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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第12話 焦燥とありがとう

1/30 タイトルを変更しました。

この話で第一章が終わります。

 今、僕はヴァレリーと一緒に村の中心へ向けて走っている。


 村の中心へ向かうにつれて、戦いの喧騒けんそうは離れていっているが、変わりに物が焼ける匂いが強まっていった。走り続けている僕の目にやっと村の惨状さんじょうが見えてきた。


 三階建ての村長の家は半分ちかくが燃えていて、今は家に残った貴重品の回収をしている様子だった。


「村長さん!」


 荷物にもたかるように座っていた村長に声を掛ける。


「おぉ! カイム! ヴァレリー! 無事だったか!」


「はい、大丈夫です。村長様、これは何があったのですか?」


 ヴァレリーが村長に質問すると、村長はあざの出来た顔を伏してから答え始めた。


「村に入れた隊商が襲ってきたんだ……」


「え?」


 村長の家にはマヤがいるはず。辺りを見渡しても彼女の姿は見えなかった。そして指輪の反応からマヤが近くに居ないことは薄々分かっていた。


「村長さん、マヤは何処に居るんですか?」


「…………」


 村長は答えなかった。何故なぜか答えてくれない事に苛立いらだち始める。


「村長さん!?」


「……今は村の方が重要だ。そっちに人を回すわけにはいかない」


 ハッキリとしない答えに不安がよぎった。人を回せない? なにをいっているんだ……?


「村長が答えないなら……あ、あたしが」


 聞きになれた声の方向を見ると、ミーレルが体中に包帯を巻かれた姿で立っていた。


「ミ、ミーレル!?」


「コラ! ミーレル! お前は歩いてはいかん!!」


 ゆっくりと僕の方へ倒れてくるミーレルを抱き支えると、濃い血の匂いがした。


「ミーレルどうしたんだこの傷は!?」


 青白い顔を向けながら、ミーレルは顔を横に振って話し始める。


「そんな、ことはいいの……」


「いいのって……、血がにじんでるじゃないか!」


 しゃべりにくそうな、つらそうな表情をしながらもミーレルは続ける。


「カイム。よく、聞いて……。マヤ様は、隊商の人達に連れていかれたの……」


「え……。そ、そんな……なんで……」


「きっと酷い事をされる……。お願いカイム、助けに行ってあげて」


 ミーレルは僕にすがる様にお願いしてきた。


「でも、僕だけじゃ……」


 相手は確か十人。僕一人では戦えない、村の協力を……。あぁ、そうか。だから村長は人は回せないって言っていたのか。


 直ぐに助けに行かなきゃ。でも、一人でじゃどうにもならない。第一、僕に人が殺せるんだろうか?

 この状況で殺さないで済む方法なんて無いだろうな。


「……」


 僕は頭を振る。


 こんな事で何ぐだぐだ考えてるんだ。例え僕一人でも助けに行かなきゃいけない。


「ミーレル。マヤは何処どこに連れて行かれたの?」


「……北東の森。きっと車輪の跡が残ってるからそれを追って行けばいい」


「分かった。まずはミーレルの傷を治さないと!」


「カイム、他にも治癒魔法を使える人がいる……。それに速く行かないと、手遅れになる……」


「……分かったよ、行ってくる。ミーレルも気を付けて」


 今の装備を見る。戦いで損耗そんもうした矢は補充してあるから、ほとんど朝の時と同じ状態だ。げんもまだもつだろうし、水も足さなくても平気だろう。問題は、追いつくための足が無いことか。走って間に合うんだろうか? こんな事なら乗馬の練習しておくんだったな。


 走り出そうと、背を向けた瞬間に村長から声が掛かった。


「待てカイム! 追うつもりか!?」


「この村の人が誰も助けに行かなくても。僕は行きます」


「カイム。マヤ様は君が危険になる事は望んでいないぞ!」


 何時いつも彼女の近く居た僕も、そうだろうなとは感じている。でも――


「マヤはそう思うかもしれません。でも、僕はここで彼女を助けに行かなかったら一生後悔します」


 最後にそう言って僕は走り始める。まずは東門へ向かわないと、あそこは戦いになっていなかったはずだけど、今も大丈夫なんだろうか?


 走っていると、後ろから誰かが追ってきている感じがしたので振り向くと、ヴァレリーが付いて来ていた。


「ヴァレリー、君はお父さんの場所へ行くべきだ」


「何言ってるのカイム。私達が受けた命令は、弓を撃った後は好きにしろ。よ」


「いいのか? 生きて帰れる保証なんてないぞ」


「当たり前でしょ。それに私、馬乗れるんだけど必要ない?」


 挑発するような表情でそう言ってきた。確かに徒歩じゃ、やつらに追いつけない。


「分かった。馬に乗せてくれ」


「了解。それじゃ厩舎きゅうしゃに行くわよ」


 今度はヴァレリーを追うように村の中を走って行く。厩舎から馬を一頭選ぶと、荷物を載せてからヴァレリーがまたがった。


「ほら」


 馬の下でオロオロしていたら、手を差し出された。手を握ってヴァレリーの後ろに乗る。本当に乗馬の練習しないとな。


 馬に乗って東門にまで来ると負傷した自警団員が数名居た。他にも助からなかったであろう人に布を被せてあった。


「カイム! ヴァレリー! 生きてたのか!」


 手を振りながら近づいて来たのはリィデットさんだ。


「リィデットさんも大丈夫ですか?」


「あぁ、あのクソ共に斬りつけられたが、さいわ軽症けいしょうで済んだ」


 腕に巻いた包帯を見せながら笑ている。本当に大丈夫みたいでよかった。


「私達はあの人攫ひとさらいを追います。門を開けてください」


「待て。お前たちが追うのか? 俺も行くから獣人族を撃退するまで待ってろ」


「そんなに待っていたら間に合わない、お願いだから開けてリィデット」


 リィデットは一頻ひとしきり僕達を見てから頭をいた。


「確かに、待ってたらどうなるか分かったもんじゃねぇよな。今開けてくる、待ってろ」


 彼は門の上に行くと、他の仲間に指示をして門を開け始める。


「分かってると思うが、門の外には少数だが獣人族が囲んでる。突破するときは気をつけろよ。それとこれを持ってけ」


 投げ渡された袋を受け取ると中身を見る。袋の中には液体の入った小さなの陶器製とうきせいびん貝殻かいがらが入っていた。貝殻?


「青い瓶に入っているのは消毒液、貝殻はふたを開けると傷薬が入ってる、患部かんぶに直接塗る物だ。それと、黄色の瓶には魚の脂が入ってる」


「魚の脂?」


 リィデットは意味ありげに頬笑ほおえんだ。


「その瓶は簡単に割れるくらいに薄く作っている、そしてカイムは火魔法つかえるだろ? 後は自分で考えな」


 さすがにそこまで言えば分かるよ、確かに役に立ちそうだね。


「ありがとうリィデットさん」


「気にすんな。こっちが片付いたら直ぐに向かう、それまで死ぬなよ」


「はい、気を付けて!」


「ああ」


 ヴァレリーが馬の腹を軽く蹴って進み始めると、直ぐ面前には闘豚族オーク子戯族コボルトが待ち構えていた。


「カイム、しっかり掴んでて!」


(どこを――!!)


 馬を強く蹴り襲歩ギャロップで走らせてた。慌ててヴァレリーの体に強く抱きつく、思いのほか細い体に引き締まった体、顔を背中に押しつける姿勢になったせいで彼女の香りがダイレクトに伝わってくる。思わず頬擦ほおずりしてしまう。


「ッ!?」


 ビックリしながらも獣人族の包囲を抜ける事が出来た、今は駆足かけあしで森の方へ向かっている。


「あ、あとで殴るわ」


「わざとじゃないです」


 耳まで真っ赤にしたヴァレリーに抗議してみたけど、信じてくれないだろうな。緊張しっぱなしだったからある程度抜いておかないと。


 後ろを振り返ると、追っては来ていないみたいだ。ただ、北門に溢れていた一部の敵は東門に移動して攻撃の準備をしていた。――みんな、死なないで。



 北東の森へ入るとさらに速度を落として進んで行く。地面にはっすらと車輪の跡が残っていた。


「良かったわ、後が残っていた御蔭おかげで見当違いの場所に行く事わないわね」


 跡を追ってさらに奥へ進んでい行くと、切り立ったがけが見えてきた。


「……カイム、降りるわよ。静かにね」


 ヴァレリーは馬を停止させると、降りるように言ってきた。ゆっくりと彼女の手を借りながら降りると荷物を手渡されてからヴァレリーも降りて身をかがめた。

 ちょいちょいと手招てまねきされてから崖の方へゆびをさした。そっちを見ると崖に大きな穴が開いていて、入り口には荷馬車が置いてあった、二台目の馬車は横転している。さらに荷馬車のまわりには人族ヒューマン闘豚族オークの死体があった。


「此処で襲われて洞窟の中へ逃げ込んだのかしら」


「近づいてみよう」


「ええ」


 馬を隠れやすそうな場所に置いてから、馬車に近づいて行く。人攫ひとさらいの死体は二人だけだ、一人は死んでから少ししか経ってなさそうだが、もう一人の方は結構時間が経っている様子だ、ここで戦う前から殺されていたのか? 確か全員で十人居たはずだから残りは八人だろう。


「この様子だと、闘豚族オークは人攫達を追って中に入ってるわね」


 オークがあいつらを殺してくれるなら嬉しいけど、マヤも危ないだろうな。


「早く中に入りましょう」


「少し待って」


「?」


 集中して魔力を手に集めながら魔法を想像し呪文を唱える。


伝書鳩召喚サモンキャリアピジョン


 丸っこくて小さい鳩を召喚して、村長の元へ飛ばす。村から救援が来やすいように場所を報せるためだ。


「じゃぁ、行こうか」


「そうね、中に敵が居ることは確実だから……躊躇ちゅうちょしちゃダメよ」


「……うん」


 洞窟の入り口に立つと思いのほか奥まで見えた、入り口が大きいから、光が充分にはいってきてるみたいだ。ただし奥の方はやっぱり薄暗い。


「光魔法があれば楽なんだけど……」


 そういえば一級の光魔法には【照らす光(ライトボール)】と言う光を生み出す魔法があったな。使えないからどうしようもないけど。


「ヴァレリーは少し後ろから付いて来て」


「分かったわ、私は弓を構えてるから」


 物音を立てないように慎重に歩きながら、魔力循環をおこなって魔力をめぐらせる。魔力を意識できるようになったら呪文をとなえる。


周囲索敵サーチフィールド


 周囲索敵サーチフィールドは今なら半径7メートルなら感知出来る、洞窟なら役に立つだろ。


 洞窟に入ってから最初の曲がり角に来た、反応は感じられないから敵はいないだろう。ただ、僕の周囲索敵サーチフィールドは完璧じゃないから見落とすこともある。慎重に曲がり角から顔を出して見ると、コボルトが数体倒れていた。魔法に反応が無いって事は死んでいるんだろう。


子戯族コボルトが倒れてたけど、魔法には反応が無い。たぶん、死んでるんだと思うけど一様警戒しておいて」


 ヴァレリーに報告してから先へ進む。やっぱり倒れていたコボルトは死んでいるみたいだ、道の奥を見ると薄暗い通路が一直線に続いていた。


「カイム、松明たいまつが落ちてる」


 松明を拾ってみると、少し血で汚れているが使えそうだ。


「暗くなってきたら使いましょう」


 他に何かないかと探してから先を急ぐ。大人が四人ほど並んで武器を振り回しても大丈夫な程の広さの道を通って行くと、道が三方向へ伸びていた。


「……どっちかしら?」


 一つは薄暗く真っ直ぐに続く道、二つ目は真っ暗で下へ向かう道、三つ目は上に向かう狭い道。


「必死に逃げてる時に狭い道は行かないよね?」


「でも、上に向かってるから外に出られるかもしれないわよ?」


「……」


 うん。どうしようか?


「じゃぁこっちね」


 僕は薄暗くて真っ直ぐに続く道を指さす。


「どうしてそっちにしたの?」


「進みやすそうだから……」


「……まぁ、そうね。進みましょうか」


 下へ向かう真っ暗な道は怖くて行きたくないよね。


 歩く音をかすかに反響はんきょうさせながら道を進んでいくと、遠くから金属音が聞こえてくる。


「どうやらたたっているみたいね」


 先へ進むと大きな広場に出た。ドーム型の広場には下に続く道があり、下も広場になっている。そして下では三人の人攫いと四体オークが戦っていた。


 どう行動しようか悩むな。ここで人攫いに攻撃してたらオークもこっちに気づくだろうし、このまま見ていても残ったどちらかと戦うしかない。状況を見るとオークの方が有利そうだ。


「ちょっと、カイム」


 考え事をしていたらヴァレリーから声が掛かった。


「ホラ、あそこの通路にオークの死体があるわよ。たぶん此処に居ないあの髭面ひげづらの男は先に逃げたんじゃないかしら?」


 さらに奥へ向かう通路の入り口付近には、争った形跡けいせきとオークの死体があった。


「速く行きたいけど、先に此処を片づけよう」


「そうね」


 二人で物陰に隠れながら近づき、弓を構え始める。移動するまでの間にオークが一体倒された。


「どっちを狙う?」


「均等に減らしましょう。私は人攫いを、カイムは闘豚族オークをお願い」


「了解」


 あご下までげんを引きながらオークに狙いをさだめる。ヴァレリーと軽く目配せしてから弦を離した。


 ヴァレリーの矢は人攫いの利き手に刺さり、その隙をオークに突かれて倒された。僕の矢はオークの首元に深く刺さって動きを止めた。ただ、倒した訳では無いみたいだ。


「次は二人で闘豚族オークを狙うわよ」


 二本目の矢をつがえながらヴァレリーが指示する。


「グルルゥウ!」


 二射目にしゃめの矢は最初に矢を受けたオークに当たり倒すことが出来た。残った二人の人攫いと二体のオークは、こちらを警戒しながらも戦い続けている。


「先に闘豚族オークを弱らせてから人攫いの方を片づけるわよ」


 矢を番えて三射目を放つ。オークに命中したのを確認してから、次は人攫いに矢を放つ。一人の人攫いは矢を警戒して避けたものの、避けた先にいたオークによって殺された。二人目の人攫いもオーク二体がかりで攻められて倒された。目の前の敵を倒したオークは次の目標を僕達に変えて向かって来る。


「作戦は?」


 ヴァレリーが、どう戦うかと聞きながらも弦を引く。


「弓で仕留めたら、後は前の時と一緒で」


 僕とヴァレリーは先頭を走っているオークに一射、二射と矢を放って仕留める。最後のオークが迫ってくる。僕は剣を抜きながら冠構かんがまえになって前に出ると、ヴァレリーは敵に回り込むように離れる。


「グオオォォ!」


 オークが目前にまで迫ってきてからの一撃は上段からの振り下ろし。それを左へ避けるように移動しながら、振り下ろされた剣身を右側のつばで受け止める寸前に、素早く右側に向けて剣をかたむけて、敵の剣を地面にろさせる。

 敵の剣を封じたのを見たヴァレリーがオークの斜め後ろから突っ込み、剣を突き立てる。僕の方も右手でオークの剣の鍔を押さえながら、オークの腕へ斬りつけてから目を突き刺した。


「イ゛ガァァ!」


 それでも暴れながら膝を突くオークを避けながら、ヴァレリーと一緒にオークの背中に斬りつけて止めを刺す。


「そんなに強い闘豚族オークでは無かったわね。村に来ていたのとは別なのかしら?」


「確かに力は村に居たヤツの方が強かったかな」


「それにしても相変わらずしぶといわねコイツら」


「一対一では戦いたくない相手だよね、それより先を急ごう」


「ええ」


 広場へ降りてから、さらに奥にある通路を進み始める。薄暗い通路の奥はさらに暗かった。


「松明つけるわよ?」


 うなずいて了承してから、彼女が手に持っていた松明に魔法で火をつけた。


「行こう」


「ええ」


 松明のあかりを頼りに先に進んでいくと、奥から剣戟けんげきの音が聞こえて来た。


 通路に先には、前を餓鬼族ホブと後ろを闘豚族オークに囲まれた人攫いの一団が居た。一団の中にはマヤも一緒だ。


「マヤ!!」


 僕が叫ぶと、驚いた表情をしたマヤが僕を見た。


「カイム!!」


「ッチ! ガキ共まで来やがったか、もう村の方は片付いたのか……。オイ! 此処は任せたぞ。オートル、お前は一緒に来い!」


「はいよ、御頭」


 御頭と呼ばれた髭面の男が、ホブを蹴散らしながら仲間とマヤを連れて奥へ向かって行く。マヤを追おうとするとヴァレリーに腕を掴まれて止められた。


「カイム! まずは目の前の敵をどうにかしないと!」


 敵はこちらに背を向けている二体のオークと三人の人攫い。だが今回は人の方が優勢だった。

 人攫い一人が倒された隙に二人ががかりで一体のオークが倒された。直ぐに弓を構えてから、人攫いに向けて矢を放つがオークが邪魔で当たらない。そうしているあいだにオークが倒された。


「ハッ! ガキが二人か」


「片方の女は、なかないかいい女じゃねぇか。輪姦まわしてやっから待ってな」


 下品に笑いながら近づいてきた。ヴァレリーに目配せしてから剣を重そうに、隙がある様に構える。


「オイオイ、そんなんでよく此処まで来れたな。ちゃんと振れんのか?」


 わざと素人に見せるために構えた姿に引っかかり、警戒する素振りも無く不用心に来たところで剣を素早く振るう。


「ッ!?」


 つかみ掛かろうとしていた敵の腕を、くぐるようにして斬り付けてから振り返る。相手はうずくまりながら腕から大量に出ている血を手で押さえていた。一瞬の躊躇ちゅうちょの後に、胸構えからの突きを、首に向けておこなう。


「カヒュッ……」


 肉をった感覚と共に、血が流れ出る。口をパクパクとさせているが、もう喋れないんだろう。


「テメェ!!」


 残ったもう一人の人攫いがこっちに向かって来たが、ヴァレリーが横から斬り倒した。


 僕はゆっくりと剣を引き抜く。手には剣からつたった血と人を斬った感覚が残っていて、なぜか剣の柄を強く握ったまま離せないでいた。


 僕は人を殺した……。でも、それはマヤを助けるために。

 とどめを刺す必要があったのか? 縄で縛ればよかったのかも。いや、放置しておけば魔物に殺されていたかもしれない。……じゃぁ、どうすれば?


「……」


 剣を、剣に伝った血を、血の付いた手を見ながら考えても、答えは出ない。


「……カイム」


 そっと触れられた感触に驚き彼女を見る。


「先に行くわよ」


 返り血を浴びたヴァレリーは少し複雑そうな表情をしながらも、行動をすることをうながした。


「……うん」


 片手を剣から引きはがして道の奥へ進み始める。


 人を殺した罪悪感に悩ませられながらも、辺りを見ていると、段々と人の手が加わった建造物へと洞窟の見た目が変わっていった。通路は石をカットして敷き詰めた道で、壁や天井は木で補強されていた。


「坑道ではなさそうだね」


「そうね、やけに手の込んだ作りね」


 さらに道を進んでいくと広場に出た。先程までの道とはまた変わって、石の柱が幾つも建っており、壁も綺麗な大理石のようだ。かすかに明るい広場を歩きながら辺りを観察していたが、あゆみを止めると僕の視線はある一点を見詰めた。


「あれ? 闘豚族オークじゃなくてお前らが来たのか」


 そいつは隊商の主。いや、今は賊長とでも呼んだほうが良いだろう。


「あんまりにも、ばかみたいに多い闘豚族オークに襲われたから逃げてたんだが、此処で行き止まりみたいでな……いっその事迎え撃つかと思ってたんだが」


 賊長は隣に居たマヤを乱暴に引き寄せてから言った。


「取り返しに来たのか坊主?」


「当たり前だ! マヤを離せ!」


 賊長はマヤのあごを手で持ち上げて顔を眺めた。


「こんな上玉で、さらには数少ない高位妖精族ハイフェアリー。売り払えば見た事もないような金塊で取引される。……手放すわけ無いだろ?」


 マヤはわずかに抵抗するだけの力しか残っていないみたいだ。弱弱しい抵抗に賊長が笑みを深める。


「だから少しくらい味見しても、大して値段は下がらんだろ?」


 人を殺した後ろめたさや罪悪感はこの時綺麗に消えた。変わりに新しい感情が僕を支配する。


「テメェ……殺してやる」


「お前を痛めつけてから目の前で犯してやる。――オートル、殺せ」


「はいよ御頭。あの小娘の方は俺が貰っとくぜ」


「あぁ、好きにしろ」


 賊長の隣に控えていた色黒で大柄な男が前に出てくる。全身を革鎧ハードレーザーアーマーで包み、武器は鉄製の長剣ロングソードに革製の円盾ラウンドシールドを持っている。


「いくぜ」


 男はかつがまえにかまえると一気に距離を縮めてきた。

 振り下ろされた斬撃を剣の平に腕を合わせての吊り構えで受ける。剣を通して腕に衝撃が来た、数歩後ろに下がってしまったが何とかなりそうな感じだな。ただ、一人で戦うには分が悪そうだ。


「ハッ!」


 松明を投げ捨てて、気合と共に横合いからヴァレリーが斬りつけるが男は盾で受け止めた。その間に男の剣を体を使って押し返して出来た隙間を使って、柄頭つかがしらで攻撃する。


「ッガ!」


 男は数本欠けた前歯を抑えながら後ずさりした。


「クソ!!」


 口から血を出してから怒りに染まった目でこちらへ迫ってきた。


 男は尾の構えからの斜め上への切り上げを行う。僕は正眼構えになりながらも跳び足で数歩下がってやり過ごしてから、踏み込み足からの一撃をり出す。相手はそれを横から殴る様に盾で軌道をらしてから反撃をする。その反撃を横から来たヴァレリーが剣で弾こうとして失敗したために鍔迫つばぜいに入った。


「っくぅ!」


 早くも押され始めたヴァレリーを援護する為に相手の横へ立ち位置を変えると、男は鍔迫り合いをめて数歩下がった。


「オートル! 押されてんじゃねぇか、笑えるな!」


 僕とヴァレリーは構えたまま男を見ながらも賊長の方も警戒する。


「どれ、いっちょ俺も参戦するか」


 賊長は長剣を抜き放ちながら話を続ける。


「俺は男のガキの方にしとくぞ」


(マジか……)


 ヴァレリーと目配せしながら、この危機的状況の打開策を探る。ちょっとは空気読んで後から来てくれよ。


 先に二人掛かりで倒そうかと考えていた時に賊長がマヤを引きずって奥へ向かった。すると、思いっきりマヤを殴って地面に倒したのを確認してから僕の方へ歩いて向かって来た。


「さて、やるかガキ」


 もう、怒りで何も考えられない。目の前の此奴コイツを殺すことしか。


「楽に死ねると思うなよ……」


「逃げないようにする為の布石だよ」


 ヴァレリーはオートルと呼ばれた男と、僕はこの賊長と対峙たいじする。

 この男は両手で剣を扱うみたいだ。鉄製の胴鎧(アイアンキュライス)鉄製の前腕当(アイアンヴァンブレス)、武器は鉄製片手重半剣アイアンバスタードソードだ。


 僕は腰構えに、賊長は正眼構えに構える。


「「……」」


 互いに隙をうかがった後に、僕は素早く近寄ってからの踏込み突き。

 相手が躱したのを確認するやいなや、剣を相手の背中で横に向けて刃で引っ掛けるように引くが、これも軽く避けられた。

 賊長は攻撃を避けながらも片手で剣を振り払ってきた。直ぐに相手の背中に回る様に進んで攻撃を回避する。互いに仕切り直して構えを直す。


「……ふん、遊びで剣持ってる訳じゃないってことか」


 賊長は天構えに構えるのに対して、僕は八双構はっそうがまえに構える。


「気ぃ抜くなよ?」


 言葉を放つと共に大きく一歩踏み込んで斬り下ろしてきた。


「ッ!!」


 あまりにも早い踏み込みと重い一撃を見た瞬間に大きくななめ後方に下がって回避する。


此奴コイツ、こんなに強いのか……)


 再び来た天構えからの斬り下ろしを、斜め横に下がり避けてから、こちらも踏み込んで斬りかかる。

 即座に反応した賊長は迎え撃つように攻撃してきて刃迫り合いが始まった。力の差で徐々に押し込まれていくが、自分の持っている柄と体を前に進ませるように接近しながら、柄から片手を離して顔面へ裏拳を放つ。顎下に拳を受けてひるんだ隙に、刃迫り合いから剣を引いて敵に斬りかかるが、素早く後方に回避されて腕を浅く傷つけただけに終わった。


「キャァ!」


 ヴァレリーの叫び声を聞いて彼女の方を見ると、男に脇腹を深く斬りつけられていた。ヴァレリーは男からの攻撃を幾度も凌ぐが、最初の時と比べると動きがぎこちない。


「よそ見してる余裕なんてないぜ!」


 賊長からの薙ぎ払いを剣で受け止めてから大きく後ろへ下がる。

「シュッ!」同時に腰の投げナイフをヴァレリーと戦っている男の方へ投擲とうてきする。


「ウッ!?」


 視界外からの攻撃に対応できるはずもなく、男は右の太腿ふとももにナイフが突き刺さり一瞬動きが鈍った。


 二射目を投擲しようと思ったが、賊長の尾の構えからの斜め斬り上げが来た。直ぐに剣の平で受け止めるようにり構えになる。が、剣を受ける前に寸止めし、裏刃の旋回せんかい切りへ移った。右からの斬り上げから左からの旋回切りに変わったために瞬時に反応できない。

 相手の刃は僕の左の首筋に数ミリ食い込み血が舞った。咄嗟とっさに右手で首を押さえたのが失敗だった。賊長は旋回切りの姿勢からの二撃目、手首だけを動かすように再び首を狙った旋回切りを放つ。剣で防ぐのには間に合わないと思った瞬間に右手で外受けをするように剣を受け止める。


「ぐ、くっそ!」


 ミリアムから借りている革の手袋付きの手甲は浅くけ、右腕の骨には痛みが走った。さらに右肩から左脇腹を狙った斬撃が来る。頭上にまで剣を持っていき水平構えで受けるが、少し剣が沈んだかのような感覚があった。


 距離を取って剣を見ると、無数の刃毀はこぼれと剣が少し曲がっていた。これじゃ剣を振る動作に支障が出るだろう。


(どうする? 考えろ、集中するんだ)


 敵は直ぐに突っ込んで来ている。剣を頭上に掲げた天構え。相手もこっちの剣の状態を見て、さらに剣を痛めつけようとしているはずだ。


(集中……集中……)


 腰に手を当てると投げナイフを投擲。賊長は一瞬怯んだものの、剣ではじいて向かって来る。次は曲がった剣を相手へ投げつける。流石さすがに持っていた剣を投げつけられるとは思っていなかったのか動きが完全に止まった。同時に腰からナイフを取って自分も走り出す。


 剣を弾いていた賊長はナイフ一本で向かってくる僕を見て笑った。


「自暴自棄かガキ?」


 僕はナイフを持った右手を頭上に、何も持っていない左手を腰付近で構えて走り続ける。


具現化する短剣(エグゼストダガー)!」


 想像し具現化した短剣は柄頭つかがしらつばまでの形がI字型で両刃が特徴のバゼラード。それを左手に出現させた。

 右手を掲げて注目させていた隙に左手に持った短剣バゼラードで賊長の脇腹を深く突き刺す。さらに右手に持ったナイフで首を刺そうとするが、剣で受け止められてから片手で首を掴んで持ち上げられた。


「痛てえじゃねえか!!?」


 勢い良く放り投げられると石の柱にぶつかった。


「っかは」


 直ぐに立ち上がって前を見ると、切っ先が見えた。


「っぐ……。うぅう!」


 深々(ふかぶか)と刺さった剣で腹に激痛が走る。


「おい、ガキ。いいか? 刺したらな――」


 片手で握っていた剣を両手で握り直して話を続ける。


じるんだよ!!」


「ッアアアァァ!!!!」


 体の中で剣を捩じられて臓器が掻き混ぜられる。激しい痛みに意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって何とか耐える。


「見ろ。あの嬢ちゃん勝ったみたいだぜ。まったくオートルも役に立たなかったな」


 視線を横に向けると、ヴァレリーは相手の男を倒していた。ただ、彼女の方も満身創痍まんしんそういで片膝を突いていた。息もえで加勢する余力は無さそうだ。


 賊長はゆっくりと剣を引き抜くと天構えに構える。


「それじゃ先に死んでな。ずっと後になれば嬢ちゃん達も来るからな」


(何か抵抗しないと……。ぶ、武器は?)


ナイフは手の届かない位置にまでころがっていた。魔法を使うにも集中できる程の精神状態じゃない。


「ダメ!!」


 その時、マヤが横合いから賊長に抱きついた。


「な! 邪魔だ!」


 マヤは押し退けられるように振り払われて倒れた。それでもマヤは立ち上がろうとするが、途中で諦めて手を相手に向けた。そして、呪文をとなえる。


「ウィンドエ――」


「させるか!」


「キャァァ!」


 横薙(よこなぎに振り払われた斬撃は、マヤを深く切り裂いた。


「マヤ!?」


 駆け寄ってマヤの容態ようたいを見る。斬られた傷口からはなく血が流れている。早く治療しないと危険な状態だ。


「あ~あ、やっちまった。せっかくの大金がもったいねぇ」


 賊長は喋りながら僕を蹴り飛ばした。転がりながらも立ち上がる。


「おいおい、死ぬなよ」


 しゃがんでマヤに触れようとした男に僕は言い放つ。


「触れるな!!」


「うるせぇな。生きてないと大金が手に入らねぇだろ? いや、死んでても需要はあるか?」


 僕は敵をにらめ付けながら脇に落ちていた松明を拾って持つ。


「はっはははは。流石にそれじゃ勝てねえだろ!」


 松明を左手に持ちながら腰構えになって相手に向かう。


「本気か? まぁいい」


 賊長は天構えに構えて待ち受けていた。


 相手の剣の間合いに入ると、賊長が斬り付けるために一歩踏み出そうとする。だが、マヤが賊長の足にしがみ付いて一瞬の隙が出た。その隙にさらに間合いに入り込みながら右手で腰から袋を取る。


「ッチ」


 一歩踏み出せないまま相手は剣を振り下ろす。僕は右手で受けるように袋ごと腕を出した。

 振り下ろされた剣が、手に持っていた袋ごと革の手甲を大きく切り裂きながら肉にまで到達した。そこからさらに押し付けるように剣が降りてきて、眉毛まゆげの端上から頬骨ほおぼねにまでたっした。しかし、一歩踏み込めなかった影響なのかそこで剣が止まる。


 賊長は袋を叩き斬ったさいに、飛び散った液体に顔をしかめた。


「まさか、これ――」


 右腕を引き戻しながら、松明を持った左手をあぶらを浴びた顔に押しつける。


「ギャァアアアアアア!!」


 賊長は顔を押さえたりはたいたりしながら消火しようとするが、まったく意味を成していない。さらに服にまで燃え移り全身が燃え始めた。まわりに人の焼ける悪臭を放ちながらも、やがて膝を突いて動かなくなった。



「……マヤ」


 マヤを太腿ふとももに置いて首に腕を回す。抱き寄せるように彼女の顔を見詰めた。


 彼女は僕の顔を見て頬笑むと口を開いた。


「ごめんなさい、カイム」


 今まで以上に小さい声で彼女が喋りかける。


「大丈夫。今、治癒魔法を唱えるから」


 集中して魔力を集める。だが、どうしても集中を欠いてしまい魔法を発動するのに手こずる。


 内心で焦りながらも僕は再び集中する。


「フフ。……カイム、こういう時でも集中出来るように鍛錬が必要ね」


 僕はその言葉を聞きながら集中するが、どうしても心が乱れ集めた魔力が散っていく。それを感じ取ってさらに集中力を欠くという悪循環におちいった。


 その時、僕の傷ついたおなかにマヤが手を触れた。


癒しの光(ヒールライト)


 優しい光が僕の傷を癒していく。お腹の次は、骨が見えている腕を治す。だけどこの綺麗な光は、傷が完治する前に消えてしまった。


「……ごめんなさい。もう、上手く魔法を使えないみたい。顔の傷、残っちゃうかも、ね……」


 申し訳無さそうな顔をしてマヤが告げる。


「どうして!? 僕なんかよりもマヤを――」


「カイム。……いつか、消える運命だったの。それが少し、早くなった、だけ……」


 少し前とは違うかすれるような声。


 優しい手つきで僕の頬を撫でる。


「嫌だ! まだ、まだだよ! ずっと一緒に、一緒に……」


 頬から流れる涙をマヤは指で優しく拭き取りながら微笑む。


「……カイム。あ、なたと、すごした日々は、本当に……たのしかった」


 僕はなく溢れる涙を流しながら叫んだ。


「こ、こんな! こんな運命なんて!! クソ! なんで、なんで……これも全部――」


 僕の中に憎悪が渦巻いていく。


「駄目よ、カイム。けっして、彼らを恨んでは」


「あぁ……こ、れを。わすれる、ところだった」


 マヤは内ポケットから木製の首飾りを取り出した。それは、丸い枠の内側に木のモチーフがデザインされていた。


「いい? あなたが、一人で生きて、進むべき道を、見失った時には。……ずっと北東にある亜人族達の、国を目指しなさい」


「お願いだ! そんな事言わないでくれ!」


「……だいじょうぶ、私は。あなたと一緒に、心の中にずっといるから」


「マヤ!!」


 マヤはかすかに光を放ち、小さく、だけど温かみのある粒子が少しずつ飛んでいった。その粒子が一つ、また一つとマヤから離れていくたびに、彼女の存在が段々と希薄になっていった。


「カイム……、わたしは。しあわせ、だったよ……」


 マヤは幸せそうな顔をしながらも、泣くのを必死に我慢している表情をしていた。それでも、僕の頬をでながら話を続ける。


「――カイムが成長する、すがたを見れて、嬉しかった。


 カイムが、家の手伝いを、してくれたときも、


 はじめて、わたしに……料理をつくって、くれた、ときも、


 いっしょう、けんめい。魔法を……れんしゅう、して、くれた、ときも、


 ……わ、たし。に、プレゼント、をくれた、ときも――」


 幸せだったと嬉しかったと、僕に微笑んでくれたマヤの顔は、とても満ち足りていた。だけど、そんなマヤの頬にも一筋の涙が流れていた。


「――いままで、いっしょにいてくれて。


      ――ありがとう」


 その最後の一言を残して、彼女は光の粒子となって消えていった。


 僕の腕の中に居た彼女はもう居なくなっていた。だけど、その場所には一つの指輪が落ちていた。



 僕はその指輪を抱いて、泣き崩れることしか出来なかった。




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