は頭から消え去っており朗らかな空気が包んだ。
「なんだか愚痴りたい気分」
「わたくしもですわ……どうしてああも冷静に異性の下着を洗って冷静でいられますの?」
「子供の頃からの幼馴染なんすけども、もうちょっと意識してほしいっすよね」
皆同様の不満を抱え込んでいると知ると、どんどんと愚痴が多くなる。
明良は人の事を幼児体型という失礼な人だとか、明良くんは演技でもいいからもうちょっと恥ずかしそうに下着を洗濯して欲しいですわとか、明良兄ちゃんはどうして身長も胸も増量した自分を未だ妹扱いするんすか、とか歯止めが利かなくなり。
想い人のあんまりと言えばあんまりな反応に想うところのあるぱんつはいてない三人は、意気投合してそのまま絢華の豪華な自室で仲良く騒ごうという事になるのであった。
そんな風に去っていく三人を恭しく見送り……立ち去った事を確認すると、花蓮はグッとガッツポーズを取る。
「よしっ、これで明日から洗濯の仕事を全部明良くんに任せられます。
計画通り」
クールな無表情に邪悪さを滲ませる。
今朝方、明良から『絢華さんに怒られたので洗濯できません』と言っていたが、これで絢華本人から明良に洗濯させることを許可する言質は取った。
証拠品として先ほどの会話の一部始終も録画している。
もしまた明良に服や下着の洗濯をさせることに絢華が難色を示したら、これを見せてやればいい。
明良が来てこのお屋敷の洗濯せずにすむと思っていたのに、絢華お嬢様に邪魔されたが、ようやく明日から全部の洗濯を任せられる。
いちばん利益を得たのはメイドの花蓮。
主人の下着を、気になる男の子に洗わせたり、三人娘をけしかけたりしたのも全てメイドの仕事の一つである家事洗濯を任せてサボるため。
三人が下着を脱いでその場で洗濯を頼んだ時は心の底より焦ったが、終わりを見れば彼女が望む結果となった。
そんな目論見に気づくものは誰もいない。
悪の勝利であった。




