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ついに本性を現したな!

今回のお話はプロットなしで書きました。

するとなぜか次の話のネタができました。

そんなつもりはなかったのに。

「うあああああまたやってしまいましたわ……」

「……」


 西園寺絢華は、学校の校舎で一人誰もいない事を確かめると、苦悶の声を上げていた。

 思い出すのは今朝の事。

 明良くんと偶然に接触し、そこで『今度パンツを洗ったら殺しますわよ?!』とまで言ってしまった事を心より後悔していた。


「どうしてわたくしったら、パンツを洗うことぐらい許可しなかったんですの……」

「……」


 侍従の鑑のように無言のまま横に控える石水花蓮は唇の端を微妙に引きつらせていた。

 普通に考えれば、異性にパンツを洗わせるのはかなりダメな行為だが、その事に思い至らないぐらいに衝撃を受けているのだろう。

 絢華お嬢様に仕える侍従であり、お目付け役も兼ねているメイドの石水花蓮としては、流石に主人に洗濯をさせたくはない。西園寺の偉い人から怒られるかも知れないのだ。

 そんな花蓮の心に気づかぬまま絢華は溜息を漏らす。

ほんの少しはもう少し仲良くなれるのではないか? と淡い期待らしきものはしていた、

 いくら祖父が余計なおせっかいをした結果とはいえ、物理的な距離がぐんと近くなったのは確か。何かのきっかけがあるかも、と思っていた。


「どうしたら明良くんと仲良くなれますの? わたくしもお洗濯すればいいのかしら。それとも下着の材質の話題とか?」

「何か間違えている気はしますが……しかし共通の話題を持つというのは着眼点として悪くないかと」


 花蓮の言葉に絢華は……『花蓮が素直に肯定するなんて珍しいですわね』とか考えつつ、うんと頷く。瞳にやる気を漲らせて言った。


「わたくしも洗濯同好会に入部しますわっ!」

「部長権限で却下いたします」

「なんでですのよー!!」


 せっかく前向きに行動しようと心に決めた矢先に拒絶され、やる気を粉砕されて絢華は叫んだ。


「い、今っ! 今花蓮はわたくしに『共通の話題を持つのは悪くない』と仰ったばかりなのに……! その舌の根も乾かぬうちから共通の話題を持つための第一歩を邪魔するとはどういう事ですのよー!!」


 絢華の意見は、恋愛に対してヘタレな彼女にしては実に前向きで建設的な意見であったが、花蓮は冷酷であった。

 とはいえ、これは少し酷かも、と花蓮は無表情だが少し申し訳なさそうにする。

 絢華の実家である西園寺から派遣されたメイドとしては……令嬢である彼女を『洗濯同好会』という変な同好会に入部させると怒られるのだ。

 花蓮は答える。


「お嬢様。陽世君と接触する時間を長く取りたい気持ちは分かります。

 しかし振られた人と振った人というかなり気まずい関係の改善こそを重視するべきでしょう」

「うう……正論が憎い」


 絢華は呻いた。そんな彼女に花蓮はさらに追い打ちをかける。


「現在、天羽薫様と、七瀬美千穂様は、陽世君の事を好いております」

「……えっ」


 絢華はまた呻いた。


「……薫さんは目の前で宣戦布告されましたから分かりますわよ。でも、あの美千穂さんも?」

「先日、明良くんの事をどう思っていますか? と質問したら『大好き』とたいへん元気のよいお返事をいただきました」

「またライバルですわー?!」


 絢華はがっくりと机に突っ伏した。そんな主人を、花蓮はいつものクールな視線で見つめる。


「ですからお嬢様。

 あんまり時間をかけるとラブコメ漫画のように梃入れのためのヒロインが投入されるとあれほど申し上げましたのに」

「そんな台詞一度も聞いてませんわよー!」


 花蓮は、そうですか、と済ました顔で嘘を付いたことにまるで悪びれない様子。

 それ以上主人に忠告する事はなく、頷くと口を閉ざす。

 西園寺絢華は机の上に頬を押し当て、豪奢な髪を崩しながら考えていた。

 彼女も、自分がいい加減恋愛に対して臆病なヘタレであると自覚している。


「そういえば……明良くんは七瀬のお家で古武術を習っていらっしゃるんでしたっけ」

「そうっす」


 そこに飛び込んでくる第三者の声に絢華は顔を挙げた。

 見れば……今朝、朝一番に明良くんと一緒に出くわした長身の美少女、七瀬美千穂がニコニコと微笑みながらそこに立っていた。

 絢華は立ち上がり、軽く会釈する。恋愛はヘタレでもそれ以外のことでは、彼女はほぼ完璧な能力を有していた。


「お手数をお掛けいたしますわ。西園寺絢華ですの。朝は失礼を致しました」

「祖父から頼まれました。七瀬美千穂と申します。よろしくお願いしまっす」


 と、丁寧に挨拶してから絢華は続ける。


「それにしても、どうしてこちらに?」

「……護衛とお伺いしてるんすけど?」

「わたくしが、美千穂さんに場所をお教えしました」


 花蓮が補足をする。

 そういえばそうだ。祖父が余計な気を回したけども、確かに七瀬の一門の人に頼んだのは護衛業である。一緒に行動するのは当然だろう。

 動くのに邪魔そうな豪奢な縦ロールで恋愛へタレな絢華ではあるが、上流階級の教育の一環として簡単な護身術のたしなみはある。

 メイドの花蓮も相応に心得はあるはずだ。

 ゆえに、少し興味も沸く。

 七瀬一徹老や、明良くんの使うものが古武術……とは聞いてはいるものの、それがどのような性質のものかは良くは知らない。尋ねることにした。


「そう言えば、美千穂さんの習う古武術はどのようなものなんですの?」

「ん? んー。そうっすね、他門の方と手合わせする機会はないんす。けど、よく『無慈悲』とは言われるんすよ?」


 無慈悲。

 平和な現代社会には似つかわしくない『暴』の気配漂う一言である。

 絢華はなんだか寒気がした。

 そんな様子に気づかず、美千穂は説明を続ける。


「うちの門派の投げ技の一つに『磔打ち』ってやり方があるんすけど」

「なんだか処刑BGMとか流れそうですわね……」

「投げる場所が壁なんすよ。地面に叩きつけるんじゃなく、壁に叩きつけて」

「「……叩きつけて」」


 この時ばかりは主人と同様に戦慄したのか、絢華と花蓮の声が重なった。


「落ちる前に膝蹴りを打ちます」

「「……どこに?」」


 美千穂は不思議そうに首を捻った。


「どこにって……無抵抗の相手が壁に叩きつけて身動きできないんすから、当然顔面に渾身の力で膝蹴りを叩き込んで。相手の頭を壁と膝ではさんで潰すんすよ?」


 絢華と花蓮は思った。あれ、もしかして七瀬の一門の技って殺人拳? 

 美千穂は、絢華と花蓮の沈黙の意味を、引いてると思ったのか、わたわたと焦りながら弁解する。


「ち、違うっすよ。いつもは顔面に膝蹴りとか乱暴な事はしないっす!」

「そ、そうですわよねっ、そんなキケンな部位に追撃とかしませんわよね!」


 ほっとした様子で絢華は言葉を続けて。


「ええ。膝蹴りは足だし威力があるから、普段は肘打ちで鳩尾とか股間を狙うんすよ」

「「鳩尾と股間を」」


 主従の台詞が重なった。無理もないが。

 絢華はちょっと黙った。

 好きになった男の子は実は殺人拳の伝承者だったのだろうか、とシリアスな悩みを抱えていたわけではない。

 そんな事よりも、現在彼女にとっては明良くんと仲良くなる事が重要だった。

 そして、事前の会話では明良くんと仲良くなるためには共通の話題を持つことが重要。

 つまり。


「決めましたわ、花蓮!」

「いやな予感がしますが、一応義務としてお伺いしましょう。なんですか?」

「わたくしも共通の話題づくりのために殺人拳を習いますわっ!」

「法と道徳を省みて全力で却下いたします」

「なんでですのよー!!」

「……むしろなぜOKが貰えると思ったんですか……」


 花蓮のぼそりと呟いた台詞は幸い相手に気づかれる事は無かった。

 そんな会話を横で聞いていた美千穂は、にこにこと笑いながら言った。


「うちの道場の月謝は一万円っす」

「お手軽殺人拳入門ですわ?! おかしい気がしますのよっ! 普通こういうのって一子相伝とかが基本じゃありませんの?!」


 学生が自腹で出すにはキツイかもしれないが、しかし無理ではない金額設定に絢華は叫んだ。


「なお、確実に骨が折れるので、特別保険にも入ったほうがお得とは思うっす」

「……骨が折れるってのは『苦労する』という意味で骨が折れるんですわよね?! 『骨折する』という意味で骨が折れるんじゃないんですわよね?!」


 特別な保険があるという時点で確実に骨折のほうなのだろうけど、花蓮は発言を控えることにした。

 絢華は、ふー、と小さく声を漏らして言った。


「……でも、一歩前進ですわ」


 やり遂げたような声。

 絢華は微笑む。

 明良くんと仲良くするために共通の話題を作る……その話の取っ掛かりは、花蓮と美千穂との会話でようやく見つかった。

 その話題を振れば、きっとぎこちない関係もほぐれて、仲良くなれるに違いない。

 力強く、ヘタレお嬢様は叫んだ。


「つまり、明良くんと仲良くなるには

『パンツ』『殺人拳』

 の話をすればカンペキですわっ!!」

「…………………………………………」


 花蓮は黙ったまま頭を抱え、美千穂に視線を向けた。

 だが美千穂は絢華お嬢様の下した決断を聞き、目をキラキラと輝かせて、素晴らしい意見を拝聴したような感動を顔に浮かべていた。

 花蓮は一人、『ブルータスお前もか』と呟く。


「おっと、自分、大切な用件を思い出したっす!」


 そう言うと共に美千穂は廊下へと駆け出す。

 多分、絢華お嬢様が言い出した二つの会話を弾ませるキーワード『パンツ殺人拳』を使用するつもりなのだろう。

 せっかく思いついたキーワードを恋敵に聞かれ、絢華は焦りを浮かべる。


「ああっずるいですわ美千穂さんっ! そのキーワードはわたくしが思いついたのに!

 花蓮、今すぐ美千穂さんを止めるのですわっ!」


 すぐさま傍に仕えるメイドの花蓮に命令する絢華であったけれども、しかし花蓮はむしろ二人を哀れむような視線を向けた。


「なんですのよその眼はぁっ!」


 花蓮は答えない。

 スマホを取り出し、洗濯同好会用の連絡メールで明良に『美千穂さんがおかしな事をいうかもしれませんが、流してあげてください』と送信しておいた。


「お嬢様」

「早く美千穂さんを止めるのです、せ、せっかく仲良くなれるキーワードを思いついたんですのよ?!」


 違う、違うのだ。

 七瀬美千穂はお嬢様の頓珍漢な答えが導き出すオモシロイ結末をあえて自ら実行してくれたのだ。ここは感謝の言葉を言うべきである。

 そう思っていたら明良からの返事が返ってきた。


『花蓮先輩へ。

 美千穂ちゃんが『明良兄ちゃん、パンツ殺人拳って知ってるっすか?!』と勢い込んで話しかけてきましたが、先輩のおかげで驚かず話をあわせることができました。

 そのままパンツを被った正義のヒーローの話題で大いに盛り上がり、美千穂や淳一、薫を集めて映画をみんなで見ようという話になりました。

 花蓮先輩も是非ご参加ください。

PS:気まずいので。絢華さんには内緒にしてください』

「……………………………………………」


 花蓮は超黙った。

 どう考えてもアウトにしか思えない『パンツ殺人拳』というキーワードはしかし、予想外にも大盛り上がりの展開を見せたのである。


「ど、どうしたのですの、花蓮」


 まさか絢華お嬢様のあのキーワードが、仲良くなるきっかけになるとは。

 しかし覆水盆に帰らず、同じ手は二度と通用すまい。

 花蓮は言った。


「お嬢様」

「はい、なんですのよ」

「ちょっと洗濯同好会の後輩と一緒にみんなで集まって映画を見ようという話になりましたので、本日はお休みをください」

「洗濯同好会の後輩は明良くんしかいないじゃありませんのよぉぉぉ!!」


 絢華は叫んだ。当然の話だった。


「お嬢様はこないでくださいね。フリではありません」

「タイミング的にわたくしの思いついたキーワードが原因ですわよねっ?! わたくしのおかげですわよねっ! 釈然としませんわっ!

 薫に続き、今度は花蓮に裏切られた気持ちですのっ!」


 お嬢様のお怒りも至極ごもっともではあったが、花蓮には最早どうする事もできない。


「お嬢様」

「なんですのよ~!」

「楽しんできます☆」


 花蓮はウインクしてそのまま走り出し。

 怒り狂う絢華お嬢様から逃げ出した。

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