第14話 冒険者(仮)と前途多難
軽い振動を体で感じながら僕は荷馬車の御車台に座っている。
「……」
「パッカパッカ」とリズミカルな音を聴きながら澄み切った青空を眺めていた。
燦燦と輝く二つの太陽に、何処までも広がる雲のない青い空。視界を落とすと周りには見渡す限りの草原が広がっている。
精樹の村からエリレオ都市までは、馬車での旅で凡そ十三日から十五日かかる。そして今日は馬車旅十四日目。
「そろそろだねカイム」
御車台の隣でミリアムがそう言って顎で場所を指した。
その方向を見ると、遠くの方に城壁に囲まれた大きな町と風車が見えてきた。
「……風車?」
「そう、この町。いや、この都市は農業と風車で有名なんだよ。ただ、小麦や大麦ばっかりで御米が無いのが残念だけどね~」
心底残念そうにするミリアムに僕は笑いかける。
「僕も御米が食べられないのは残念だな」
ミリアムは僕の顔を見て、何とも言えない表情になる。この旅を通して気づいたんだけど、僕が笑うとミリアムはもちろん、他の人達も何か言いたそうな表情をしたり目を背けたりする。何なんだろ? そんなツッコミたくなるような顔してるんだろうか?
視線を道の先へ戻すと、農作業に勤しむ人達の姿がハッキリと見れるようになってきた。さらに先を見ると、城壁の前に人だかりが出来ていた。
「みんな並んでるの?」
「う~ん。入場制限でもやってるのかね?」
頑丈そうな門の前に並んでいる列に僕達も加わる。
遠くの方から「次!」と呼ばれる声が聞こえると列が先に前に進んでいく。かれこれ何十分も待った後に順番が回ってきた。
「次!」
呼ばれて馬車を進ませると。鎧を着た衛兵に手で止まれと合図される。
「ん、人獣族か。――君は住民か? それとも商人か?」
「いや、違うよ。少し滞在するだけ」
ミリアムが手をひらひらさせながら答える。
「そうか。規則で荷物を調べる事になっている。それと、滞在の目的と期間は?」
衛兵は質問しながら他の衛兵に手で指示を送って荷馬車の検査を始めていた。
「傭兵を雇おうとこの都市に来たんだよ。滞在は……傭兵が見つかって準備が終わるまで。未定って事だね~」
「そうか。今、傭兵はこの都市に腐るほど居るが有能なのは少ないぞ。大抵は酒場で飲んだくれてるだけだからな」
「隊長! 荷物検査終わりました! 不審物や税の掛かる物はありません!」
荷物を調べていた衛兵が報告すると僕達に対応していた衛兵が返事を返す。
「分かった! それじゃ都市に入るのに小銀貨五枚。六人で銀貨三枚だ」
「はいよ~」
ミリアムは懐から銀貨を出して衛兵に渡すと、衛兵は六枚の紙を渡してきた。
「この紙で一ヶ月間は滞在出来る。それを過ぎたら必ず役場に行って更新してくれ。それと、有効期限が切れるまでは都市の出入りに金はかからんからな。有効期限が切れた状態で滞在しているのが分かったら、罰金と最悪の場合投獄されるのは知っているな?」
「大丈夫。分かってるよ~」
「それじゃ、エリレオ都市へようこそ。もう入って良いぞ」
その言葉をうけてミリアムは馬車を進ませる。横並びでも馬車三台は余裕で通過出来そうな大きな門を通り抜けると、人や建物が犇く大通りに出た。
右を見れば西洋風な木造二階建ての宿屋や酒場が。左を見れば武器屋や防具屋、鍛冶屋に薬屋と冒険者向けの建物が並んでいる。ハッキリ言って精樹の村とは何もかも規模が違う。人々の活気が溢れ、軒先にある商品を見ても、初めて見る物ばかりだ。
「凄い場所だね」
「そりゃ、バストニア王国で第二の都市と言われるほど大きいからね~」
「ま……まだつかないのか?」
リィデットさんが死にそうな青い顔をして這いずって来た。この人、馬車が大の苦手で道中はずっと突っ伏したままだった。ちなみにミリアムはそれを見て笑ってた。……可愛そうに。
「着いたは着いたけど、厩がある宿屋探すからもうちょっと待ってて」
「なるべく早く……ウップ」
言葉途中で馬車の奥へ戻っていってしまった。奥では他の人獣族から「待って! もう少しだから!」「お、おい! 吐くなよ!吐くなよ!」「待て! もう少しで降りれるから! 町ん中で吐かれても困るから!?」とか「あ゛あ゛あ゛ああぁぁ……」とか聞こえてきたけど、僕の座っている場所は平和だ。
それから少ししてから宿屋の裏に厩がある場所に宿泊先を決めた。少し高級そうな三階建ての宿屋で、一階は食堂になっている。既に手遅れになっている馬車と馬を預けてから泊まる手続きをする。
「いらっしゃいませ! 六名様ですね? ご利用はお食事でしょうか? お泊りでしょうか?」
「食事付きの宿泊でお願い」
「はい、かしこまりました。部屋割りはどう致しましょうか? あいにく六名様分の一人部屋は空いておりませんので二人部屋か三人部屋でのご案内となります」
「う~ん。じゃぁ二人部屋で。――カイムはあたしと一緒ね。ゲロ吐きとは一緒にいたくないから」
後ろから「おい! だれがゲロ吐きだ!?」とか「「「オメェーだよ!?」」」とか「こんな臭い奴と一緒はヤダ!!」とか「ジャンケンで決めるぞ!!」とか言ってジャンケン大会が始まっていた。仲良いなあんたら。ってかジャンケンあるのか。
受付のおねーさんは困った顔をしながらもしっかり接客してくれた。
「はい。それでは二人部屋を三部屋でお食事付きですね?」
「そそ。あ、馬と馬車預けてるから」
「はい、承っております。食事付きの二人部屋を三室で銀貨一枚と小銀貨二枚、厩の使用で一日小銀貨二枚。合計銀貨一枚と小銀貨四枚になります」
「食事は夜?」
「はい。夜に日替わり定食を。それと宿泊中に食堂で注文して頂くと、パンとスープが無料で付いてきます」
「わかった。それじゃ五日分で銀貨七枚ね」
ポンとお金を渡すと宿の奥から小さい女の子が来た。
「それでは、おへやにごあんないしましゅ――します」
すこし緊張してる七歳くらいの女の子に部屋に案内される。
「みんな荷物置いたら、食堂に集まっといてね」
「はいよ」
「あ、ゲロは口濯いでから来てね」
ミリアムはそう言って僕と一緒に部屋に入っていく。後ろでは何時も通りに「ゲロ!? ゲロって俺の事か!?」とか「おめぇ以外に誰がいんだよ」とか「心が折れそうだ」とか聞こえてきたが無視して部屋に入る。
部屋の中ではミリアムが荷物を置いて整理を始めていた。僕も床に荷物を置いてから中身の整理を始める。もっとも、あの日からのままで荷物何て無いんだけど。
荷物からミリアムに渡されていた革の脛当に、切り裂かれて使い物にならない革の手袋付きの手甲。腰に吊るしていた水の入った皮袋を床に置く。これは水筒として使っていたんだけど、皮の袋は中に入った水分が表面から、少しずつ出ていくから他の荷物と一緒に入れると少し湿ってしまう。それと何となく皮の味がして気持ち悪かった。
他にも、リィデットさんから補充してもらった投げナイフを腰から外して机に並べる。それと、初めから持っていたナイフやローディーさんや他の人達からの贈り物である鉄製の剣はあの場所に置いてきたままだし、弓はいつの間にか無くなっていた。
最後に首から下がっている木製の首飾りと一緒に下げた指輪を撫でる。
(これだけ……)
そう、本当にこれだけ。
「準備出来た? 防犯の為に少し高い宿屋に泊ったけど、一応大切なものは身に着けといてね」
僕は首飾りを撫でながら頷いた。ミリアムは何か言いたそうな顔をしていたけど、
「じゃぁ……食堂へ行こうか」
と言って手招きした。
階段を下って食堂へ向かう。食堂にはカウンター席と幾つもの大きな机が並べられていた、大体四十人は入れそうなほどの広さだ。食事の時間帯ではないからお客さんは僕たちの仲間だけ。席を取って待ってくれていた仲間の許へ向かう。
「それじゃ、早速作戦会議といきましょうか!」
皆で返事をしながらミリアムに話の続きを促す。
「まずは、あたしが冒険者組合に預けた貯金の確認。少なくても大金貨三枚以上あったはずだから、それを資金に傭兵を集める。次は冒険者組合で団体名の登録。これはあたしとカイムでやっておくから。他の人にやっておいてほしいのは使えそうな傭兵を紹介してくれるところを探しておいて」
「大金貨が三枚以上か……凄いなミリアム! これなら援助金を当てにしなくても何とかなるぞ!」
皆が色めき立つ。都市で暮らす人の平均年収が金貨三枚ほど、それが三十枚も合わさった大金貨三枚も貯金しているなんて凄いな。
「でも、傭兵や今後の活動を考えると無駄遣いは出来ない。有能そうなの見つけといてくれよ~」
「まかせろ! よさそうなのを見繕ってくるからな!」
「早速行動しようか、再集合は夜に此処で」
ミリアムの号令で二人一組になって活動を開始する。
「カイム行くよ」
「はい」
僕とミリアムは宿屋を出て冒険者組合へ向かう。ミリアムは迷いなく道を進みながら、たまに首を傾げる。
「この都市に来たことあるんですか?」
「昔にね。少し様子が変わってるけど組合の場所は覚えてるから大丈夫だよ」
大道りをひたすら歩いてから道を曲がると大きな建物が視界に入った。外見は木と石材を使った三階建てのログハウス。軒先には人の横顔に交差するように剣と杖を象った大きな木製の看板があった。
大きな扉を押し開けて中に入ると、明らかに一般人ではない人で溢れかえっていた。重そうな鎧に剣を担ぐ人、軽装に槍を持つ人、ローブを着た魔法使いっぽい人、見た目からして駆け出しの冒険者や、出稼ぎに来たのか普段着に剣だけの人、ムキムキの筋肉を見せびらかすように上半身裸の変態は見なかったことにしても色んな人がいる。ただ、殆どが人族で他の種族は少ない。
キョロキョロと見ながらミリアムに付いて行くと、冒険者だと思われる人達が並んでいる受付とは別の方向にある受付で止まった。
「ようこそ冒険者銀行へ。ご用件は何でしょうか?」
昔は冒険者だったであろう体格のいい男の人が、白い歯を見せながら用件を聞いてきた。
ミリアムは懐から何かのプレートを出しながら呪文を唱える。
「オープン・ミリアム」
小さなプレートを受付に渡しながら用件を口にする。あれは証明書か何かなのかな?
「はい、これ。お金の引き出しね。幾ら入ってる?」
男の人はプレートを受け取りながら、プレートとミリアムを交互に見た。
「はい。上級冒険者のミリアム様ですね。銀行には金貨三枚と小金貨六枚があります。幾ら引き出しますか?」
「「!?!?」」
今なんと? 金貨三枚と聞いたような?
「え? 金貨? 大金貨を預けてなかった!?」
「え~と……。四年ほど前に一度引き出してますね。その時点で大金貨一枚の貯金でしたが」
何か考えるように、顎に指を押しつけながら口を開けて天井を見ていたミリアムが「ポン」と手を叩いた。
「あぁ! 使った使った! 思い出したよ!」
何か嬉しそうにはしゃぐミリアムをジト目で見といた。
「それで、引き出しはどうしますか?」
「全額出して。あと、金貨二枚は小金貨に両替しておいてね」
「はい、かしこまりました。用意しますので暫くお待ちください」
男の人は受付の奥へ向かってお金を準備し始めた。
「ミリアム……どういうこと?」
「はっはははは。いや、思ったよりも少なかった……そういえば昔にあれ買うのに貯金下ろしたな」
最後の言葉はボソボソ言ってたけど、無駄遣いしたんだろうな。
「お待たせしました」
男の人が戻ってくると、お金の入った袋を渡してきた。ミリアムはお金を受け取ると、別の受付に行って並び始める。
「冒険者組合へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
今度は若い女性の受付が用件を聞いてくる。ミリアムは呪文を唱えて先ほどと同じようにプレートを差し出した。
「団体名の登録に来たんだ。『精樹村の自警団』で登録お願い」
「はい、分かりました。では銀貨一枚と、この羊皮紙に、所属する方のお名前と冒険者証をお願いします」
「他の人の冒険者証は後で、今は仮登録にしときます」
「はい、分かりました。明日の夜までに必ず参加する方の冒険者証を提示して下さい。間に合わなかった場合は仮登録している方が外されますので」
「は~い。明日には来ます」
そう言いながらミリアムがさらさらと書き進めていくのを眺める。暇だから受付の人に質問してみよう。
「冒険者って誰でもなれるんですか?」
「はい。成人を迎えた人であれば、制限はありませんので何方でもなれます」
「冒険者の実力はどうやって知るんですか?」
「はい、冒険者は登録した時に見習いの称号がもらえます。功績を積むごとに見習いから下級冒険者、中級、上級、最上級と上がっていきます。冒険者が持つ冒険者証に記載されているので、見れば分かるようになっていますよ」
「個人を特定するのが冒険者証だけだと悪用されないの?」
「冒険者証には『オープン』の呪文の後に所有者の名前を続けます。所有者以外が呪文を唱えても冒険者証は反応しないので悪用されることは無いですね」
凄く便利な道具だな。成人になったら僕も取ろうかな。
「あ、カイムも冒険者登録しときな」
「え? いま未成年はダメって言ってたよ」
先輩冒険者なんだから知っとこうよ。
「正式登録は成人からだけど、仮登録なら未成年でも大丈夫だよ」
「はい、十二歳から仮登録が出来ます。但し、どんなに功績を上げても【見習い】止まりです。十五歳で正式登録になった際に功績が下級に届いていれば、自動的に上がりますが、どんなに功績を上げても下級以上には上がりません。最後に登録料として銀貨一枚が必要です」
成る程。例え仮登録時に最上級冒険者になれるほどの功績を上げていても、仮登録から正式登録に移った時には下級冒険者として出発するのか。逆に下級冒険者に届かない功績だった場合は、見習い冒険者のままなんだね。
「では、こちらにお名前と年齢。その他の項目の記入をお願いします」
形の整った羊皮紙を渡されて記入を始める。
項目は男か女か。……ん? 間がやけに空いてるな……気にしないでおこう。他は年齢とか出身地ぐらいで単純なものだった。
「おね~さん。お金を預けたりするのは冒険者じゃないと出来ないんですか?」
気になったので聞いてみる。冒険者しか預けられないなら他の人はどうしてるんだろうか?
「冒険者銀行でしたら仮登録者様も含めて冒険者様のみ使用できます。ですが銀行自体は銀行組合が運営していますので、銀行組合が運営している銀行でしたら何処でも使用できます」
「冒険者じゃない人には一般向けの銀行があるって事?」
「はい、大抵は役場に一般向けの銀行があります。他にも鍛冶組合などの他の組合にも銀行が入っていますが、組合員以外は使えません」
一つに纏めた方が楽な気がするけど、何か理由があるのかな?
「はい、書き終わりました」
「あたしも、終わった~」
受付の若い女性に提出して、仮冒険者証を貰った。
「では、仮冒険者証に魔力と音声登録を行いますので。オープンの次にご自分のお名前を唱えて下さい」
「えっと……オープン・カイム」
手に持って呪文を唱えると、名前だけしか書かれていなかった仮冒険者証から文字が浮かび上がる。先程記入した個人情報の他には、功績数と精樹村の自警団と書かれた所属している団体名、最後に見習い冒険者(仮)と書かれていた。
「これで大丈夫ですか?」
「はい、登録が済みました。もし紛失して再発行する場合は小金貨一枚が必要になりますのでご注意下さい。では、団体登録と冒険者登録で銀貨二枚となります」
「はいよ~」
あれ? 魔法使えないミリアムでも呪文を唱えれば冒険者証を開けるのか。そういえば魔力は魔法が使えない人でも必ずあるって教えてもらったな。
「銀貨二枚、ちょうど受け取りました。またのお越しをお待ちしております」
用事も済んだので、そそくさと帰ろうと思ったけど、ミリアムが大きな掲示板の前に移動して行った。
「どうしたの?」
ミリアムは掲示板に幾つも貼られた羊皮紙を真剣に見詰めていた。僕も下にある羊皮紙を見てみる。
『急募! 白薬草を冒険袋で三袋お願いします。金額は銀貨一枚と小銀貨五枚』
『白くて丸い鳥が逃げちゃった! 捕まえて! 小銀貨三枚』
『大至急! 私の穴の開いた赤い紐パンが風に飛ばされました、洗濯する前だったから早く見つけて! 今ノーパンなの! 報酬は要相談』
『角の生えた子供の人獣族を見かけた者は下記まで報告してくれ、有力情報には金貨一枚だ』
『あちしとダーリンが筋肉と筋肉の攻め合いで汗をかく姿を見ていて――』
「ッビリィィー!」と最後の紙だけ破り捨ててから、これらはみんな依頼が書かれた紙だと判明した。
「破っちゃダメだよ~」
ミリアムに注意されたので紙を広げて見せたら、注意したそばからグシャグシャに丸めてポイ捨てしてた。
「何で依頼の紙を見てるの?」
質問するとミリアムが僕の肩に手を置いて諭すように言った。
「思った以上に金が無いんだよ。村に行く道中でも受けられそうな依頼を探してるんだ」
それを僕はジト目で返す。
「……全部ミリアムの所為だと思います」
「……はい」
しょんぼりしながら俯いてしまった。
「でも、ミリアム先生の御蔭で此処まで来れました、後は皆で頑張りましょう」
「ありがとう、カイム」
ミリアムは腰に手を当ててから羊皮紙を破り取る。おい、破っちゃダメだったんじゃなのかよ!?
「これなら目的に適ってるし、傭兵を雇うお金も手に入る」
手に持った羊皮紙を読んでみる。
『期間は貼り出されている間。エリレオ都市より東に現れた闘豚族の右耳を持って来れば、一つにつき小銀貨三枚の報酬を受け取れます。冒険者組合』
え? 穴あき紐パン……いや、なんでもない。
「へぇ~、いいの見つけましたね」
「へへ~そうだろ~」
鼻を掻きながらミリアムが照れる。
「でも、期間は貼り出されてる間って書いてあって、今破り取っちゃってますけど?」
それを聞いたミリアムがいそいそと貼り直す。それから別の紙を破って見せてきた。だから破るなって……。
「これも直ぐに大金が手に入るからいいかも」
見せてきたのは『未確認情報。エリレオ南東の森に巨鈍族が目撃されました。討伐した証を持って来た人には小金貨二枚の報酬を受け取れます。冒険者組合』
トロール……前に【世界の種族】で読んだな。えっと。
巨鈍族。全長は約4メートル。常に体を前に傾けた猫背の状態なので本来よりも低く感じる。体は所々に赤が混じった濃い蝋色に灰色の体毛が生えている。雑食で人間族は勿論、人獣族や亜人族、さらには同族である獣人族でさえ捕食する。
特に恐ろしいのはその鈍さ、物理攻撃や魔法攻撃にも怯むことなく立ち向かっていく。正確には痛みを感じる神経が弱いと考えられている。
「倒せるの? 強そうだけど?」
「一体なら囲めば何とかなるよ」
痛みを殆ど感じずに突っ込んでくるのを想像すると怖いんだけど……。
「さて、ホントは武器屋や防具屋にも寄りたかったけど、金も無いし宿屋に帰るよ~」
「はい」
建物の外に出ると、空はすっかり薄暗くなっていて、数えられないほどの小さな星が輝いていた。僕は時折その空を眺めながらも宿へ戻って行った。
今、僕達は少し騒がしくなってきた宿屋の食堂に座って、頭を悩ませていた。
「全財産が金貨四枚、小金貨七枚、銀貨と小銀貨が四枚、銅貨が五枚……」
リィデットさんがボソっと言う。
このお金は、ミリアムの貯金に仲間が持っていたお金を足した合計だ。ちなみに僕は一枚の小銅貨も持っていない……。
「こりゃ……早くしないと持たねぇな……」
リィデットさんよりもさらに日に焼けた肌で、ムキムキの筋肉に兎耳が生えた男の人が続けて言う。この人は精樹の村で八百屋さんをしていた兎人族。リィデットさんとは親友で同じ自警団に所属していた。名前はローパル。
「こんな少ない金じゃぁ、一ヶ月も活動出来ないじゃん!」
元気に叫ぶのは、茶色の狼耳にボサボサの髪。優しそうな顔の狼耳族の男。精樹の村では漁師をやっていた僕の友達で名前はファレン。
「私もお金なんて持ってないのよね」
この綺麗なおねーさんはリイリカさん。栗鼠人族で薄い灰色の髪と瞳、フサフサな尻尾も薄い灰色で先端だけ白に染まっている。元は村長の家で受付をやっていた内の一人だ。そしてミリアム以上に強調される二つの山は目の保養だ。
皆が集まってくれた理由は詮索しない事になっている。人それぞれに思うことがあるからね……。
「取り敢えず、最低限の準備を整えたら依頼をこなしながらお金を稼ぐしかないね」
「その事なんだけど、私戦えないわよ?」
リイリカさんが挙手しながら言ってきた。
「まぁ適材適所があるから、リイリカにはお金の管理と都市に残ってもらって、後から合流する人たちの事をお願いしたいんだけど、いい?」
「確かに私にはそれしか出来ないわね、頑張るわ」
「あと、ファレンも残ってくれる? リイリカ一人じゃ心配だから」
「分かった。だけど、後から来る連中に加わって俺も一緒に行くからな」
ファレンは不服そうな顔をしながらも残ることになった。
「分かってるよ、後から来るって言っていた人が来たら、それに混じって一緒に行こうね」
「冒険者組合の依頼を受けるにしても武器はどうするんだ? 騎士団長が置いて行ってくれた武器は、剣や槍ばっかりで斧槍が無いと戦いづらいんだが?」
ローパルさんは、斧槍術弐段の腕前だから、剣や同じ長柄武器でも槍では本領を発揮できない。
「改造していいよ~。許す」
「……分かった。何とかして見せる」
ローパルさんは一人でブツブツと、どうやって改造しようかと言っていた。八百屋なのに。
「うぐ! うぐ! ぷは~! で、傭兵の方はどうなの? 雇えるお金なんて無いけど」
葡萄酒を美味そうに飲みながらミリアムがリィデットさんに聞いた。
「これ美味いな。――あ? あぁ、探したが良さそうな奴は一人もいなかったな。大抵飲んだくれてるか、どこかに雇われて外でちまちまやってるかだな」
赤いソースがかけられた肉を頬張りながら状況を報告する。ファレンがパンを齧りながら会話に加わる。
「いっそのこと、うちらだけで行かないのか?」
「この野菜うまいぞ!」とか言いながらローパルさんが真剣になって話題から脱線していった。おい八百屋。
それを呆れた表情で横目に見ながらリイリカさんが足を組み直しながら葡萄酒を飲む。
(なんでズボンなんだ!)
「偵察はしてみるべきだね。あの後、村がどうなったのか情報が何にも無いからね~」
「むぐむぐ……。闘豚族が占領したまま居座ってるのか、もうどっか行っちまったのかも分からないからな」
ミリアムの言葉を補うようにリィデットさんが説明を続けた。それを聞いてリイリカさんが提案する。
「そうだ。ヴァーレン要塞を奪還するのに今軍が集結してるみたいなの。先きにこっちを終わらせれば、国からの支援を受けられるんじゃないかしら?」
「リイリカの提案もいいけど、やっぱり村がどうなってるか確認してから決めない? あたし達だけではどうしようもない場合の時には、要塞の方へ協力するって事で」
「俺は構わない」
「俺もだ」
「りょーかい」
「そうね、そうしましょう」
皆、村の様子を確かめてから方針を決めるのに賛成みたいだ。
「カイムは?」
「もちろん。村の様子を見に行こう」
僕も一日でも早く精樹の村の様子が見たい。
「それじゃ。明日は朝一番に冒険者組合で団体登録済ませてから、出発しようか」
それからは皆で晩御飯をたらふく食べてから各々の部屋へ戻って行った。
僕は歯を磨いてから、寝る準備をする。
簡素なベットに腰掛けてから道具の手入れを始める。革の防具を拭いてから、投げナイフを一本一本、携帯用の砥石で砥いでいく。それが終わったら魔法の練習だ。
「……」
何時ものように集中して、体に有る魔力を感じる事から始める。魔力を意識出来たら体に廻らせる、馴染むように何度も何度も。次は魔力を手に集中させながら作りたいものを想像し、創造する。
「具現化する短剣」
僕の手には全長50センチのバゼラードが握られている。具現化する短剣を何度も何度も召喚して研究した結果、短剣とされる範囲は全長50センチまで、と決められていることが分かった。それ以上伸ばそうとしても短剣の規定を外れるのか、絶対に出来なかった。
「……」
あの時に召喚した剣を見詰める。すると後ろから声が掛かった。
「カイム。剣ぐらい買いに行こうか?」
僕はミリアムの言葉を聞きながら、剣を見詰めて少し考える。
「……いや、馬車にジョエル騎士団長が置いて行ってくれた剣があるから。それに、わざわざ柄を両手で使えるように長くしてくれた小剣なんて売ってないよ」
「――そうだね」
「「……」」
「もう寝る?」
「もう少し魔法の練習してから」
「そうか、あたしは先に寝るね」
少しだけ悲しそうな声を出しながら、ミリアムはベットへ入って行った。
「おやすみ」
僕は召喚した剣を自分のベットの上に置いてから、魔力が少なくなるまで何度も召喚した。