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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第15話 エリレオ南東の森と闘豚族の拠点

「うぅ……うぅう! うぅぅ!」


 僕の目の前にはゾンビが居る。


「ぐうぅぅ! うぶぶぶぶぶ!」


 いや、正確には青い顔をしていずりながら、今にも吐き出しそうな顔をしているリィデットさんがいる。


「こっち来ないで」


「ひ、ひどいぞ……カ、うぅ! うぶぶううう!!」


 僕は自然な動作で立つと、御者台ぎょしゃだいに座っているミリアムの隣に座る。


「おい! カイム! 何さり気なく逃げてるんだ!」とかローパルさんが叫びながら、甲斐甲斐かいがいしくリィデットさんのお世話をしていた。持つべきものは友だね。


 僕たちは今、四人だけで【エリレオ南東の森】へ向かっている。この場所は精樹の村で北西の森と呼んでいた森の正式名称だ。そのまんまな気がするけどツッコんではいけない。


 狼耳族ルーガルーのファレンと、栗鼠人族ビューカのリイリカお姉さんには、エリレオ都市に残ってもらって後方活動をしてもらっている。主に、首都からエリレオ都市に向かって来るはずの仲間と連絡するために。


 それで僕達四人は、精樹の村がどうなっているのかを調べるために馬車で移動している。今日で馬車旅七日目。最初は日持ちしない材料で温かい食べ物を食べれたが、それが終わると毎回黒パンに硬いチーズ、たまに干し肉という生活だ。食べ物の種類の少なさに嫌気いやけが差してくるよ。


「ん? 肉が焼けてるにおいがするぞ?」


 いかつい顔をした栗鼠リスを、日に焼けた肌にムキムキの筋肉を持ったウサギが世話をするという光景を見せながら、ローパルさんが肉の匂いがしてると教えてくれた。


「え? 肉!?」


 クンクンと匂いをいでいると、かすかにそんな匂いがしてきた。


「――ウ!? これは!?」


 クンクン……。


「うぅ!」


 軽く吐き気をもよおして鼻を押さえる。


「――人の焼ける匂い……」


 これはあの時にもいだ匂いだ。


「馬車を隠して見に行くよ」


 ミリアムは木と木の間に馬車を隠すと弓を握って降りる。


「今はどの辺りだっけ?」


 ローパルさんが槍に斧の刃を付けて改造した斧槍を手に、降りながら答える。


「七日目だから森の入り口から少しってとこだろうな」


 エリレオ都市から精樹の村へ向かう道は、エリレオ南東の森を迂回うかいするように続いている。もし森の中に入っていると仮定するなら、今は森の入り口から中間のあいだぐらいだ。


「分かってると思うが俺は薬師くすしだ、戦いに期待するなよ」


 青い顔をしたリィデットさんが馬車から出てくる。その姿は腰のベルトに投げナイフ、左右の腰には投擲とうてき斧を下げて、手には短い投槍を持っている。薬師として、背中のポーチには傷薬なども持って来ているみたいだ。


「分かってるよ~。前衛はあたしとローパル、後衛にカイムとリィデットで」


「了解。お手並み拝見するぜ坊主」


 ローパルさんが歯を見せながら笑う。久しぶりに言われたな坊主って、前はリィデットさんに言われてたけど、いつの間にか名前で呼ばれるようになってたな。


 さて、もしものために魔力はあんまり使いたくはないけど、奇襲は受けたくないからね。


 集中して魔力循環をおこなう。魔力を感じたらめぐらせてから頭に集中させて、呪文をとなえる。


周囲索敵サーチフィールド


 唱えた途端に周囲索敵サーチフィールドの範囲が広がっていく。


(あれ?)


 広がった範囲は15メートル。無理している訳では無い、何時いつもと同じ感覚で使っただけだ。


(効果範囲が倍に広がってる……)


 あの日以降初めて使ったけど、魔力循環の成果が出たのかな?


「カイムはその魔法の効果範囲どのくらいだったっけか? 7か8メートルだったか?」


 斜め後ろから付いて来ているリィデットさんから質問がくる。


「今は15メートルまでいけますね、何でか広くなってます」


「そりゃ良い事だね~。あたしも警戒してるけど、反応あったら教えてね~」


「分かりました」


 何時までも考えている余裕は無い。まだ、戦いながら魔力を循環させる事が出来ないので、今のうちに魔力をめぐらせておく。魔力を一か所に集めたり、体の外に出すと魔力を消費するけど、めぐらせるだけなら魔力は消費しない。体力と精神力を少しずつ削っていくが、一発分だけなら素早く魔法を使える。集中を解くと魔力も体に戻っちゃうけど。


「……」


 周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。まばらに生えている木を通り過ぎていくと、人を焼いた時の普通とは少し違う匂いが強くなっていった。


 ミリアムが立ち止まると身をかがめた。手で「屈め」「前方に」「敵」と後ろへ合図を送ってきた。僕達も身を屈めると、ゆっくりと前進を始める。


「グァアッハハ!!」


 火を囲って騒いでいたのは、黄色いひとみにオリーブグリーン色の肌。大きな鼻に、耳は短く尖っている。しゃくれたあごからは二本の牙がのぞいていて、身長は190センチ程で筋肉質の体。装備品として、皮の腰巻とび付いた長剣を持っているのが全部で五体……。


――そう、胸が張り裂けるほどに憎くい相手、闘豚族オークだ。


 一瞬ミリアムが後ろを振り向いて僕を見てから視線を戻す。それと同時にリィデットさんが僕に近づいてきた。


「落ち着けカイム、そんなに殺気立さっきだってたらばれるぞ」


 小声でリィデットさんが僕をなだめようとしているが、僕の視線は中央で焼かれている場所にそそがれていた。


 焼かれている物は、いや、人は、眼球をくり抜かれ、皮を剥ぎ取られた人。他にも、バラバラに切断されて地面に突き刺さっているくいつらぬかれている人もいた。


「おい、聞いてるのか?」


 再びミリアムが僕を見てからローパルに小声で話しかける。


「やるしかないよ」


 ローパルも僕を一瞬見てから話を続ける。


「……分かってる」


 ミリアムは弓を構えてげんあご下にまで引く。ローパルは手作りの斧槍を握り直しながら木の陰に隠れた。


「――カイム。行きな」


 言葉と共に放たれた矢はえがくようにオークの胸に突き刺さる。


 僕は弓が「パン!」と乾いた音を立てた瞬間には、走り出していた。ローパルさんも僕が走り出したのを見て、走り出す。


「グァァアア!」


 矢が突き刺さったオークの叫びに他のオークが反応して一斉にこっちを向く。


 すでに僕は至近距離にまで近づいている。


「ッシ!」


 右足をじくに走った勢いを乗せた足刀蹴そくとうげりのどに打ち込む。オークは大きく上半身をらせたが、これで倒せるような相手じゃない。――むしろこれで倒れられても困る。


 左手でオークの腕を引き寄せながら、右手に魔力を集中させる。


 想像し、創造するのは。全長30センチ、片手でしっかりと握れるように柄を波の形状にした、鍔の長い短剣(クィヨンダガー)


具現化する短剣(エグゼストダガー)!」


 右手に具現化された短剣を逆手さかてで握ると、全力でオークの首の付け根に突き刺す。


「ガアアアァァ!!!」


 オークは耳をつんざくような悲鳴を上げた。


「うるさいよ――」


 さらに首の奥へ突き刺してから、


「――黙ってて」


 ひねる。


 首から大量に吹き出た血を顔に浴びながら離れる。視界の少し先には僕に向かってくる一体のオークがいた。他にはローパルさんが、矢を受けたオークを倒してから、二体目と対峙している。ミリアムの方は今、一体目のオークの首をじ曲げたところだった。


 僕は腰からオークの顔へ向けて投げナイフを投擲して、直ぐに二本目も投擲する。


 オークは顔をかばうように腕で受け止めた、視界が塞がった隙に距離を詰める。横を通り抜けるように短剣で斬り付けてから、素早く振り向いて正眼構えに。敵も振り返って天構てんがまえに構えたが、地面に膝を突いて剣を下ろした。背中には投擲斧とうてきおのが刺さっている。


「アブネェ、一体も倒せずに終わるかと思った。横取りして悪かったなカイム」


 リィデットさんが斧を回収するために息絶えたオークに向かっていく。


「いえ、ありがとう御座います。助かりました」


 ローパルさんの方を見ると、丁度ミリアムと一緒に倒し終えたところだった。


「ふぅ~。何とかなったね~」


「ミリアム。これ、どうするんだ?」


 ローパルさんが燃え上がる火を見て言った質問に、投擲斧を回収したリィデットが答える。


「火を消すよりも、バラバラにされた仏さんを火葬するのに使ったほうがいいだろ」


「……そうだな、俺は遺品を回収してから火にくべるから、あたりの警戒を頼む」


「りょーかい。あたしは周りを警戒しておくから、カイムはこの辺りを魔法で警戒しといて」


「分かりました」


 僕は周囲索敵サーチフィールドを維持したまま警戒するついでに、闘豚族オークから装備を剥ぎ取る作業をする。ミリアムは辺りを警戒しながら歩いていて、リィデットさんとローパルさんは、遺品を回収してから遺体を火にくべていった。


「……」


 オークの死体を見詰めてから、錆び付いた剣を回収する。心の中で渦巻うずまいていたものが少しだけスッキリした気がした。


(あぁ、そうだ。右耳切り取っておかないと)


 再び魔法で短剣を召喚してから耳を切り取っていく。回収した装備品と一緒に、遺品が集められている場所に少し離して置いておいた。


 そこで、ふと視線を落としてそれを見る。


 遺品の中にはついになっている二つの指輪があった。


「……もっと殺さなきゃ」


 自分の口から自然に出た言葉を耳で拾いながら、指輪を見詰める。


「全部終わったぞ、これからどうする?」


 ローパルさんがミリアムに作業が終わった事をげる。


「回収品を馬車に入れたら村へ急ごうか」


「了解だ」


 僕達は荷物をまとめてから馬車にまで戻って出発する。周囲索敵サーチフィールドは一度()いておいた。


「思うんだが、森にいたのは村で戦ったのと同じ連中なんじゃないか?」


「うっぷ……。俺もそれは思った」


 青い顔をしながらリィデットさんが答えた。


「もしかして、村を拠点に森に侵入しているとか?」


「もしくは森を拠点にして王国南部の治安をみだためにかもしれないね」


「どちらにせよ、さっさと村の様子を見に行かないとな」


 その後は馬車の速度を上げて道を進んでいった。「ゴトゴト」とお尻に振動を感じながら、道標みちしるべを作るように口から液体を出しているリィデットさんを眺める。(しばら)くするとミリアムが声を張り上げて馬車を止めた。


「みんな! 戦闘準備して!!」


「な、なんだ!?」


 前方に見えたのは二台の馬車。その内の一台はペシャンコに潰れていて、もう一台は横転していた。そしてその場所には数人の人獣族と、十数体の闘豚族オークに一体の巨鈍族トロールが戦っている。


「はは、マジかよ」


 リィデットさんが青い顔をさらに青くしていた。


「リィデットは応戦してる人の援護を! あたしが巨鈍族トロールと戦う間、ローパルとカイムは闘豚族オークを押さえて!」


 ローパルさんが斧槍を持って馬車から飛び降りる。


「ミリアム。お前一人で大丈夫なのか!?」


「強化術使えば何とかなるよ!」


 ミリアムも返事をしながら馬車を飛び出していく。僕も近くにあったオークの剣を手に取って馬車から降りながら魔力をめぐらせる。


 剣を左手に走りながら戦いの場を観察する。


 横転した馬車の近くには八人の人獣族。それを囲うようにして戦っているのが十一体のオーク。ミリアムは一直線にトロールに向かい、ローパルさんと僕はオークの横から突撃している。リィデットさんは後ろにいて見えないけど、たぶん応戦している人獣族の方へ向かっていると思う。


「カイム、流石さすがに一対一じゃキツイ、協力するぞ」


「はい」


 返事をすると一足早くにローパルさんが敵と斬り結んでいた。そこへ二体目のオークが参戦しようとしている。


 僕は右手に魔力を集中させて呪文を唱えた。


火微爆発スパーク!」


 迫っていた二体目のオークの進行方向を予想して魔法を放つ。火微爆発スパークは狙った位置よりも少しずれて発動した。それは丁度オークの目の前で発動し、周囲に小さな爆発を起こした。


 オークが顔を押さえてうずくまっているのを横目に、ローパルさんと戦っているオークの側面から、錆び付いた剣を両手に握って斬り下ろす。


「ッグルルゥ!」


 肩から肘までを斬られたオークにローパルさんが斧槍で突いて止めを刺す。


「ゴロスゥ!!」


 手で顔を押さえたオークが向かって来ていた。腰から投げナイフを投げると同時に、ローパルさんが走って行く。


「ふん!」


 投げナイフが太腿ふとももに刺さり、一瞬怯んだ隙にローパルさんが鉾先ほこさき刺突しとつする。オークが斧槍を掴もうとする前に引き抜いてから、石突いしづきで足を払う。


「せい!」


 転倒したオークの脳天に、括り付けた斧を振り下ろした。


「何見てる? 次行くぞ」


「いえ、斧槍もカッコイイなと思って」


「なかなか趣味がいいじゃねぇか」


 ローパルさんは軽く微笑みながら次の獲物へ向かう。僕も追随ついずいすると、前方にいたオークが反応して向かってくる。


「グルル!!」


 オークが手に持った剣を斬り下げて攻撃する寸前に、ローパルさんが斧槍の鉾先ほこさきと斧刃のあいだで受け止める。しかし、ひもが切れる音がして、くくり付けていた斧刃が取れてしまった。


「ッチ。予想はしてたけど使えねぇ」


 迫り来る剣を槍の柄で受け止める。僕はかつぎ構えから足を狙って斜めに斬り付ける。足の骨にまで到達した感触を手で感じると、素早く引き抜いてから腰を狙って突き刺す。


「イダイィ!」


 オークが片膝を突く、その隙にローパルさんが槍で胸を一突きした。口から赤黒い血を吹き出しながら地面に倒れていった。


闘豚族オークって喋れるんですね」


「え? ――あぁ、聞き取りづらいけどな。にくいか?」


 少し考えてから答える。


「いえ何も感じません」


 手に付いた血を見ても何感じなかった。


「……そうか」


 その時に湿しめった破砕音はさいおんが聞こえた。そっちを見ると、ミリアムがトロールの腕を殴りいでいた。


相変あいかわらず何でもありだな。俺達も掃除しにいくぞ」


「はい」


 オークの残りは六体。人獣族の方も六人で応戦していたが、オークの中に一体だけ鎧を着ている奴がいて、そいつに苦戦しているみたいだった。


「次の目標はアレだな」


「横から行きます」


「ああ」


 僕達の接近に鎧を着たオークが気づき、それを守るようにもう一体のオークが前に出る。


 オークの攻撃をローパルさんが槍の石突でらすと、そのまま石突を鳩尾みぞおちに叩き込んだ。僕は天構えから剣を振り下ろすと、オークが腕をかかげて受け止めた。


(また骨に邪魔された)


 鍛え方が足りないのか何時いつも骨で刃が止まってしまう。このまま押し切ろうか、引こうか考えていると近くに鎧を着たオークが来ていた。このオークは鉄製の半板金鎧ハーフプレートを装備して鉄の剣に、木製の円盾ラウンドシールドふちを鉄で補強した盾を持っていた。


「俺がやる、早く来いよ」


 うなずきながら剣を引いて下がる、オークが剣で払ってきたからだ。その間にローパルさんは鎧を着たオークと戦っている。


 オークは剣を頭上で旋回させてから横薙ぎに払ってくる、それを見て吊り構えに構えてから剣の平に手を当てる。


「っ!」


 攻撃を受けて一歩下がる、手に感じた痺れを払うように手を振ってから正眼に構え直す。


「グウゥ!」


 敵が突っ込みながら剣を振る。自分の背中に剣の平を当てるように身を守りながら攻撃をくぐり抜ける。さらに一歩踏込んでから、背中に斬り付ける。一呼吸おいてから斬り上げて、さらにもう一撃を加える。


「グ、ルゥゥ……」


 オークは突っ伏して動かなくなった。


 ローパルさんへ視線を向けると、かなり苦戦しているみたいだ。鉾先ほこさきでの攻撃や、流れるように続ける石突での攻撃も、盾や剣にはばまれていた。


 魔力をめぐらせてから戦いに参加する。


 ローパルさんの刺突しとつを避けた隙を狙って斬りかかるが、盾で受け止められた。ぐに上から下へ反時計回りに斬り付けようとするが、その前に顔を盾で押されて数歩下がる。それを見たローパルさんが踏込みながら刺突しとつを繰り出すが、オークはそれをたくみに避けて剣を槍に振り下ろした。


「くそ!」


 槍を中ほどから折られたローパルさんの顔を盾で強打する。さらに剣で斬り裂こうとするが、ローパルさんは腕を交差させてしのいだ。


 その隙に僕はの構えから剣を振り上げる。が、鎧にはばまれる。離れながら右手を前に出す。


手火ファイア!」


 手から火が放射されオークの顔を焼く。直ぐに盾をかかげてふせぐのを確認してから、半剣持ち角構えに構える。そこからの逆撃ぎゃくげき。逆に持った剣を振り下げてオークの首につばを引っ掛けてから引く。前のめりになったオークの背後に回るように移動してから脇腹に向けて逆撃をおこなう。


「グガァァ!!」


 鉄の鎧がつぶれる。さらに振り下ろすように逆撃をすると、オークが盾で防ぐ。同じように盾につばを引っ掛けてから引く、ふたたび前のめりになったオークに対して柄頭つかがしらで顔面を突く。少しずれて眼球に柄頭が入り込んだ。


「ガアァァァ!!」


 引き抜くと、オークは目を押さえながらうずくまった。剣を両手で握り、剣先を首に向かって突き下ろす。手には首の肉を突き抜けて、地面を刺した感覚がした。そのままひねって止めを刺す。


「ハァ……ハァ……」


 呼吸を整えていると「ズゥーン!」と音がした、そっちを見るとミリアムがガッツポーズを決めていた。どうやら勝ったみたいだ。見たかったな。


 後ろを見るとローパルさんが僕に向かって親指を立てていた。僕も親指を立て返しておく。


「よくやったな坊主」


「いえ、ローパルさんが居なかったら勝てなかったです」


謙遜けんそんすんなよ」


「カイムーー! こっち来てくれ!!」


 横転した馬車の辺りでリィデットさんに呼ばれたみたいだ。


「今行きます!」


 走って近づいていくと、四人の負傷した人獣族が寝かされている。


「二人は大丈夫だが、もう二人は傷が深い。それと、そのうちの一人は呼吸が乱れてる。出来るところまででいいから、魔法を頼む」


「はい」


 まずは自分の心を落ち着かせるために目を閉じて魔力循環を始める。魔力をめぐらせて呼吸の荒い負傷者の一人に手をかざす。


休息鎮静レストヒール


 休息鎮静レストヒールは一級の治癒魔法で、乱れた呼吸や興奮した状態を落ち着かせる魔法だ。過度の戦闘や訓練などでつらい時にこの魔法を使うと辛さが消える。ただ、体力や精神力を回復させるわけでは無いから疲労は溜まったままだ。


「ハァ! ハァ、ハァ。ハァ……ハァ……」


 徐々(じょじょ)に落ち着いてきたみたいだ、次は深く傷ついた傷口を見てから魔法を唱える。


簡易治癒ファストエイド


 簡易治癒ファストエイドは浅い傷を治す魔法で、深い傷には効果がほとんど無い。時間をかけて魔法をかければ出血は止められる、安静にしていないと直ぐに出血してしまうけど……。


 魔力を途切れさせないように集中して手の平に送っていく。流れ出る血の量は少なくなってきた。その間にリィデットさんは他の負傷者に簡単な応急手当をほどこしていく。


 少しひたいに汗が出てきた頃には出血を止める事ができた。もう一人にも続けて魔法を使い続ける。


「お、終わりました……」


 疲れた。途中で汗に気を取られて魔法が途切れるところだった。


(やっぱり治癒魔法の腕前が上がってる?)


 少し前までの自分だったら出血を止める事が出来なかったと思う。なんせ、かすり傷治すのにも時間が掛かっていたんだから。


「ご苦労さん。助かったよ、俺は薬師でこういうのは専門じゃないからな」


 リィデットさんはねぎらうように肩を叩いた。




「さて、エルミア。話を聞きたいんだけどいい?」


 ミリアムに事情を聞かれたエルミアさんは、精樹の村の住民で村長の孫だ。肌の色は白くなめらかで、薄い金髪に薄い水色の瞳に長耳族エルフの特徴であるとがった耳。身長は僕より少しだけ低い154センチ。あと鷲掴みに出来るほどデカイ……。


「んぐ! んぐっ! んぐ! んぐっ!!」


 エルミアは目をミリアムに向けて必死に水を飲んでいる。喋るよりも、今は飲むのを優先したいみたいだ。


「はぶぅ!」


 ミリアムに「ペシ」っと頭を叩かれて、口から水を垂れ流した。ちょっとかかった……ぺろ。


「ひ、ひどです~ミリアムさん~こんな可愛い少女を――」


 演技かかったように、両腕を組むように胸を押し上げながら、ちょっと首をかしげて上目遣うわめづかいに見る。


「「「ッチ!!」」」


「おい、ぶりっ子。いいから喋ろ」


(見た目が可愛いいのに、演技が入り過ぎてて村でもこんな扱いだったなそういえば)


 まぁ、押し上げられた部分には注目しちゃうけどね。


「ヒッ! い、いま喋りますから! まって! 鼻に指入れないで!? フックしないでぇぇ~~!」


 鼻フックを受けて地面で、びくんびくん痙攣けいれんしている、ぶりっ子をながめながら話を聞く。――なんでほうけた顔してるんだ……。


「ぁ、あひ。……話すも何も、私達は村を取り戻す為に来たんですよぉ~」


「そうか、だがお前はいらん」


「そ、そんな! で、でも感じちゃ――!?」


 ミリアムに冷たい目で見られてから再び鼻フックされて足をぷらぷらさせていた。


 もう変態は放っておいて、他の人の話を聞いてみた。


 エリレオ都市へ向かう途中に村がどうなっているのか、遠くから見て来たそうだ。精樹の村は獣人族の旗がかかげられていたが、闘豚族オークや他の獣人族は少数しか居なかったらしい、数で言えば三十程とも言っていた。


「それならぐに取り戻せるな!」


 顔色の良くなったリィデットさんが嬉しそうに言った。


「いや、それが北西の森。正式名称はエリレオ南東の森だったか。そこの森に拠点をきずいてる」


「それを探ろうとして、襲われたってこと?」


「そうだ。だが、助かったよ」


 リィデットさんが僕とミリアムの顔を見る。


「これからどうする?」


 ミリアムは鼻の頭をきながら考えている。


「うぅ~ん。怪我人もいるし、一旦帰ろうか?」


「そうだな、賛成だ。なら早いとこ、潰れた馬車の荷物詰め込んで帰るぞ」


 いそいそと皆で荷物を入れてから二台の馬車で出発する。



 ~~~



 あれから同じ日数をかけてエリレオ都市に戻ってきた。今は、掲示板にられていた依頼を達成するために、闘豚族オークの右耳や巨鈍族トロールの親指を持って冒険者組合へ来ている。


 トロールの親指は異様に幅が広いのが特徴で、討伐した証明として持ってくる部位らしい。他にもオークが持っていた装備品や火葬した人達の遺品を持って来た。


「はい、今から査定しますので、隣のカウンターへ荷物をお願いします」


 後ろ髪を御団子にした可愛らしいお姉さんが奥へ下がって行くと、持って来たものを査定する鑑定士が荷物を受け取りに来た。


 荷物を置きながら、鑑定士に説明していく。


「ん? 結構あるな。闘豚族オークの右耳が十八個に、巨鈍族トロールの親指が一本。……後は、遺品か。君たちの知り合いか?」


「いや。知り合いじゃないね。たぶんここの住民だと思うよ」


 鑑定士の質問にミリアムが答える。服以外に鎧などの武具が見当たらなかったから多分、この都市の住民だろう。


「そうか。冒険者組合が責任をもって遺族を見つけておく」


 そう言って遺品を仕舞しまいながら、鑑定を始める。


「ん、全部本物だね。闘豚族オークの右耳が全部で、銀貨五枚と小銀貨四枚。巨鈍族トロールの親指で小金貨二枚。持って来た武器は状態が悪いね、手数料引いて、銀貨二枚。あと、遺品を持って来てくれたのに感謝のしるしで、小銀貨一枚だ。はいよ」


 鑑定士の人はそう言って、目の前でお金を積み上げる。


 全部で、小金貨二枚、銀貨七枚、小銀貨五枚だ。


「じゃぁ渡して」


 鑑定士が手を差し出す。


「ん?」


「カイム、冒険者証だよ。――オープン・ミリアム」


「オープン・カイム」


 二つの冒険者証を受け取って何かの機械に入れると、それを操作し始める。


「今、功績を冒険者証と、冒険者組合の記録に書いてるんだよ」


「へぇ~。便利ですね」


 綺麗な紙の束に、冒険者組合用に記録を書いていく。


(この冒険者証だけ特殊なのか)


「はい、おまちどうさま」


 冒険者証を受け取ると、ミリアムと一緒に宿へ帰る。




 宿屋の食堂には最初とは変わって人数が増えていた。最初六人しかいなかった仲間が、僕達が村の様子を見に行っている間に少し増え、さらにエルミア達を助けた事で、今は全員で二十人にまでなった。


「おう! 帰ってきたなミリアムにカイム!!」


 食堂に居た仲間は顔を赤くして出来上がっていた。早すぎるだろ、アンタら。


「もう酔っぱらってるのかお前ら!?」


「「「おぉ~~!!」」」


 酒をグビグビと飲みながら陽気に返事をする。


「さて、これからの事を話すよ!」


 その言葉を聞いて、皆が真剣な表情になる。


「あたし達には、仲間は増えたが、金が無い!」


「「「そうだ! そうだ!」」」


 落ち着けお前ら。はしゃぐな。


「今から、都市に残って金策と情報収集する班と、森にこもって獣人族を倒しながら村を開放する班に分けるよ。金が無いから宿に大人数で止まれないからね~。どっちの班がいいか早く決めてね」


「わ、わたしは~お、おさけを、飲んでいたいですぅぅ~! ――ぐべ!」


「すぱっこーーん!」といい音を響かせながらエルミアが沈んだ。


「エルミアは森に入る班を希望した! 他は?」


 ミリアムは赤くなった手をぷらぷらしながら聞く。


 他の仲間はすっかり酔いが醒めて、早々(そうそう)に班を決めて行った。やっぱり村を取り戻す為に集まった仲間だから、森籠りの班の人数が多くなる。もっとも、宿に泊まって活動する班の定員が四人までって理由もあるけどね。


 僕は最初からミリアムの隣に居て、森籠りの班に入る意志をしめしている。


 都市に残る情報収集班は、リイリカお姉さんを班長に他三名。前に、大怪我をした二人がこの中に入っている。リイリカお姉さんがいないなんて、僕の目の保養が……。


 森籠もりごもり班は、その他十六名。


 出発は明日。本格的に、村を取り戻すための戦いが始まる。


「カイム。早々にリタイアするなよ!」


「馬車で弱ってる奴に言われたくは無いよな?」


「はははは。皆で生き残ろうね」


「そうだね」


 今日はどんちゃん騒ぎをしながら夜がけて行った。




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