みんなから見える場所に飾ってやる!
西園寺絢華は、気が重かった。
祖父が自分と明良君との関係を進展させる手助けをしようと色々おせっかいしてくれたのだろうけど、ここまで余計な事をされると、自分の恋路を阻む邪悪な意志でも存在しているのではないかと思えてくる。
しかし、ピンチであった。
明良、淳一、馨の三人を混ぜたお昼のイベントで、絢華が明良をフッた事は周知の事実である。
その後、絢華がその実家の財力を用いて彼と同居をさせたのだ。
周囲にはどう写るであろうか?
『あれ、絢華さんって凄い悪女なんじゃないか?』
『陽世君……気の毒に。そっとしておこう』
となるのは当然の成り行きである。
周囲にどう思われるのかは、この際別にいい。
一番辛いのは、一目惚れした明良君に嫌われることだ。自分の事を、告白してきた相手の純情を弄ぶ悪逆の女と思われたらどうしよう。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
屋敷に戻れば、玄関先を清掃していた花蓮が丁寧なお辞儀で主人を出迎える。
「……花蓮、明良くんは?」
「少し仕事を申し付けております」
あれ、と絢華は思った。
明良は今回護衛という名目でこのお屋敷に住むことになるのだけど、そこで身を守ること以外に仕事を頼んでいいのか、と。
しかし絢華の護衛は、単に明良と絢華の距離を近づけるために祖父が余計な気を使ったためで、実際は絢華を狙うものなどどこにも存在しない。
それを考えるなら、暇になる明良に何か手遊びに仕事を割り振るのもいいかもしれない。
実際は花蓮が自分の仕事量を減らしたいだけかもしれないが。
花蓮は、明良がいる場所に案内するというと、絢華の前を歩きながら口を開いた。
「明良くんが、洗濯同好会の人間である事はご存知で?」
「知っていますわ。……貴女が洗濯同好会の部室で屋敷の洗い物を洗濯し、それを主人であるわたくしに引き取らせましたから」
絢華はそう呟いて……そういえばあれが明良くんと出会ったはじめての事だったと懐かしんだ。
そう……あの時自分は、明良くんから渡された洗い物の籠の中に自分の下着が入っている事に気づき『あ、あああ貴方が洗ったんじゃないですわよね?!』と怒鳴りつけたのだ。
「うう……」
過ぎ去りし過去ではあるけど、思い出しただけで顔から火が出そうになる。
絢華は溜息をついた。そんな気持ちを知ってか知らずか、花蓮は言葉を続ける。
「明良くんの師匠……友人の七瀬君の祖父は、武道の達人でございます。お嬢様の祖父とも顔見知りの方でして」
「ええ、明良くんはそこで修行したとか」
彼がそこで修行していたからこそ今回みたいに護衛任務にまわされたのだから。
「はい。部活の際、彼本人に聞きました。なんでも師匠は殴るのが大変好きな人で、世界各地を回って悪人を殴る旅を続けていたそうで。そこで同行した明良くんは――三日三晩、着たきり雀の生活を続ける日々を過ごしていたそうです」
「うわぁ……」
「その反動か、彼は清潔な衣服を着たり、汚れた服を見ると我慢できないのです」
そういえば、わたくしは明良くんの事を全然知りませんわね……絢華は、目の前のメイドに対してなんだかもやもやした気持ちを抱いた。
好きな男の子のことを、自分以外の誰かが良く知っている。
自分よりも花蓮と明良くんのほうが、関係としては親密なのではないか? そんな気持ちさえ湧き上がって、むぅうう、と恨みの篭った呻き声が出た。
「……そ、それがどうしましたの?」
絢華の唇から出た声は、拗ねた気持ちでふてくされた子供のように幼くて。
そんな声を出してしまったことがなんだかとても恥ずかしかった。
花蓮は主人の声に篭った気持ちを知ってか知らずか、言葉を続ける。
「本日より住み込みで護衛として働く上で、一つ試験をいたしました」
そう言いつつ、洗濯機のある浴室近くの扉を開ければ……なるほど、明良くんが大きなたらいに水を満たし、手洗いで何かをじゃぶじゃぶ音を立てて洗っている。
なるほど、確かに真剣な表情で何かを洗っている。
そう思った絢華は、明良が洗っているものに目をやり。
きゃあああああああぁああぁぁぁと……悲鳴を上げようとしたが、まるで声が出ないことに気づいた。
「点穴術の一つ、亜穴を突きました。声が出なくなります」
(何いきなり武侠みたいな事してるんですのよ貴女はー!!)
と怒鳴ろうとしても、まるで喋ることができない。怒りと……そして余りの恥ずかしさで顔はリンゴより真っ赤になり、ふるふると唇が震える。
オマケに、花蓮は主人に仕えるメイドにあるまじき事に後ろから絢華を羽交い絞めにして顎に手をやり目を背けることを許さない。
余りにも恥ずかしい羞恥責め。なんの拷問かと思うぐらいに身悶える光景。
明良くんは、実に見覚えのある布地を丁寧に洗って、水気を切り、丁寧にお日様に当てて乾かす。
明良は真剣な顔で絢華のパンツを洗濯していた。
(いやぁあああ、いやああぁあぁ、いやああああああぁぁぁぁ)
話すことが出来たら絶叫していただろう。
主人を裏切る反逆メイドの花蓮は相変わらず無表情のまま、心の中で『苦しめ、苦しめ……』と邪悪な事を考えながら口を開いた。
目の前で好きな男の子にパンツを洗われるという地獄のような目にあう絢華。
じたばたと身を捩り、暴れまわるが、あらゆることをそつなくこなす万能メイドは、巧みに絢華の動きを封じ込めて耳元で囁く。
「ああ、ご心配なくお嬢様。彼は汚れたものが綺麗になるという事実にのみ集中しております。
見てください、あの真剣なまなざし。洗濯をこれほど愛する殿方をわたしは初めてみました。
好きな女の子のパンツを洗っているのに、舐めたり吸ったり嗅いだりなど一度もせず、イヤラシサのかけらもないまま洗濯しております。
わたしの中に宿りしメイドソウルが、彼はエッチな気持ちをかけらほども抱いていないと告げています」
それはそれで屈辱的ですわっ! と絢華は思った。
とにかく、とにかく脱出して、明良くんの洗濯を止めなくては、わたくし恥ずか死くておかしくなってしまいますわっ! と考える。
どっきんどっきんと心音は跳ねあがり、心臓が耳の隣に引っ越してきたのではないかと思うぐらいに血圧が上がっている。
花蓮は、済まし顔で言った。
「お嬢様、どうしたのですか。
ああ、お気に入りの下着が洗濯で材質が悪くなっていないか心配なのですね? ご心配なく」
心配しないで済む要素なんて一つもありませんわ! と目で訴える絢華。
そんな主人に花蓮は止めを刺した。
「明良くんはお嬢様のパンツを材質に合わせて一個一個丁寧に揉み洗いしております」
暴れる力が、弱まった。
視線が横にスライドする。見つめるのは、天日干しされた衣類。
そこには……絢華の下着が数日分纏めて洗濯され干されていた。
ぶつん、と絢華の頭の中で何か重要な部分がショートする音が響いた。
まるで肉体を支える重要な芯がへし折れたかのように、彼女の体がくたりと脱力し、花蓮に全体重を預ける。
「お嬢様?」
「きゅう~……」
どうやら羞恥が臨界点を突破したらしい。
まるで茹蛸のように真っ赤になった絢華お嬢様は、恥ずかしさのあまり、気絶したのであった。




