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大名行列を横切る勇気はない!!

高校時代に仲の良かった女の子っていたかな。

もう思い出せないよ(真顔)

「ねぇねぇ。聞いた? 西園寺さんの噂」

「誰かに恋をしてるって話でしょう? 窓際で、なんだか悩ましげにため息を突く姿も絵になるわよねぇ」

 

 教室の中で、陽世明良は黙ったままやりきれない気持ちを耐えていた。

 同級生の女子達にとっては全校生徒憧れの的のお嬢様が誰に恋をしたのか、と噂話に興じていただけなのだろう。

 しかし、そのお嬢様に一週間ほど前に告白してフラれた身としては落ち着けるわけがない。


「はぁ……」


 物憂げに溜息がこぼれる。

 整った耳目に引き締まった四肢。

 幼少期から『家の隣にあったから』という理由で通った古武術道場で鍛えたためか、虎体狼腰と言うべき肉体。堂々とした美丈夫である。

 しかし、好きな人に振り向いてもらえないのなら、どんなに外見が良くても意味がない。

 

 西園寺絢華が恋をしている。

 それは明良にとっては覚悟していた噂だった。

 なるほど、現在進行形で誰かに恋をしているのなら告白を断るのは当然のこと。

 相手はどんな人だろう。

 あんなに綺麗な、高嶺の花を摘み取った男。

 その男の腕の中に抱かれている彼女の姿を想像しただけで心の中にもやもやが広がる。


「よぅ、なんだか死にそうな顔しているな」

「……淳一(じゅんいち)


 陰気なオーラを放っている明良に気軽に話しかけるのは、友人の七瀬淳一(ななせ じゅんいち)だった。

 今の明良と正反対の、陽気な印象から男女問わずに声を掛けられる、友達の多い男であった。

 隣の家だった古武術の家の息子で、子供の頃からの気安い友人である。

 彼は明良の隣の席に座った。気の毒そうな視線を向けてくる。


「よぅ、明良。落ち込むな……なんて言えやしないが、仕方ないさ。絢華お嬢様は西園寺家のご令嬢で、俺らなんかを相手にするわけないんだよ」

「分かってるけどな。仕方ないじゃないか、好きなんだから」


 明良は机に顔を預けて呻くような声を漏らした。

 それほど接触が多かったわけではない。彼女からすれば自分など、その他大勢の一人だったのだろう。

 それでも胸の中の慕情を言葉にしないと、胸の内側が破れそうなほどに切なかったのだ。


 

 ざわざわ、と廊下の喧騒が大きくなる。

 廊下を歩く大勢の足音。どよめきがじわじわと近づいてくる。

 明良も淳一も足音の中心が誰であるのか、知っていた。


「ほら、脇に避けて。絢華様がお通りになるぞぉ!」


 先導を勤める生徒が、たまたま廊下に出ていた生徒達に下がるように言う。

 まるで大名行列の通行を伝える先触れのようだ。


「ここ数日、何度か来ているよな」

「ああ」


 淳一の言葉に明良は頷く。

 絢華お嬢様は大金持ちの名家のご息女。

 授業で校舎内をあちこち行き来する際は、ああやって自発的に侍従めいたことをする人がいるのだ。

 しかし……だ。

 彼女はこの学園へと膨大な出資をしているVIPクラスと言うべき教室に在籍していて、わざわざこちら側へと足を運ぶ理由などないはず。


『……ほら、絢華様がやってきたわ。今日だけでもう三度目よ?』

『やっぱり想い人がこのクラスのどこかにいるって噂、本当かしら』


 周囲から聞こえてくる女子生徒の噂の声が、否応なしに耳に入ってくる。

 まるで傷口に潮を塗りこむような言葉に、明良は、うあー、と机に突っ伏した。


「……恋敵がこのクラスの列にいるかも知れないと思うと、流石に平静じゃおれんわなぁ」


 友人の言葉に溜息を吐きつつ、明良は廊下から目を背ける。


 胸がぐるぐるする。


 今までは遠めに眺めているだけだった人が近くにいる。

 大きいため息を漏らしてあさっての方向を見やった。目を合わせたくない。


『あっ、姿が見えたわ』

『今日も見事なロールよねぇ。どうやってセットしてるのかしら』


 ざわめきが大きくなる、多分今、彼女は教室の廊下を通っているだろう。

 告白してフラれた。

 それでも未練がましい慕情が胸を締め付ける。

 好きな人をもう一度目に焼きつけたくて、廊下を見れば相変わらず可憐な顔立ちだった。


「ッ……!!」


 ……一瞬、人並みの中心にいる彼女と視線がかち合った。

 それまで華やいだ笑顔を振りまいていた彼女は、視線がぶつかった瞬間、顔を赤らめ、ふるふると柔らかそうな唇を震わせて、キッと目を怒らせ睨みつけてから、ぷい、と視線を逸らした。

 明良はまた胸の中にぐるぐると苦しみが渦巻くのを感じる。

 愛おしさが報われない事への悲しみだった。


「……今、睨まれた」

「そりゃな」

「きっと、いきなり告白なんて非常識な事をしたから怒ってるんだ!」

「かもしれないなー」


 そのおなざりな淳一の返答に明良は椅子から立ち上がった。


「な、なんでそんなに適当な反応なんだ!」

「なんでって……もうフラれたんだぜ? これ以上悪くなりようがないのに、何を焦るんだよ」


 その通りだ。

 だから余計に明良は落ち込んだ。

 自分のような男が、彼女のような人に睨まれる理由なんて告白した事以外ありえないだろう。

 でも、悲しい。

 振られるのは仕方ないけど、告白した事で嫌われるなんて。

 彼女の無情が悲しかった。

 フラれたのだから、できればそっとしておいて欲しい。叶うなら近くに来ないで欲しい。

 彼女の姿を見かけるたび、捨てるより他無い恋心が疼いて苦しいのだ。

 なのに、別の男にご執心な彼女は、自分がこのクラスにいると知ってもなお、姿を現す。まるでひどい意地悪をされているようだ。

 告白を断るのは当然の権利だ。

 でも、フッた相手をそっとしておいてくれてもいいじゃないか。

 それとも、そんな気遣いをする必要もないぐらい、自分の事なんてどうでもいいのか。


「くそう……泣けてきた」


 明良は……あうー、半泣きのまま机に突っ伏した。

 淳一は、よしよし、と彼の肩を叩いてやった。

 

 淳一は、思う。

 絢華お嬢様が、告白してきた明良を嫌うのは、仕方ないかもしれない。

 だが彼は友人が実に心優しい男であると知っている。この男なら実家にいる妹を安心して任せられると思っていた。

 せめて俺ぐらいは、こいつの味方をしてやろう。

 そう思って慰めの言葉をかけるのであった。



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