第8話 ナルシストと解体作業
初段になって早くも四年の月日が経った。身長は140センチ近くまで伸びて、少し茶色かかった黒髪に濃褐色の瞳、幼い顔を感じさせながらも目鼻顔立ちが整った顔に鍛えられて程よく筋肉質になった体。
(あれ、イケメンじゃね?)
おぉ、神よ有難う! 元の顔は思い出せないけどイケメンだよこれ! やったね!
「……カイム。ポーズはいいから早くミリアムの所に行くわよ」
「はーい」
若干呆れた表情でマヤに指摘されてしまった。今年で十一歳になった僕は、去年にヴァレリーと一緒に剣術弐段になり、同じく去年にミリアムとの激しい戦いの末、闘術弐段になった。
一応、『犯人はミリアム』って遺書を書いておいたんだけど、使わなかったな。
さらに、火属性の【火矢】と【暖気】を修得し火と爆発魔法の一級魔法を全て覚えた他に、治癒魔法の【周囲索敵】と【魔法盾】を覚える事が出来た。ただ相変わらず治癒魔法が苦手で、どれもイマイチな効果しか発揮できない。周囲索敵なんて半径5メートル位しか索敵できない、使えこなせれば100メートルを超えるらしけど、無理だろ。
他にも弓術を習い始めて40メートル程の的ならほぼ当たるようになった。何時頃昇段試験を受けられるのか聞いたら、弓さえ変えれば受けられるかもと言われた。「弓ですか?」と質問したら、弓術初段の試験は70メートル先にある150センチの的を十発中七発当てれば受かるらしい。
そこで問題なのが自分の持っている弓だ。この弓はそこらへんの木だけで作った単弓で有効射程は50メートル、最大射程は100メートルだ。確かに狙って当てられる距離が短くて的に当てられないだろうな、もっと飛距離の長い弓を準備する必要があるけど、今のところ当てが無い。
「マヤは今日はどうするの?」
ミリアムが待つ村長の家に向かいながらマヤの予定を尋ねる。高位妖精族の寿命は九百八十歳から千歳、既にマヤは九百八十一歳だ。見た目は少女のまま、一定の年齢を過ぎると成長が止まる種族と説明を聞いた。だが、確実に衰えていっているみたいで、本来は治癒魔法五級の腕前だが、今は三級を辛うじて使えるぐらいらしい、さらには筋力も少し衰えたと言っていた。
「今日も村長の家で治癒魔法を掛ける仕事ね、あとは書類仕事かしら。それよりもカイム、今日は初めてなんだから怪我しないようにね」
「大丈夫だよ」
今日はミリアムと一緒に初めて狩りをしに行く。実戦の空気と外の世界を知るためにとマヤとミリアムが企画したのだ、今から狩りをしに行くと思うと何だかワクワクする。
村長の家に入るとミリアムとヴァレリーがいた。
「おはようミリアム先生、ヴァレリー」
「おはよ~カイム」
「おはようカイム」
互いに挨拶を交わし終わってからミリアムが話し始める。
「さて、狩りに行く前にうちの武具店に行くよ」
「ん? 分かりました」
何だろう? ミリアムの事だから忘れ物でもしたんだろう。
「じゃぁ、マヤさん、カイムのことは責任をもって預かるから」
「よろしくねミリアム。それとカイム、はいこれ」
僕はマヤから自作の弓と麻布の袋に入った弓矢を受け取ると、弓を持って弓矢の入った袋を背負う。準備が整った時にマヤが僕の頭を撫でてくれた。
「カイム、気をつけていくのよ」
「はい、分かりました」
ニコニコしながらマヤに抱きついて、くんかくんかする。大丈夫、今日も一日頑張れるよ。
「カイムは甘えん坊ね」
ヴァレリーにそんなこと言われながらも村長の家を出て武具屋に向かう。真っ直ぐに歩いて武具屋に入ると、お店には男の犬耳族が店番をしていた。実はこの男の人はミリアムが二年前に結婚した旦那さんで名前はローディーさん。今年でミリアムも二十三歳になるので結婚していてもおかしくない、ただミリアムが結婚出来るとは思わなかったよ……。
「おかえりミリアム、それにカイム君に嬢ちゃんか、よく来たな」
「おはようございますローディーさん、ミリアム先生と結婚して色々と大変じゃないですか?」
「ちょ、カイムなんてこといってるの」
ヴァレリーに呆れられたが本心でそう思っている。だってミリアムだもん。
この世界は成人を迎える十五歳から配偶者を探して、大体、二十歳前後で結婚する。ちなみに結婚自体は両親と本人同士の承諾で十二歳から出来る、途轍もない犯罪臭がするな。貴族の場合は成人前に許嫁が居ることが多く、成人してから一、二年後に結婚するらしい。うらやま死刑ものだな。いや、私刑だ。
「ハッハッハハ。確かに少し抜けてるところがあるけど、そこが可愛いんだろ」
「褒められてるのか貶されてるのか分からないよあたしは……」
ッチ! のろけやがって!
「それで、お店で何かするんですか?」
ミリアムがニヤニヤしながら僕とヴァレリーを見て答えてくれる。
「今日は二人の初めての狩りと昇段祝いで剣をプレゼントするんだよ~」
そんな、ミリアムありがとう! 見直したよ!
「あ、お金はマヤと騎士団長から貰ってるから気にしなくいいよ」
あぁ……やっぱりミリアムはミリアムだったよ。
「はい、これ鉄の小剣ね」
渡された小剣は刃渡りが55センチ、握りや鍔を合わせた柄で22センチ、合わせて全長77センチほどだ。外見は柄頭が木製で出来た小さな球の形をしていて、同じく木製の握り部分は握りやすいように波の形状をしている。鍔の部分も木製だが相手に向ける部分は鉄で補強されている。刃の幅は約4センチぐらいだ。もっと分かりやすく説明するなら、鍔が付いて少し刃渡りが長いグラディウスの見た目をしていた。
「ちゃんと両手で持てるようになってる」
「そりゃ両手で剣術の練習してるのに片手しか使えなかったら使えないでしょ~。柄の部分は旦那が作った部分だから」
「両手で使える小剣ってなかなかないんですよね、助かりました」
ヴァレリーがローディさんにお礼を言う。
確かに両手で使える小剣なんて無いよね、わざわざ柄を長く作ってくれたんだな。
「ありがとうございますローディーさん」
「いや、こっちも喜んでもらえたみたいで嬉しいよ」
ローディーさんは笑顔になりながら頭を掻いた。
「ねぇ、あたしには? ねぇ?」
ミリアムは無視して小剣をどこに身に着けようか? 右腰にベルトから紐で垂らすように装備しよう、両手で使えるようにはしているけど、やっぱり左利きだからか右側に着けたい。抜くときに柄の握る場所を奥か手前かで調節すれば、左右どちらにでも構えられるからね。ヴァレリーの方は昔から着けていた小剣を右腰に着け直して、新しい小剣を左腰に着けていた。
「ヴァレリーは二刀流? 恰好良いね」
「え? カイムも知ってるでしょ、私が最初からもっている剣は練習用の木剣だから使わないよ」
木剣でも充分戦力になれそうな気がするけど、自分も使わないだろうな。
「ミリアム先生早くいきましょうよ」
「……うん、そうだね行こうか」
武具屋を出て北門へ向かうと、北門の警備にリィデットさんが居た、いつもの場所じゃないのか珍しいな。
「リィデットさん、おはようございます」
「おお、カイム待ってたぞ」
「何か用ですか?」
「ホラ、これ持ってきな」
そう言って、投げナイフを四本とナイフを入れるベルトを渡してきた。
「有り難うございますリィデットさん!」
前から欲しかったんだよね。投擲武器って便利だけど、仕舞う場所に困っていたから。
「気にすんな。さぁ、美味い肉取ってきてくれよ!」
「はい!」
意気揚々と北門を通って外に出る。辺りを見渡すと東門の時と同じく草原が広がっていて、真ん中には踏み固められた道が続いていた。ミリアムは道を外れて北西の方向にある森に向かって歩いていき、森の入り口にまで来るとミリアムが振り返る。
「さて、見ての通りこれから森に入るんだけど、先に注意する事を話すね」
「「はい」」
「当たり前だけど、狩るのは獣。名前は似てるけど全く別物の獣族みたいな魔物とは戦わないように、見つけたら教えてね。――それじゃ森に入るよ~」
弓を片手に森の中へ入っていく、奥へ進んでいくと見た事のない茸や虫、変な実や小さな鳥がいる。
「森って言っても、そこまで木が生えていないし、見晴らしがいいのね」
ヴァレリーの言う通りに木と木の間隔は結構空いていて、森というより林みたいな感じだ。
「そう言えばヴァレリー、何時から弓術習ってたの?」
弓術は何時もジョエル騎士団長から紹介してもらった団員かミリアムに教えてもらっていたんだけど、ヴァレリーの姿は見た事がなかった、てっきり弓術には興味が無いのかと思ってたよ。
「カイムが闘術を教わっている時に教えてもらってたのよ、たまにだけど」
「騎士は刀剣術以外にも武術を齧ってるのが普通なの?」
「騎士は刀剣術以外に長柄術を使える人も多いわね、私は槍は好きになれなかったから剣術と弓術を使えるように頑張る――」
僕とヴァレリーはミリアムが姿勢を低くして止まっている事に気づくと同時に身を屈めた。ミリアムがこっちを見てから、前に指をさす。60メートル先に、木の上に太った丸い鳥が止まっていた、丸々と太っていて可愛らしい見た目で、大きさは両手で持ってもはみ出すくらいの大きさだろう。
ミリアムは静かに肩にかけてあった弓を手に持つと、矢を番えて弦を引く。――「ヒュン」と弓から矢が放たれて鳥に当たり、地面に落ちていった。ミリアムは仕留めた鳥に近づいて行くと、腰から短剣を抜いて慣れた手つきで首を切り落としてから、足を紐で縛って木に吊し上げてから解体する。
「獲物を仕留めたら首を切って血抜きしてね、そうしないと生臭くて美味しくないから」
自分にそんなことが出来るかな、木にぶら下がった首の無い鳥から血が滴り落ちるのを見てると気持ち悪くなるよ……。うぷっ。
「さて、次の獲物を探しに行こうか。カイム達も見つけたらどんどん狩っていってね」
ミリアムが顔と耳を忙しなく動かして周りを見ている、自分も耳と目を使って獲物を探そう。
ミリアムの後ろに続いて獲物を探していると、ミリアムが手で合図して止まるように促してきた。しゃがんでいるけど一点を見詰めている訳では無いみたいだ、気配を感じて止まっているのか?
(いた!)
さっきも見た淡いピンク色で丸々と太った丸い鳥が木に止まっている。ミリアムとヴァレリーに指を指して場所を教えると、ミリアムが「やれ」の次に「2」と手で合図する。二人で仕留めろって事か。ヴァレリーと目配せをしてから二人同時に矢を番える、もう一度ヴァレリーと目で合図してから弦を顎下まで引いて狙いを定める。――「ヒュン」。風を切る二つの音と共に放たれた矢は一本が木に、もう一本が羽を貫通して鳥が落ちた。
「カイム、まだ生きてる。自分の手で仕留めるんだよ」
駆け寄って鳥を確かめてる時に言われた。
(え……)
正直やりたくない。生き物を殺すことに抵抗があるんだ、しかも見た目的には可愛いから余計にやりにくい……。
「カイム……。カイムの矢が当たったんだ、カイムが仕留めるんだよ。それに見な、苦しんでるだろ」
躊躇していた僕にミリアムが厳しめにその言葉を言った。確かに苦しんでいて可愛そうだ、自分で仕留めておいてこんな事言うのは可笑しいかもしれないけど、楽にさせてあげるべきだろう。
「……はい」
ミリアムに渡された短剣を手に、鳥の首を刎ねようとするが思いのほか硬くて切断出来なかった、中途半端に食い込んでいた短剣を戻して首をかっ切る。
躊躇したのが原因で余計に苦しませたかもしれないな……。
直ぐに足を縛って血抜きをしながら最初に鳥を狩った木まで戻って吊るす。
「ちょっとカイム、こんな事で顔色悪くしないでよ。心配になるでしょ」
ヴァレリーごめんよ、でも気持ち悪いものはしょうがないでしょ、徐々に慣れていくしかないな。
「ほら。カイム、ヴァレリー、次行くよ~」
再び三人で森の奥へ歩いていく。木の生えている間隔が徐々に狭くなっていき、少し獲物を探しにくくなってきた。視界を下に向けると木の近くに白い茸が生えている、傘の部分が球状で緑色の斑点模様があった。どう見ても毒茸だな。
「あ、それ食べられるから袋に入れといて~」
ミリアムに袋を渡された。
(……え? ホントに食べれるの?)
取り敢えず摘み取って袋に入れておく、本当に食べれるんだろうか……。その後も食べれると言われた茸を取って袋に入れる作業をしながら進んでいくと、ミリアムが丸い鳥を発見してヴァレリーと一緒に仕留めた。仕留めた鳥を吊るすために最初の木まで戻りに行く。
「ミリアム先生は獲物を気配で感じてるんですか?」
「そうだね~、何となくだけど分かるよ」
「闘術の練習をしていれば僕も使えるようになるのかな?」
「いや、これは実戦で学ぶ感覚だね。狩りでも培われるかは分からないけど。カイムは周囲索敵が使えるんだから、それで感覚を掴めるんじゃないかな? たぶん」
確かに、居るって分かれば、居ない場所と比較して感覚を学ぶ事が出来そうだけど、逆に居るって分かっちゃうとそこにしか集中しなくなるような気もする。一応やってみようかな。
目を閉じて魔力循環をするために集中する、魔力を感じたら廻らせるように意識してから頭を中心に全身に魔力を送り込む。
「周囲索敵」
魔法を初めて覚えた頃よりは、魔力を感じて魔法を発動させるまでの時間が圧倒的に短くなった。それでも魔力を感じるに十秒、魔力を廻らせて発動するまでに十秒前後かかるけどね。慣れた呪文だと発動するまでの時間を少し短縮出来るくらいにはなったけど、こんなに時間かかって実戦に使えるんだろうか?
「その魔法はどのくらい索敵出来るの?」
「う~ん、僕の場合だと大体ご――」
言いかけて止める。周囲索敵に早くも反応する感覚がしたからだ、しかもこっちに向かって来ている。たった5メートルの索敵に引っかかったソレは視線を向けると既にヴァレリーに跳びかかっていた、咄嗟にヴァレリーの手をとって自分の方へ引き寄せる。抱き寄せながら跳びかかって来た生き物を見ると、30センチ程の白くてモフモフしていそうな丸っこい体に赤い目、10センチ程の太い螺旋状の一本の角を生やした兎がいた。
「うさぎ……?」
何だか見た事があるな。と思っていたらミリアムが兎と僕達の間に入り込んできた。
「気をつけな、一角兎族だよ」
そうか、【世界の種族】に載っていたやつか。確か、獣族に分類される生き物だったな。獣族は魔力を取り込んだ生き物だから、只の獣とは強さが違う。
ホーンラビットは目標を変えてミリアムに跳びかかった。ミリアムは半歩避けながら片手で角を掴むと、そのまま地面に叩きつけてから思いっきり蹴り飛ばして木に激突させた。
(ええええぇぇ~~!?!?)
この世界に保護団体がいたら訴えられそうな勢いで倒しちゃったよ、しかも手馴れた感じで……。
「大丈夫だったみたいだね~」
ミリアムがニヤニヤしながら言ってくる。
(な、なに?)
と思って横を見るとヴァレリーを片手で抱いたままの格好だった。ちなみに顔を真っ赤にして上目遣いに見られていた。
(あぁ……なるほど)
ヴァレリーも出会った時から五年経っているので彼女は十五歳だ、身長も155センチで自分よりも15センチほど大きく、全体的に引き締まった体をしている。薄い栗色の髪と瞳は近くで見ると、とっても可愛らしい。――おっと、いけない。くんかくんかしたいのを我慢して紳士的に解放してあげる。あぶないあぶない。
「あ、ありがと……」
ちょっと照れ気味に言われた言葉と仕草でニヤニヤしそうになったけど、ふとミリアムを見て一気に冷めた。なぜならホーンラビットを解体していたからだ……。うっぷ。
「……み、ミリアム。なにやってるの?」
ミリアムは「?」みたいな顔をしながらも解体作業を続けていた。切り裂かれた体からは何かの塊とか、太くて長いのや細くて長いのが見えたり食み出していたりしていたが、お構いなしに手を突っ込んで弄っていた……。あ、ちょっとまって、吐きそう。
「あったあった」
体に突っ込んでいた手を引くと、その手には朱色の尖った石を持っていた。
「なにそれ?」
質問したらミリアムが手に持っていた石を投げて寄こした。両手でキャッチしてから、まじまじと見る。親指の第一関節までの大きさで長細い石だ。――あ、見た事あると思ったけどアレか。
「魔石ですかコレ?」
「そだよ、大きさでいったら【魔石の欠片】だね」
「魔石は体のどの辺りにあるんですか?」
「ん~、そうだな~。獣族なら心臓近くか体の中心辺りにあるよ。次やらせてあげる」
え……。弄るの? 体を引き裂いて、中身が見えてるのに? むりでしょ?
「攻撃した時に魔石が壊れるって事はあるんですか?」
「たまにあるね。その時は損したと思うだけかな、相手にもよるけどね」
「魔石を壊したら魔物が死ぬってことはないの?」
「う~ん。獣族みたいな魔力を取り込んで強くなった生き物の魔石を壊しても死なないよ。ただ、魔力から生まれた魔物、例えば魔族に分類される軟体魔族みたいのなら魔石を壊すと死ぬね。あたしもあんまり細かい事は知らないから良く解ってないんだけどね」
取り敢えず壊さないように戦った方がお金になるのか、同時に種族によっては弱点にもなりえるみたいだけど、そこまで気にするものじゃないのかもしれないな。
「さて、一角兎族の肉も手に入ったし吊るしに行くよ~」
「肉食べれるんですか?」
魔力を溜め込んだ生き物なんて食べれるんだろうか?
「なかなか美味しいよ!」
目をキラキラさせながら答えてくれた。そんなに美味いのか。
――その後も吊るしに行く道のりで鹿と丸鳥を一匹ずつ狩っていった。
「さて、吊るして血抜きが終わったら村に帰ろうか」
「はーい」
「はい」
吊るしてある木に到着すると周囲索敵に反応がある。先を見ると先客が二匹いた、直ぐに隠れて様子を見る。灰色の毛をもった犬。確かアレの名前は――
「狂犬族?」
獣族に分類される種族だったな、獣族なら魔石持ちだろう。
「正解。さてカイム、ヴァレリー、君達なら狩れると思うから一匹よろしく」
ヴァレリーと目配せして二人で弓を構える。弦を引いて狙いを定めてから手を離す、するとアサルトワーグは瞬時に矢を躱してこっちへ向かってきた。
「初めから気づいてたな」
「そうね」
周囲索敵を解いてから剣を抜いて構える。ミリアムはもう一匹の方へ走って行っていた。こっちへ向かってきていたアサルトワーグはヴァレリーに跳びかかる、攻撃を避けるとアサルトワーグはもう一度噛みつこうと足を狙う。僕は直ぐに蹴飛ばして一旦距離を遠ざけた。
綺麗に着地すると威嚇するように唸って僕の方を見る、どうやら目標を切り替えたみたいだ、正眼に剣を構え直す。アサルトワーグは走って距離を詰めると喉を噛み切ろうと跳躍する、横に半歩避けながら剣を顔へ向けて水平に振る。剣はアサルトワーグの口を裂きながら首付近で止まってしまった、最後の抵抗か前足を使って引っ掻こうとしたがヴァレリーに剣で首を突き刺されて息絶えた。
「ありがとうヴァレリー、助かったよ」
アサルトワーグの爪は僕の首に届くほどの距離と長さがあった、あのままいたら首を裂かれていたかもしれない。
「こっちも足を噛まれる前に助けてくれてありがとう。あれはちょっと危なかった」
ミリアムの方を見ると既に戦闘を終えて魔石を取り出していた。目が合うと、ちょんちょんと魔石を指さしていた。
(解体して魔石を取れってことね……)
死体を横にして剣で腹を切り裂く、皮がやけに弾力があるっていうか厚いっていうか兎に角切り進まないな。手で皮を引っ張りながら剣で切り進んでいくと、切り口からあんなものや、こんなものが出てきた。あ、むり。ウップ……。喉近くまで出かかったものを何とか飲み込んでから切り口に手を突っ込む。
「キモチワルイィィ!!!!」
濃厚な血の香りと、温かい何かに包まれながら体を弄る。何かニュルっとしたものや……いや、もう止めておこう、次は本当に吐く……。魔石だと思い、硬い物を掴んで引っこ抜いたらアレだったりして、その後も悪戦苦闘しながらやっと魔石を手に入れた。大きさから多分【魔石の欠片】だろう。あぁ、手洗いたい……。
「お、魔石ちゃんと取れたね。これで手拭いて。狂犬族は食べない方がいいから、皮を剥いでから魔法で燃やしといてね」
名前的に食べたら病気になりそうだもんね。そういえばヴァレリー何してるんだろうと思って振り返ったら青い顔してしゃがみこんでた。うん、気持ちは分かるよ。でも手伝ってほしかったな……。
真っ青になってるヴァレリーを手招きして二人でアサルトワーグの死体を集めて皮剥ぎ作業をする。綺麗に残っている箇所を剥ぎ終わったら、軽く掘った穴の中に入れる。
(焼くか)
目を閉じて集中する、魔力を感じ取れるようになったら体に廻らせてから手に集める。
「手火」
火をかけられた死体は、音を立てながら燃えていた。当分肉は食べたくないな……。
「そろそろ昼ご飯にするよ~」
ミリアムに葉っぱに包まれたおにぎりと革袋に入った色茶葉茶を渡された。あぁ癒される。この肉を焼いてる匂いがしなければね。
焼かれた匂いから少しでも遠ざかろうと離れた場所に座ってから、おにぎりを食べる。森のなかで草木のざわめきを聞きながら食べるご飯は美味しいなぁ、これで匂いがしなければ、匂いがしなければ!
此処で襲われたくもないから周囲索敵を発動して周囲の警戒もしておこう。もきゅもきゅと食べていると隣にヴァレリーが来て無言で食事を始めた。自分と同じく肉の匂いを嗅ぎたくないんだろうな。
食べ終わって放心していると殺気を感じた。直ぐに辺りを見渡して警戒するが見つからない。
「ヴァレリー。何かいる、何処に居るか分からないから気を付けて」
「え? 分かった、探してみる」
二人で探していると、ずっと前方の方に何かが居た。全体的にオリーブグリーンの色をした生き物は、しゃくれた顎から二本の牙が覗いており、鼻は大きく、耳は短く尖っている。黄色の瞳に筋肉質な体は190センチはあるであろう身長に、皮で出来た腰巻に腕当を装備して少し曲がった鉄製の長剣を手に持っていた。なかなかに良い体をしている、使う筋肉を全体的に鍛えた体で表現するなら、やりすぎていないボディビルダーといった体だ。
「ッ!」
隣ではヴァレリーが緊張した顔をしていた。――何だっけあの生き物?
「カイム、ヴァレリー、下がりな、闘豚族だよ」
あれが獣人族に代表されるオークか、鼻は大きいけど豚鼻じゃないからオークと思わなかったな。
「まさか、こんな所にまで来ていたとはね」
「この辺りにはいないんですか?」
「まったく出ないって訳ではないけれど……。この辺りで闘豚族を見たってことは――」
「――エリレオ都市の警戒を掻い潜って此処まで来たんですね」
ミリアムの言葉をヴァレリーが続けた。
「恐らく斥候でしょうね。倒しますか?」
「いや、周りに四体ぐらいか、それ以上隠れているから手出ししない方がいいね。直ぐに村に戻って報告しないと。行くよ」
「はい」
ミリアムとヴァレリーに付いていき、獲物を担いで村へ向かう。オークはこちらを見ているだけで近寄ってこなかった。
村へ着くと他の猟師に獲物を渡してから村長の家に行き、オークが出た事を報告した。村長は直ぐに自警団と駐在している騎士団に報告しに行き。周囲の安全と村の防衛を自警団に、森とその周辺をジョエル騎士団長達が見回りに行った。しかし、成果は芳しくなかったみたいだ、騎士団は一度もオークを発見することが出来なかった。太陽も沈み始めたので僕はマヤと一緒に家への帰路につく。
「闘豚族ってそんなに危険な生き物なの?」
素朴な疑問だ、オークって聞くと普通は何処にでも居て襲ってくるイメージがあるけど、騎士団を行かせるほどの事でもないと思うのは自分だけなんだろうか?
「そうね、まずは訓練された人じゃないと闘豚族には勝てないわね。それに彼等は部族ごとに生活していて集団行動も得意なの。しかも、人を見ると襲ってくるわ」
「あの森に縄張りを作られると、この村に被害があるって事だね?」
「それもあるけど、一番厄介なのはあの闘豚族が何処から来たかね。ミリアムの言う通りにヴァーレン要塞を占領した闘豚族だった場合、組織だって村や人を襲う可能性も有るのよ、この辺りには闘豚族は居ないはずだから、皆余計に心配になるの」
集団行動したり、人を見れば襲って来たり、要塞を占領したりするのがオークなら確かに警戒もするか。とういか相当危険な生き物だな。
「そうだカイム。これ、狩りを手伝ったお金よ」
マヤはそう言って小銀貨二枚を渡してきた。実戦経験として付いて行っただけなのに、お金を貰えるとは思わなかった。お金の勉強はしたけど物の価値を知らないから高いのか安いのか分からないな。確か町や都市に住んでいる人の平均年収が金貨三枚前後だから……解んないからいいや、買い物すれば分かるだろう。――あ、そういえば……。
「狂犬族を倒した時の魔石を渡し忘れちゃった」
袋から魔石の欠片を取り出す。
「カイムが倒したの?」
「ヴァレリーと協力して倒した後に魔石を抜き取ったんだ」
「それならミリアムがそのままで良いって言っていたわね。それじゃ、付与魔法を教えようかしら。これは魔石に魔力を入れる技術で基礎中の基礎よ、私は付与魔法が苦手だからこれしか出来ないんだけどね。それじゃ、早く帰りましょうか」
早々に家に帰ってくると早速付与魔法の勉強を始める。
マヤは魔石の欠片を机の上に置くと手を翳して目を閉じた。集中しているのかな?
「まずは魔石に残っている魔力を吸い取るの、これをしないと魔力を入れられないから」
魔物を倒して手に入れた魔石は大抵満杯まで魔力が入っている。さらに、大きさによって魔力を入れられる容量が決まっているから一回吸い取るのか。朱色に染まっていた魔石が灰色になっていった。灰色は魔力が空になった証拠だろう。
「次は魔力を籠めるからよく見ててね」
金色の髪が揺れると灰色になった魔石が朱色に染まっていった。
「これ以上は入らないわね。じゃぁ、やってみて」
え、何やったのか全然分からないんですけど……。とりあえず抜くか。
「…………」
魔力を体から出すのは何となく分かるけど、魔力を取り込むのはどうするんだ? 試してみても何の反応もないんだけど?
「魔石から魔力を取り出す方法が分からないんだけど?」
「うん。私も分からないわ」
「え?」
「私、付与魔法苦手だから教えてもらっても分からなかったのよね。今は何となく出来てるだけよ」
それから試行錯誤をして何時間か粘ってみたけど、一向に出来る気配がしなかった。今日から読み書きの勉強の他に付与の課題も出来てしまった。あぁ、海に行って癒されたい……。
用語と造語コーナー
※難しい用語から作者が作った造語まで分かりにくいものを説明するコーナー
【グラディウス】ローマ帝国の軍団兵が使用していた刀剣。刀身の幅が広く、両刃。剣の長さは時代によって変わりますが、初期の50センチ~後期の75センチ前後とそれほど長くはありませんでした。切っ先は鋭く、主に突き刺して使っていたようです。剣の形状も時代や地域によって違い、剣幅が一定のものからクビレがついている剣があったそうです。