第10話 商品の無い隊商と終わりの前兆
この世界に来て早七年と数ヶ月。――僕は十三歳になった。
つい最近切った短めの髪に身長は156センチ程にまで伸び、同性に狙われない程度にまで鍛えた筋肉も良い感じに育っている。
この世界での人間族の平均身長は165センチくらい。誰にでも食べ物が手に入る環境じゃない事を考えると普通なのかな?
ただ、北に住む北方人は175センチが平均で金髪碧眼と【世界の種族】に書いてあった。北方人の多くは【アルカリオ王国】に住んでいて、その地域は冬が長くて寒いみたい。
寒い時には紅茶を飲みたいよね、お酒を入れて。――そうそう。未だに自分の記憶は殆ど思い出せないけど、記憶が無いのは人や場所、どういった人生だったのか、何が原因で今此処にいるのかとか、思い出などが記憶から綺麗に無くなっている。他には一部の知識かな?
だけど、自分の好きな食べ物とか趣味は何となく覚えている。生前の知識という意味では、たぶん元の世界にあった道具を見れば、その物がどんな使い方をするのかとか名称も思い出せると思う。もちろん覚えているのもあるけど、この世界でも使えるかは分からない。必要な道具がこの世界には無いかもしれないからね。
「もういいかな?」
野菜や肉を鍋に入れたスープを味見して上手に出来たことを確認すると皿によそっていく。隣で焼いてた香ばしい香りと肉汁が出たお肉と芋を別の皿に盛って、机の中央に切った黒パンを置く。後はコップにお湯と色茶葉を一枚入れて準備が出来た。
「出来たよマヤ」
「ありがとうカイム。明日はちゃんと私が作るから」
そう儚げに微笑むのは自分より少しだけ低い身長に、白く透き通って輝く肌、同じく輝くような金髪に美しい金眼。この綺麗な少女は【マヤ・カーライト】高位妖精族だ。
高位妖精族の寿命は九百八十歳から千歳まで。寿命を全うすると、体は膨大な魔力として土に帰っていく。そんな彼女は今、九百八十三歳。いつ居なくなってもおかしくない年齢になってしまっている。しかもこの頃は体力が衰えて走ることや、重い物を持つのが大変になってきてた。
「いや、明日も僕がやるよ」
「駄目よカイム。そんな腫物みたいな扱いされても嬉しくないわ。それにご飯作るのが好きなのよ」
そう言われると困る。料理はマヤの数少ない趣味の一つだから……。
「分かったよ。けど洗濯物はやっておくからね」
「ふふ。じゃあ、お願いね」
マヤは僕に頬笑む。――僕はこの、彼女の笑顔が大好きだ。
「冷めちゃうから、食べましょ?」
「そうだね」
黒パンを食べながら、野菜と肉のスープを飲む。ちょっとしょっぱかったかな? 余った黒パンは別皿にのせたお肉の肉汁を付けてムシャムシャと食べたり、色茶葉茶を飲みながら芋を口いっぱいに頬張ってモシャモシャと食べる。美味い。
「今日は剣術の日だっけ?」
「そうだね、今日も夕飯前に帰ってくるから」
「私はカイムの成長が早くて嬉しいよ」
僕が微笑むとマヤも微笑んでくれる。
「へへ。ありがと」
半年ほど前に剣術と闘術が参段に昇段した。あの時のミリアムとの戦いは凄かった、本気で殺されるかと思ったのが何度もあったから。
昔の人攫いの事件の後に、ミリアムが剣術と闘術を組み合わせた練習をするようになった。あの時よりは強くなった自信があるけど、人を殺せるかと言われれば無理と答えられる。関係ないけど、一足早くに参段になった僕に対してヴァレリーにジト目で見られてゾクゾクした。
魔法に関しては、火・爆発属性の二級魔法である【火微爆発】を覚えた。この魔法は今の自分の技量だと、半径4メートルくらいなら狙った空間に小さな爆発を起こすことが出来る。爆発の規模は直撃すれば火傷と傷を負わせることが出来るが致命傷にはまずならない程の威力だ。
さっき狙った空間には、と言ったけど実は制御が難しくて狙った場所から魔法一つ分上下左右どちらかにズレて発動する。怖くて実戦では使えない……。
ついでにロマン溢れる光・雷魔法の【雷矢】を覚えようとしたが、適性が無かったみたいで覚えられなかった。あの時は、砕けて消えていった魔法石がもったいなさすぎて泣けたよ……。
他の魔法は治癒魔法の【休息鎮静】を覚えて一級の治癒魔法は全て覚えた。後は、召喚魔法の【伝書鳩召喚】を覚えた。これは伝書鳩の役割をする魔法で、もしもの時に素早く応援を呼べるようになるとマヤに薦められた魔法だ。
最後に、弓術初段にもなれた。70メートル先の的に矢を十本中七本以上当てろという無茶な試験は、何ヶ月も前から弓を借りてひたすら練習して取れた。勿論弓は返したから、今は70メートルも先の的は射抜けない。
「それじゃ、行ってくるわね」
「はーい、いってらっしゃい」
マヤが村長の家に行くのを見送ってから、水瓶を持って井戸で溢れんばかりに水を入れてから家に戻る。洗濯用の水も確保してから、細くて香りもしない石鹸でゴシゴシと洗濯物を洗っていく。洗うのに便利な魔法道具はないんだろうか?
洗濯を終えると早速着替えを始める。何時ものように薄いけど丈夫な道着を着て、サポーターを装着する。準備できたら家の外に出て、扉に鍵を掛けてから準備体操をする。
「いっちに、いっちに……ぽかぽかしてきた」
準備体操を終えたら、井戸付近の階段から土塁に上がって走り始める。
「えっほ! えっほ!? えっほお!!――」
いつも通りに時計回りに走って行くと、リィデットさんが手を振って出迎えてくれた。
「今日もやってくか?」
「はい、今日はナイフでやります」
色んな投擲武器を使ってみたけど、やっぱり投げナイフが一番使いやすかった。短槍も投げやすかったけど持ち運びを考えると使いづらい。斧もロマンがあったけど重い。
的から離れてから投げナイフを何度も投擲して練習する。百発百中で的に当たるようになってきた、ただ的の中心に当てるのはまだ難しいけど。
繰り返し的に当ててから、ジョエル騎士団長のところへ行くために後片付けを始める。
「リィデットさん。そろそろ行きますね」
「ああ」
リィデットさんは視線を的に合わせたまま返事をした。そそくさと土塁に上がって走り始める。
「カイム」
数歩走ったときに呼ばれたので、止まって振り向く。
「はい? どうしました?」
未だに的に視線を送ったままだったリィデットさんがこっちを見て言った。
「なかなか良い腕になったな、これからも鍛錬しろよ」
「はい! またお願いします」
何だか嬉しくなりながらも走っていくと、修練所に到着した。
「おはようございま~す」
「おはようカイム!」
「おはようカイム君」
ジョエル騎士団長とヴァレリー従士が挨拶を返す。そう、ヴァレリーは見事に従士になって村に帰ってきた。ヴァレリーも今年で十七歳になり、身長は165センチと背も高くスラリとしている。ただ別の部分もスラリとしていて、少ししか成長していないみたいだ。――あ、なんか視線が鋭くなったからもう止めておこう。
「それじゃ早速始めるぞ。まずは構えからだ」
ジョエル騎士団長の号令で構えを変えていく、最初は順番通りで途中から不規則になるのを間違えずに構えられるように練習する。
今日は構えの復習なので、しっかり解説していこうと思う。
【正眼構え】=左右の足のどちらかを出して、相手の正面へ剣を構える。
【天構え】=片足を前に出して、振り上げるように剣を頭上に掲げて構える。
【地構え】=片足を前に出して、剣を真っ直ぐに振り下ろした姿勢の構え。
【八双構え】=基本的には左足を前に出して体を右斜めに、剣先を天に向けて柄の位置が顔の右下、鎖骨付近で構える。勿論右足を前に出して構える事もできる。
【尾の構え】=左足を前に出す場合は、体を右に向け剣を体の後ろ右側へ。切っ先を地面に向けるように構える。左足を前に出して剣を左に構える構えもあるが、使う人は少ない。勿論左右で構えられる。
【腰構え】=片足を前に出して体を少し前のめりにし、握った柄を腰につけるように、切っ先を相手の顔へ向ける構え。左右どちらでも出来る。
【胸構え】=右利きが左足で構える場合。体を右斜めへ、柄を握った右手は手の甲を見せる様に、左手は手の平部分が見える様に両手を交差させて握る。剣の位置は顔の下、首の付け根辺りで構えて、剣を水平に相手へ向けるように構えるのを右胸構え。左に構えるには必ず右足を出して同じように構えるが、手は交差させずに構える。これを左胸構えと呼ぶ。
【角構え】=この構えは、胸構えの構えの姿勢から剣を目線近くまでもっていき、角に見立てて相手に向けて水平に構える。それ以外は胸構えと同じで、こちらも左足で構えるときは体と剣を右へもっていき手を交差させる。
【担ぎ構え】=左右どちらかの足を前に出して、剣を肩に担ぐように構える。ちなみに南部流と西部流は担いだ時に柄が斜め上を向けるように構える。
【突き構え】=片足を前に出して、相手へ向けて腕を真っ直ぐに伸ばし剣先も相手へ向ける構え。
【冠構え】=片足を前に出して、柄を胸の近くで握り、剣先を上にして剣の平を見るように構える。
他にも防御用の構えで、顔の前に剣を横水平に構える【水平構え】に。
水平構えの姿勢から切っ先を斜め下に向けて、横からの攻撃や攻撃を受け流すための【吊り構え】がある。
説明した全ての構えは、右利きでも左利きでも使えるし足を左右逆にしても勿論構えることが出来る。また、同じ構えでも各地域ごとの流派によって微妙に構え方も変わっていく。
こう見ると物凄く多いな。ちなみに混乱するのを承知で説明すると、剣術は武器が体の正中線よりも自分から見て右なら、右○○構え。左なら、左○○構え、となるのに対して。格闘術だと手が前に出ている方で、○○構えとなる。例えば右手よりも左手を前に出して構えていたら、左○○構え、となる。
構えの練習が一段落してからは、ヴァレリーと模擬戦を行う。
「カイム! 本気で行くわよ!」
「え? うん」
気合入ってんな。昔よりも少し髪が伸びて大人びた表情がなんだか可愛い。ヴァレリーは左足を前に出して剣を腰に近づけ腰構えになる。腰構えからの攻撃は突きから転じる技が多い、こっちも左足を前に出した腰構えで対峙する。
「「…………」」
ヴァレリーが先に動くかと思ったけど、様子見みたいだ。なら僕からいかせてもらおう。
大きく右足を踏み込んで突きを出すと、ヴァレリーは差し替え足で、斜め右に一歩踏み込みながら、構えを変えてこちらの突きを避けてから、突き返してきた。
突き返されるのは想定の範囲内だ。直ぐに突きだした剣を円を描くように下から振って、相手の突きの軌道を逸らす。手首のスナップを使って裏刃で反撃すると、ヴァレリーは剣で弾いてくる。そのまま刃と刃を合わせての刃迫り合いに持ち込みながら、刃を彼女の鍔にまで滑らせてから胸に突きを打ち込む。手に微かな手応えを感じた瞬間に、彼女は後ろへ飛び退いた。
「――今の当たったよね?」
「あ、あたってない!」
一瞬目を泳がせた後に顔を少し赤くしながら反論してきた。うん、まぁいいけど。チラっとジョエル騎士団長を見ても「取り敢えず続けて」と目で言っていたので構え直す。ヴァレリーの方は天構えで待っていた。ジリジリと徐々に近づいて行き、互いに一足一刀の間合いに入った。
「――せい!」
当たったら普通に致命傷を負いそうな勢いで剣が振り下ろされた。あれはヤル気だ。
左へ避けながら振り下ろされた剣に合わせて、自分の剣で彼女の剣を横から突く。剣身と鍔の間に入り軌道を逸らしたのを確認したら、彼女の剣から自分の剣を離しながら、掬い上げるように彼女の脇に斬りつける寸前で止める。
ヴァレリーは目を見開いてから、目を伏せた。
「負けたわ……」
「有り難うございました」
お互いに礼をしてからジョエル騎士団長の方を見る。
「よくやったぞ。それじゃカイム君、ヴァレリーも今日は強化術について説明するからよく聞きなさい」
とうとう強化術か、なんだかワクワクする。
「さて、強化術についてなんだが、これは教えるのが非常に難しい。基本的には説明だけ聞いて後は自分でどうにかしろとしか言えない」
初っ端からそれか。
説明された強化術を解説すると以下のようになる。
まず、強化術と一言でいってもその内訳は二種類ある。それは【攻撃強化術】と【防御強化術】だ。この二種類を自在に操れるようになって初めて肆段になれる。
【攻撃強化術】の事をジョエル騎士団長は、物が軽くなったり、振りが速くなったりすると説明していた。たぶん筋力が上がるんだろう。極めれば鎧ですら叩き斬ったり、素手で引き裂いたりも出来るみたいだが、防御強化術と併用しないと体が持たないらしい。脳の制限を解除するみたいな感じなんだろうか?
【防御強化術】は、殴られたり切られたりしてもある程度は平気になるらしい。もちろん使い手の練度によるらしいが。ちなみに魔法攻撃に抵抗出来るようになるみたいだ、ただ実感出来るほどの使い手は少ないみたいだけど。
一番肝心なこの二種類の使い方だが、とにかく毎日のように練習して、さらに才能が有れば出来るようになるらしい……。
「えっと……それって、教えられないってことですか?」
「はっきり言えばそうだな」
あぁ、自分でなんとかしろっていうのは「教えない」じゃなくて「教え方が分からない」の方なのか。もう少し説明を聞いたら、教え方が確立されていなく、皆自力で覚えるらしい。
「せめて、こんな感じとか、こんな風にとか、感覚的な事は分からないですか?」
「そうだな。攻撃強化術は強化したい部分をギュッ! っとする感じだ。防御強化術は纏うようなヌルっとした感じだ」
視線を離してヴァレリーと少し見詰め合ってから、もう一度ジョエル騎士団長を見る。
ギュッ! としてヌルっとするって意味分かんないです。はい。
「分からないって顔してるな? 大丈夫だ自分も分からなかった。それに今も分からん」
ドヤ顔で言われても……。本当に感覚的なものなんだな、抽象的すぎて意味が分かんない。
「そう言えば、同じ肆段の剣術家に具体的な説明してる奴がいたな」
「どんな事言ってましたか?」
「……すまん。思い出せんな。旅するのが趣味だって言っていたから何処に居るのかも分からんな」
本当に地味に頑張るしかないな。取り敢えず、ギュッ! としてヌルッ! だ!
早速実践してみても出来なかった。当たり前か。練習を繰り返しているとお昼の時間になった。
「今日はここまでだ。カイム君、また明後日な」
「はい、有り難うございました!」
ジョエル騎士団長を見送ってから、伸びをする。
「うぅ~ん……今日は何処で食べようかな~」
定位置の一つである木の下に座ると、ヴァレリーも付いてきていた。
「カイムは、今日お弁当?」
「そうだよ」
返事をしながら、木の下で葉っぱに包まれたおにぎりを取り出す。ヴァレリーも横に座って野菜やお肉が挟まれた黒パンを取り出した。
「それ好きね」
モッキュモッキュと食べていたおにぎりを指さして言った。
「やっぱり苦手?」
「う~ん。嫌いではないけれど、やっぱり抵抗があるわね」
基本的に人族はパンを主食にするのに対して、人獣族はお米などの穀物類を主食にする。人獣族を差別していようが、してなかろうが人族にとっては人獣族が食べているお米に抵抗があるみたいだ。
「こんなに美味しいのに」
「カイムの食べてる顔を見るととても美味しそうに感じるけどね」
ちなみにお米が主食といっても、お米を育てている地域だけだ。お米の取れない地域では人獣族もパンを主食にしているらしい。パンも美味しいけど、あのスカスカした感じが好きになれないんだよね。食べた! って感じがしないし。
チラっとヴァレリーを見ると、首から汗が垂れて服の中へ入っていくところだった。思わずジッと見てしまう。そういう年齢になったのかそういうのを意識するようになってしまった。ちょっとドキドキする。
「?」
ヴァレリーが僕の視線に気が付いて目を合わせてくる。直ぐに視線を逸らしてお米を色茶葉茶で流し込む。ホッと一息ついたら大きな青い目がこっちを見詰めながら近づいてきていた。
「ミーレル!」
「あ、ぁ、あの、はいコレ」
少し顔を赤くしながらモジモジと上目遣いで手を差し出してきた。
(な、なんだこの可愛い生き物は!!!!)
鼻息を少し荒くしながらも紳士を装って差し出された手の下に手を出した。
ポトっと落ちたのは少し大きい煮干しだった。うん、ミーレルらしいね。
「ありがとう」
お礼を言ったら、さらに顔を赤くして尻尾ほ振っていた。はぁはぁ。
頭を撫でながらモフモフな耳も触る。ミーレルを助けた日以来ずっとこの調子だ。
ッフ、惚れたな。でもごめん、僕にマヤがいるんだ! あぁでもミーレルも可愛いよ。って撫でていたらヴァレリーが人を目で殺せるくらい睨んでた。怖いよ。
キャッキャッウフフとイチャイチャしていたら北門の付近が何やら騒がしくなってきた。
「なんだろ? 見に行ってくるね」
「私も行くわ」
「ぁ、あたしも」
三人で北門へ向かう。ヴァレリーとミーレルが楽しくお喋りをしているのを視界の隅に捕らえながらお尻を見ていたら、思いの外早くに北門に着いた。丁度近くに居た自警団に話しかける。
「どうしたんです?」
「あぁ、ホラ。遠くに隊商が見えるだろ? なんだかボロボロで襲われたみたいなんだが、何時も来てくれる隊商じゃないし、どうしようかと思ってな」
犬耳族の人が指さした先には、帆が切れたり所々傷付いた二台の荷馬車が近づいてきていた。
「助けないんですか?」
「いや、人間族だからな……。ああやって襲うこともあるんだよ」
なるほど。さすがだな人間族。
「流石にあの人数でこの村を襲うとは考えられないけどな」
荷馬車が近づいてくるのを見ていると後ろから馬の歩く音が聞こえてきた。
「今から確認しに行く。もしもの時のために、自警団と治癒士を連れて来てくれ」
良くも悪くも準備するって事か。ジョエル騎士団長は四名の騎士と共に馬で荷馬車に近づいて行った。ジョエル騎士団長と隊商が遠くで喋っている時にマヤが北門へ来ていた。
「あら? カイム、呼ばれたんだけどどうしたの?」
「傷付いた隊商がいるみたいだから、その治療に呼ばれたんだと思うよ」
隊商を指さして説明したら、マヤが納得した顔をした。
「なるほどね、なら村に入るまでここで待ってるわ」
あの一件以来、僕は知らない人間族に対して警戒しているから、マヤの傍で警戒しておこう。だけど今は練習の帰りだから木剣しか持っていない。心細いけどなんとかなるだろう。
少しすると一人の騎士が門へ戻ってきた。
「隊商は魔物に襲われたみたいだ。村の中に入れるので場所を空けておいてくれ」
北門のすぐ近くにスペースを作ると、ジョエル騎士団長が警護してきた隊商が村へ入ってきた。
荷馬車には切り傷や幾つもの矢が突き刺さったままだった。
マヤが治療の為に呼ばれると、マヤと僕とミーレルで向かう。ヴァレリーはジョエル騎士団長の方へ向かったみたいだ。
隊商の人は全部で十人、その内の四人が怪我をしていた。刃物で斬りつけられたような傷だが深くはないみたいだ。マヤが一人ずつに治癒魔法を施していく。最初に治療されていた髭面で色黒の男がマヤを見て喋る。
「おお、凄い治癒魔法ですな! もしや、あなたが高名な高位妖精族のマヤ様ですか?」
「高名だなんて。ですが私がマヤです。傷は綺麗に治しますので安静にしていて下さい」
「まさかマヤ様が自ら治癒魔法を行っていただくなんて、感激ですな!」
良く分かってるじゃないか! でも渡さないぞ!
全ての人の治癒が終わるとジョエル騎士団長が隊商の人が居る方へ向かって行った。
「早速ですが、何に襲われたのか、何故この村へ逃げたのかを詳しくお話し下さい」
質問されると、先ほどの髭面の男が前に出て説明を始めた。
「では、隊商の主である私から説明しましょう」
髭面で体格もいいから傭兵か何かかと思っていたけど、違ったのか。
「実はエリレオ都市へ商品を届けた帰りがてら、この近辺で取れる素材の採取に来たのですが、その時に闘豚族に見つかって此処まで逃げてきたのです」
「闘豚族だと? どの辺りで見た?」
「いえ、ハッキリとは覚えていないのですが。恐らくあそこの森かと」
そう言って隊商の主が指さした先は、北西にある森だった。あそこは前にオークが出た場所だ。ジョエル騎士団長は疑わしげな視線で隊商の主を見てから、北西の森を見た。
「嘘ではないのだな?」
「はい、確かに見ました。詳しい場所までは覚えていませんが」
「この辺りで取れる素材なぞ、たかが知れているが……。取り敢えず調査はするしかないか」
ジョエル騎士団長が騎士の方へ振り向くと、矢継ぎ早に指示を出して森へ調査に行く準備を始めた。
「私達はどうしましょうか? 出来れば村の商品を仕入れるために滞在したいのですが?」
隊商の主がそう言うとジョエル騎士団長が答えた。
「一日二日ならいいだろう。あそこにある宿に宿泊するといい、迷惑はかけるなよ」
「どうも、それじゃ早速宿に行きます」
隊商達が宿へ行った後もジョエル騎士団長は疑いの目を解かなかった。
「何が気になってるんですか?」
気になったので直接質問することにした。
「……恐らく襲われたのは本当かもしれん。だが、荷台にあるのは木箱や縄。中身も空だった」
「それだけじゃ、特に怪しくもないのでは?」
「もう一つの疑問が、商人も含めて皆武装している事だな。――考えすぎかもしれんが、警戒した方がいいだろう」
確かに剣や盾、さらには軽装の鎧まで身に着けていたけど、この世界の外は危険だから普通な気もするんだけど?
「ヴァレリー、それとカイム君。少し手を貸してくれ」
「はい。なんでしょう?」
「漁をしている村人にこの事を知らせて来てくれ。なるべく早めに帰ってくるようにと」
「分かりました」
「はい」
ミーレルをマヤに任せてヴァレリーと海岸へ向かう。
~~~
海岸に居た漁師さん達に報告してから、村へ帰るころには日が傾き始めていた。村に帰ってくると自警団員と騎士団の人達が慌ただしく動き回っていた。
「どうしたんだろ?」
「何かしら?」
自警団員や騎士団の人達は、木板を繋げた障害物を作っていたり、台や松明を作っている人もいる。二人して互いに顔を見合わせながら首を傾げる。
「誰か暇そうな人に聞こうか」
キョロキョロと辺りを見渡すと顔見知りが居た。向こうもこっちに気が付いたみたいだ。
「リィデットさん、村が何時もと違うんですけど、どうかしたんですか?」
「ん? 知らないのか?」
「父さんに言われて、漁師さんに今日は早く帰るようにって注意してきたところだから、どうしたのか分からないのよ」
「そう言う事か」
大きくて可愛げのある尻尾を掻きながらリィデットさんが答える。
「北西の森へ調査に出かけた騎士団が闘豚族を発見してそのまま追跡したら、闘豚族の集団がいたらしい。しかも進路はこの村みたいだ」
「え……集団が? 此処へ?」
「か、数はどのくらいなんですか?」
あまりのことに動揺する僕の代わりにヴァレリーが質問した。
「まだはっきりした数は分からないみたいだが、少なくとも百体以上の集団らしい」
百体? それは多いな、通り過ぎるだけならいいんだけど。騎士団と自警団、さらに予備の自警団も合わせても八十人ほどしかいない。いや、堀や壁がある分大丈夫なのかな?
「まさか闘豚族が百体って事じゃないですよね!?」
「構成もまだ分かってない。監視している騎士団が戻って来てからだな」
「えっと、良く分かんないんですけど。堀や壁で村が守られているから、立て籠もっていれば敵も手が出せないんじゃないの?」
質問したらヴァレリーが「何言ってるのこの人?」って顔でガン見してきた。
「闘豚族は獣人族の中では戦いに特化した種族なのよ。相手が都市だろうが砦だろうが城だろうが準備を整えて攻めてくるわ。それに、前にも説明されたと思うけど、闘豚族は素人が二対一でやっと互角に勝負出来る相手よ。個体差の能力も幅広いから一概には言えないけれどね」
そうなると戦力ではこっちが押されている事になるのか。
「それだから少しでも抵抗しようと、せっせと杭を打ち込んだりして準備してるんだ」
「そうですか、自分は何すればいいですか?」
「いや、マヤさんの所に行ってやれ、たぶん村長の家にいるはずだ」
そうだね、マヤを守らないと。
「分かりました行ってきます」
「私も行くわ」
直ぐに二人で走り始める。村のお店はほとんど閉めたみたいだ。さらに通路には簡易な障害物が出来上がっている。走って村長の家にまで行き中に入ると、マヤと村長が話していた。
「マヤ!」
「カイム!」
マヤは僕の顔を見て安堵した表情を見せて近寄ってきた。ヴァレリーの方もジョエル騎士団長を見つけて駆け寄って行った。
「マヤ、闘豚族が来るって。どうしよう?」
「大丈夫。騎士団や自警団員の人が守ってくれるわよ」
「で、でも僕も自警団員なんだ。何かしないと」
「カイム。確かにそうだけどカイムはまだ未成年なのよ、よっぽどの事が無い限りカイムが戦う必要はないのよ」
「せめて準備のてつ――」
「バン!」と、激しく扉を開ける音を響かせながらミリアムと騎士が入ってきた。何やら急いでいるみたいで、表情にも余裕が無い。嫌な予感がひしひしと伝わってくる。
「ミリアム殿か。斥候の報告が来たか!?」
ジョエル騎士団長が大きな声でミリアムと騎士に聞く。質問された騎士がそれに答えた。
「ハッ! 報告致します! 魔物の集団は約百五十体。構成は闘豚族が八十体に、残りは子戯族と少数の錬鬼族だと思われます!」
報告を聞いたジョエル騎士団長の眉間に皺が出来る。
「錬鬼族が居るとなると本格的な戦闘になるか」
何? ゴブリンってそんなに強いの? と思って、マヤに質問したらゴブリンについて教えてくれた。
【錬鬼族】は90センチ程の身長に利休色の肌、少し幅広く先端が垂れた耳。外見上のそれら特徴は大抵、革や金属の鎧を全身に装備しているためになかなか見る事は出来ない。そしてゴブリン達の一番の特徴は、その武器や防具を自ら作り出せるその技術。武具は勿論、生活用品すらも作り出す能力は、種族の名前にも書かれている通りに錬金術師としても有名になっている。
ただゴブリン自体はそこまで強い獣人ではないので普段ではそこまで脅威とされていない、むしろ着ている装備を売れば金になるので人族などにとっては金になる魔物だ。
但し戦争となれば話は別。ゴブリンはその高い技術力で武具や攻城兵器を作り、味方側に提供するのだから。
「獣人は何時頃に来る?」
「恐らく明日の早朝だと思われます!」
「……直ぐに外側の土塁に追加で杭を打ち込め! 木材に余裕があればさらに周囲に縦杭と余った枝で障害物を作れ! それと王国に援軍を要請しろ! 後は近隣の領主にも応援を要請をしろ、大至急だ!」
「ッハ! 直ちに手配します!」
報告に来ていた騎士は命令を受けると即座に出て行った。そしてジョエル騎士団長は僕を見て話を続けた。
「カイム君。未成年の君を戦場に出したくは無いがまともに戦える者は少ない。すまないが君の力も借りるぞ」
「分かりま――」
「そんな! カイムに戦争なんて!」
そう声を張り上げたのはマヤだ。
「もちろん最前線には出しません。ただ、弓を扱える者が一人でも多く必要です。正直今の戦力では心許無い。それに援軍が来る前に決着が付くでしょう。良い意味でも悪い意味でも……」
「分かってます、分かってはいるんです……」
マヤは僕の顔をじっと見詰めながら不安そうな顔をしていた。
「カイム君はなるべくマヤ様の近くに居させます。敵が近づけば弓で応戦してもらいますが、その後は彼の判断で動いて良いことにしましょう。それとヴァレリーをカイム君の護衛と補佐につけます」
自由に動けるなら、好きなときに戦っても逃げても良い訳か、ヴァレリーを僕に付けたのは娘さんの身の安全のためでもあるのかな。
「マヤ。僕もこの村に世話になっているんだ。少しでも役に立たないと」
「マヤさん。私がカイム君を守りますから安心してください」
女の子にこんなこと言われるとちょっと悲しくなるけど、まぁいいか。
「……分かったわ、無理しちゃ駄目よカイム」
マヤは少し泣きそうな、申し訳無さそうな顔で僕を見詰めた。
「大丈夫だよ。これからもずっと一緒だから!」
「――そうね、カイム」
マヤは何時も僕のために行動し、僕を守ろうとしてくれる。過保護なくらいに心配もしてくれるけど、お世話になっている村をほっぽって戦いに参加しない訳にもいかない。
本当はずっとマヤの傍にいて守りたいけど、家の中の方が安全だろう。僕も何かあれば直ぐに家に帰れるようにするし。
だからそんなに申し訳無さそうな顔で僕を見詰めなくても大丈夫だよ。
でも、
僕は後悔する、
ずっと傍に居なかったことを。
――永遠に。




