第7話 試験と魚
この世界に来て早くも一年が経った。武術も順調だし、読み書きの勉強もほぼ出来るようになった。精霊語は抜かして。
問題があるとすれば魔法だ。数ヶ月前に治癒魔法の【簡易治癒】を覚えたので怪我した箇所に試してみたら、擦傷を治すのに一分も掛かった。マヤからは自分には治癒魔法の適性が低いのかもって言われてしまった。他の問題はマヤが綺麗すぎて結婚したくなるのと、ミーレルがこの一年でさらに可愛くなってペロペロしたくなるのと、ミリアムの訓練が激しさを増してきた事だ。
今も大変だ、こんな現実逃避をしている暇がないくらいに……。
「――わぁ!」
ミリアムの回し蹴りを腕を上下から挟み込むようにした十字受けで受け止めながら自分も回し蹴りを返すと、ミリアムは僕の太腿を掌底で受け止めながら、顔面へ向けて正拳突きを打つ。身を返しながら、十字受けをしていた腕を戻してミリアムの拳を外受けで受け流しながら距離を取る。
「はぁ……はぁ」
かれこれ数分間戦っているだけで息が切れてきた。
ミリアムがニコニコしながら間合いを詰めてくる。どう考えても七歳児にするような攻撃じゃない。今日は昇段試験をするよってミリアムがニコニコしていた時に逃げておくんだった……。
「いくよー」
楽しそうな声を出しながらの踏み込み突き。左構えから拳を内受けで払い、水月へ向けて突くと、ミリアムは軽く受け流しながら顔面へ反撃してくる。
すぐに腕で頭を守りながら屈んで避けてから、飛び上がって顔へ向けて裏拳を打ち込む。ミリアムは半歩横に避けながら左手を僕の裏拳で返された手首に、右手を僕の肘付近の上腕を掴んだ。
(嫌な予感が……)
ミリアムはそのままクルっと回転して肩に僕の腕を乗せて投げ飛ばした。
「うわーー!」
一瞬上下逆さまの青空を見ながら背中から地面にぶつかる。
「ふべ!」
あぁ、今日も良い天気だ……。
「おぉー結構飛んだね~」
「あんたが投げたんだろ!」
素で叫んでしまった。でも、誰でもこの状況になったら叫ぶと思う。
「ちなみにさっきの技は、頭から地面に叩きつける事も出来るし、肩に肘を乗せる時に上腕を掴んでいた手を前腕に移動させて、腕を掴んだ両手を下げると腕を折ることも出来るよ」
「……ええ、そんな感じはしました」
うん。嫌な感じは折られるかもと思ったからだよ。ミリアムならやりかねないから……。
「あ、試験は合格だから今日から闘術初段ね」
「ワァーイ」と思いながらも疑問が浮かぶ。
「不思議なんですけど、勝手に初段とか決めていいんですか?」
勝手に決められるなら誰でも達人になれちゃうよね。
「指導している人の段までは指導者の判断で与えられるんだよ。本当は参段以上の人が指導するべし、ってなってるんだけど形骸化してるね。あと参段から肆段に昇段するには、肆段の人が三人以上見ていないとなれないよ。伍段に昇段するのも伍段の人が見ていなくちゃいけないんだけど、武魂術を使えるか使えないかの判断だけだね」
結構緩いんだな。嘘をついても直ぐにバレるから誰もしないんだろうけど。とくに肆段以上なんて強化術が使えるかどうかは、直ぐに分かるから誰も不正しないんだろうな。
「カイムなら弐段になるのもすぐだよ。その時はさっき以上に強くやるからね」
それは勘弁願いたいね。
「この後は剣術の昇段試験もやるんだっけ?」
「そうですね、ジョエル騎士団長が闘術が終わったら来いって言ってましたから」
今日は闘術の昇段試験が終わったら、剣術の昇段試験もやる。ミリアム相手に疲れ切ったのに大丈夫なんだろうか……。
「それじゃ、修練所へ行ってきます。有り難うございました」
「はいー。お疲れさん、また明日ね~」
ミリアムの武具店を出てから新設された騎士団の宿舎脇にある修練所へ向かう。宿舎が出来る前の騎士団は宿舎の建設と村の警備任務が主だった活動だったが、宿舎が出来てからは村の警備と村周辺の見回りが主な任務になっている。それと未だに騎士団と村人の仲は親しくない。けど嫌いってわけでもない情態だ。
「カイム君、待ってたよ」
修練所へ行くとジョエル騎士団長と素振りしているヴァレリーが居た。
「カイムおはよ」
「ジョエル騎士団長にヴァレリー、おはようございます」
ヴァレリーとは一緒に剣術をしているからか結構親しくなっている。なんでも父のような騎士になりたいらしい。
騎士になるには何らかの刀剣術で弐段になると従士になる試験を受けれる、それが受かると毎年従士の中から優秀な人が騎士に推薦されるみたいだ。さらに騎士の上には上級騎士が居て、上級騎士になると騎士爵の爵位を貰える。ジョエル騎士団長は騎士爵を名乗っていたから上級騎士なんだろうな。
「カイム、闘術の試験結果はどうだった?」
「合格みたいです」
「おめでとうカイム」
「初段合格おめでとう。早速だけど剣術の昇段試験のほうもやるから準備しておいてくれ」
手に持っていた木剣を軽く振って準備する。ジョエル騎士団長と戦うんだから気合を入れておかないと。
「それじゃカイム君、ヴァレリーと向き合って」
相手はヴァレリーなのか、本当は弟子同士で戦って昇段の判断をするのかな?
「よし、いくぞ!」
気合を入れて跳びかかる準備をすると、ヴァレリーが驚いた顔をしている。
「ちょ、ちょっと待って。戦うの!?」
「え? 違うの?」
疑問をジョエル騎士団長の方へ向けて聞いてみるとジョエル騎士団長も驚いた顔をしていた。
「いや、初段の昇段試験では戦わないよ」
「え? ミリアムと戦ってきましたけど……?」
「弐段以降は実戦形式だが初段は瞬時に全ての型が出来るかを演舞してもらって見るだけなんだが……」
「「「…………」」」
そういうことか。そういうことなのか!
「騙したな! ミィリィアァムゥゥーーーー!!」
とりあえず叫んで気が済んだので昇段試験を開始する。普通は昇段試験を受ける者同士、居なければ指導者か上段者に相手をてもらって、交互に決められた型にそって打ち合いを行うみたいだ。
互いに左正眼構えになりヴァレリーと向き合う。
「いくわよカイム」
ヴァレリーが右足を踏込んで剣を上から下へ振り下ろす。その攻撃に直ぐに反応して右へ半歩避けながら、剣を持った両腕を頭上まで上げて剣の切っ先を斜め左の地面に向けた吊り構えで受け流す。吊り構えによって防がれたヴァレリーの剣が、受け止めた剣に沿って落ちていくのを見てから、右足を踏込みながら剣を反時計回りに回して首へ向かって反撃する。それを見たヴァレリーも直ぐに腕を上げて吊り構えで防ぎ刃と刃が迫り合う。
「フッ!」
ヴァレリーが吊り構えの状態から気合と共に剣を押し返す、押し返すと同時に右足を軽く斜め前に踏み込みながら利き手の親指で剣の平を押さえるように握り、剣を頭上で水平に旋回させながら裏刃で斬り付けてくる。首を狙った旋回斬りを剣で叩きつけるように押し返すと、押し返されたヴァレリーは直ぐに右足を引いて剣を時計回りに回して頭上へ斬り付けてきた。この攻撃も剣で押し返して鍔迫り合いで睨み合う。
「よし、仕切り直しだ。次は刃迫り合いからの返し技をやってみろ」
ジョエル騎士団長の指示で再びヴァレリーと正眼構えで向き合う。
ヴァレリーが踏み込み、剣を振り下ろすのに合わせて、自分も右足を踏み込んで剣と剣が迫り合うように振り下ろす。刃迫り合いの体勢から剣を接触させたまま柄を握った手を相手側に向けるように上げながら、左足を前に一歩踏み込んで刃迫り合いから抜け出すと、ヴァレリーの顔に斬り込む。勿論寸止めで。
次は攻守交代で僕が剣を振り下ろし、ヴァレリーがそれを受け止めてから流して顔へ斬り込む。
「次いきます」
宣言してから、左足を前に体と剣を右側に向け切っ先を体の後ろへ下げる尾の構えになり、ヴァレリーは正眼構えのまま向き合う。尾の構えから右から左へ斬り上げるのをヴァレリーが剣を斬り下げて刃迫り合いになる。体と柄を前に持っていくように左足を一歩踏み込んでから、剣を下から上に回転させて顔へ斬り付ける。
次は右足を前に体と剣を左側に向けて切っ先を体の後ろへ下げ、同じく尾の構えになる。前と同じくヴァレリーは正眼のままだ。左足を踏み込みながら剣を左から右へと斬り上げるとヴァレリーが剣を斬り下げて剣を止める、反撃するために右足を踏み込みながら剣を下から上へと手首と肘を使って回転させて裏刃で斬り付ける。
「次は巻き上げ突きだ」
互いに正眼に構える。自分の方から右足を一歩踏み込んでの斬り下げをヴァレリーが同じく斬り下げで防いでくる。剣と剣の中間で迫り合っている体勢から、自分の剣の鍔に近い『強い部分』を相手の剣の先、『弱い部分』に押し当てるように剣を移動するために、柄を握った右手の平を見るように剣を巻き上げて移動させてから顔面へ突く。ヴァレリーも剣を上に巻き上げて突きを防いだら、さらに腕を上げて喉に向けて突く。
次はヴァレリーと攻守を交替して繰り返す。
「よくできてるなカイム君。では私とも少し手合せ願うよ」
あれ、やらないとか言っていた気がするけど、とりあえず互いに正眼に構える。
「少しゆっくりやるから焦らないように」
ジョエル騎士団長が踏み込みながら斬り下げてくるのを、同じく斬り下げで刃迫り合いに持ち込む。直ぐに迫り合いの体勢から剣と足を差し替えて攻撃が来た、こちらも差し替えて再び刃迫り合いになると、ジョエル騎士団長の剣が自分の剣に沿うように下げて鍔迫り合ったと思ったら、鍔を軸に切っ先を胸へ向けてきた。自分の剣を横に払いながらも切っ先を向け、こちらから突きを返す。
「フッ!」
ジョエル騎士団長は払われた剣を下げてから、下から上へ振り上げて突きを防いだ。自分は直ぐに跳ね上げられた剣を担ぐように構えて、左足を大きく踏み込みジョエル騎士団長の背中へ向くように半回転してから斬り付ける。ジョエル騎士団長の方は左足を真っ直ぐに踏み込んでから、体と右足を反時計回りに回りながら吊り構えで受け止める。
「……ここまで出来れば十分だ。今日から剣術初段だ、これからも鍛錬するように」
「はい、有り難うございます!」
「――おめでとうカイム」
これで、剣術初段に闘術初段か。やっと村の外に出られるのか、長かったな。
「ジョエル騎士団長、初段からはどんなことするんですか?」
「主に初段で教えなかった基礎と自分が鎧を着た時の戦い方だな」
「鎧を着た時ですか?」
「そうだ、鎧を着て出来る技もあるからな」
「余裕があれば弓も教えてほしいんですけど」
弓術が出来れば狩りも出来そうだし、色々と便利になる気がするんだよね。
「そうか……団員に教えられる奴がいるか探してみよう。それじゃ今日は解散だ」
「「お疲れ様でした!」」
汗を拭いてから荷物を仕舞って歩き出す、今日は村長の家でマヤが待っているはずだ。宿舎から北門を通って広場へ向かおう。
「マヤいませんか?」
村長の一階にある受付で、色っぽい栗鼠人族のおねーさんに話しかける。どうしてもシャツを押し上げて強調されている部分に視線が行って離れない。
「そろそろ終わるはずだから、椅子に座って待っててね」
返事をしてから受付の近くにある椅子に座って待っていると、ミーレルが両手で二本の棒を抱くように持ちながら近づいてきた。
「これ、たのまれてたの」
「有り難うミーレル」
猫耳をピクピクさせながら棒を渡されたので、可愛い猫耳を愛でていると丁度マヤが来た。
「あら、ミーレルちゃんこんにちは」
「マヤさん、こんにちは」
「カイム、昇段は出来た?」
「はい!」
「おめでとうカイム! なら早速行きましょうか」
実は今日、昇段出来たら釣りをしに村の外へ出る予定だったんだ。先ほどミーレルから受け取ったのは釣竿、ミーレルの母親が持っていて貸してもらうことになっていた。
(?)
さっきからミーレルがこっちを見ているど、どうしたんだろうか?
「あたしも一緒にいていい……?」
こんな可愛い子に大きな青い瞳で見詰められたら抵抗できない……。
「マヤ! 三人で行きましょう! その方がもっと楽しいです!!」
「……そうね、そうしましょうか」
服屋によってミーレルの母親に許可を貰ってから三人で一緒に東門から村の外に出る。空堀の上に建っている橋を渡って外の風景を眺める。
「久しぶりの外だ……」
目の前には草原が広がり、その先には疎らに木が生えていたり林になっていたりしている。視界を右へ移すとそこは緩やかな斜面の先に海が広がっていた。潮の香りを嗅ぎながら幾つかある桟橋の一つに向けて歩き出す。
「海だぁー!」
駆け足で海へ近づいていく。ちょっと泳いでみたいな。
「泳いでもいい?」
「浅瀬なら大丈夫だけど、あんまり遠くに行くと魔物に食べられるわよ」
やっぱり泳ぎたくないな……。
海の前で泳ごうかどうしようか悩んでいたら、マヤとミーレルが先に桟橋を渡っていた。ちょっと待って。自分も桟橋を渡っているとミーレルが荷物を漁って釣りの準備をしていた。マヤは桟橋から足をブラブラさせて座っている。
「はい」
ミーレルに釣竿を渡されると、ミーレルは竿を振って釣りを始めた。目が物凄い真剣なんだけど。邪魔にならないように少し離れて自分も釣りを始める。
「……」
外に出るには丁度いい感じに雲があって過ごしやすい天気だ。桟橋の端から海へ向かって無心で釣りをするのも悪くない。マヤからは普段も桟橋までなら外に出てもいいと許可を貰った、暇なときに海を眺める生活もなかなか贅沢だし、ちょくちょく来ようと思っている。
「……」
パチャっと水が跳ねる音がして後ろを向くとミーレルが魚を一匹釣ったみたいだ、自分もそろそろかかるかな?
「…………」
パチャ……パチャ……。後ろから何匹目かの魚が釣れた音がするが、自分の方はまだ釣れていなどころか食いつきもされない。ってかミーレルちゃん上手すぎないかい?
パチャ……パチャ……。
「……」
さて、魚を焼く準備をしよう。今日の魚釣りは、お昼御飯も兼ねてるからね。
いそいそと、石と枝を集めに行く。桟橋の近くにはちょっとした林があるのでせっせと集める。集めたら桟橋近くに戻っていき、隙間を作るように石で囲って、その中に葉っぱと枝を入れる。後は魚を刺す用の串を用意しているとミーレルが魚の入った壷を持ってきた。
「カイム食べる」
ハァハァ、まるで僕が食べられるみたいじゃないか! って目をしていたらジト目で見詰められたので身震いしながら火の準備をする。
(集中集中)
目を閉じて魔力を循環させる、強く魔力の流れを意識してから手に魔力を集めて呪文を唱える。
「手火」
手から火が放射される。もちろん威力は加減しておいた、一瞬で燃え尽きられても困るからね。いつの間にか来ていたマヤがミーレルと一緒に魚の処理をして串に刺していく、塩を満遍なく振るってから、焼く準備が出来た魚を地面に突き刺す。マヤと一緒に火加減を見ながら焼く面を変えていく、ミーレルは釣りを再開したみたいだ。一体何匹釣るつもりなんだろうか。
「カイム、この前買った魔法石で何を覚えるか決めた?」
先月にやっと魔法石が四つ揃って魔法儀式が出来るようになったから何の魔法にしようか考えているんだが……いまだに迷ってるんだよね。
「まだ何にするか迷ってるんだよね」
「やっぱり今覚えている魔法系統の方がいいんじゃないかしら?」
マヤは今自分がおぼえている火属性魔法、召喚魔法、治癒魔法の中から覚えるのを決めた方がいいと薦めている。理由は、どんなに優秀でも全ての系統の魔法が使える魔法使いは存在した事がないからだ。さらに六種類や五種類もの魔法が使える魔法使いは殆ど居ないみたいで、魔法使いは二、三種類の魔法が使えれば充分らしい。
簡単に言うと、適性が有るか分からない魔法よりも、適性が有ると分かっている魔法を覚えようって事だ。適性が無ければ魔法石の無駄だからね。
「強化魔法とかは?」
「強化魔法には魔法儀式が無いのよ。武術みたいに何年も修行して修得するらしいけど、強化魔法が使える魔法使いなんて強化術が使える武術家より圧倒的に少ないわよ」
そんなに楽して強化は使えないか、残念。
「それなら火魔法かな」
「一級の火と爆発属性の魔法なら後三つね。【火矢】と【火盾】と【暖気】」
魔法は級毎に数が決まっている。一級なら四つ、二級と三級は五つずつ、四級は三つ、五級から七級は一つずつの計二十の魔法が強化魔法と付与魔法を除いて存在している。もし攻撃魔法の六種類全部覚えたら百二十もの魔法が使えることになる。七級の【神者】までいければの話だけど。
「暖気?」
「周りを暖かくする魔法ね。攻撃には使えないけど寒い時期や地域に行くには使えた方がいいかもね」
「火盾は水魔法を防ぐの?」
「一応は出来るわよ。火を水で消すように属性魔法にも相性が有るけれど、それほど重要じゃないわね。普通に魔法使いの水魔法を火魔法で防ぐことも出来るの、相手の力量しだいってことね。それと注意しなくちゃいけない事があって、魔法で作った盾は対応した魔法をある程度防げても物理的な防御は期待できないのよ」
「……火盾は盾が出てきて防ぐ訳じゃないってこと?」
「う~ん、なんて言ったらいいのかしら。火で盾を形作るだけだから物理を防ぎにくいのよ、火の層を厚くすれば防げると思うけれど。もちろん利点もあるの、接近戦で盾に攻撃を当てられたら、盾から火を出して反撃することも出来るわ」
盾で反撃できるのか、カッコいいね。
「純粋に物理を防ぐ魔法はあるの?」
「土と岩属性なら物理も魔法も防げる万能型ね。但し爆発魔法には滅法弱いわね。物理だけなら召喚魔法で盾を召喚すればいいだけよ。他に闇と重力属性の魔法にもあるらしいけど、聞いた話でしか知らないわね」
「なら、召喚魔法の盾を覚えようかな」
「盾は二級からだから、まだ待ちましょう。儀式が成功するか分からないわ」
そういうことなら火魔法しかないか、治癒魔法は苦手だから。でも【周囲索敵】は便利そうだから覚えたいよな。
「火盾でお願いします」
「分かったわ。帰ったらしましょうか」
魔法儀式の会話をしていたら魚が丁度焼きあがったみたいだ。
「ミーレル。魚焼けたよ!」
さらに何匹か釣って魚の入った壷を持ちながらこっちへ来る。
「はい、マヤ、ミーレル」
マヤとミーレルに焼き魚を渡してから自分も一つ取って食べる。少ししょっぱいけど焼きたての魚は美味しいな、後は海苔のおにぎりがあれば最高なんだけど。
もしゃもしゃ食べていると、ミーレルが既に二匹目に取り掛かっていた。早いな。
……あれ? 食べ終わった魚は骨と尻尾を残してるけど頭が無い。まぁいいや、自分も二匹目を食べよう。
「……そろそろ帰りましょうか?」
魚を食べ終えてから片づけをし終わったので帰ることになった。来た時と同じように橋を渡って村に帰る。ミーレルとお別れして家に帰る時に、魚を少し分けてもらったので今日もお魚かな?
「今日もお疲れ様カイム。試験は楽しかった?」
家に帰ってからはマヤと試験での出来事の会話をして楽しんだ後は、魔法の儀式を行う。
「魔法儀式の準備をするから、先に外に出ていてね」
先に外に出た僕は早速瞑想をして魔力の流れを感じるように集中する。少ししてから、マヤが外に出てきて魔法書を渡された。
「このページに描かれた通りに魔法陣を描いていってね」
魔法棒を使って丁寧に間違えないように魔法陣を描いていく、何度も魔法書と見比べながら完成した魔法陣は何処にも間違いが無く描かけたみたいだ。最後に四隅に魔法石を置いて完成だ。
「それじゃカイム、魔法陣の真ん中に立って。――集中して、今から始めるから」
マヤは魔法陣に手を翳して魔力を流し始めると、金髪が微かに揺れ動き魔法陣の淡い光が徐々に強くなっていく。すでに海辺で魔法のイメージは出来ている、後は意識を集中するだけだ。
目を閉じて暫く集中していると魔法を使うときのイメージが頭に入ってくる。それを何度も何度も強く想像していると、体に何かが入り込む感覚がして魔法陣の光が消える。
「……ふぅ」
「どうだった?」
「今回も成功だと思う。やってみるね」
目を閉じて魔力循環を行う、魔力の流れをはっきりと感じ取ったら先ほどのイメージ道りに、片腕を伸ばして火の膜を円盤状に広げるイメージで呪文を唱える。
「火盾」
すると、手の平から火の膜が円盤状の盾を形作るように広がっていく。
「出来た」
「おめでとうカイム」
軽く実験をしてみよう。まずは火の層を厚くしてみるように集中して魔力を送り込むと、徐々にだが盾の厚さが増す。次は盾の範囲を大きくするように集中して魔力を送り込むと、こちらも徐々に大きくなっていく。
「この魔法は維持するだけで結構な魔力食うな……」
後確かめるものは……。
「耐久実験やりたいんだけど、攻撃魔法お願いできる?」
「ええ、分かったわ」
マヤは少し目を閉じて集中したら、腕をこっちに向ける。自分とは比べられないほどの速さで魔力を廻らせたみたいだ。
「カイム、風魔法だから防ぐのは難しいと思うわ。足を踏ん張って耐えてね」
忠告道りに足を踏ん張るように構えて火盾を展開している腕を伸ばす。さらに魔力を手に送り込んで厚さと幅を増しておく。
準備が出来たのを見たマヤは呪文を唱える。
「空気弾」
圧縮された空気の塊が放たれ全身が押される。
「うおぉ!」
もう一踏ん張りというところで体が仰け反ってしまった。――そして解った事がある。
「えっと、解ったと思うけど火盾で風を防ぐのは難しいと思うわ、薄い箇所や隙間から風が通り抜けちゃうから」
そう、風だから火では防げない。防げるとしたら風を通さない属性、土や岩などの他に氷でも防げるだろう、もし使えないなら同じ風属性でも防げただろう、たぶん。それを考えたら火で防げるものが無いような気がするんだけど……。
「ねぇ、マヤ。火属性が防げるものって何があるの?」
「さっきも言ったけど互いの力量次第で防げるとは思うわよ。防ぐという意味では風とは少し相性が悪いけど、火にとって氷とは相性が良いわよ。それに火属性は防ぐ能力よりも火で反撃する能力があるから、相手からの攻撃を躊躇させる意味で使ったほうがいいかもしれないわね。あと私が風属性使ったのは攻撃魔法では風しか使えないからだからね」
頑張れば防げるみたいだから頑張るしかないか……。
「取りあえず家に入りましょうか」
家に戻ってからは何時もの【世界の種族】で読み書きのお勉強だ。早く覚えないと、僕の遊ぶ時間を作るために!
早速ページを捲って字を目で追うが頭に入ってこない、魔力を結構消費したのか少し集中力が欠けているみたいだ。マヤは色茶葉茶を机に置いて本を読み始めているけど、少し話し相手になってもらおうかな。
「マヤ。何かお話聞かせて」
「お話? ――そうね、歴史の勉強をしていなかったから、それでいいかしら?」
この世界の歴史は興味あったんだよね、なんかドロドロしてそうで。
「楽しそうだから聞かせて」
「えぇっと……そうね、まずは始まりの時代から――」
聞いた話を年代別で説明するとこんな感じだ。
○始まりの時代
神がこの世界【アル・ライナ】を創世した時代。この世界に神は十神おり、その神のうち【混沌の神・ティーマアッド】が世界を創世したのではないかと言われている。ただ、この神は創世と混沌と災害の神とされて邪神扱いされている。他の神々は創世を協力しながらも自分好みに変更を加えた。勝手にね。
○神話の時代
世界が出来た時に、十神の神が思い思いに創造し統治ていた時代。この時代に今居る種族が生まれた。
しかし、当時の生き物は永遠の命を持っていた。それをつまらなく思った【輪廻の神・ヴェーダスクリット】によって生と死が繰り返すように種族を作り変えた。ちなみにこの神も邪神扱いされている。
死を与えられて混乱した種族に追い討ちを掛けるように【混沌の神・ティーマアッド】が世界中に災害が起きるように付け加えた、さらに【深遠の神・ケレスロア】が世界を飲み込もうとしたために、他の七神と三神が争う事になった。この三神を邪教三神と呼ぶ。
七神の神々は争いに辛うじて勝ったが、邪教三神が世界に書き加えたルールはそのまま残ることになった。そして力を使い果たした七神は地上に降りることが出来なくなってしまった。
○古代長耳族の時代 :古代帝国暦0~5200年頃まで
地上から神が居なくなった為に混乱が起きた。争いの余波で大地は荒れて、邪神が生み出した魔族に悪魔族などの魔物が暴れていた。
しかし、神の代理人として生まれた古代長耳族の膨大な魔力と強力な魔法によって世界が統一されて古代帝国が作られた。だが、古代長耳族以外の種族は辺境でしか暮らせなかったそうだ。
○暗黒時代 :紀元前0~3800年頃まで
約5000年続いたとされている古代帝国は突然終わりを迎えた。
天変地異や疫病、さらに魔物に対抗するのが難しくなるほどに古代長耳族自体が種族として衰えた為だ。
歴史上から徐々に姿を消す古代長耳族に代わって、台頭してきたのは魔物の他には人獣族だった。彼等は持って生まれた身体能力で魔物と戦い続けていた。
生身で魔物に抗えない人間族は安住の地を求めて移動して行った。幾つかの人間族の集団は森を切り開き、柵を築き、武器を作った。時代が進み魔物に滅ぼされなかった村は町に、町は壁で囲った都市になり魔物に対抗できるようになっていった。
○第一紀の時代 :AR暦0~331年
多くの独立都市が人間族同士で戦争を繰り返し王国が誕生しては滅亡していった時代。
古代ワーディア王国が人間族を統一し、他の種族を奴隷にしていった。
AR暦300年頃。古代ワーディア王国が瓦解し従属していた都市が独立、都市国家郡が再び出来る。
○救世の時代 :AR暦332~488年
独立都市国家郡から数多くの都市が国として建国していった時代に魔王が魔物を率いて戦争を始めた。
多くの国が滅び、残った国同士で連合を組んだが魔王軍との戦争は劣勢だった。
AR暦466年。この時に救世主が生まれたとされている。救世主は人間族と人獣族、亜人族や精霊族を味方につけて魔王軍を押し返していった。
魔王軍を打ち破り、魔王を倒したものの戦いの傷により救世主が死亡した。
○第二紀の時代 :AR暦489~1456年 ※現在
生き残った国は再び魔王軍が出たときに互いに助け合う協定を結び、十神に救世主を加えて十一神とした。
およそ150年続いた魔王軍との傷跡も徐々に薄れ現在は平和が続いている。
◆◇◆
古代長耳族の時代から今の時代まで一万年も経っているのか、思ったよりも長い歴史を持ってるんだな。――あれ? 年齢的にマヤは救世の時代から生きているのか?
「高位妖精族の寿命って何年なの?」
「……」
あれ、聞いちゃまずかったのかな? でも前に年齢教えてもらったよな、確か出合った時に九百七十六歳だったから今は九百七十七歳?
「あの、ごめんなさい」
「……私達、高位妖精族の寿命は九百八十から千歳までよ」
「え?」
それって、早くて後三年しかないじゃないか……。
「カイム、良く聞いてね。高位妖精族は寿命が近づくと徐々に魔力が衰えて最後には地上に魔力として還るのよ――」
「――だから、何時までもあなたとは一緒に居られないの。私が居なくなった後もこの村には居られるようにするけれど。残るのも、元の世界に帰る方法を探しに旅に出るのもカイムの自由よ」
確かに、元の世界に帰れるように外へ出るつもりだっけど……。
「イヤだよマヤ。こんな別れかたはイヤだよ……」
マヤは嬉しそうな悲しそうな表情をしながら僕を抱きしめる。
「もうずっと前から、私は昔のように魔法を使えなくなってきているの。カイムとは何時かお別れしなくちゃいけない。でも、私はその前にあなたを、一人でも生きていけるようにするわ――」
「――だから私が安心出来るように強くなってね、カイム」
どうして彼女はこんなにも親身になって僕の事を気に掛けてくれるのだろうか? まだ一年の付き合いかもしれないけど、僕にとってはすでに大切な人になってしまっている。何時までも一緒にいたいけど、彼女を困らせるわけにもいかない。終わりが来る事を知ってしまったから。
「強くなります、一人でも生きていけるくらいに。――それまでは一緒に居てください……」
「ええ。私が消えるまで一緒に居ましょう……」
用語と造語コーナー
※難しい用語から作者が作った造語まで分かりにくいものを説明するコーナー
本来ある用語と作者が勝手に作った造語が混ざってます。言葉によっては世間で使うと白い目で見られますのでゾクゾク出来ます。
水月=鳩尾の場所。
刃迫り合い(はぜりあい)=造語。刃と刃が迫り合う事。相手の刃が自分の鍔に迫る、鍔迫り合い。という言葉があっても、刃と刃が迫り合う言葉が無かった(?)ので勝手に作りました。刃が無い武器は 迫り合う とします。
【吊り構え】つりがまえ
腕を頭上(顔の前)まで上げて剣の切っ先を地面に向ける構え。相手の攻撃方向やこちらの反撃方法によって切っ先を左下や右下の向ける。防御の構え。大抵は【水平構え】から繋げる。
表刃と裏刃=正眼で構えた時に剣の刃が相手に向いている方を表刃。自分に向いている方を裏刃と言う。振り終わった体勢や尾の構えなどになっても表刃と裏刃の関係は変わらない。
旋回斬り=右足を斜め前に踏み込みながら利き手の親指で剣の平を押さえてるように握り、剣を頭上で水平に旋回させて上半身(主に顔)を攻撃する技。右利きの人が右へ旋回斬りするときは親指で剣の平を押さえて、押さえた親指が下になる様に裏刃で切る、左へ斬るときは親指で押さえずに表刃で切る。左利きならその逆。
『強い部分』と『弱い部分』=剣の切っ先から剣身の中央より少し上までが『弱い部分』中央から剣身の根本までが『強い部分』