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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第11話 燃える村と伏兵

 まだ、日も昇らないような朝から、何度も念入ねんいりに自分の装備を確認する。


 何時いつものひざ下まであるズボンに厚めのチュニック、底にびょうが打たれた革の靴。体が成長するたびなおしたり新調した衣類だ。その上からミリアムに「終わったら返してね」って言われて渡された革の脛当すねあてに革の手袋付きの手甲を身に着ける。くれよ。


 武器は革の輪に鉄の小剣アイアンショートソードを差して腰に吊るし、腰のベルトには、初めから持っていたナイフを差し込む。さらに背中側のベルトには投擲用とうてきようの投げナイフ五本を専用のベルトで身に着ける。最後に自作の単弓セルフボウに矢が入っている麻布の袋を背負う。


「カイム。私は村長の家で負傷した人達の治癒をしているから、もしもの時は村長の家に来るのよ」


 心配した表情でマヤが僕に言った。


「分かってる。少し弓を射た後は、様子を見ながら村長の家の近くか中に戻るから」


「お願いだから無茶はしないでね……」


 マヤが僕のほおを撫でながらささやいた時に「トントン」と扉を叩く音がして、ヴァレリーが家に入ってきた。


「マヤさん、カイム。村長の家までお送りします。準備は整ってますか?」


「はい、大丈夫ですヴァレリー。行きましょう」


 僕は食べ物や他の道具が入った小さい袋を持って三人で村長の家に向かう。まだ日も昇らない時間だから外は薄暗い、村のあちこちで松明たいまつともして明かりを作っていた。


 村長の家に入ると多くの騎士が居て、その内の二人が隊商の男と話していた。


「悪いが巻き込まれたくない。助けてもらった恩もあるから少しなら武器を提供するが、逃げやすいように俺達は馬車ごと移動するぞ」


 村とは関係なく運悪く立ち寄っただけだから隊商の言い分も分かるがちょっとイラっとするな。騎士の方もそう感じていたのか不機嫌な態度をあらためようともせずに隊商の提案を了承した。


「村から出るなら早くしろ、直ぐに門をざすからな。残るなら邪魔にならない場所を見つけて避難しろ」


「そいつは助かりやした。それじゃ武器を提供したら移動しますよ」


 色黒で髭面ひげずらの隊商の主がさっさと村長の家を出るように歩き始めた。途中で僕達とすれ違う。


「お、マヤ様はこの家に避難するので?」


「いえ、避難ではなく此処ここで負傷した人の治癒をおこなうんです」


「おお、そうですか。くれぐれも気を付けてください」


 隊商の主はそう言って村長の家から出て行った。


「カイム!」


 ミーレルが僕の名前を呼びながら駆け寄ってきた。


「ミーレルは此処に避難しているの?」


「そうなの、でもマヤ様のお手伝いもするの」


「そっか、頑張ってね」


「うん」


 ミーレルと喋っているとジョエル騎士団長と村長が来て説明を始めた。


「皆揃っているな。さて、まずは状況の確認だ」


 来て早々(そうそう)に机に広げてあった村の地図を指さしながら説明を始める。


「敵は少し数が増えて総勢百八十(180)体ほど。北西の森から進軍して村の北門で戦う事になるだろう。対してこっちは騎士団と自警団合わせて八十四(84)名でなんとしてでも撃退しないとならない。他にも村の奥には志願兵が五十人ほど控えているが、武器を持った事もない素人も混じっている、期待はするな」


 ジョエル騎士団長は一度その場にいる騎士団と自警団を見渡してから話を続ける。


「敵は森で木を切って何か作っていたみたいだが、こんな短期間で本格的な物は作れないだろう。せいぜいが梯子はしごぐらいだろうな。我々の作戦は獣人族に梯子を掛けさせずに弓でかける事だ。少しでも多く倒して村に入れさせるな! 以上だ、各員持ち場につけ!」


 騎士団や自警団が各々(おのおの)の持ち場に走って行く。


「ヴァレリー、カイム。君達は北西の監視塔一階から攻撃しろ。説明はその場にいる騎士に聞いておくんだぞ」


「「了解しました!」」


 監視塔に行く前にマヤの方へ向かう。


「カイム。気を付けて。無茶しちゃダメだからね!」


 ギュッとマヤに抱きしめられたので僕も優しく抱き返す。


「大丈夫! 心配しないでマヤ!」


 僕とマヤは体を離したが互いに手を繋ぎながら見詰め合う。そうしていると脇からミーレルが抱きついてきた。


「カイム。ちゃんと帰ってきてね。怪我しちゃダメだよ」


 片手だけマヤから手を離してミーレルを抱く。


「大丈夫。すぐに会えるから」


「うん」


 ミーレルとも少し見詰めて合っていると、背後から声がかかる。


「行くわよカイム」


「分かった。――またね、マヤ、ミーレル」


 僕はマヤの泣きそうな顔とミーレルの心配そうな顔を目に焼き付けてから、ヴァレリーと監視塔へ向かった。


 お店はどこも開いていない、村の人はいくつかある避難所に集合していったからだ。


 土塁を上がって監視塔の中へ入ると、騎士が一人と自警団の人が四人いた。騎士の方はヴァレリーを見ると、皆を集めて説明を始めた。


「外を見てくれ。地面にくいが打ち込まれている。こちら側に赤くしるしが付いているのが100メートル、手前の青印が70メートルだ。敵が赤を通り過ぎたら矢をはなて。タイミングは各自の判断でいい、ただ確実に仕留めろ」


 自警団員は戦争の訓練を受けた訳では無いから、細かく命令をされても咄嗟とっさに反応出来ない。なので簡単な指示に従うだけで、後は各自の判断で撃っていい事になったみたいだ。


「ヴァレリーと、カイム君だったね? 後は貴方とそこの貴方は一階で、私と呼ばれなかった者は二階に移動してくれ」


 騎士は僕達に顔を向けた。


「君達は好きな時に持ち場を離れていいと聞いている。もし離れるときは私に一言言ってからにしてくれ」


「分かりました」


「はい、了解です」


「他にも、私が二階から指示するから聞き逃さないように」


 そう言って騎士の人が二階に上がっていく。一階を見渡すと二つ矢筒と単弓セルフボウが置かれていた。矢は手持ちが無くなったら使えって事だろう。支給品の弓は、僕が持っている弓と見た目はほとんど変わらない。一種類の木材で作られているセルフボウは、飛距離も威力も弓の中では最低に位置している。生身ならまだしも、防具を着た相手には効果は薄いだろう。


 村の外を見ると徐々(じょじょ)に空が明るくなってきていた。


「カイム。無茶しないでね」


「分かってるよ、ヴァレリーもね」


 二人で笑い合ってから再び外を見る。相変あいかわらず綺麗な空だ。これから戦いが起こるとは思えないほどの綺麗な空が広がっていた。


 ヴァレリーと一緒にげんの具合を確かめながら矢の本数を確認する。すみに置いてある矢筒に入っている矢は片方だけで三十本は入っていた。これなら矢が無くなる心配はしなくてもいいかも知れない。点検をえたヴァレリーは独り言のようにつぶやく。


「なかなか来ないわね」


 ヴァレリーと一緒に外を眺めながら会話に参加する。


「このまま来なきゃいいね」


「ふふ。そうね」


 ふと視線を下して森を見た。丁度その時に北西の森から何かが出てきた。


「何だアレ……盾?」


 森から出て来たのは木製で出来た2メートルほどの盾、それに車輪を付けた物が数台。そして、その後ろから獣人族が出てきた。


「クソ! 可動盾マントレか!」


 上から先ほどの騎士の声が聞こえてきた。さらに可動盾マントレの後ろからは梯子はしごを持った闘豚族オークと小型のバリスタが二台出てきた。ヤル気満々だな……。


 獣人族達が森の中から進軍する様子を見るだけで怖くなってきた。


 獣人族は村から500メートル程の距離で止まると整列を始める。最前列は木製の鎧と簡素な武器を装備した子戯族コボルト。その後ろには皮の腰巻と武器を持った闘豚族オーク。さらに後ろには鉄製の半板金鎧アイアンハーフプレートを装備し、鉄製で幅広い剣を持ったオーク。最後にバリスタを操り、周囲の警備をする錬鬼族ゴブリンの姿が見える。


「…………」


 村の中は静寂に包まれている。皆、獣人族が整列する様子をじっと見ていた。


「グガアァァーー!!」


 指揮官らしい兜をかぶったオークが剣を持った腕を何度も上げ下げしながら、その野太い声で叫ぶ。他の獣人族がそれに合わせて剣と盾を打ち鳴らす。辺りには打ち鳴らされた「ガンガンガンガン」という音が響いてきた。


(――これが戦い)


 恐怖と緊張と少しの興奮が体を駆け巡る。僕の目は獣人族が剣と盾を打ち鳴らす光景から目を離せなくなっていた。隣ではヴァレリーが冷や汗を流しながらせわしなく目を動かしていた。


「――そんな、報告よりも数が多いじゃないのよ……」


 その言葉を聞いて僕も数を数えようとするが、一人一人数えようとして途中で諦める。ヴァレリーに具体的な数を聞くために質問しようとするが、音がんでいることに気づいて外を見た。


 それは腕を振り上げたまま止まっている指揮官に、整列していた獣人族が指揮官の指示を待っている光景。そして敵の指揮官が、剣を持った腕を村へ向かって振り下ろした瞬間だった。


 一斉に走り迫る獣人たち。


 同時に上から怒号どごうが聞こえてくる。


「来るぞー!! 全員弓を準備しろ! 敵が赤印を通り過ぎたら撃て!!」


 獣人族は一心不乱に突撃して来ている。直ぐにその距離が400メートル、300メートルと近づいて来ていた。他の皆と同じく、矢をつがえて先頭を走って来ているコボルトに狙いをさだめて弦を引く。


 200メートル。オークを引き剥がすような速さでコボルト達が先頭を走っている。


 150メートル。「キリキリ」と弓を引いた時の音が耳に聞こえなくなる程に集中していた。


 100メートル。赤印の杭を通過する寸前に、自分の弓から「パン」と乾いた音を立てながら矢がえがいて飛んで行った。それに前後して同じような音を立てて次々に矢が放たれていく。


 一斉いっせいに放たれた矢はコボルト目掛けてっていった。矢を受けて絶命したのは全体でも数体だけ。無傷の魔物や体に矢を受けても生きていたコボルト達は一直線に走って来る。


「次々射ち込め! まだまだ来るぞ!」


 早くも青い印がついた杭を通り過ぎていったコボルトに向けて矢をつがえて狙いを定める。集中して放った矢は吸い込まれるようにコボルトのひたいに命中した。コボルト達は北門を目指さずにひたすら走る。


「何考えてるんだ?」


 走る先にはほりがある。このまま行けば堀に突っ込むだけだ。

 そう思っていたがコボルト達は2メートル以上はある堀を飛び越えていった。飛び越えたコボルト達は土塁から出た杭に進路を邪魔されながら、または利用しながらも自分の爪を使って登っていった。堀に落ちていったコボルトも爪と四肢ししを使って這い上がってきている。


(マジかよ!)


 確かに急斜面というような角度はしていないけど、普通の人なら登りづらい斜面を登ってきていた。


「村に入れるな! 射ち落とせ!!」


 悠長ゆうちょうに見ている場合じゃない。直ぐに土塁を登ってくるコボルト達に向けて矢を放つ。次の矢もコボルトに当たり土塁を勢い良く落ちていった。


「あ゛ぁああ!!」


 乾いた物がへし折れるような音と共に、叫び声が聞こえた。そこを見ると防御柵を突き破った極太の矢が自警団員を巻き添えにして民家を破壊していく光景だった。恐らく放たれたであろう場所を見ると二台目のバリスタが発射される瞬間だった。二発目の矢は土塁の土を大きくけずっただけですんだようだ。

 さらには丸太を持った複数のオークが北門へ到着しようとしていた。だけど、此処ここからじゃ狙いにくくて矢が届きそうにも無い。


子戯族コボルトが来るぞ!! 迎え撃て!! 弓兵! これ以上近づけさせるな!!」


 視線を戻すと、コボルトが土塁の上に設置されていた防御柵を越えているところだった。柵の付近で矢を放っていた自警団達が、槍や剣に持ち替えて迎撃している。柵を飛び越えたコボルトは自警団達が危なげも無く倒していった。


「カイム、早く撃って。彼等なら大丈夫、身体能力が元から高い人獣族ならコボルトぐらい問題ないわ」


 ヴァレリーが次々に矢を放ちながら話しかける。


「ただ、これ以上増えると被害も出てくるでしょうね。一番の問題は門を破壊しようとしてるオークだけど。騎士団に何とかしてもらうしかないわね」


 僕も弓に矢をつがえながらも北門へ目を向ける。そこにはオーク達が門を破壊しようと丸太を叩きつけている。丸太を持ったオークが射殺されても直ぐに代わりのオークが入っていく。この場所からもハッキリと叩きつけられる音が聞こえてきていた。


 柵を越えようとするコボルトに狙いを定めてから弦を離す。矢はコボルトの首に刺さり、それを抜こうと両手を離した瞬間に転げ落ちていく。次は土塁を飛ぶように登って来ているコボルトに狙いをつけて弓を射る。「ガァガァア!!?」と、奇声を上げながら目を撃ち抜かれたまま堀へ落ちていく。


(多すぎるな)


 次から次えとせまってくる敵を相手にしていたら、ほりの端をってゆるやかな段差を作っていたオークが梯子はしごかついで来た。


「ヴァレリー!」


「ッ!」


 ヴァレリーに合図したら直ぐに意味が分かってくれたみたいだ。二人でオークに向けて矢を放つ。「パン」と乾いた音を立てながら飛んだ矢は、オークの胸に突き刺さるが少しひるんだだけで更に速度を上げて向かってきた。二射目を足と首に受けてようやく止まったが、後ろから来たオークが梯子を奪って向かって来る。


 既に柵を越えた土塁の近くは乱戦状態になっている、さいわいまだ村の奥まで戦場になっている訳ではないが、これ以上敵が来たら村の奥まで進入を許す事になるだろう。


 オークは持って来た梯子を、バリスタによって柵が吹き飛んだ場所へ設置して上がってこようとしていた。こっちからだと梯子を上がるオークの横を狙える。一発また一発とオークへ矢を当てるが本当にコイツらはタフだ、少しひるんだだけで上がってくる。


 とうとう数体のオークが村の中へ進入してきた。持ち前の身体能力でコボルトを圧倒していた人獣達もオークとは分が悪いらしい。


「弓兵! オークを狙え! 手の空いた者は梯子を蹴落とせ!!」


 二階に居る騎士の指示に従ってヴァレリーと一緒にオークへ矢を射掛ける。顔面に二本の矢を受けたオークはそのまま梯子からすべり落ちていく。


 次の敵を探そうと見渡すと、風を切る音が聞こえてくる。その方向を見るとバリスタの矢がこっちへ向かって飛んできていた。


「ヴァレリー!!」


「きゃぁ!」


 矢を放とうと集中していたヴァレリーは気づいていなかった。直ぐに跳び付いてから床に伏せる。耳には風を切って迫ってくる音と破砕音はさいおんが聞こえてきた。


 顔を上げて状況を確認すると、バリスタの矢は一階部分を直撃していた。頭上からパラパラと降ってくる木片に周りからはうめき声が聞こえてくる。

 バリスタの矢の先には、運の悪い事に自警団の一人が矢に貫かれて絶命していた。他の自警団も腰を抜かして座り込んでいる。


「ヴァレリー大丈夫!?」


「うん、平気よ」


「おい、大丈夫か?」


 助け起こそうとしたときに、自警団に声を掛けられたのでそっちを見た。


「危ない!!」


「ッブ……」


 その自警団は監視塔に侵入していたコボルトに背後から突き刺されて崩れ落ちていった。僕は直ぐに剣を抜いて接近する、コボルトの首を切り裂いてから腹を突き刺す。敵が死んだのを確認してからヴァレリーを見た。彼女は門の方へ視線を向けていた。


「カイム……門が……」


 既に門は破壊されて開いていた。北門付近では騎士達が戦っている。上から誰かが駆け下りる音が聞こえてきた。


「大丈夫か!?」


 二階に居た騎士が降りてきたみたいだ。騎士は瞬時に状況を確認すると僕達を見た。


「此処に立て籠もっていてもしかたない。カイム、ヴァレリーは退路を確保したら後は自分で判断して動け」


「了解しました」


 荷物をまとめて準備をする。少なくなった矢も補充して準備が整った。


「カイム。辺りの安全を確保するわよ」


 ヴァレリーの合図で外に出る。周りには敵や味方の死体が散らばっていた。まずは目の前のコボルトを片付けてから、他の敵を探すと。村の方向へ一体のオークが背を向けて向かっていた。


 ヴァレリーと弓を構えて放つ。肩と腰に矢を受けたオークは怒りの表情でこちらを向いた。互いに目配せすると剣を抜き放ち、左右に分かれてオークを囲む。


 僕は尾の構えになって左側から接近する、間合いに入ると剣を横に振りながらも走り抜ける。ビビって大きめに距離を取ったから浅くしか傷つけられなかった。

 オークの方は僕に狙いを定めると、剣を持った腕を大きく振り上げてから振り下ろす。剣を頭上へ持っていき、水平構えで受ける。オークの剣が刃に当たった瞬間に切っ先を下に向けてり構えに移行いこうする。


(重!?)


 片膝を地面にけながらも何とか受け流したが、タイミングが悪ければそのまま押し潰される程の力だった。反撃しようと思っていたが、今の体勢だと下がって仕切り直すしかない。後ろへ下がる僕をオークが追って来る。コイツはもう一人いるのを忘れているんだろうか?


 構え直した僕に対してオークが振りかぶった瞬間に、オークの胸から剣が生えた。後ろからヴァレリーが突き刺したのだ、オークが後ろに気を取られたのを見てこっちも攻撃に移る。

 腰構えから距離を詰めて首を突き刺す。皮と肉の強い抵抗を受けながらも何とか突き刺すことが出来た。オークは血が噴き出る首を押さえながら地面に倒れて行った。


「ふぅ……」


 こんなに強靭な肉体を持った敵を後何体も相手にしなくちゃいけないと思うと骨が折れる。


「カイム!」


 呼ばれる前に気配を感じていた。コボルトが三体こちらを囲んでいる、三体とも武器は持っていない。あの強靭な爪と歯に気を付ければ大丈夫だろ、たぶん。


 囲まれた状況なら正眼構えで対抗するのが一番だ。ついでに集中して魔力を循環させておく。


 コボルトは動かない僕よりもヴァレリーの方を先に倒すと決めたみたいだ。二体のコボルトが向かって行っている。ヴァレリーは二体を同時に相手しつつも一歩も引かない。足捌あしさばきだけでかわしたり、時には反撃をして対処している。もう一体は僕を警戒しつつも動き出すことはしないみたいだ。好都合だね。もう魔法は使えるから。


火矢ファイアーアロー!」


 ヴァレリーが相手をしていた内の一体に魔法を使う。短く細いが火で出来た矢を背に受けてコボルトがのた打ち回る。


 即座に僕を警戒していたコボルトへ接近して剣を振り下ろすと、頭を斬り付けてから蹴り飛ばして死体を離す。ヴァレリーの方は丁度、最後の一体に止めを刺しているところだった。


 周りを見てみると村の奥へ続く道に敵は居ないみたいだ。村の柵を越えた周辺では戦いが続いているけど、今は突破された北門が激戦地になっているのだろう。そっちに応援に行きたいけど、マヤの様子を見に行きたい。ヴァレリーは父である騎士団長の方へ行きたがるかもしれないけど……。


「ヴァレリー。一旦いったんマヤの所へ戻ろうと思うんだけど、どう思う?」


「……そうね、一旦戻りましょ――」


 ヴァレリーは北門の方へ視線を向けてから、僕の方を見て話を途切れさせた。目は驚きに見開かれている。


「どうしたの?」


「カイム。早くいかなきゃ!!」


 ヴァレリーが指をさした方向を見ると、僕は絶句してしまった。


「そんな……燃えてる……」


 村の中心部では火と煙が立ちのぼっていた。あそこは恐らく村の中心。村長の家だ。でも、そんな場所で火事が起きるなんて。敵はまだ村の奥までは来ていない、ただの火事であってほしいけど、嫌な予感を強く感じていた。



 ◆ジョエルview



 私はこの精樹の村を守る、精樹村騎士団の騎士団長ジョエル・フォルジュ騎士爵だ。


 最初この村に来たときは大変だった。なにせ村には人獣族と亜人族しか暮らしていない、これは村の防衛よりも村に配慮はいりょする方に力をそそがないと大変なことになると、偉大なるバストニア王から命令をうけたまわった時から思っていた。


 初めて村へ来たその日から大変だった。門番の人獣族は人間族の私を見るなり憎悪ぞうおの視線を送ってきた。一向いっこうに門を開けようとしない門番に対して、一部の部下がいきどおって剣を抜こうとしたのを止めるのに苦心した。


 確かに今までの歴史を振り返れば、我々人族ヒューマンにくく思われるのはしかたがない。

 

 そう思いながらもらちが明かない会話を繰り返しているときに、一人の犬耳族リジョンシアンと一人の人族ヒューマンの子供と出会った。

 

 こんな時に私はこの子供を見て驚いた、なにせこの国の騎士である私に警戒心を向けてもこの子には一向に向けられないからだ、むしろ隣に居る犬耳族リジョンシアンも近くに居た自警団も子供を守るように周りを固めていた。この子はこの村から受け入れられていたのだから。


 私はこの犬耳族リジョンシアンとこの子にも事情を話して村長に会えることになった。そこではさらに驚くことになった。犬耳族リジョンシアンの少女は、あの有名な撲殺魔のミリアムだったのだから。さらには伝説の救世主と行動を共にしたという、まさに生きる伝説である高位妖精族ハイフェアリーのマヤ様を御目に掛ける事が出来るとは。そしてこの場にも何故なぜかいる子供はマヤ様が保護しているらしい、そこまでの逸材とは将来が楽しみだ。きっと偉業をげるに違いない。


 着任から数ヶ月、いや、数年は人獣族からの警戒の色は消えなかった。しかし今までの活動や貢献こうけんから少しずつ警戒の色が薄れて行った。なによりもあの子を鍛えていると知った人獣族からの態度があからさまに変わっていって騎士団にも協力的になってくれていた。


 あの日からもう数年……。苦労も多ければつらいことも多々あった。しかし、今はハッキリと言える、私は、いや、我々はこの村が好きだ。そう――、


「団長! 間もなく門が破られます!!」


――この村を脅かすものに対して、激しい怒りが湧くほどに!!


「門より先へは行かせるな!!」


「「「「おお!!!」」」」


 そして、私の気のいい部下達も同じ気持ちだ。


「陣形を組め!!」


 我が国での防御陣形を展開する。剣と盾を持った兵士を前衛へ、槍と盾を持った兵士を中衛へ、弓や魔法使いを後衛に配置する。前衛は剣を振り回せるほどの間隔を空けている、中衛はその間を埋めるように支援する。といっても此処には騎士団と自警団を含めた三十二名の混合部隊だけだ。魔法使いなんて一人しかいない、何せそれ以上集めるような余裕は無いし、これより後ろには家族を守るために志願した志願兵が控えているだけだ。


「退避ーー!!」


 今まで必死に門を押さえていた味方が吹き飛ばされた。オーク共によって破壊された門に巻き込まれたからだ。必死に逃げようとする味方は容赦なく背中から突き刺されて死んでいく。


「弓兵! 撃て!」


 簡素な台の上に乗った弓兵が一斉に弓を放つ。もっとも六人だけだが。


 オークは体に矢を受けようが構わず突進してくる、さすがだな。


「此処を死守しろ! 抜けられた時が村の終わりと思え!!」


 前衛はオークの衝突を盾で受け止めて戦闘を始めている。中衛の槍兵は前衛を援護するようにまたは敵の隙を見つけては槍を突き出していく。門の方を見ると既にオーク共が列をなしていた。


 笑えるな、オークが行儀良く並んでいるなんて。


 味方は最初の衝突とその後の戦闘で徐々に疲労と負傷兵とが増えてきていた。疲れ膝を突いた味方は止めを刺され、運良く後方まで下がれた味方は簡単な治療や治癒魔法を受けて前線へ戻っていく。


 しかし、傷は治せても疲労は溜まる。そろそろ交代時こうたいどきだ。


「前衛を入れ替えろ! 負傷兵を後方へ下げろ! 急げ!!」


 疲れさせないように味方を入れ替えようとするが、混合部隊ではそれも難しい。


「ロイク! 指揮をまかせた!」


 ロイクは私の副官だ。優秀な男だ、少し抜けてるがな。


「ハッ! お任せください!」


 早くも混戦し始めたのを立て直さなくてはまずい。自惚うぬぼれるつもりは無いが、私が出ないと収拾がつかなくなるだろう。


 歩きながら静かに剣を抜いて剣の平を見せるように、切っ先を天に向ける冠構かんがまえに構える。味方が下がり前線に開いた穴からオークが私に向かってくる。


「楽には通さん……ジョエル・フォルジュ、騎士として肆段(よだん)の剣術家として此処は死守する」


 目前もくぜんまでに迫ったオークが私に剣を振り下ろしてくる。


(――強化術!)


 全身に強化術をほどこしてから、剣のつばで敵の剣を受け止めると、それを横に払いのけてからの一閃。


「グルル――」


 首を吹き飛ばし、胴体だけで立っているオークの脇を抜けて次の獲物へ向かう。迫り来るオークの、武器を持つその腕を切捨て、横からくる攻撃を避けてから首をね、正面から迫ってきたオークの攻撃を受ける前に、胸を突き刺す。次々と迫り来るオークを倒して、味方の体勢が整うまでの時間を稼ぐ。


「団長! 陣形がととのいました!」


 ロイク副官の報告にうなずきながら後方へ下がる。強化術も永遠に使える訳ではない、まだ強化術を使う余力は残っているが、温存しておかないと、もしもの時に使えなくなるかもしれん。


「お疲れ様です」


「まだまだ厳しいな」


「……はい。ですが騎士団長が居る限り大丈夫です」


 ロイクのねぎらいの言葉を聞きながら、前線を見渡す。いまだにオーク共は長い列を作っている。何とかなるかも知れないが……此処に居る者はほとんど死ぬだろうな。


(ヴァレリー、もしもの時は母さんを頼む)


 そんな感傷的な気分も一瞬で終わった。


「き、騎士団長!! 村が燃えてます!!」


「なんだと!?」


 後ろを振り返ると確かに燃えていた。別の方向から侵入した敵が中央へ行ったのか? いや、報告を聞いた限りでは、苦戦しつつも押さえ込んでると報告を受けていた。


「……もしや。ロイク! 確認しに行け!!」


「ハッ!!」


(嫌な感じだ。私が行きたかったが……)


 火が立ち上る村の中央から目線を動かす。最前線へ。


(此処を離れるわけにもいかない)



 ◆◇◆



御頭おかしら。こんな幸運滅多にありませんね」


「あぁ、まったくだ。失敗するわけにはいかねぇ」


 人の気配が少ない村の一画で荷馬車に乗った男達が話して合っていた。


「しかし、御頭。タイミングは最高ですが、どうやって侵入するんですか?」


 新参のまだ若い男が質問した。この質問に対して御頭と呼ばれた男は、笑いながら答える。


「簡単だ、誘い出せば良いだけだからな」


「? どうやってですか?」


「そんなことも分かんないのか。コッチへ来い」


 ちょいちょいと手招きする男に若い男が近づいていく。


「こうやるんだよ」


男は首を、そして背後から後頭部を突き刺されて絶命した。


「やることは分かってんな! 行くぞ!」


「「「「へい! 御頭!」」」」


 向かうのは村の中心。そこには大金が、それも見た事もない大金が手に入るお宝がある。



 ◆ミーレルview



「あ、あのマヤ様。落ち着いてください」


 先程からしなく、ぐるぐるぐるぐる回っているのはマヤ様だ。落ち着けない理由も分かるけど、それを見ていると、あたしまでぐるぐるしたくなります。今、外では村を襲う獣人族達との戦闘が始まっているのですから。


「え? え、ええ。そうね。……でも」


 先程まで運ばれてきた負傷者に対して、冷静に治癒魔法を施していった人には見えません。


「カイムは大丈夫ですから。落ち着いて下さい、そのうち帰ってきますから」


 本当は心配で心配でしょうがないけれど、マヤ様を見ていたら少し冷静になれる。マヤ様は落ちつきが無さすぎます。


「あ、怪我して帰ってきたらどうしましょう!?」


「その時はマヤ様が治せばいいだけですから」


「そ、そうよね」


 返事をしながらもウロウロとしている。あたしも気になってしょうがないから二階へ行って窓から外の様子をうかがう。北の門は破壊されていて、オーク達が列をなしていた。


 なんて恐ろしい光景なんだろうか……。


 外の様子を見ていると、村長の扉が勢いよく開いた。あの人達は確か隊商の人?


「ま、マヤ様はいるかい!?」


 所々(ところどころ)に血が付いた姿で入ってきた男に対して自警団の人が止めに入る。


「どうした?」


「オークが出て怪我人が出たんだ! 仲間が動けなくなって、早く来てくれ!」


 あれ? 外を見た時は村の奥まで入ってきてなかったけど……?


「おい! まだか!?」


 さらに家の中に三人の人族ヒューマン怒鳴どなりながら入ってきた。その内の二人は、もう外も明るいのに松明を持っている。


「分かりました、今行きます!」


 マヤ様が直ぐに外に出ようとする。――なんだかおかしい気がする。


「待ってくださいマヤ様。護衛を付けた方がいいと思います」


「そうだな、それにマヤ様が行くほどの怪我なのか?」


 あたしの発言に自警団の人も賛成してくれた。命にかかわらない程の傷なら他の人でも大丈夫なはず。


「え? あぁ、そうだ大怪我なんだよ早くしてくれ!」


「なら我々がその人を此処まで運んで来よう。マヤ様はもしもの時のためにも此処に居ていただかないと困るからな」


 三人の自警団員が隊商の人を誘導して現場に行こうとする。


「ま、待ってくれ! 御頭おかしら!」


 何故かあわてはじめた隊商の人が、日に焼けた肌で髭の生えた人に向かって叫んだ。あの人は隊商のあるじさんだっけ? 御頭……?


「まったく、一人犠牲にした意味が無くなっちまったじゃねぇか。……おい、もういいぞ」


 最初は叫んでいた人に、最後の言葉は脇に控えた男達に言った。


「あいよ、御頭!」


 彼らは剣を抜きながら自警団の人に斬りかかっていた。


(え? なんで?)


「何!? 貴様ら!」


 状況を飲み込めた自警団が武器を手に取って向かって行った。


「ふん、騎士団長がここに居なくてよかったよ」


 隊商の主は剣を抜くと素早く一人の自警団の片足をねて、もう一人と斬り結ぶ。彼はたくみに剣を操って剣を胸に突き刺した。


「まったく。汚ネェ、人獣族風情が人族ヒューマン様に口聞いてんじゃねぇよ」


 そう言って、倒れた自警団の人に何度も剣を突き刺した。


「止めんか!!」


 村長が止めに入るけど、それを見た人族ヒューマンに囲まれてから何度も殴られて、最後には床に倒れてしまった。


(なんでこんなヒドイことするの!?)


「オイ! さっさと火をつけろ!」


 松明を持った男達は指示された通りに火をつけてから松明を投げた。


「どうしてこんなことを!?」


 マヤ様の悲痛を含んだ質問に隊商の主が答えた。


「マヤ様。これ以上誰かを殺されたくなければ付いてきてくださいな」


 マヤ様は胸に当てた手で服を強く掴んで睨みつけていた。


「ホラ、速く御連れしろ」


 人族ヒューマン二人がマヤ様に近づいた。この場には倒れた自警団員と、おびえた表情をして震えている人しかいない。あ、あたしが守らないと。カイムに顔を合わせられない!


「マヤ様!」


 あたしはマヤ様を押すように家の奥へ押す。こんな人達からは逃げないといけない。もし連れて行かれたら、どんな酷いことになるか想像するまでもない。そして大切な人を守らなくちゃいけない、それは救世主さまも進んだ道だから。


「邪魔だガキ!!」


「キャァ!」


 でも、非力なあたしでは人を守るのもままならない。剣を振り抜かれて背中から血が飛び散った。


「ミーレル!?!?」


 机にもたかりながらも何とか立ち上がる。背中から流れ出る血を感じながらもマヤ様の目を見る。


「は、はやく……に、げてぇ」


 もう一度激痛が走る、脇腹を切裂かれたみたい。あまりの痛みにその場にしゃがみこんでしまった。止めを刺そうと男が寄ってくる。


「行きます! これ以上は手を出さないで下さい!!」


 マヤ様は力強い意志を持った瞳で話していた。マヤ様は自分がこれからどうなるのか分かったうえで言っている。此処にいる人を助けるために。でも、それにマヤ様が含まれなけば意味が無いのに……。


「分かればいいんだ。早く来い」


「待って! ミーレルが、この子の治癒を!」


 必死にあたしを助けようと懇願してくれたが、それが叶うことは無い。


「急いでるんだ。そのガキ殺してもいいんだぞ」


 マヤ様はギュっとくちびるを噛むと、隊商の主の後ろに付いていく。


「ミーレル、ごめんなさい。それと……カイムをお願い」


 あたしは血溜ちだまりにせたままマヤ様を見る。彼女の泣きそうな、でも覚悟を決めた顔を忘れることはないだろう。


 マヤ様が連れ去られた後に、あたしは治癒の魔法を受けた。今はかなり危ない状態みたい。でも、そんなことはどうでもいい。


「……カイム、は……早く、来て……」




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