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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第3話 闘術と尻尾

 隣で何かが動くような感覚がして目を覚ますと、そこには金髪金眼の天使様が居た。


「起こしちゃったかしら? ごめんね」


 って微笑みながら毛布を退かして「ご飯作るから待っててね」と、台所の方へ行った。


「はぁはぁはぁ……」


 僕は勿論もちろん興奮しまくった。毛布を被りマヤの残り香をクンクンして理性を整えてから起き始める。


 何だあのシチュエーションは! 反則だろ! まるで新婚夫婦みたいな感じじゃねぇか! ちくしょう!!


 僕はゆっくりと起き上がるとマヤの許へ行く。


「手伝うよ」


 顔を赤く染めて手伝いを申し出た自分に対して、マヤは「顔赤いわよ?」って不思議そうな顔をしながら手伝いの手順を説明してくれた。


 朝食は雑炊らしい、お米が食べられるのか! お米は人獣族の主食らしく頻繁に食べられている。但し、人族にとってお米は、人獣が食べるような餌と認識されていて普及していないみたいだ。


流石さすがに餌ってひどくない?)


 さて、脱線したが自分が手伝うことはそんなに無い。まずは机、ついでに椅子を拭いてから黒パンを切って皿に盛り、コップを用意してその中に沸騰したお湯を入れ、上に葉っぱを一枚浮かせる。


 この葉っぱは色茶葉しきちゃばという茶葉らしい、安価で庶民が好んで飲むらしく、産地によって味や香りが少し変わるみたいだ。


「えっと、もう終わったんだけど。他には何かないの?」


 まぁ、これだけしか無ければ終わるのも早いよね。マヤはリーキやホウレン草にカブが入った雑炊に、細切こまぎれれにした肉を入れながら返事をする。


「う~ん。そうね、寝室を軽く掃除してもらっていいかしら?」


 それからテキパキと寝室の掃除が終わると、マヤからご飯が出来たとのお呼び出しを受ける。机にはすでに皿に盛られていた雑炊が湯気を立てていた。互いに「いただきます」と言ってから雑炊を木製スプーンで食べる。


 あれ? この世界にも食べる前に「いただきます」と言うのか。雑炊を食べ終えてから黒パンをお茶で流し込む。色茶葉は薄い紅茶のような味がする、もう何枚も入れたほうが美味しそうだな。


「今日は村の案内をするから準備しといてね」


「はーい」


 準備といってもそれほど多くはない。寝巻きの浴衣みたいのから、昨日のうちに洗ってもらっていた自分のチュニックを着る。所々(ほつ)れていたり切り裂かれたあとが残っているけど、この服しか持っていないのだからしょうがない。膝下までのズボンを革のベルトで巻いて、紐付きの鞘に入ったナイフをベルトに結ぶ。


「よし。完璧!」


 マヤに準備が出来たと言って、一緒に家の外に出る。


「おぉ~」


 家の外は庭になっていた。正面には庭の出入り口があり、周りはお腹ぐらいの高さの木の柵で囲われている、家を正面から見た場合は敷地の左側が家で右側は畑と花壇になっている。辺りには似たような家が並んでいた。


「まずはこっちに来て、井戸に案内するわ」


 庭から出て右に少し歩くとちょっとした広場の中央に井戸があり、周りには井戸を囲うように間隔をけて木が生えていた。


「この紐を引っ張ると水が入った釣瓶つるべが出てくるから、家から持ってきた容器に移し替えて家まで持って来てもらいたいの。明日からお願いね」


 どうやら井戸の屋根に滑車が付いていて、そこの紐を引っ張ればいいみたい。


 「お、おもい」


 引っ張って遊んでから、視線を上げる。


 井戸の先には2メートル位まで土が盛られていてその上に木製の防御柵が張り巡らされていた。ちょうどのぼるための階段があるので、盛られた土の上に立って外を眺める。


土塁防壁モット・アンド・ベイリー……?」


 普通の村かと思ったら、ちょっとした砦だった。


 まず村を囲うように周りにほりってその土で土塁を作り、さらにその上に隙間無く木製の防御柵が立っていた。他に二階建ての木造監視塔も建っている。ちなみに木材の先端を尖らせて村の外側の土塁に埋め込んだ逆茂木アパティスまである。

 

 村の出入り口は二つ。北と東に木造の城門が建てられていて、その先には空堀に橋をけて作った通路で、村を出入りする。


「思ったよりも厳重なんだね」


「そうね。普通の村なら土塁に柵で十分なのかも知れないけど、ここに住んでるのは大半が人獣族だからこれぐらい警戒しないといけないのよ」


 はて? なんで人獣族だと警戒するのだろう? 不思議な顔をしていたらマヤが悲しそうに続きを口にする。


「本当はこんな事にはならなかったのにね……」


「ずっと昔、救世主様が人間族と人獣族が争っていたのに終止符を打って、互いに協力し合うように尽力していたのだけれども……志半こころざしなかばで倒れてしまったの。

 ……あとは、昔への逆戻り。人間族の奴隷にされたり、土地を奪われたりしているのよ。それでも少しは良くなったのだけどね。この精樹の村は種族に関係なく自由に住める自治区なの」


 僕達が住んでいる精樹の村はバストニア王国と言う国の領土で、まだこの国は人獣族を守ろうとするまともな国らしい。


 大抵の人間族の国では、人族ヒューマンを奴隷にするのは犯罪者や借金などの理由で、それ以外の理由で奴隷にすると犯罪になるが、人獣族には当てはまらない国や場合がある。但し、この村のような自治区では人獣族を不当に奴隷にすると犯罪として裁かれる。


 亜人族や精霊族はうやまわれているので迫害はされないが、奴隷としての価値は非常に高いので人族ヒューマンとは距離を置いて生活していみたいだ。


「こんな話をしてごめんなさい。次に行きましょう」


 今度は北の方向に歩いていくと東門付近にある広場に出る。道を挟んだ両端には野菜を売っている店や革細工の店とか薬草を売っている店もある。店といっても自宅の庭にテントを建てて販売している出店だ。

 

 そんな事よりも僕の目を惹くのは、道行く人々の姿。ズボンに開いた穴から飛び出ている尻尾に、頭の上にちょこんとのっている獣耳。


――そう、人獣族だ。


 尻尾と耳以外はほとんど人間と変わらない見た目をしている種族や、腕や足にフサフサな毛を生やしている種族もいる。


(なんて素晴しい眺めなんだ!)


 人獣をキョロキョロ眺めているのと同じく、人獣側も人族ヒューマンが珍しいのかチラチラとこっちを見る人が多い。


「マヤさんおはよう! こっちの子は村長さんが言ってた子かな?」


 十代前半ぐらいの見た目で、少し日に焼けた褐色肌に茶眼に茶髪で、ピンと張った犬耳にオッター・テールの尻尾が可愛い人獣さんが、マヤに喋りかけている。あぁ、そうそう、確実にDカップはあるね、間違いない!


「お、そんなに見つめちゃって、お姉さんに惚れちゃったのかい? それとも人獣族が珍しいのかい?」


「はい! 両方です! 尻尾触ってもいいですかぁ!?」


 手をにぎにぎしながら聞いたため若干引かれた気もしないでもないが、お姉さんは軽く「いいよ~」と許可をくれたので撫で回すように入念に触る。


「うっ! な、なかなか上手いわね」


 恥ずかしいのか若干顔を赤くしながら褒められた。マヤはこっちをジト目で見ているがなんだろう? ゾクゾクする。


「あとでミリアムに、この子に格闘術を教えてもらおうと思ってたんだけどお願いできるかしら?」


「いいよいいよ~。あたしは犬耳族リジョンシアンのミリアムってんだ。鍛えがいがありそうだが、ちょっと小さいな? 幾つなんだ?」


「六歳です」


 元気よく返事しておいたが、ミリアムさんは「ちょっと早いがまぁいいか」と言っていた。そのまえに格闘術はやる前提なの? マヤは色々教えるとか言ってたけどスパルタになりませんように。


「ミリアムお願いね。買い物が終わったら、武具屋に向かうから」


「分かったよ。それまで店番して待ってるからな、またな~」


 この人は、武具屋さんなのか。今、店番してなくていいの?


「次は、服屋さんに行きましょう」


 マヤに手を引かれて歩き始める。村の人からマヤに対して挨拶と自分の自己紹介などをしながら服屋に辿り着いた。周りの出店と同じように庭先にテントが張られていて、そこで販売している。テントは二張ふたはりあり、片方が新品でもう片方が古着だ。


「おはようございます。この子に合う服はありますか?」


「おはよう、マヤさん。この子かい? ちょっと待っててね」


 猫耳族ケットシーの服屋のおばさんは僕のことをジッと見た後に、様々な種類の服を持って来てくれた。Vネックの部分が紐で縛れるようになっているシャツが数種類に、ズボンは膝下までの服が大半みたいだ。なぜが自分以上に真剣に吟味ぎんみしているマヤにある程度(まか)せようかな。


 陳列棚ちんれつだなの下の方には、ハンカチが置いてあるのでそっちを見ていると、隠れるようにしてこっちを見ている女の子に気がついた。垂れ耳(フォールド)で白い髪に白い尻尾を巻いている。大きく潤んだ青い瞳で見られていたので、自分も見つめ返したらビックリして隠れてしまった。でも尻尾が隠れきれてないよ?


(まぁいいか、ハンカチ選ぼう)

 

 麻生地に薄い茶色のハンカチを三枚ほど見繕っていると再び視線を感じたのでガン見してみる。女の子が身を強張こわばらせてから隠れるけどやっぱり尻尾が出ている。

 ちょっと近づいてみると、気配を察知したのか尻尾が垂直に伸びきった。出店の裏側に回ると自分と同じぐらいの年齢の女の子が、体育座りしていて手を頭の上に乗せて震えていた。なんだろう……興奮する。


「おはよう」


「ニャア!?」


 挨拶をしようと声を掛けたら走っておばさんの方へ逃げて行ってしまった。それよりもニャアって……。おばさんが「挨拶してくれたのだからちゃんとお返事してあげなさい」と言うと女の子は目を見開いて絶望していた。


(え? そこまでなの? ひどくない!?)


 ちょっと泣きそうになっていると、おばさんが「ごめんなさい。この子、人族をよく知らなくて」と申し訳無さそうに言ってきてくれた。たしかに人族が人獣族を迫害している時点でいい感情は持っていないだろうとは思う。


(さて、あんなに脅えている子と仲良くしなきゃ!)


 強い使命感を胸に女の子ににじり寄っていく。


 どうして脅えている子ってあんなに可愛いのだろうか! しかも猫耳とは! 息が荒くなりそうなのを抑えながら一歩一歩寄っていくと、女の子の方は母親に頼るのはあきらめたのだろう、一歩一歩後退して行く。おばさんの方はマヤとお喋りする事にしたみたいだ。女の子は母親と僕を交互に見つつ下がっている。


「にゃぁ!!」


 こっちを見ながら後ろに歩いていたせいだろう、石に足を取られて尻餅をついてしまったみたいだ。


 素早く女の子に近づいてから紳士的に抱きついて「大丈夫? 痛くなかった?」って言いながら頭を撫でる。そして撫でる、まだまだ撫でる。鼻息が荒いのは辛うじて抑えているけどそろそろ限界だ。


「あ、ありがとぅ」


 撫でられて少し警戒が解けたのか、たどたどしくお礼を言う姿に鼻息を荒くしながら「み、耳触ってもいい!!?」と聞くと、頷いてくれたので遠慮なく触ることにした。サラサラでフニフニで夢見心地とはこの事を言うのか。


「し、し、尻尾も触ってもいい!?」


「シッポはだめ」


 顔を赤くしながら両腕に尻尾を抱え込んだ姿の破壊力はもう凄いね。その時に自分の頭が「スパン!」と良い音を立てて叩かれた。後ろを振り向くとマヤが微笑んでいた。


「あんまり怖がらせちゃ駄目よ」


「はい」


 マヤは既に服を何着か買っていたみたいだ。服屋のおばちゃんと女の子に手を振って別れると、次は八百屋で野菜を買う。ここの八百屋の店主は日に焼けた肌に筋肉ムキムキの兎人族ラパンだった。筋肉とウサ耳の組み合わせは危険だね、とっても。


 他のお店も回って買った物はキャベツにレタス、リーキ、ホウレン草に御米や大麦にライ麦と豆類だ。海が近いみたいで新鮮な魚も買っていた。肉は村の猟師が数日に一度狩りに出たときに売りに出されるらしい。


「マヤはどうやってお金を稼いでいるの?」


「妖精士爵になると村を通して国から少しお金が貰えるのよ、それと治癒魔法でもお金を貰っているわね。そうね、今日の夜はお金の価値について勉強しようかしら?」


 それなら自分も治癒魔法を覚えて少しは貢献しないとね。家に着いたので、服や食料を仕舞い込んでからミリアムさんの居る武具屋に向かうことになった。


 家を出たら北門を目指して歩き出す。東門と同じような広場に出ると、そこには武具屋や宿屋に道具屋などが建ち並んでいる、北門の広場には外から来る人向けの店なのかな?


 マヤに連れられて辿り着いた武具屋は木造二階建ての一階部分を改装してお店にしたみたいだ、庭には鍛冶の工房らしき建物も見える。


 扉を開けて中に入ると「カンカン」と鉄製のベルの音が鳴る、カウンターには犬耳族リジョンシアンの女の人が店番しているみたいだ、その隣には先ほど会ったミリアムが頬杖ほおずえをして放心していた。ミリアムはこっちに気が付くと席を立って寄ってくる。


「お、さっそく来たね。暇で死にそうだったよ! さっそく稽古しようか~」


「待ってミリアム。稽古をつけてもらう前に講師代を決めなくちゃ、それにカイムに防具を買おうと思ってたから見繕みつくろってもらえる?」


 ミリアムは目線を上に向けて顎に手を当てて「う~ん」と唸っている。カウンターで様子を見ていた女の人が会話に入ってきた。


「マヤちゃん、まだその子に防具は早いわよ。すぐに成長するだろうから、もう少し成長してからでも遅くないわ」


「そだね~、防具はまだいらないかな~。でも練習用の道着どうぎと拳のサポーターは必要かな?」


 ミリアムはそう言いながら店の奥に入っていった。たぶん奥に道着があるのだろう。


「うちの子で大丈夫なのマヤさん? 分かってると思うけど結構ぬけてるわよ、あの子」


「いえ、頼りにしていますよ。それにこの村で格闘術を教えられるのはミリアムぐらいしかいませんし」


 この女の人はミリアムの母親なのか。それにしても酷いこと言ってるよ二人とも。おかげでミリアムさんの立ち位置(ポジション)が分かった気がする。


 そんな会話が繰り広げられているとも知らずに腕に道着を二着とサポーター一式を持ったミリアムさんがニコニコしながら帰ってきた。ついでに着替えてきたのか道着を着ていて胸にはサラシが巻いてある。


「はい、おまちど~。今回は特別に講師代込みで銀貨一枚でいいよ~」


「あら? それでいいの? 毎月銀貨一枚って事ね?」


「そだよ~。それじゃさっそく着替えて訓練するよ~」


 マヤが銀貨をミリアム母に渡している最中に、ミリアムに店の奥に連れられて道着を渡された。薄いけど丈夫そうな道着を着て帯をめ、綿が入ったサポーターをすねと拳にける。


「準備できたね、付いて来て。マヤさんこの子鍛えてくるから~」


「カイム。怪我が無いように気をつけてね。お昼ぐらいに戻ってくるから」


 マヤが手を振ってお店から出て行くのを見送ってからミリアムと裏庭に行く。裏庭は思いのほか広く隅には井戸と小さな道場が建っている。中央まで歩いていくとミリアムはこっちに振り向いてから帯を締め直しす。


「さて、まずは簡単な雑学からいこうか」


 ミリアムが大きく伸びをしてから両手を腰に手を当てて説明してくれる。


「まず今から君……カイムでいいね? に教えるのは武術の一つである【格闘術】で、そのカテゴリー内の【闘術とうじゅつ】だね。ここまではいい?」


「はい」


「武術は大きく分類して【刀剣術】、【長柄ながえ術】、【斧槌ふつい術】、【特殊術】、【格闘術】、【げん術】があるんだ。さらに刀剣術でも、剣を使う剣術に短剣を使う短剣術という感じに武器事に適した武術があるんだよ。ちなみに各武術には階級があって初段しょだんから漆段ななだんまでの七階級あるんだけど、そこらへんの細かいのはマヤさんに聞いてね、そのうち魔法もやるんだから詳しく教えてくれるでしょ?」


 いやいや教えようよ。武術も魔法も一から七段階まで階級があって、階級(ごと)に称号が与えられる。例えば剣術で自分が参段さんだんになると剣術の熟練者って呼ばれたり、名乗れたりするらしい。――とっても恥ずかしいね!


「ミリアム先生は何段なんですか?」


 ミリアムはにへらと笑ってから答えてくれた。


「あたしは肆段よだんで称号は闘術の達人。あとは棒術が弐段にだんに弓術初段ってところだね~、格闘術をある程度教えたらそっちも教えようかと思ってるから早く覚えてね」


 そんなさらっと覚えられるわけないでしょう、こっちもスパルタになりそうだから覚悟しとかないとね。

 まずはしっかり準備運動からするみたいだ、よかった。準備運動を終えてからミリアム講座が始まる。


「さて! まずは簡単な足運あしはこびから覚えてもらうよ~!」


 こっちに指差してから実際に見せてくれる。


 まずは【寄せ足】前足を動かしてから後ろ足を素早くひきつける歩き方を教えてもらう。左右や斜めに動くのも似た要領で、前足で横、もしくは斜め移動してから後ろ足を動かす、後ろに動くには後ろ足を下げてから前足を引き寄せる。


 次は【え足】左手と左足が前で右手と右足が後ろの体勢から、右手と右足を前に出して体の向きを右から左に変えて進む。


「他の足運びもそうだけど、基本時には前に出した足が左なら前に出す手(順手)も左ね、もちろん右足なら手も右。例外もあるけどね。まぁ簡単だよね? どんどんいくよ~」


踏み込み足(ふ こ あし)】そのままただ前足もしくは後ろ足を大きく一歩踏込ませるだけ。大抵は踏込足で一歩踏み出したら寄せ足の要領で後ろ足を引き付けて進む。


 次は【半月足】後ろ足を前足に円を書くように近づけてから、そのまま前足よりも前に出して前進する、下がるときは前足を同じように後ろ足より後ろにやって後進する。


 【交差足】後ろ足を前足の線上に交差させるように前に出しながら、足先を外側に向けて最初の前足を再び前に出して進む。


 例えば左足が前ならば、右足を左足よりも前に踏込んで、足先を体の外側である右に向ける。次に左足を右足よりも前に進ませて前進する。


 左右移動は右に行くならば前足(左足)を右に進ませてから、後ろ足を前足よりも右に動かして移動する。左に行くならば後ろ足(右足)を左に移動させてから、前足を後ろ足よりも左に移動する。このときの足の向きは横にせず前に向けたままでいいらしい。


 とりあえず足を交差させてから動かすと覚えればいいみたいだ、もちろん下がるときも前足を後ろ足の前に交差させるように動かしてから後ろ足を下げる。当たり前だけど、構えの向きが変われば足捌きの足も逆になる。


「前に進むときの交差足はなんで足先を横に向けるんですか?」


「そのほうが回し蹴りや足刀蹴そくとうげりがしやすいんだよ、そこらへんはあとで教えていくから大丈夫だよ。それと、足捌きは他の武術にも使えるからちゃんと覚えてくんだよ? 使わない足捌きもあるけどね~」


 次は【飛鳥足(ひちょうあし)】後ろ足で前に進むようにんで前進する、同じように下がるときや左右移動は進む方向の足とは逆の足で跳ぶ。


跳び足(と あし)】飛鳥足とは逆に前足で前に跳んで前進する、こっちは後ろや左右移動は進む方向に近い足で跳んで移動する。


「ちょっと多いかもしれないけど移動する足運あしはこびはこのくらいだから、ひたすら練習するよ」


 本当にひたすら足運びだけを練習した。最初は色んなのが混ざった動きをしたり、足運びの名称を忘れてミリアムにジト目されて若干じゃっかん興奮したりして大変だったけど、徐々に覚えていった。さすがにこれだけを数時間もやれば動きはぎこちないけれども間違えはしなくなるよね。


「カイム。迎えに着たわよ」


 延々と足運びをしていただけで筋肉痛になりそうな時に、助けがやってきた。さすがだよマヤ様!


「マヤさんご苦労様~、お腹すいてきてたから丁度よかったよ」


 三人で丸太の上に座ってマヤが持ってきたお弁当を食べる。薄っすらと甘いクリームが塗られている黒パンに林檎リンゴと果実水を渡される。


「マヤさん、お肉も食べたかったよ」


「ミリアム、猟師である貴方が一番分かっているでしょ? 明日狩りに行くんだからその時食べればいいじゃないのよ」


 え? 格闘術で狩するの? いや、そういえば弓術初段とか言っていたからそっちでの狩りかな?


「そだ、カイム。明日は修行出来ないから、足運びの練習と体力作りしてなよ~」


「分かりました先生」


 それから雑談していると、おかしな会話をしていた。マヤがミリアムのおねしょの話や今の僕ぐらいの年齢の時に何をしていたかとか。


 マヤの方が年上なのかな? とりあえず質問してみようか。


「ミリアム先生よりマヤの方が年上なの?」


「そだよ~、あたしは十八だよ~」


「え? 十三か十四歳ぐらいにしか見えませんよ?」


「人獣族も人族と同じように歳を取る訳じゃないんだよ? 長耳族エルフには負けるけど、人獣族は人族が見ると年齢よりも若く見えるかもね?」


 なんて素晴しいんだ! この世界に来れて良かったよ! ん? まさかマヤも年上お姉さんなのかな!? 今も年上だけどね。そんな目でマヤを見つめてみる。


「ん? 私? 私は……何歳だっけ? 九百七十六(976)歳ぐらいだったかしら?」


「……え?」


 高位妖精ハイフェアリーってすごいな色々と。見た目の年齢的にはミリアムとほとんど変わらないのに。


「さて食べ終えたし、そろそろ帰りましょうか?」


 マヤがテキパキと後片付けをする。


「先生、今日は有難う御座いました! 次は明後日ですか?」


「う~ん、そうだね。明後日は朝ご飯食べてからこっちにおいで~」


 僕とマヤはミリアムにお礼を言ってから家に帰る。帰り道の北門の広場は朝よりもにぎわっていた、村での生活は朝に畑やりょうなどの仕事をして昼に買い物や雑務をするそうだ。


 理由は単純に明かりが無いから。明かりをける道具はあるけど安くはないみたいだ。普通は家の中に植物や魚からとった油などで明かりをともすぐらいなので、仕事をするには心許無こころもとないのだろう。そういえば家は蝋燭ろうそくを使っていたな、貴族なら普通なのかな?


 家の前についたら鍵を外してから中に入る。自分が居ない間に掃除や洗濯をしていたみたいで、綺麗になってる。


「カイム、そこの水瓶みずがめに水を入れてきてちょうだい。それが終わったら夕ご飯まで自由にしてて良いわよ」


「はい、行ってきます~」


 自分の腰より少し上の高さまである水瓶を持って、井戸のある広場まで向かう。こんなに大きいと限界まで入れたら持って帰れなくなるな。家には今持っている分を含めて水瓶が二つあるから家に置いてきた水瓶が一杯になるまでリレーするしかないかな?


 何度も何度も井戸の紐を引っ張って水を入れる作業をする。


(これだけで筋肉痛になりそうだよママ)


 ポンプ式にしてくれれば楽なんだけど作り方が分からないしな……。水瓶の半分ほどまで水を入れてから持ち帰る、持ってみると重い、帰りの道で何度か休憩して家に帰ってきてから家にある水瓶に移し変える。


「ふぅ……また行くか」


「あ、カイム、汗かいてるでしょ? ついでに水浴びしてきなさい」


 そういって少しゴワゴワしてるタオルを受け取った。水浴びが普通なのか、とりあえず水入れてこないとね。


 再び水瓶を持って井戸へ向かうと、周りに生えている木を見る。


(そうか、水浴びするために回りに木が植えてあったのか)


 水瓶に水を入れて木の影に隠れてから道着を脱ぐ、体に水を掛けようと持ってみたけど重い! 少しずつ掛けようとしたら頭から全部掛かった……。


「…………」


 とりあえず頭から水瓶を取って黄昏たそがれる。タオルで体を拭いてから再び水瓶に水を入れる作業を開始した。これだけで、汗かきそうだよ。半分まで入れた水瓶を持って家に帰ってきた、水を移し変えてから椅子に座って放心しているところにマヤが袋を持って来た。


「買い物の時に言ってたお金の勉強をしましょうね」


「はーい」


 なんか、だんだん子供で居ることに違和感を覚えなくなってきたな。マヤは袋から数種類の硬貨を取り出して並べている。


「カイムから見て右から、小銅貨に銅貨、小銀貨に銀貨、あとは小金貨よ。今は手持ちに無いけれど他には、金貨と大金貨と小白金貨(はくきんか)と白金貨があるわ」


 金貨だけ、大金貨があって、他の硬貨には大が無いのか。


「小銅貨は十枚で銅貨に、銅貨は十枚で小銀貨というふうに十枚ごとに硬貨の価値が上がっていくのよ」


 硬貨の形は、小がつくのが長細い長方形の形をしていて、それ以外は五百円玉ぐらいの大きさと形だ。大金貨はそれよりも二周ふたまわりほど大きいらしい。


「平均年収はどのくらいなのかな?」


「都市に住んでいたり大きな町ぐらいなら金貨三枚前後だったかしら? 村や小規模な町ぐらいだと三枚はいかないでしょうね。都市程の規模になると何でもお金で買うしかないけれど、村とかではお金よりも物々交換の方が多いから、そこまで硬貨は使わないのよね」


 逆に言えば、村では何かしら働いて物が無いと物々交換すら出来ないってことか。都市では働かなくても、お金があれば生きていけるって意味ではどっちがいいのだろうか? 村でも全部が全部、物々交換って訳でもないからやっぱりお金は重要だよね。


「確か妖精士爵はお金が出てるんだっけ?」


「そうよ、だいたい金貨二枚ほどね」


「あれ? 平均よりも少ないの? それなのに習い事なんてさせて貰わなくても大丈夫だよ?」


「ええ、大丈夫よ。貴族は税金は免除されるし、前にも言ったけど治癒魔法でも少しお金を貰っているから生活に困ることは無いわね、むしろ余るくらいよ」


 そういう事なら遠慮なく修行させてもらおう。もちろん何かあったら自分もお金を稼ぐけどね!


 その後は、朝に余っていた雑炊に少し具材を足したものと焼き魚で夕飯を食べる。食べ終えた後は一緒に片づけをしてから木の枝で歯を磨く。この枝は【歯磨木の枝】という物で木の枝らしい。勿論もちろん用途ようとは歯磨きに使う道具だ。


 磨き終わったら、昨日読んでもらった【世界の種族】で文字の勉強をする。


「今日は疲れたでしょ? 早めに寝ましょうか」


「はい」


 二人で一緒に毛布をかぶって寝る。

 僕を寝かしつけようと、マヤに頭を撫でられながら僕は眠りにつく。


――なかなか眠れなかったのは、言うまでも無いだろう。




【モット・アンド・ベーリー】または【モット・アンド・ベイリー】など呼び方がありますがベイリーの方にします。

土塁防壁とは、堀を掘った土で土手を作り柵を建てた拠点です。



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