第16話 森籠りと最後の戦い
この話で完結です。
エリレオ南東の森へ入って、今日で五日目。
「カイム! そっち行ったぞ!!」
ローパルさんが闘豚族と斬り結びながら叫んだ。
「っく! は、はい!」
視界にも迫ってきているオークが見えているが、今は初めに相手していた子戯族と対峙している真っ最中だ。早めに仕留めないと、まずい状況だね……。
「ガアガァァ!」
コボルトが後ろ足で跳躍してきた。僕は天構えに構える、足を横へ踏込みながら剣を振り下ろす。剣はコボルトの頭に食い込み、そのまま地面に叩きつけるように振り下ろす。
「ア゛イデダァ!!」
既に間合いに入っていたオークが、剣を斜めに振り上げる。
「っふ!」
息を吐きながら、右足を軸に回転させ、さらに上半身を横に傾けながら斬撃を避ける。そのまま回転の勢いを使って、がら空きの脇へ刃を食い込ませる。
「グルルル!」
オークは左手で脇に刺さった剣の刃をしっかりと掴むと、右手に持った剣を振り下ろす。
今までの経験から、オークに剣を握られると僕の力では引き戻せない事は分かっている。何度も死にそうになりながらも学習した。
僕は掴まれた剣を手放して、間合いを詰める。腰から投げナイフを取り出して、オークの太腿へ向かって突き刺す。そのまま後ろへ回ってオークの膝裏に足刀蹴を叩き込んだ。
どんなに強靭なオークといっても膝裏に攻撃を加えると、そのまま地面に膝を突いてくれる。丁度、蹴りやすい位置にまで来た頭に向けて、回し蹴りを打ち込む。敵がそのまま横に倒れそうになるのを見て、今度は反対側から回し蹴りを打ち込んでやる。
「……」
オークは横へ倒れたまま動かなくなった。念のために魔力を廻らせながら近づいていく。
オークが握ったままでいた僕の剣を、蹴り飛ばしてから回収する。馬車に積まれていた鉄製の長剣を使ってきたが、もう刃がボロボロになってしまっている。
「ふぅ~、お疲れさん」
ミリアムがちょっと気だるそうな顔で歩いてきた。その場所には数体のオークの死骸が散らばっている。
「俺も疲れた、一旦戻ろう」
肩に斧槍を担ぎながらローパルさんが提案する。
「こう暑いと、動くのも嫌になるな……」
手でパタパタと煽りながらリィデットさんが嘆く。
確かに暑い……。今は一年の半ばを過ぎた穫の月。一年で一番暑い時期だ。
「少し待って。いま連絡するから」
僕は廻らせていた魔力を使って、魔法を唱える。
「伝書鳩召喚」
丸っこくて小さい鳩を召喚する。くちばしに葉っぱを咥えさせてから、もう一つの班に送る。葉っぱは、『帰還する』という意味で使っている。
僕達は、オークの右耳や装備品を持って拠点に帰る。僕はこの森へ来る少し前の事を思い出しながら歩く。
都市に残る四人の情報収集班と分かれた後、森籠り班十六名で、エリレオ南東の森へ向かった。
当初の目標から少し変わって、森に拠点を築いている闘豚族の掃除から始める事になった。理由は村を取り戻しても、森にオークが残っていたら、また同じ事が起きるんじゃないかと危惧したからだ。
先に村を奪還して、村から森へ向かった方がいいんじゃないか? という意見もあったけど、荒らされた村に人を戻す労力と、物資を補充するのには、村からだとエリレオ都市や首都が遠すぎる。という意見になって見送られた。
変わりに、エリレオ都市と森に近い位置に野営地を築いて、そこからオークを追い払う作戦になった。精樹の村を襲ったオークの数と、防衛戦時に倒した数で、オークは残り百体に満たないんじゃないかと予想されている。
オークはたった百体で森全体に散らばっているんだから、ゲリラ戦すれば勝てるんじゃない? って事だ。こっちは森籠り班十六人しか居ないが……。後から仲間が増えるみたいだし……ね?
それからは森に近い位置に、廃村を見つけて、残っていた建物の修繕と大きめの掘っ立て小屋を建てて活動を始めた。この場所を野営地として活動拠点にする。この事は冒険者組合を通して、エリレオ都市に許可を取った。
そこからさらに、班を四人一組で四つに分けた。二つの班が常に森に入って、連携しながらオークを退治する。もう一班は、もしもの時の救援と、野営地の警戒に、簡単な防御柵を作っている。最後の一班は、オークや他の魔物を狩って戻って来た班から戦利品を受け取って、エリレオ都市にまで売り行くのと、都市にいる情報収集班との連絡が仕事になっている。勿論、班に怪我人や病人が出れば、班の仕事を入れ替える。
最初はこの作戦で上手くいっていた。大抵の場合、オークは一体から三体ぐらいの集団だったので、二つの班で囲んで殲滅出来たからだ。
だけど、三日目に入ると、オーク達は四体から六体の集団で行動し始めた。こうなると僕達も慎重に襲撃する機会を図ることになった、さらにオーク達も警戒し始めたので、こっちが襲撃を受ける事も増えて来た。
「ようファレン。大丈夫だったか?」
伝書鳩召喚の伝言を受け取った、もう一つの班が帰り道で合流する。
「子戯族に追いかけられて散々だったよ……」
ファレンが狼耳を伏せながら答えた。ファレン達の班は、主に僕達の班の支援や援護。本当は僕達と同じで積極的にオークを倒す役割だったんだけど、僕達の班にはミリアムという主力がいて、戦力が偏っているからこうなってしまった。
森を抜けて少し歩くと、こぢんまりとした野営地が見えてきた。野営地の中央を向くように掘立小屋を建てて、その壁を延長するように隣の掘立小屋や、元からあった家の壁を延長した柵で囲っている。今は、木造の監視塔を建てている最中みたいだ、精樹の村の監視塔とは比べるまでもない出来だけど……。
野営地に入ると、戦利品を馬車に載せていく。
「あら? 今日も一杯ね。エルミアに治癒して欲しい人はいる?」
「ッチ……。いないよ」
「ふが! ふ、ふが!!」
ミリアムは何時もエルミアの演技かかったぶりっ子を聞くと、鼻フックで攻撃する。足をぷらぷらさせながら、潤んだ瞳をしている変態だが、治癒魔法と風と刃属性の一級魔法を使える重要な戦力だ。
ミリアムは鼻フックを解くと、エルミアに質問する。
「都市へ売りに行った班はまだ帰ってこないの?」
乙女座りになりながら「く、くやしい……でも……」とかブツブツ言っていたエルミアに、もう一度ミリアムが鼻フックをしてビクンビクンしていた。
ジタバタと、もがいていたエルミアを放すと、火照った顔をしながら話し始める。
「ふ、フヒ。……も、もうそろそろ帰ってくると思いますわ、おねぇ様」
「そう、今日はもう休むから、後よろしく~」
手をひらひら振りながらミリアムが小屋の一つに入って行く。「お、おねぇ様……」それを見詰めていた変態がいたが、誰もその事には触れずに、黙々と馬車に荷物を詰め込んでいった。
「おい、カイム。その剣もう使えないんじゃないか?」
ローパルさんが僕の腰に、剥き出しのままで下がっている長剣を指さした。
「刃毀れで刃がギザギザになってるから、生身の相手には効きそうですけどね」
「まぁ、そう思うと、ちょっと怖いな。だが、その前に折れるかもな」
「予備の長剣取ってきますね」
「その前に訓練するか?」
「そうですね、今日は特にやることもないので、お願いします」
たまにローパルさんと訓練している。間合いの広い長柄武器を相手に戦うのは非常に勉強になるからだ。この世界の人達は、剣を持った人が多くてそれ以外の武器は少ない。
「エリレオ都市の冒険者や兵士を見て思ったんですけど、剣ってそんなに人気なんですか?」
「ん? そうだな、武術をやる奴ってのは半分以上は剣を使うだろうな」
「へぇー、物凄く多いですね。なんでですかね?」
「そりゃ、救世主様が剣を使ってたからだよ、それともう一つ理由があって、強化術を使える奴にとっては、剣以外の武器はやりにくい。
知ってると思うが、強化術は自身の体を強化するだけだからな、勢い余って武器が折れる事があるんだ。まぁ、それも、大金使って鋼以上の素材を使った武器にすれば、そこまで気にしなくてもいいらしいがな」
強化術を使えるようになった剣術家は、剣の素材を鋼以上にするみたいだ。鉄製の剣を持って強化術を使うと、振るだけで剣が曲がるらしい。凄いな。
強化術を上手く使えるようになったら、鋼の素材でも不安になってくるから、真銀や黒合金、白合金などに素材を変えていくみたい。
武器に関しては、武術を使う人の半分以上が刀剣類、もしくは刀剣と盾で、その次に人気なのが長柄武器など、理由は戦争にはそっちの方がいいからだ。そりゃそうだよね。
あとの残りがその他の武器となっている。
他にも防具に関してだけど、この世界の人は頭部に兜などの装備品を着けない、着けても戦争の時に。これも理由は救世主様が「え? 兜? やだ、ダサいじゃん」って言ったみたい。
それが原因で、兜などを装備する人は、自分に自信が無い、根性無し、卑怯者と見られる。特に武術をやっている人や冒険者などで兜を着ける人はほぼいない、って話だ。
(どんだけだよ)
戦争の時だけは関係ないってのが救いだな。矢が降ってくるんだから、兜が無いとねぇ?
「お喋りはもういいだろ?」
ローパルさんが斧槍の柄を広く握り、腰構えに構えた。
長柄武器の構えは、刀剣術と殆ど変わらない。長柄武器で腰構えに構えるのは、一番自然な構え方だ。僕は正眼構えに構える。
「はい、どうぞ」
徐々にお互いに近づきながら間合いを詰める。
もう、後半歩で、ローパルさんの間合いに入る。
「ッシ!」
気合と共に、踏込みからの刺突がきた。交差足で前に進みながら、裏刃で斧槍を叩いて下へ向ける、さらに一歩踏込んで剣を振る。瞬時に反応したローパルさんが石突で受け流してきた。石突を向けたまま腰構えに構え直すと、下腹部へ向けて突いてくる。それを半歩下がりながら、反時計回りに下から上に切り払って、軌道を逸らし、八双構えになる。
「「……」」
何度戦っても長柄武器は戦いずらい。いや、ローパルさんとは戦いずらいな。なかなか剣の間合いに入らせてくれないから、機会を見て間合いに入り込まないと防戦一方になってしまう。どうやって近づこうか……?
再びローパルさんからの刺突。払って去なすと、去なされた反動を使って頭上で旋回してから斧槍を振り下ろしてきた。それを水平構えで受け止めてから、受け流すように吊り構えに移行する。剣の刃が、斧槍の鉾先と斧刃の間に挟まった。
ローパルさんは剣を剥ぎ取ろうと引っ張るのに対して、僕は剣をしっかり握って、それに耐える。
「くっ……」
力の差で徐々に引っ張られていく、このままだと力負けするだけだ。
渾身の力で引っ張ってから、直ぐに力を抜いて、そのまま自分の間合いまで走り迫る。
「チッ!」
一瞬の力加減で開いた隙に、剣を斧槍から外して振り上げる。ローパルさんは片手を離して半身になりながらそれを避けた。さらに片手で斧槍を引きながら、僕の足へ引っ掛けようとする。
自分の攻撃を中断して、片足を大きく上げて斧槍を避ける。避けるのを確認してから、上段からの振り下ろし。ローパルさんは飛鳥足で大きく下がってから、斧槍を横へ薙ぐ。僕もそれを迎え撃つように薙ぐ。
「「あっ」」
僕の持っていた剣が大きく曲がって、斧槍の刃が少し鼻を掠めた。ヒィィ。
「あ、危なかったな」
「うん……」
一瞬寒気がして、今は心臓がバクバクいってる……。
「今日はもう止めときましょう」
「そうだな。その曲がった剣、馬車に詰め込んどけ」
使えなくても、売ればお金になるからね。
「はい」
返事をしてから、足早に馬車に向かう。ポイっと折れた剣を投げ入れてから修繕した民家へ向かった。
「おじゃましまーす」
家の中は、ごちゃごちゃと何に使うのか分からない道具や、武器や防具、羊皮紙の束が散らばっていた。唯一整頓されている机には、ぶりっ子が座っていた。あ、違う、エルミアが座っている。
「な~に~?」
羊皮紙に何か書き込みながら、エルミアが用件を聞いてくる。元々、精樹の村で書類仕事をしていたからテキパキと仕事をこなしているようだ。
「新しい剣が欲しくて来ました。予備置いてないですか?」
エルミアは書類と睨めっこし始める。
「う~~ん……。あぁ~予備あるね、ちょい待ってて」
そう言うと、ゆっくりした動作で席を立ってから、山になっている荷物を、ゴソゴソ漁と(あさ)り始める。
「おも……はい、これ」
渡されたのは、両手で持てるようになっている片手重半剣だ。普通のより少しだけ短くて、全長が1メートルぐらい。このくらいの長さなら使いやすいかな? 小剣ばっかり使ってきたから、あんまり長いと使いにくいんだよね。
「有り難うございます」
僕はそう、お礼を言って外に出ていく。
丁度その時に、数台の馬車が来ていた。
「なんだろう?」
騒ぎを聞きつけたエルミアさんと一緒に馬車に近づいて行くと、馬車から大勢の人獣族が出てきた。
「援軍に来たぜ! 総勢三十名。村に住んでた親友や親戚が助けを求めて来て、皆で集まったんだ」
多くの仲間が集って、僕達は大いに湧いた。
◆◇◆
されから十日後、僕達は精樹の村に集まっていた。森に潜んでいたオーク達を追い出して、とうとうここまで来たのだ。
「みんなー! 行くよー!」
「「「おお!!」」」
ミリアムの掛け声に皆が答える。
村はあの時のまま荒れ果てている、攻め込むのは簡単だろう。オークの方も報告では二十体程しかいないらしい。
僕達は簡単に作った木の盾を掲げながら、前進を始める。
「グルルルルゥ!」
遠くからオークの声が聞こえて、矢が降ってきた。
まばらに降ってくる来る矢に数人が倒れて行ったが、それでも着実に進んでいく。
四人一組で走る様に村へ向かう。
早くも、村の中へ侵入した僕達はオーク達と切り結んでいく。
次々に迫ってくる敵に対して、魔力を廻らせて、呪文を唱える。
「火微爆発!」
二体目三体目と倒していく、数の暴力もあってオーク達は次々に倒れて行った。
北門から押し進み、中央の制圧。
村長に家には、ひときわ大きなオークがいた。
僕はミリアムと協力して、左右に展開する。
僕が、尾の構えから斬りかかる。オークはそれを防ぐと、ミリアムが回し蹴りを打つ。
オークは後頭部を強打されて、仰け反った。
素早く、腰構えからの突きで、オークの腹を突き刺す。
それを見てからミリアムが正拳突きを放つと、オークは崩れ落ちて行った。
それからは、指揮官を無くしたオークが散り散りになって逃げ惑っていた。
残りのオークを退治しながら、残りの区画を占領していく。
そして、とうとう――
「やったぞ! 取り戻した!!」
村の住民だった人達は、互いに抱き合いながら喜びを噛みしみていた。
そんな中、僕は自分の家にまで行く。
家には焼けた跡が残っていて、住めるような状況ではなかった。
寝起きした寝室も、台所も、前に見た光景とは異なっていた。
僕は家の中を観察してから、ゆっくりと家の裏庭まで行く。
土を掘って、彼女の指輪を入れて簡単なお墓を作った。
――ただいま、マヤ。