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僕は君との思い出を  作者: 海鴨
第一章 異世界
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第9話 放心と逆撃

 あれからも闘豚族オークに警戒していたが一度も現れなかった、代わりに子戯族コボルトが出るようになっていた。ジョエル騎士団長は恐らくオークの斥候として使われているんじゃないのかと思案しあんしているみたいだ。


 それと、何故なぜか僕が狩りの一員として猟師の仕事を手伝うようになっていた。ホントになぜだ……。しかも、戦えることが分かると村の自警団にも入れられた。未成年なのでまでも予備員として。予備なのにお呼びが掛かることがある、主に魔物退治に。――おかしくない?


 ミリアムに強引に入れられたので全部ミリアムの所為せいだろう、魔物退治の時には一緒についてきたけど見ているだけで僕任せだったし。そういう方針で鍛えてるんだろうか? 命が大事なので勘弁してほしい。そろそろ休憩も終わるから練習に行くか。


「休憩は終わりか? ならまた続きからだな」


 ジョエル騎士団長の言葉に従って、鉄板を着せた丸太の前に行く。初段になって覚えるのは、新しい構えに基礎と応用と半剣術。半剣術は片手で剣身をつかんで突きをおこなったり、剣身の平に手をえて相手の攻撃を防いだりする技術を習う。槍をあつかうように構えると言えば分かり易いだろう。弐段になると、基礎と応用の他に逆撃ぎゃくげき技を習う、今日はその逆撃ぎゃくげきの練習だ。


「半剣からの逆撃へ繋げる技の続きだ、構えたら始めろ」


 まずは、左足を前に体を右側へ向けるように斜めに向く、右手はひじを曲げたまま頭上に持っていって剣の柄を握り、左手は剣身の中間より少し先を握って相手の顔を突くように水平に構える事を、半剣持ち天構えと言う。――まんまだね。

 それと、素手で剣身を持っていたら怪我をするので、半剣持ちをするときは籠手こてや手袋を必ずつける。


 半剣持ちの構えになったときの攻撃は、突く。これだけだがとても強力だ、まず剣身を握って構えているので、突きを出すときに剣先がほとんどれずに突く事が出来き、さらに威力も大きい。剣先が振れないので相手が全身に鎧を装備していても兜の目の部分や、鎧の隙間に的確に攻撃出来る。剣のさき鎖帷子チェインメイルの金属製のつらぬいて突き刺す事も出来る。


「よし。いきます」


 半剣の説明をしたが、今回やるのは半剣からの逆撃へ繋げる技。これはビックリするくらい簡単だ。


「フッ!」


 半剣持ち天構えの体勢から、右足を一歩踏込みながら柄を握っていた右手を剣身を握っている左手よりも手前側を持ち、剣身を握って振り下ろす。一言で言うなら、剣を逆さまに持って攻撃するだけだ。何時いつどおりに剣を握るように剣身を握ってつば部分か柄頭つかがしらで攻撃する。


 金属が叩きつけられる音が響き渡る。手にも少し振動が伝わってきてビリビリする。正直、技とも呼べないくらい簡単なだが、鎧を着込んだ相手には効く。金属では斬撃は防げても衝撃は防げないからだ。しかも、運良く鎧が衝撃でゆがんでくれれば、その部分が圧迫あっぱくされて苦しくもなる。ただしこの世界には衝撃に強い金属も存在するみたいだ。どうやって対策するんだろうか?


 何度も逆撃ぎゃくげきで振り下ろしたら、次は横から逆撃をする。左足を前に出した半剣持ち天構えの体勢から、腕を肩と胸の間まで下ろして半剣持ち胸構えになる。攻撃はさっきと同じように、右足を一歩踏み出しながら右手を柄から離して左手で握っている剣身のすぐ上を握って右から左へ振る。


 それが終われば今度は左利きの構えで、右足を前に体を左側へ向けるように斜めに向いて、相手に向けるように水平に構えた剣を肩と胸の間に持っていき、左手で柄を右手で剣身の中間より少し先を握って、半剣持ち胸構えの体勢に構える。それからは左足を一歩踏込みながら、左手を柄から離して右手で握っている剣身のすぐ上を握って左から右へ振る。


「ふぅ……」


 すでに何度も打ち込まれて金属の板は少しへこんでいる。それ以上に木剣の方がボコボコになっているんだが、そろそろ買いえるしかないか。


「どうだ、感じが掴めてきたか?」


「振るだけだったられてきました。後は、鍔で相手や剣を引っ掛けたりするんですよね?」


 まだ教わっていないが、逆撃ぎゃくげきつばの部分で相手を引っ掛けて押し倒したり、引き倒したりすることも出来るみたいだ、これも鎧を着た相手には有効だろう。


「そうだな。もう少しすればそのうち教えるだろう」


 何となく隣を見る。


(ああ、そうだ居ないんだっけか)


 今日も僕の練習相手の彼女は居ない。ヴァレリーは元気にしているかな?


「ヴァレリーは何時帰ってくるんですかね?」


 実はヴァレリーは数日前に従士じゅうしになる試験を受けに、バストニア王国の首都へ帰っている。


「試験を受けて帰ってくるまでに一ヶ月と数日ってところだろうな」


「結構長いんですね」


 この世界では三十日で一ヶ月と固定されていて、一年は十二ヶ月で三百六十(360)日まで。月の初めの十日間を上旬、二十日までを中旬、三十日までを下旬と呼ぶだけで、一週間という概念がいねんは無いみたいだ。


「さて、それじゃ今日はここまでにしようか」


「はい、有難う御座いました」


 挨拶を済ませてから武具店へ向かう。木剣を買い換えないと、他にも何か必要だったかな?

 修練所から北門通りを経由して武具店に辿たどりつくと、ローディーさんが店番をしていた。


「うん? カイム君か、いらっしゃい」


「ローディーさん、木剣売ってください」


「あいよ、小銀貨二枚ね。今もって来るから待っててな」


 ベルトに下げていた袋から、小銀貨二枚を取り出して机に置いておく。りょうや魔物退治で少しお金を貰うようになったから分かるけど、小銀貨一枚で一日暮らしていける。もちろん宿屋に泊まったり小物が必要になったら足りないけど。


「おまたせ」


 渡された木剣は今持っている鉄の小剣アイアンショートソードと同じ見た目をしていた。


「あれ、同じ見た目だ」


「自分の持ってる剣に合わせた方がいいかと思ってな。これからもがんばれよ」


「はい」


 さて、木剣も買ったし家に帰って置いてくるか。


 家に帰ると、木剣を置いてから釣竿とアイアンショートソードや道具を持って海岸へ向かう。東門から村の外へ出て桟橋へ向かうと、釣りをしている人がチラホラ居る、大抵たいていが三人ほど乗れる小舟で釣りをしていた。自分も桟橋のはしに座って釣りを始める。


(あぁ……落ち着く)


 毎日何かやっているから一人でボケェ~と出来る時間が楽しみになっている。なんだか年寄りくさいな。

 道具を入れていた袋から、お昼ご飯のおにぎりを取り出して、もきゅもきゅと食べる。海を見ながらの食事は幸せを感じるな~。


 今日も釣れない釣りを楽しみながら、何時も通り魔力循環をするために瞑想する。魔力を隅々(すみずみ)までめぐらせたり、流れに強弱をつけたりして、最後に魔法を放つときのように手に魔力を集中させて放出させる。放出させても魔法は出ない、ただ単に魔力を放出させているだけ。この放出した魔力を物に当ててみても特に何も起きなかった。


 この何がしたいのか分からない実験は無詠唱むえいしょうの練習をしていたんだけど、どうやら出来ないみたいだ。練習不足の可能性もあるから、ここ数日続けているけれど一向に出来る気配がしない。マヤに聞いてみたら、神話の神様は使えたり、古代長耳族ハイエルフの時代に数人使い手がいたぐらい。しかもそれも信憑性の薄い話らしい。もう数年頑張って出来なければ諦めるかな。

 無詠唱って言っても魔法は「手火ファイア」とか一言で済むからそこまで必要性を感じないけどね。


 桟橋から足をぶらぶらさせて放心していると、遠くから声が聞こえてきた。


「おーーーい!」


ん? 誰か呼ばれてるよ?


「おーーーーーい!」


 何度も呼ばれているのに誰も答えない。まったく呼ばれてるんだから早く返事してやれよ。と思って振り向くと、男が手を振りながらこっちに向かっていた。――あ、僕に用事ね。


「はーい、どうしました?」


 誰が得するのか分からない、兎耳が生えて焼けた肌に筋肉質の兎人族ラパンの男が、息を切らせながらこう言った。


「ハァハァ……。森で食べ物を採りに行っていた人が魔物に出くわしてりになっちまった」


「え! それでどうしたんですか!?」


「大半は逃げれたんだが、まだ何人か帰ってきてないんだ」


 あれ、今日ミーレルが茸や芋をりに森に行っていたな。


「ミーレルは無事ですか!?」


「いや……、行方が分からない人の中にミーレルがいる……」


「!? 今から行きます!」


 釣竿や必要の無い荷物をほうり投げて走る。今回、団体で食べ物を採りに行っていたのは東に広がる森だ。闘豚族オークが出た北西の森は危険なので、一部の人しか出入り禁止となっている。


 走っていくと森の少し前に怪我をした自警団員が腕を押さえていた。


「カイムか! 森に入るなら気をつけろ。子戯族コボルトがいる」


「貴方は大丈夫ですか?」


「心配ない、少し血が出てるだけだ。俺は此処ここで逃げてくる奴と救援に来た人の案内をする」


「分かりました。気をつけて」


「あぁ、お前もな」


 森に入ってからは、周囲に視線をやりながら走る。恐らく森の奥まで逃げたのかもしれない、近くであれば森の外に出てるはずだから。魔力を循環させながら剣を抜く、突然襲われても反応できるようにしておかないと。


 少し進むと、野菜の入ったかごや道具が散乱している場所を見つけた。此処ここで襲われたのか、それとも逃げる途中で邪魔になるから捨てたのか……。

 しゃがんで地面を観察していると土に足跡がついていた、これを辿たどっていけば見つけられるかもしれない。


「こっちか……ッ!?」


 足跡の方を目で追っていくと、その途中に子戯族コボルトが一匹立っていた。

 コボルトは全体的にせていて、骨ばった犬顔に長い耳、体は紅消鼠べにけしねずみ色に細い尻尾が生えている。趾行動物しこうどうぶつの脚を持ち基本は二足歩行で歩き、戦闘や急ぐときは四足歩行になる。身長は1メートル前後だが猫背のためにそれよりも低く感じる。この情報はもちろん【世界の種族】の内容だ。本当に便利だな、あの本。


 コボルトはこっちに気が付くと、木の棒を持って器用に四足歩行で向かってくる。左足を前に剣を体の右側後方へ、剣先を地面に向けての構えに構える。コボルトが跳びかかってくるのに合わせて左へけながら剣を下から上へぐように斬りつける。勢いもあいまってコボルトの腹を斬り裂いた。

 すぐに振り返って正眼せいがんに構えて警戒したが、コボルトは斬り裂かれた腹から出る臓器を押し止めようと、のた打ち回っていた。素早く近寄って首を突き刺しとどめを刺す。


(苦しむのを見るのはキツイな……)


 だけど、コボルトは獣人族に属するので魔石が無い。体に手を突っ込む行為をしないだけマシか。

 死体をどうしようか悩む、不死族になる確率は低いけど可能性が無いわけではないし、何より血の匂いに釣られて他の魔物が来るかもしれない。


 まぁ、そんなことやっている暇がないから放置しかないか。


 剣の血を布でぬぐってから再び走り出す。コボルトがいたってことは周囲にも居るだろう。集中して魔力を集めたら周囲索敵サーチフィールドの魔法を使う。自分だと5メートルしか索敵出来ないが、奇襲を受ける機会きかいは減るだろう。


 走って足跡を追ってもいまだに生存者と出会わない、森の外ではなく奥に向かって足跡が続いているので森から逃げれた訳でも無さそうだ。さらに進むと血の匂いと共に周囲索敵サーチフィールドに反応があった。


(生存者か?)


 反応のあった場所まで走って近づいて行くと、血の匂いが強くなっていく。そして凄惨な場面に出くわした。血溜ちだまりの中心には一人の人獣族が倒れていた。いや、死んでいた。その死体に二匹の餓鬼族ホブが群がり食い散らかしている。


(コイツら!)


 途方も無い怒りが湧いてくる。この人獣はただ殺されただけじゃない、なぶり殺されたあとがハッキリとあらわれていた。ホブの方は食べるのに夢中でこっちには気づいていないみたいだ。

 走りながら魔力を一箇所に集め、親指、人差し指、中指を広げてホブに向ける。


火矢ファイヤーアロー!」


 火で出来た細く短い一本の矢がホブへ向けて飛び出す。火矢ファイヤーアローがホブの背中に命中すると悲鳴を上げながら振り向く。すでに魔力を集中して、完成させていた二本目の火矢ファイヤーアローがホブの眉間みけんに刺ささり絶命した。


 この魔法は矢に火をけた火矢とほとんど威力が変わらない、一本一本放つたびに魔力を集中させるしかないので正直使いづらい。強みと言ったら真っ直ぐに飛ばす事や弓なりに飛ばせたりするぐらいだ。やっぱり使いづらい魔法だな。


 残ったもう一匹は前にも見た事のある木の棍棒を振り上げながら突進してくる。左足を前に出し少し前屈まえかがみになり、剣を右腰の近くに持っていき剣先を相手に向けた腰構こしがまえになる。

 ホブが棍棒をもった右手を振り下ろすタイミングに合わせて左にけながら剣を握った両手を頭上に持って行き、剣先を右に水平に向け、水平構えになる。

 棍棒が剣に当たったら流れに逆らわないように、剣先を地面に向けて受け流してから剣をホブの首に向けて斬りつけた。3センチほど首に食い込ませて止まったのを見てぐに剣を引いてさらに引き裂く。ホブが首を押さえて膝立ひざだちになったら後ろ足で顔を蹴り飛ばす。


(――やったか?)


 起き上がってこないのを確認してから息を吐く。


 改めて、人獣族の死体を確認すると、かろうじて元は栗鼠人族ビューカだったのだろうと分かった。身元を確認するために何か持っていないか調べたが特に何も無かった。さらにあたりを見渡すと小さな足跡が先に続いているのが見えた。


 子供の足跡か? この人は子供を逃がすために戦って時間を稼いだのかもしれない、先を急ぐか。


 さらに奥へ進んでいくと二匹のコボルトの死体と武装した人族ヒューマンの死体が転がっていた。人族ヒューマンの盾には無数の傷が付いていて激しい戦闘をしていたみたいだ。


(なんで人族ヒューマンの死体があるんだ?)


 精樹の村は人族ヒューマンが入ってはいけない訳ではないが、隊商で来るぐらいしか人族ヒューマンは近寄らない。辺りに飛び散っている血はまだ新しそうだ、しゃがんで死体に触れてみるとかすかに温かい。


 警戒しながらも先に進んでみると奥から声が聞こえた。かすかすれ聞こえて来る声の方へ向かうと怒号が鳴る。


「――このクソガキが!! ちょろちょろ逃げ回りやがって!!」


 二人の人族ヒューマンが剣を片手に怒鳴どなっていた。怒鳴られている対象を見ようとのぞくと幼い男女をかばうようにミーレルがおおかぶさっていた。


(これはヤバそうだ……)


 集中して魔力を廻らせながら、どう戦おうか考える。ホブやコボルトみたいな単純な相手ではないだろう、戦いながらも集中して魔法を出せない事を考えると、出来れば最初の奇襲で一人倒さないと、後々(あとあと)大変になるのは目に見えている。


「ニャア!?」


 叫び声と共にミーレルが蹴り飛ばされた。さらに追い討ちを掛けるように近づいて行ったためにこちらに背中を向けた。やるなら今しかない。


 姿勢を低くしたまま、全速で走りながら手を相手に向けて呪文をとなえる。


火矢ファイアーアロー!」


 弓に見立てるように広げた手を相手に向けて魔法を放った。ミーレルをつかみ上げ殴ろうとしていた右肩に深く刺さり、相手は悲鳴を上げた。そのまま背中を蹴飛ばしてからミーレルの手を掴んで引き寄せる。


「……カイム?」


「大丈夫かミーレル!? 助けに来たよ」


「――ガキ……やりやがったな!!」


 まずいな。もう一人の男は頭にきてもコッチを冷静に見ている。怒り心頭のまま突っ込んでくれればやりやすかったんだが……。


「あぁああ!!」


 肩を射抜かれた大男が戻ってきた。肩に刺さっていた矢は消えている、魔法の矢だから普通の矢と違って残らないところがまた使いづらい。


「落ち着け、あのガキ魔法を使えるぞ。警戒して2人でやるぞ」


 もう一人の男が僕を見ながら、大男に注意をうながす。 


「……ああ。だがとどめは俺だ」


「好きにしろ」


 ますますまずい状況になったな。魔法を受けた大男は革の胸当に剣を両手で使うみたいだ。もう一人の冷静そうなのは、加工布鎧パデットアーマー姿で片手剣に木製の小型盾バックラーを装備している。


「ミーレル、早く子供達を連れて逃げろ」


「でも、カイムが――」


「――そう思うなら早く行け。助け呼んでくれないとコッチが死ぬ」


 悲痛な表情を浮かべながらミーレルがうなずくと子供達を連れて走っていく。だけど子供に合わせた速度のために遅い。


(緊張で足が震える……あの時以来だな)


「何で人族ヒューマンが人獣族なんかかばうんだ? まぁいい、さっさと追いかけるか」


 大男が近寄ってきて剣を振り上げる。ちんたらしゃべってくれたおかげで次の魔法の準備は出来ている。手を伸ばして魔法を唱える。


手火ファイア!」


 大男は顔をかばってった。正眼構えになって突き刺そうと一歩踏み込んだ瞬間に横から顔面を狙って盾が迫ってくる。剣の平でなんとかふせいだが、そのまま数歩下がって相手を倒す機会を失ってしまった。


「よく防げたな、そのまま斬り殺そうとしたんだが……」


 横から邪魔してきたのは小型盾を構えた男だ。腕を真っ直ぐに伸ばして小盾を構えながら、剣を持った腕を引いて剣先と小盾が添うように構えている。

 

 男は走って向かってくると小盾で僕の視界をふさぐように腕を伸ばしながら、剣で突き刺してきた。視界を確保するように避けながら、突きを剣で迎撃げいえきすると、男はさらに一歩踏み込みながら小盾で手首を体に押し込むように押さえつつ、剣を振り払ってきた。無理な体勢だが腕を上げて吊り構えになって受け止める。上半身が仰け反って倒れそうになるのを数歩後ろに下がってやりごす。


「……お前、貴族のボンボンか? そのとしで剣術(かじ)ってるのか……」


 相手は剣をかがげて天構えに構えながら片手は小盾を突き出すように腕を伸ばす。こっちは正眼構えで対峙たいじする。


 男は距離を詰めると剣を振り下ろす、直ぐにその剣を打ち払うと、次は剣を持った手を目掛めがけてアッパー気味に小盾が迫る。柄を握っていた両手が自分の顔面に「ゴツン」と当たりながら小盾で手ごと顔面に押さえつけられて視界もさえぎられた。


(これ、まずくね?)


 素早く後退して距離を取ろうと動く、勿論もちろんそんな事は相手だって予想しているだろう。だけど他に防ぐ方法が思い浮かばないし時間も無い。下がりながら相手の攻撃を見ると突きが迫ってきていた。後ろに退いた体勢から突きを避けるために体をひねるがわずかに間に合わなかった。左脇を軽く突き刺されて血が出る。


ってえぇぇぇ!!)


 着地するとすでに剣が振り払われていた。剣を振り下ろすように刃迫はぜいに持ち込みながら、剣をすべらせて相手の剣のつばに剣身を合わせてから切っ先を腹に向けて突き刺す。が、突き刺しきる前に小盾で顔面を強打されて仰け反ってしまった。


「なかなかやるな。だが、大人の力と実戦経験の差はくつがえらないぞ」


 確かに一撃一撃の重さは僕とは比べ物にならない、小手先と技でなんとかするしかないな。


「あとお前に足りないのは。――汚さだな!」


 冷笑しながら男が忠告してきた。なんだ? 汚さ?

 と思っていると、男が地面を思いっきり蹴って土を浴びせてきた。


(きたねぇーーー!)


 片目に土埃が入って痛い。迫り来る剣を避けたり受け流したりするので精一杯だ。いくつものかすり傷を作りながらも致命傷だけは何とか避けられている。反撃しようと剣を振ったら手の甲を小盾で強打されてから右肩を斬りつけられた。


 あ、ちょっと深いかな。


 下がりながら右手を脱力したように伸ばして左手で剣を構える。


「なんだ腕使えないのか。なかなか手強てごわかったぞ、じゃぁな」


 笑いながら近づいてきた男にこちらも笑ってやった。

 右手で腰から取った投げナイフを投擲とうてきする。男は驚愕きょうがくして目を見開きながらも小盾でしっかりとはじき飛ばした、しかしまた驚きの声を上げる、いや、叫び声だ。二本目の投擲が小盾を持っている肩に突き刺さったからだ。


「アンタのおかげで勉強になったよ」


 さらにもう一本投擲しながら距離を詰める。相手は咄嗟とっさに投げナイフを避ける。僕は相手の剣を叩き落とすように剣を振り下ろしてから相手の剣を足で押さえつけると、腕に斬り付けた。さらに剣を首にえる。


 男は添えられた剣を見詰めてから、め息を吐いて目線を地面に向けた。


「アンタの負けだ、降伏しろ」


 そういうと男と目が合った。「何を言ってるんだ?」と。それから何度かうなずいてこう言ってきた。


「アマちゃんだったのか」


 男は体で僕を押し退けるが、ぐに剣を首に添えなおす。


「お前は殺せない。――何しに来たんだ?」


 その言葉に、剣を引いて首を切ろうと思ったが、体が言う事を聞かない。今になって人間を殺すことを躊躇ちゅうちょしてしまった。魔物を殺すのとは訳が違う、相手は人間だ。

 さらに男の体を見ると投げナイフが突き刺さったまま残っていたり、腕に斬り付けた傷から血が流れ出ていた。この傷や血は全て自分で傷つけた傷だ。だが、これからやろうとしていることは人を殺すということだ。


(駄目だ、出来ない……できないよ……)


 これ以上は無理だ。僕は殺せない、殺せないならせめて気絶させないと。


 男は剣を掴んで退しりぞけると、背中を見せて歩きながら視線を横にやって指示した。


「いいぞ」


 一瞬なんなのかが分からなかったが視線を追って横を見たら、そこには顔と腕に火傷をった大男が剣を振りかぶっていた。最初に魔法で倒したと思っていた男だ。


 目には殺意の色が見えていた。


 両手で振り抜かれる剣を見て、咄嗟とっさに身を守るように剣をり構えに構えた。だが、大人の、しかも両手で握られた剣の一撃を受け止められるわけが無い。


――フワリと宙に浮く感覚がして、体が飛ぶ。


「っう!」


 地面に落ちてからは勢いで転がっていく。剣の平部分で受けていたから衝撃だけで済んだが刃で受けていたら今頃、肩や腕に自分の剣の裏刃がめり込んで血が出ていただろう。


「くそ……」


 くらくらする頭を振って前を見ると、大男はすでに迫って来ていた。


 体勢を立て直してから天構えになって振り下ろす。相手も同じく振り下ろすと鍔迫つばぜり合いになったが、凄い勢いで押されていく。鍛えていても子供の力じゃどうしようもない。鍔迫り合いから逃れるように身を返して腕に斬り付けた。相手はさらに目を吊り上げて怒りの表情を向けてきた。


(本当に甘ちゃんだな、いまので首を斬れば倒せていたのに)


 相手は尾の構えになりながら走り迫ってきた。腰に手をやって最後の投擲をする。だが革の胸当に突き刺さって致命傷にはならなかったみたいだ。


 相手に剣の平を見せるように吊り構えになり、反対の剣の平を肩で押さえるように構える。男は渾身の力で下から上へ斜めに斬りつける。「ガギィン!」と金属がぶつかる音を響かせながらも防いだが、上半身が大きく仰け反った。なんとか体勢をととのえようと踏ん張ったところに拳が顔面へ飛んできた。


「ッブ!」


 ひたいを思いっきり殴られてまた仰け反る。グラグラする視界に横薙ぎに振り払われた剣が見えたが、思考が定まらない。当たると思った瞬間に地面に足を取られて転んだ。その頭上を振り払われた剣が通り過ぎていく。なんとか立ち上がると胸倉を掴まれて持ち上げられた。


なぶり殺してやる!」


 顔の近くで唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。もう恐怖で足が震えているが大男に向かって笑ってやった。


 さらに激怒した表情をする男ののどに手刀を打ち込んでから人中じんちゅうへ裏拳を叩き込む。男は口から血を出しながら僕を投げて木に叩きつけた。


「っかは……う、うぅ」


 また背中と頭をぶつけて意識が朦朧もうろうとする。大男が何かを怒鳴りながら近づいてきた。


(あぁ……ここで終わりか)


 逃げようと思っても、焦点が定まらなければ、体も動かないし頭も働かない。

 この世界に来ての五年と少しの思い出を思い出しながら、剣を持った大男が迫ってくるのを見る。


(楽しかったな。…………マヤ、ごめん)


 最後にマヤとの思い出を、涙を溜めながら思い出していると、目の前にいた大男が吹っ飛んで行った。


(……ん?)


 徐々に鮮明せんめいになる視界にはミリアムが背を向けて立っていた。顔だけで横を向くと、


「遅れてごめんね」


 と言ってきた。イケメンや……。


 小盾を持った男の方はミリアムを見て構えた。


「強そうなのが出てきたな……逃げられそうにねぇな。ならやるしかないだろ」


 腕を伸ばして小盾をミリアムに向けながら剣を掲げて突っ込んでくる。


 突っ立ったまま構えもしないミリアムは、男が剣を振り下ろそうとした瞬間に足刀蹴そくとうげりで盾を持った手首を蹴り上げて、剣を振り下ろそうとした手にぶつける。仰け反った男に回転しながら回し蹴りを脇腹に打ち込むと、男は木に激突して動かなくなった。


 ミリアムは倒れた男二人に目線をやりながら話しかけてくる。


「カイム、立ち上れるかい?」


「も、もう少し経てば立てます」


「一人は死んでるけど、もう一人は生かして連れて行きたいから自力でなんとかして、こっちは見張ってるから」


「はい」


 ゆっくりと木に手をわせて立ち上がると、男達の惨状が見えた。火傷を負った大男は首が変な方向へじ曲がっていて生きていないのが一目で分かる。小盾を持っていた男の方はピクリとも動かずに倒れているが、腹が上下して呼吸しているのが分かる。


 傷を治すために意識を集中して魔法を使おうとするが、いくら集中しようと思っても魔力が散ってしまう。こういう時でも集中できるように訓練しないとな、後は……。


「ミリアム先生……殺せませんでした……」


「……敵の姿を見て分かったけど、追い詰めたんだよね?」


「はい」


「最初は誰だって躊躇するものだよ。慣れさすために狩りや魔物を退治させていたんだけど、やっぱりまだ無理だったよね」


「……はい」


「カイム。殺すことが怖くて躊躇もするかもしれない、殺すことに慣れて何も感じない人になれとも思わないし、そうなったら終わりだと思う。……でも、何かを守るときにも躊躇して殺せなかったら、失うのは君の方なんだよ」


「…………はい」


「……もう少し待てば仲間が来るから、それまで安静にしてな」


 手に付いた血を見る。自分の血なのかも相手の血なのかも分からない、ただ傷ついて傷つけられたという事実だけがその手にこびり付いていた。ジッと手を見てから木にもたれ掛かって空を見る。沈み始めた二つの太陽が美しい夕焼けを演出していた。


(何時か人を殺せる人になるのか……何時か人を殺してしまう人になるのか……)


 少し落ち着いてから傷口に手を当てて簡易治癒ファストエイドの魔法を唱えていると、誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。


「無事か!?」


「カイム!?」


 そこにはマヤとジョエル騎士団長の他に騎士が三名付いて来ていた。マヤは僕の方へ駆け寄ると両手でほおを撫でながら泣いていた。僕はマヤの頭を撫でながら、今も生きている事を実感した。


 その後に、少し冷静になったマヤから二級の治癒魔法である【癒しの光(ヒールライト)】で傷を治してもらった。襲ってきた男達はミリアムや他の人の証言しょうげんから人攫ひとさらいであることが分かった。生き残った人攫いは村に連れて行ってから、バストニアの首都へ連れて行き処刑される運びとなった。


 僕の方はなさけない事に木に凭れ掛かったまま動けなくなってしまったので、ミリアムにおんぶされて村に帰った。緊張が解けて歩けなくなっただけだと思うけど、情けない。


 村まで戻ってくると、家の毛布の上に寝かされて大事を取ることになった。いや、もう動けるんだけど?


 マヤやミリアムと雑談していると、ミーレルもお礼を言いに来て、それを見た僕は泣いてしまった。お互いに泣きながら生きていた喜びを皆で感じながら夜がけていった。




用語と造語コーナー

※難しい用語から作者が作った造語まで分かりにくいものを説明するコーナー

本来ある用語と作者が勝手に作った造語が混ざってます。言葉によっては世間で使うと白い目で見られますのでゾクゾク出来ます。


【趾行動物】しこう しこうどうぶつ   ※鳥 犬 猫 など

 踵を浮かせた爪先立ちの状態で直立し、歩行すること。これを行う生物を趾行動物と呼ぶ。爪先立ちになることで脚全体の長さを稼ぐことができ、特に高速での移動において有利となっている。(wikiより)


【胸構え】むねがまえ

 胸と言うよりは実際は肩近くで剣を構えて切っ先を相手に向ける構え方。左足を前にして構えるときは、体の向きを右側に向け、剣を水平に切っ先を相手に向ける。剣の握り方は右手は手の甲が見えるように、左手は手の平が見えるように交差して構える。主に突きに特化した構え。作中での半剣持ち胸構えの場合は、右手は甲が見えるように柄を握り、左手も手の甲が見えるように剣身を握る。


【腰構え】こしがまえ

 右利きの場合:左足を前に出して少し前屈みになる、剣は右腰へ(正確には握っている手は腰よりも少し前へ、柄頭つかがしらを腰の直ぐ脇に)構える。反対の構えは、右足を前に剣を左腰で構え剣先は相手に向ける。左利きなら柄を握る手の位置を逆にするだけで構えは変わらない(両手でつかうなら)。主に突き、また防御に適した構え。


【水平構え】すいへいがまえ

 左に避ける場合:柄を握った両手を自分から見て左上の頭上(又は顔の前)に持っていき、剣先を右に向け水平に構える(刃先は縦て剣の平を見る)。主に攻撃を受け止める時や受け流す為の構えで、頭上と左右からの攻撃を防ぐ。頭上から攻撃を受けた場合、切っ先を地面に向けるようにする事で、相手の武器が振った勢いで滑り落ちていく(水平から地面に受け流す体勢は前に説明した吊り構えに移行している)。但し、突きの攻撃に対処するのは非常に難しい。


【人中】じんちゅう

 鼻と口の間。ここを思いっきり強打すると前歯2本とサヨナラできる。らしい。


「逝いってえぇぇぇ!!」はワザとです。それほど痛いって事で・・・。

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