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やっぱりケダモノめ!

 長らくお待たせしてまことに申し訳ございませんでした。

 いろいろありましたが、少しは更新速度がもとに近づくと思います。

 ありがとうございました。

 洗濯はいい。洗い物を綺麗にすると共に自分の心の中にある雑念もついでに綺麗になるようだ。

 陽世明良はゴシゴシと洗い物を無意味なまで丁寧に綺麗にしていた。

 洗濯同好会の部長、石水花蓮先輩の高みにはまだ到達できない。

 洗濯する技量の足りない明良にできる事は、せめて誠実にモノを洗うだけである。


「はぁ……」


 物憂げな溜息が自然とこぼれた。

 先日、洗濯をした。

 花蓮に『これを無心に綺麗にできたら認めましょう』と言われ、綺麗にしたのである。

 それが女物のパンツであるかどうかなど明良にとっては些細なこと、意識の外であった。記憶すらしていない。彼にあるのは汚れたものと綺麗になったものの二つなのだ。

 衣服を洗う際、明良は頭の中でモードが切り替わるため、気にするのはその衣服がどのような素材で、どういう洗い方がベストであるのか、という事だけである。

 まさに洗い物を綺麗に洗浄する人の形をした機械だ。


「……認めてもらえないのか」


 溜息をつく。

 完璧にパンツを綺麗にしたはずなのに、なぜか今朝、久遠寺麗華は真っ赤な顔で明良に『今度わたくしの下着を洗ったら殺しますわよ!!』と凄い剣幕で怒ったのだ。

 洗濯ダイスキ人間、陽世明良は……それを叱責と取った。

 彼女に怒られるのも無理はない。

 きっと超一流の掃除洗濯のプロフェッショナル石水花蓮に生活の全てをゆだね、その超一流が洗った衣服に袖を通したお嬢様、西園寺絢華さんは上流階級にしか分からない微妙な差異を見抜いたのだ。

 確かに、あの時は洗剤の量がほんのひとつまみ多かったかもしれない。

 だがこの程度なら問題なかろうと思って洗濯を続け……その妥協を責められたのだ。


 嫌われている。

 それはそうだろう。

 告白して、きっちりと振られたのだから。

 それでも面と向かって『殺す』といわれたら気が重くもなろう。



 もちろん明良の考えはただの無意味な深読みであり、絢華が怒ったのが、そもそも『異性に下着を洗われることに対する怒り』であるなど気づいていないのであった。


「やっぱり朝、絢華さんが怒ったのは俺の洗濯のレベルがまだまだ未熟だからだな」



 どうしてそうなるんだこのばか。

 明良のその呟きを聞いて西園寺絢華と天羽薫の二人は内心罵声を押し殺していた。

 二人は現在同じ少年に好意を抱く恋敵であったが、しかし元々仲は良く、友情に亀裂が入ったわけではなかった。

 薫が今回絢華に話したのは……妹分である七瀬美千穂が突如勢いよく教室にやってきって、『パンツ殺人拳』というどこの異次元からひねり出したのだろうという謎ワードを出したからだ。

 後で『なんでそんな話題を出した』と美千穂に話を聞いてみれば、何でも絢華が『これを話せば明良くんと話題が盛り上がりますわ!』と自身満々にいったらしいのだ。


 なので、薫は友人として真剣に絢華の頭を心配して、直接会いに来たのであった。


 そうして玄関先で出会い。

『絢華、『パンツ殺人拳』という変なワードをひねり出したらしいけど頭大丈夫?』

『なんで出会いがしらに正気か否かを心配をされてるんですの、わたくし……』

 という会話の後、話題の中心である明良を見に来た。


「……明良のあの洗濯となると見境のない性格はどうにかならないものか」

「普通、好きだからこそパンツを洗って欲しくないと思うものですわよ……」


 ドアの影から洗濯している明良をトーテムポール状態で盗み見る二人は、うんうん、と頷きあう。

 陽世明良が洗濯ダイスキなのはわかっているが、しかし下着を洗っても動じない心の持ち主というのは……なんか、腹が立つ。

 そんな風に思っていると、後ろから声がする。


「やっぱり絢華さんは明良兄ちゃんが好きなんすね」

「ふぇっ、ああ、美千穂さん」


 おもわず振り向けば、美千穂はニコニコと微笑んでそこに立っている。


「昨日明良兄ちゃんに夜這いしたぐらいだし……」

「美千穂、よくやった。そして麗華、後で詳しい話を聞かせてもらう」


 そういえば昨日の騒動に関わっていなかった薫には初耳であった。

殺意溢れる眼差しで絢華を睨む。

 そんな迫力に負けてか、絢華は思わず叫んだ。


「な、なにもできませんでしたのにー!! 貴方だって明良くんとキスしたじゃありませんのよー!!」

「……薫姉ちゃん、あとで詳しい話を聞かせてもらうっす」

「しまったこれが因果応報!」


 今度は薫が美千穂に睨まれる番となり、薫は思わず叫ぶ。




 さて。

 そんな風に女の子三名はきゃいきゃいと騒いでいた。

 結構大きい声だって出ているし普通なら気づくはずだが、洗濯に一心不乱に取り組む陽世明良は、全く反応もせずにひたすら衣類を綺麗に洗濯している。

 明良は大変好ましい男ではあったが、あの洗濯狂いの性格だけはどうにかならぬであろうか。

 口には出さぬけど、同じことを思っていた三人に後ろから声が掛かる。


「……好きだからパンツを洗ってもらいたくない。それは本当に正しいのでしょうか」


 石水花蓮は言う。

 彼女は……一つ、困っていたことがあった。

 家事掃除洗濯とあらゆることに対して有能だが、サボり癖のある花蓮。

 彼女はいつものように明良に絢華お嬢様の下着を洗濯させようとしたのだが『朝方、怒られたのですみません、無理です』と断られたのである。

 このままでは明良に仕事が押し付けられない。

 主人が好きな人に下着を洗われるという地獄のような羞恥で苦しむよりも、自分の仕事量が減る事を優先するメイドの風上にもおけない卑劣メイド花蓮はどうにかして絢華に対し、明良が彼女のパンツを洗うことを承諾させねばならなかった。

 主人に本心がバレれば失業必死のろくでもない事を考えつつ、花蓮は策略を練る。


「そそそ、そうに決まっていますわっ! 下着を好いた方に洗ってもらうなんて顔から火がでますわよ!」

「これに関してはわたしも絢華に賛同する」

「そうっす、明良兄ちゃんにパンツ洗ってもらうなんて、興奮するっす!」


 絢華と花蓮は、美千穂の台詞に『ん?』と思い、薫は敢えて聞かなかったことにした。


「ですが……お三方が目指すのは、最終的には陽世君と所帯を持つことでしょう」


 女の子三名は、顔を赤らめて俯く。

 そこにダメ押しといわんばかりに花蓮が言葉を続けた。


「もし所帯を持つことになったら、あの陽世君が洗濯を他人任せにするでしょうか」

「それは……」

「ありえませんわねえぇ……」

「ないっす……」


 あの洗濯ダイスキ人間が、洗剤を、石鹸を、タワシを捨てる日など想像できず、三人は首を振った。


「家族に、心を許した相手に衣服を洗ってもらうことを恥ずかしがる人がおりましょうか」


 そういわれると、明良にパンツを洗ってもらうことが正しいように思えてくるから不思議だ。


「それに、陽世君が絢華お嬢様に告白した時の台詞は『君のパンツを一生洗濯させてください』だったのですよ?」

「あの、花蓮。あなた明良くんに何か恨みでもありますの……? 名誉の為に否定しますけども、普通に好きです、と告白をいただきましたのよ?」


 いくらなんでもあんまりなでっち上げに絢華お嬢様は素に戻って答えた。


「まぁそれはともかく」「ちょっと」「とにかく」


 絢華の台詞を誤魔化すように花蓮は続ける。


「常に肌身に身に着けるものを相手にゆだねる。それはある種の信頼の現われかと」


 その言葉に背中を押されたのだろうか。薫がずんずんと進んでいく。

 別に花蓮の言葉そのものを本気にしたわけではない。

 ただ……状況から察するに、明良は絢華の下着を洗い……そこで冷静さを保っていたのだ。

 そう、つまり絢華は明良に異性として認識されていない。

 だが、そこで自分の下着を洗うと聞かされて明良は冷静でいられるか? 幼い頃から一緒にいた幼馴染から『下着を洗って欲しい』と言われ、動揺する姿を、どうしても見てみたくなったのだ。

 ずんずんと進み出る薫の気配に、明良はようやく気づいて首を傾げる。


「あれ、薫。来てたんだ」


 その温和な笑顔を見つめながら薫は息を整えて叫んだ。


「明良ッ! あしたからわたしのパンツを洗濯して欲しい!」

「え、ああいいけど。どうせ手間なんて大して変わらないし」


 薫は怒りを覚えた。

 なんだこの男は。

 女の子にパンツを洗ってといわれたにも関わらず、氷のような冷静さを保ったままである。

 確かに薫は幼児体型と称されるけど、もう少しどぎまぎしてもいいじゃないか。

 その冷静な無反応に近い回答が、自分が異性として全く認識されていないような気がして胸の中がむしゃくしゃする。


「明良兄ちゃん!」

「おや、美千穂ちゃんも」


 そうおもっていたら、今度は美千穂がワクワクした様子で進み出てくる。


「自分のパンツも洗って欲しいっす!」

「懐かしいなぁ、昔道場で汗を流していたとき、一緒によく洗物したっけか」


 美千穂はがっくりと膝を突いた。

 明良が美千穂の事を大切にしてくれているのは分かるけど、それはかわいい妹分に対する好意だ。それが証拠に全然動揺していない。

 それも当然だ。七瀬の古武術道場では汗だくになるまで鍛え上げる事も多く、当然稽古の後の衣服はみんな纏めて洗っていた。

 幼い頃から一緒に洗濯していただけあって――明良にとってはどぎまぎする要因などどこにもない、いつもどおりの事だったのである。


「さぁ、お嬢様」

「…………」


 無言のまま進める花蓮に、絢華は、えっ? えっ? ナニこの流れ、と思った。

 先ほどまで自分の隣にいた親友とボディガードの二人は勢い込んで明良くんに『下着を洗って欲しい』と自ら進み出た。


「な、なんだか変ですわっ!」


 この話の流れでは、まるで自分も明良くんにパンツの洗濯を依頼しないといけないようではないか。

どうして好きな男の子にパンツを洗って欲しいなどといわねばならない。

いやいや、と首を振りじりじりと後ずさる。

 だが、仕事量を減らしたいと思っているメイド、石水花蓮は絢華に邪悪な囁きをする。


「出遅れて、良いのですか? こんな程度の頼みすら出来ないで、告白なんて可能と思いますか?」


 うぐ、と絢華は言葉に詰まる。

 恋愛に対する度胸の無さは重々承知している。

 告白する勇気さえあれば――少なくとも、思いを告げられたその後に好きだと告げる勇気さえあれば、今頃想い人と両想いになれただろう。

 わかってはいても、竦む足と震える喉は自由にならない。

 けれども――場の勢いとノリが彼女の背を押す。そうだ……ある意味告白より恥ずかしいかも知れない頼みごとをする勇気があれば、本番の告白をする時の助けになるかもしれない。

 慣れる事は、無駄ではないはずだ。


「あっ……明良くんっ!」

「……絢華さん」


 顔を真っ赤にしたまま、形良い目を見開き、指を突きつける絢華に明良は首を捻った。

 そんな彼に言う。


「わ、わたくしの下着を洗うことを許可しますわっ!」

「なにっ?!」


 え、何でそんなシリアスな感じの声をあげるんですの……? と思った絢華。

 だが、その言葉は明良に対して重要な意味を持っていた。

 洗濯に並ならぬ情熱を傾ける明良にとって、朝の『今度パンツ洗ったら殺す』的発言は、自らの未熟さを突きつける台詞であった。

 そこに掛けられた今の言葉。

 それは……未だ未熟な明良の洗濯の技術に、僅かながら見るべきものがあったのだという意味にしか思えない。

 石水花蓮という洗濯のプロによって鍛えられた眼力を持つ西園寺絢華。

 彼女の元で洗濯を続ければ、いつかは師の高みに到達できるかもしれない。

 明良は喜びで微笑んだ。


「ありがとう、絢華さん。とても嬉しい」

「ど、どういう意味ですのよー?!」


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