そんなことどうでもいいから担当を変えてくれ!
日間現実世界〔恋愛〕ランキング、2位になりました!
……ちょっと驚いています(汗)
結局、西園寺絢華と天羽薫という学園内の二人の有名人は、このあと会話を交わすこともなく休み時間が終わるまで睨みあったままだった。
そんな彼女は放課後を迎えて、敷地内のお屋敷に戻り。
周囲に花蓮しかいないことを確認すると――ぐすっ、と泣きそうな声を漏らした。
「うう、うわああぁぁ~ん、明良くんがぁ、明良くんのファーストキスがぁ~!!」
「……お嬢様、お気を確かに。あとなんでファーストキスと決め付けるんです。
最近の子供はおませさんだからもう最初のキスは済ませているかもしれませんよ?
……お嬢様と違って」
一部始終を侍従として見ていた花蓮の言葉に、絢華は答えず、ただソファに突っ伏して、くすん、くすん、と声をこぼす。
兎のように泣き腫らした目を閉じれば、目蓋の裏側にはっきり焼きついた明良と薫のキスシーンが思い浮かぶ。
「明良くん……馨さんとキスしていましたわ」
「ええ」
短く返事をする花蓮。
恋愛で頭の中身がポンコツになっている絢華と違い花蓮の初見は少し違っている。
確かに……薫と明良の二人はキスしているように見えた。
しかし花蓮は洗濯同好会の活動の中で明良という青年の性根を見知っている。少なくとも女性から口づけを受けて動揺しないほど異性に慣れているわけではなかった。
その事を絢華に言えば立ち直らせることができるだろう。
(しかし……それはしないほうがよさそうですね)
薫と明良がキスしていると勘違いした絢華は、その恋愛に対する臆病な心よりも、好きな人を奪われる怯えから、行動を行ったのだ。
臆病だから恋を失う事への恐怖が、絢華お嬢様の行動力を刺激するかもしれない。
主人に仕えるメイドとして、あえて真相を告げないことにする。
絢華は自分の唇をなぞり、小さな声で、いいなぁ……と呟いた。
「わたくしもキスしたいですわ……でもちかづいたら警戒されますわ」
「左様ですね」
「どうして明良くんはわたくしにキスしないのかしら」
「告白してフラれた相手にキスしようとしたら犯罪ですから。彼がキスしないのは相手の気持ちを尊重する正しくて善良な性根の持ち主だからですっ!」
花蓮はそろそろ受身にも程がある主人を見捨てたくなった。
そんな不毛な会話を繰り返していた主従であったが、会話を断ち切るように着信音が鳴り響く。
花蓮は電話を取った。
「もしもし……ああ、大旦那様ですか。はい、お嬢様にお知らせしたい事がおありで……駄目です。そんな事はどうでもいいので、お嬢様がめんどくさいから誰か別の方の担当にしていただけませんでしょうか」
「なぜか知らない間に花蓮に見放されていましたわ?!」
突如としてメイドに強烈な駄目だしを受けた絢華は涙目になりながら叫んだ。
どうやら電話の向こうの大旦那様……以前絢華が相談をした彼女の祖父は花蓮の直訴を退けたのであろう。
花蓮は絢華にも、電話の向こうの大旦那様にもはっきり届くように『チッ』と舌打ちをすると、通話音声を絢華にも聞こえるように切り替えた。
『おお、絢華、聞こえておるかね』
「お爺様、どうしましたの?」
祖父の唐突な連絡に絢華は首を傾げた。
何かと忙しい身であるため、まとまった時間を取れない祖父が電話とはなんなのだろうか。
『実はな、絢華の言っておった明良くんを少し調べさせてもらった。すまぬの』
「お爺様の立場を考えれば仕方ありませんわよ」
絢華は祖父の謝罪に苦笑した。
西園寺という大財閥の総帥であれば、金の臭いに惹かれて怪しげな輩が接近する事もある。
事前に相手が下心を持っているかどうか調べるのは当然だろう。
『うむ。絢華よ。爺ちゃん、ちょっとコネを使って頑張ったZE!!』
「え?」
言葉遣いが孫娘に好かれたいだけの、茶目っ気溢れるジジイ口調に崩れる。
『絢華が気になっていた男の子じゃが、七瀬の家の門弟だそうじゃな? あの家は元々ボディガードめいたことも仕事にしているんでな。陽世明良といえば七瀬老人の秘蔵っ子として有名じゃったんで聞き覚えがあったのよ』
「ああ……そんな話も聞いたような……」
絢華は、祖父の言葉が正しかったことを思い出す。
でもそれが、今なんの意味があるのだろうと首を捻った。
『安心せい、絢華! ジジイが七瀬一徹老と話をつけて、お前のボディガードに明良くんを住み込みでつけてもらうように頼んでおいたんじゃ! 振り向けばそこに愛しいひとが、貴女の隣で常に守ってくれるぞい!』
「え」
絢華は呆然と呟いた。
どうしてそんな余計な事をしたのだろうと記憶の糸を手繰り寄せる。
……思い出した。
絢華が前、花蓮に告白できない臆病さをなじられ、その後祖父に好きな人が出来たと相談した事があった。
その時には『相手に告白されて、その三秒後に一目惚れしました』というのは流石に気が引けたので、好きな男の子がいる、という事だけを伝えて相談したのだ。
それが原因だ。
祖父からすれば、可愛い孫娘である絢華。彼女が慕情に身を焦がしているとすれば、手助けしたくなるだろう。
陽世明良の事を調べ、その最中で彼が七瀬一徹老人の弟子であることを知った。
そして孫娘の恋を応援するべく、四六時中明良と一緒にいられるようにボディガードという立場を与えたのだろう。
「ちょっ……ちょっと待ってくださいましっ!」
だが祖父のおせっかいがもたらす結果に、絢華は変な汗が沸いてくるのを感じる。
絢華は明良に告白されて、これをフッた。
明良からすれば、絢華は距離をおきたい人のはず。
なのに――自分をフッた女の子と一つ屋根の下で同居生活をする?
「そ、それは一体なんの嫌がらせなんですのよぉ?!」
そんな状況に追い込まれれば明良は間違いなく針のむしろだ。
しかも、護衛の仕事を依頼したのは絢華の祖父。明良からすれば絢華本人の意志であると考えるだろう。
もしこれで、絢華と明良が既に正式な恋人関係であったなら、一日中ラブラブチュッチュを続けられる。祖父に感謝のkissを見舞うぐらいに有難い話だ。
だが、しかし二人は告白した人とフッた人という大きな亀裂が走っている。
そして明良には自分をフッた女の子を守れ、とフラれた女の子から命令されたのだ。
紛れもなく男心を弄ぶ悪女の所業である。
恐らく誕生日を迎えた子を喜ばせるサプライズパーティーのように、本人たちには秘密裏に、明良にも同様の仕事依頼が通知されているだろう。祖父は絢華が喜ぶとそう信じて、だ。
「ふ、ふええぇ~……」
絢華は目を潤ませた。泣きそうになる。
言い訳しようのない、相手の失恋の傷口に塩を塗りこむような出来事。
それも、絢華が祖父に『相手をフッた三秒後に一目惚れした』という事実を、見栄を張って伝えなかったことで起きた事態。身から出た錆だ。
「き、嫌われましたわ、明良くんにわたくしは性悪の女と思われて絶対嫌われましたわっ!
う……うううぅ~~~!! うわああぁぁぁん~~!」
目の前に広がる失恋の予感に絢華は唸り声を上げながらソファに倒れ。
そして受話器の向こう側で、孫娘の感謝の言葉をワクワクしながら期待していた祖父は、悲しげな声に思わず呟いた。
『あれ………………? ジジイ、もしかして超余計な事した?!』
「わりと」
祖父の呟きに、花蓮が答える。そんな声を遠くに聞きながら。
絢華は泣いた。無理もないが。




