第13話 選択と別れ道
◆ヴァレリーView
私は傷付いた体を引きずりながら彼のもとへ行く。
彼は体を小さく埋めながら声を押し殺すように泣いていた。
私も一部始終をこの目に焼き付けていた。出来る事なら一緒に泣いていたいが、そうもいかない……。
顔から零れる涙を拭きながら彼に言う。
「カイム。村に帰るわよ、様子を見に行かなくちゃ……」
「……」
予想はしていたが、返事は返ってこなかった。
それでも彼を連れて村へ帰る。この場所にいても辛いだけだし、なによりも危険だ。もしかしたら他の魔物が中に入ってくるかもしれないのだから。
「……引っ張ってでも連れて行くからね」
彼を立たせてから、言葉通りに、引きずるように連れて行く。
道中ずっと下を向いたまま涙を流していた。足取りも覚束ないが、それでもちゃんと付いて来てくれている。
彼の手を引いて歩いていくと、行きよりもずっと早く洞窟の外に出ることが出来た。既に空は夕闇に染まっていた。
私は彼を馬に乗せて走り出す。
私たちの帰る場所へ。
◆カイムView
「……」
ここは何処だろうか? 導かれるように出された手を握って、今は馬に跨っている。
目に浮かぶあの光景。彼女の発した言葉。
それ以外を考える思考は止まっていた。
「え……どうして?」
縋る様に抱きついていた彼女の背中から聞こえた、戸惑うような声。
僕はその声に反応してゆっくりと顔を上げて、見た。
村が燃えていて、見たこともない旗が立っている光景を。
互いに言葉を失いながら馬を走らせていくと、森の中で隠れるように野営をしている一団に出会った。
それは、僕たちの村から逃げてきた人達だった。
近くに居た自警団員が誰何しようとしていたが、僕達の顔を見て引き下がって行った。
此処にいる人達の雰囲気は暗く、表情はそれぞれ違っていたが、共通して皆が強い恐怖を感じた表情をしていた。
「カイム! ヴァレリー! 無事だったんだね!?」
そこには少し日に焼けた褐色の肌に、茶色の目と髪をもったミリアムが居た。
ミリアムは僕達を見て表情を明るくしたが、直ぐに視線を落として、
「マヤは……いや、なんでもない。君達が無事でよかったよ」
どうしたらいいか分からない様な表情で微笑んだ。
僕はその表情を見て胸が苦しかった。
「あ、あの。村は……」
ヴァレリーの質問に、ミリアムは少し黙ってから答え始める。
「……途中までは良かったんだ。――ただ、村の中央から上がった火を見た人達が混乱し始めて……。
後は村の人を逃がすだけで精一杯だったんだよ」
「逃げた人は此処にいる人だけなんですか?」
「分からない。逃げた人の大半はここにると思うけれど……」
「それと……私の父は……?」
ヴァレリーは覚悟を決めた表情でミリアムに質問した。
「大丈夫。大きな怪我をしているけれど、命に別状はないよ」
「そうですか、よかった」
緊張した表情を解かしながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「そこまで案内するよ。付いて来て」
ミリアムにヴァレリーが付いて行くのを見ていたら、ヴァレリーが近づいてきて腕を引っ張った。
「カイムも行くわよ」
返事をする前に連れて行かれる。
歩いてる間に野営地の様子が嫌でも分かった。
親や子を失って泣き叫ぶ人、必死に親の名前を呼びながら探す子供、暗い表情をしながら座り込む人、重症を負って呻きながら横たわる人。――それは余りにも酷い光景だった。
「……着いたよ」
ミリアムは大きな荷馬車にまで案内した。
荷馬車の中に入ると包帯を巻かれ痛々しい姿のジョエル騎士団長が居た。そして彼は左腕の肘から先を失っていた。
「父さん!」
「無事だったか! よかった!」
父と娘で互いに抱擁した後に僕を見る。
「カイム君も無事でよかったよ。――マヤ様は?」
その何気ない質問に、「ドクン」と僕の胸が鳴る。その言葉を聞いた途端に溢れる想いと、守れなかった事に対する自己嫌悪からの強い吐き気。
直ぐに荷馬車から降りて僕は口の中のものを吐き出した。
「グッ……うぇええ!! う、ぅう……う」
涙と胃の中のものをぶちまけながら蹲る。胃の中を全て出しても吐き気は治らなかった。
追いかけて来たミリアムに無言で背中を撫でられていると、荷馬車からジョエル騎士団長と肩を貸しているヴァレリーが外に出てきた。
「……すまなかった」
本当に申し訳なさそうにジョエル騎士団長は謝ってきた。彼の責任では無い。少なくとも僕はそう思っている。
「いえ、全部僕の所為です」
「いや君の所為ではない」
その言葉に反論しようと顔を上げると、丁度騎士が走ってきた。
「報告します。負傷者の応急処置、及び移動準備が整いました」
「分かった。直ぐに移動する」
ジョエル騎士団長は騎士に命令すると僕達の方へ振り向いて話を続けた。
「この一帯は危険だから直ぐに移動する、この荷馬車に乗りなさい」
ミリアムに立たされてから四人で荷馬車の中に入った。それから間もなくして、村の一団が進み始める。
僕は荷馬車に揺らされながら外を見ていた。耳には他の人の会話が聞こえたが、全てどうでもいい事だ。
◆ミリアムView
荷馬車が動き出してから、あたしは村での事を思い出している。
最初は予想よりも数が多いものの辛うじて押し返せると思っていた。
だけど、そう上手くは運ばなかった。
村の中央で起きた火災。全ての原因はこれに尽きる。
火を見て慌てる村人に。もう中央まで攻められたのかと勘違いして動揺する仲間達。最初はあたしも動揺した。こんなに早く突破されたのかと。でも、自警団長として皆の前では堂々としていなくてはいけなかった。何とか仲間を落ち着かせながら後方を警戒していたが一向に後ろから敵は来なかった。
「ただの火事?」
そう考えた時に伝令が来た。報告は「村長の家で火災」「マヤ様が攫われた」と。
それを聞いた瞬間に走ろうと思ったけど、なんとか我慢できた。早く敵を殴ってマヤを助けに行かなくちゃ。
そして伝令が最後の報告をする。「村の西側が占領された。さらに敵の増援も確認。味方は前線を下げながら、村人の避難を開始せよ。また、ジョエル騎士団長様からミリアム様へ伝言です。『避難する道の確保をお願いする』との事です」
「分かった。避難誘導と道の確保はやるけど、それまで押さえといてって言っといて」
「ハッ!」
それからは数少ない自警団を使って村人を集めてる間に、あたしは東門からの退路を確保するために戦った。退路を確保した後は村の人の避難誘導。だが、敵側も東門を確保しようと執拗に攻めてきた。
少ない味方に多くの敵。何度か退路まで敵の侵入を許したために出た犠牲。見知った顔が、親しかった友達が何人も倒れていった。
あたしが退路を維持し続けていると、最後にジョエル騎士団長達が逃げ遅れた人を助けながら村の外へ出てきた。
村の中ではまだ戦いの音が聞こえていた。彼等は、家族や愛する人を守るために、村に残って犠牲になる事を覚悟した勇者達……。あたし達は彼等の御蔭で逃げることが出来た。
(それで今の現状に至っているんだけど……)
あたしは何時までも外を見ているカイムを見た。マヤの事はカイム達が帰ってきたときに薄々分かっていた。そして彼が吐き気をもようして荷馬車から飛び出した時に確信した。
カイムはマヤに起きたことを全部自分の所為だと考えているみたいだが、それは違う。
(今の姿を見たら、マヤはどう思うんだろう?)
このままだとカイムはダメになるだろう。今の状態を見れば分かる。それにそんな人間を今までに多く見てきた。
それと、私の復讐の為にも。今からやろうとしている事にカイムを巻き込みたい。
あたしの為にも、可愛い弟子の為にも。
だから他の人が聞いたら、反感をくらうであろう提案を彼にする。
◆カイムView
「……カイム」
ミリアムから名前を呼ばれてゆっくりと振り向く。
「さっきまでの話聞いていた?」
話? 確かに何か聞こえていた気がするけれど。頭の中は今、一つの事でいっぱいだ。
静かに首を振ってから、再び外を眺める。
「これからバストニアの首都へ行って一時的に保護してもらうみたいだよ。で、カイムはそれからどうするの?」
(それから? どうする?)
「……わからない」
「その気持ちは分かるけど。それでも考えなきゃダメ。
――カイム。どうするの?」
「…………わからない」
「カイム。こっちを見なさい」
再びゆっくりとミリアムに視線を向けると、真剣な眼差しで僕を見ていた。
「ミリアム。今は止めて」
ヴァレリーが少し怒ったように口を出してきた。
「ヴァレリー。確かに今聞くには早いかもしれない。
でも、言いたくは無いけれど。ヴァレリーと違って私達は人獣族。この国の国民として数えられてはいるけれど、元は自治権を持った村の住民だ。カイムは人獣族では無いけど、国が何時までも保護してくれる訳じゃないんだよ?」
「カイムなら従士に、いえ、騎士にだってなれるわ!」
「例外は有るけれど、従士になれるのは国の国民になって五年以上経ってないといけない。そして精樹の村人は従士になれないと国で決められている。彼に五年もなにをさせるの?」
「……それはカイムが決める事よ」
「今の彼に決められると思う?」
自分の事を話しているのに、僕は他人事のように話を聞いていた。
「……今は無理でも、少し経てば」
「本人の前で言うのも変だけどね。この状態から抜け出すのには何年、もしくは何十年も掛かるし、治らないかもしれない。それに、彼の状況から察すると、このまま平穏に暮らしたら悪化するよ、必ず。騎士団長もそう思っているでしょ?」
ミリアムはジョエル騎士団長に話を振ると、少し考えてから答えた。
「戦いの中で、親しい者や愛する人を失った人を見てきたが、この場合は難しいだろうな。克服出来ないと断言できないが、出来る可能性は低いだろうな、このままいくと……」
「そんな……」
僕は笑って三人に喋りかける。
「みんな酷いよ。僕は平気だよ」
僕は笑って愛想を振りまいているはずなのに。僕の表情を見た三人の反応は、
ジョエル騎士団長は憐れむような表情を向け、
ミリアムはより真剣な顔になり、
ヴァレリーは泣きながら顔を手で押さえた。
(僕は平気なのに……)
「カイム。真剣に、良く考えて。本当にやりたい事は無いの?」
ミリアムに三度目の質問を受けた。
「……やりたいこと?」
「そう、よく考えて」
やりたいこと。僕のやりたい事……。
(分からない。いや、何もやりたくない)
でも、どうして?
それは、彼女が……もう居ないから。
もう、この世界に。彼女がいないなら。
「…………帰りたい」
――そうだ。最初この世界に来たときは元の世界に帰ろうと思った。
僅かにしか思い出せない記憶。それでもきっと大切だったはずの記憶を思い出すために。
それからこの世界で暮らして、新しい思い出が増えていったときに。そして彼女といる生活が楽しくて、その時から帰ろうと考えなくなった。ずっとここで暮らそうと。
だけど、今はただ帰りたい。
「それは村に?」
ミリアムが別の質問をしてくる。
――僕は帰りたい。でも、どこへ?
彼女の居た村へ? それとも元いた世界へ?
今はまだ分からない。ただ――
「帰りたい」
それを聞いて、ミリアムは僕に提案した。
「なら村を取り返す為に戦おう」
「もう止めて!! そんな事にカイムを巻き込まないで!! 戦う意味なんてないでしょ!? 安全な場所で平和に暮らしましょうよ!!」
ヴァレリーは声を荒げて反論した。僕は彼女の必死な叫びに顔を上げる。
「戦う理由?」
ミリアムはヴァレリーの目を強い眼差しで見た。
「あたしはね。復讐したいの」
「そんな事にカイムを巻き込もうとしているの!?」
「――そんな事!?
あたしはね! 旦那を! ローディーを殺されたんだ!!
愛していたあの人を見つけた時に何を思ったと思う!? 『可愛そうに』だ! まるで他人事のように!
あたしは最初、彼が誰なのか分からなかった! 誰だか分からないほどに嬲り殺されていたんだよ!! 復讐しなきゃあたしの気が狂いそうになる!!」
「っ!? それでもカイムを巻き込む理由にはならないわ!」
「カイムはまだ、そこまで考えられないだけ。あと、一ヶ月。いや、何日かすればきっと今よりも強い自己嫌悪に襲われる。脅かされることのない首都で安全な暮らしをするほどに! 横暴な貴族達を見て、平和に暮らす人を見る度に、自分に降りかかった不幸を嫌でも思い出すんだ。それに耐えられる人もいる。だけどあたしの今までの経験から言ってカイムは違う。彼はきっと復讐しなかったことを後悔する」
「あなたの言っていることが正しいとしても、二人で村を取り戻すの!? そんなの出来るわけないじゃない!!」
「そうだよ二人では無理、だからあたし達は【エリレオ都市】に向かう。獣人対策で書き入れ時のあそこなら傭兵が多くいる。それに、この村の人達からも志願する人を集める――
――ジョエル騎士団長。だから下ろしてくれ」
「…………出発したばかりだ。少ししたら野営するからその時にしろ」
「父さん!?」
「すまない感謝するよ」
「カイム! 本当にいいのそれで!?」
僕はよく考えてから自分の思いを口に出した。
「……分からない。だけど、帰りたい。……今はそれしか、やりたいことが無いんだ」
「バカ!! もう知らない! も、もぅ、しらない! ううぅ……ぅぅ」
ヴァレリーは僕を強く睨んでから泣き崩れてしまった。
(本当にどうしたらいいか分からないんだ。ただ、帰りたいだけ。ごめん、ヴァレリー)
僕はヴァレリーを見詰めながら、心配してくれたヴァレリーに心の中で謝った。
あれから少ししか経っていないけど自分でも分かる。
心の何かが壊れかけていることが。
ただ、それが何なのか分からないまま馬車は道を進んでいった。
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村から20キロ程離れた場所で野営の準備を始めた。その間にミリアムは早速仲間を集めようと村の人達に声を掛けていた。
此処まで逃げてこれた村の人は百十人程。村の人口が四百に近い数だったから単純に四分の一にまで減ってしまっている。別方向へ逃げた人や、途中で別の町や村へ行った人も含めても、二百人は居ないだろうって話だった。
「……」
僕は少し高い丘を歩きながら彼らを眺める。本当は手伝おうとしたんだけど、止められてしまった。余った時間を使って消毒の匂いがするテントへ入っていく。
「ミーレル入るよ?」
木の板だけで仕切られている部屋の一つに入ると、体中を包帯で巻かれているミーレルが居た。
「また会えてよかった」
「僕も会えてよかった」
消毒の香りでは隠し切れなかった血の匂いを嗅ぎながら尋ねる。
「怪我は大丈夫なの?」
僕の顔を真っ直ぐに見詰めてから口を開く。
「……大丈夫。首都に行って大きい病院に行けば大丈夫だって」
良かった。ミーレルの事が心配で少し迷っていたから。
「生活は? 大丈夫なの?」
「……それも大丈夫。首都に親戚の人がいるらしくてそこでお世話になるの」
「そうか、良かった」
「「……」」
それから少しの沈黙。でもミーレルにお別れの言葉を言うしかない。
「実は、ミリアムと一緒に村を取り戻す事にしたんだ……」
「それで?」
なかなか次の言葉を言い出せない僕に、ミリアムが続きを促してきた。
「僕は此処でミーレルとお別れしなきゃいけない。出発は明日だけど、今日のうちに言っておきたかったんだ」
「……そう。……復讐のために?」
「正直まだ分からない。復讐のためでもあるんだと思う。でも今は、ただ帰りたいだけなんだ」
「その後はどうするの?」
その後? 僕は村を取り戻した後に何をしたいんだろうか?
「……分からない」
「【きゅうせいしゅのぼうけん】覚えてる?」
「え?」
何か関係あるのかな? 確かに覚えているけど。
「うん。覚えてるけど?」
「カイムのその後は救世主になるために頑張ってね」
「ははは、それは難しいよ。僕みたいな駄目な人間に……」
あんな英雄になれっこない。こんなに弱くて、大切な人を守れなかった僕なんかに……。
「大人向けで少し難しい本にも救世主様の本があるんだけど、救世主様も色々な悩みを抱えていたの。それに小さい頃になるっていったでしょ?」
そういえばそんな事もあったな。懐かしい思い出だ。
「村を取り戻したら考えてみるよ」
少し適当に返事をしたらミーレルは真剣な顔で僕を見詰める。
「約束よ?」
「……大切な人も守れなかった僕なんかには――」
「――カイム来て」
寝た姿勢のままミーレルが腕を伸ばして僕を呼んだ。なぜか分からないけど、吸い込まれるように僕はその胸に顔を埋めた。
「大丈夫。これから強くなるの」
優しく僕の頭を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「カイムは自分のためにも強くならなきゃだめ。もしまたこんな事が起きても、後悔しないように――
――マヤ様も、その姿を見てきっと喜ぶ。だから後悔しないように生きて、カイム」
僕は優しい言葉と手つきに、彼女を思い出して泣いてしまった。心に溜まったものが少しだけ軽くなった気がした。
~~~
翌朝。バストニア首都へ向かう一団を見送るように六人の人が残っていた。この六人は僕も含めて村を取り戻す事に賛同した人達だ。他にも親戚や友人を首都にまで送り届けてから合流する予定の人達もいて、後から合流することになっている。
「それでは、出発する。残しておいた馬車に資金と武具を入れておいた」
ジョエル騎士団長は馬に乗りながら別れの挨拶をしていた。
昨日ミリアムとジョエル騎士団長が話し合った結果、村での戦闘で失った事にして僕達に物資を提供してくれることになった。本当は国に援助を求めようと話していたのだけど、それは難しいかもしれないと結論がついた。
重要な要所にある村だが、それよりも何年も前から占領されて、取り戻せないでいるヴァーレン要塞の奪還に手一杯で、こちらに援助する余裕は無いだろうとの事だ。
「厳しいと思うが、国に精樹の村を取り返す支援を要請してみる」
「色々と迷惑かけてゴメンね」
ミリアムが軽い調子で返事をする。援助が無くても数ヶ月は心配しなくていいと言われた。なんでもミリアムが冒険者時代に貯めたお金が冒険者組合に残っているからそれを使うみたい。逆に言えば数ヶ月、一年以内にどうにかしないといけないって事だ。
「冒険者組合に登録する団体名は『精樹村の自警団』でよかったな?」
「そそ。援助出来るようになったらそこにお願いね」
「分かった。……では達者でな、君達の武運を祈っている」
「今まで有難う御座いました」
僕は頭を下げて、剣の師匠に最後の挨拶をした。
「ああ。また会おうカイム。そのときはもっと強くなっているんだぞ」
ジョエル騎士団長は僕に声を掛けてから、首都へ向かう村の人に向かって叫んだ。
「首都へ向かって出発!!」
何列にもなっていた人の列が次々と進んでいく。その中に馬に跨ったままこっちを見ている人が居た。
「カイム! 本当に良いのね!?」
そこには薄い栗色のショートカットを風に靡かせながら、同じく薄い栗色の瞳で軽く睨むようにヴァレリーが見ていた。
「心配しないで、大丈夫だから」
「ふん! 心配なんかしてないわ! 私が騎士になっても村を取り返せないようなら手伝いに来てあげるから、それまで死なないでね!」
ヴァレリーってツンデレだったの? いや、デレてるのかあれ?
取りあえず手を振っておくと「ふん!」とか言いながら先へ進んでいった。何度も振り返っていたから手を振り続けた。最後には嬉しそうな表情をしていたけど、見間違えだな。
他の人達も見送っていると、最後尾の馬車が近づいてきた。その荷台にはミーレルが寝ながら手を振っていた。
「元気でね! ミーレル!!」
大きい声が出せないのだろう、ミーレルは小さく手を振りながら離れていった。
互いの表情が判らなくなるほどに遠く離れると、青い目から涙を流しながら彼女は小さな声で言った。
「本当は昨日、ミリアムに聞いてたの。カイムが首都に来ない事を……。
今までありがとう。そして――
――さようなら。カイム」