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始原の王  作者: 吹いたヤカン
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蒼の王国 2

 ヨトゥン大陸の西部に位置する国家、カドゥルス王国。僕はその辺境伯……つまり、貴族の三男として生まれた。

 カドゥルス最北地、シュバルツァー領。海を越えれば七竜王国と呼ばれるリンドヴルム王国があり、陸地では大陸の覇者であるラジャリス帝国に面している、国境防衛に気が抜けない最高の領地だ。あはははは……はぁ。

  

 

「海産物の報告書~、二等書記官の休暇届け~、鉄の産出量~、選抜外交官の休暇届け~、各種作物の報告書~、臨時書記官の退職届け~……ってなんで皆休んだり辞めたりしようとしてんの? 領主がこんなに働いてるのに?」

「臨時は忙しさについていけず体を壊し、他の方々はもう三ヶ月も家に帰っていない選りすぐりの社畜(エリート)達です。ここで休みを与えるのも、立派な領主の責務かと愚考いたしますが?」

「……臨時はまた募集して。休暇は……もう届け出だしてる奴全員一気に休みやるから。英気を養ってまた地獄(しごと)に戻ってくれと伝えてくれ」

「かしこまりました」



 で、まあ……何故三男の僕が……というか17になったばかりの小僧が父上を差し置いて領主をやっているのかというと、単純に僕が好き放題やったからだ。親の言うことも聞かず各地を放浪、10歳を過ぎてからは国境も超えて、多くの国を転々としながら多くの世界を見て周った。そして三年前に帰国し、各地で手に入れた知識や魔道技術を適当に披露した結果、シュバルツァーの領地は見違えるほどに発展した。

 この功績によって、僕は兄たちを差し置いて領主に……であればどれほどよかっただろう。実際は、急激に進む発展に正式な手続きと人材の教育が間に合わず、父は四苦八苦してノイローゼ。兄たちもあまりの忙しさから目を回し、僕に責任を取らせるという運びになったわけだ。



「先が見えない、終わりがない。視界一面紙、紙、紙……」

「元気を出してください、イーサ。さあ、お茶にしましょう」

「…………ありがと、アイリ姉様」

「あまり甘やかさないで下さいませアイリーン様。元はといえば旦那様が執務を放棄し、逃げだしたことが原因なのですから。お茶を飲む暇があるのなら、少しでも手を動かしていただかないと」

 


 あはは。

 この鬼。悪魔。



「しかし、この量はあんまりではないですか?」

「これでも最小限なのです。ここにあるのは全て旦那様のお目通しと認可が必要なものばかり。我々の裁量で処理できるものは既に尽きているのです」

「ではお茶菓子だけでも食べさせてあげます。ほら、糖分は脳の活性化にも良いとされているでしょう? はい、口を開けて」



 アイリ姉様が砂糖菓子を摘んで、口に押し付けてくる。甘い香りが鼻孔をくすぐり、柔らかくとろけるような食感が口の中に広がってゆく。その甘さも、柔らかさも、咥えさせてくれた女性の在り方に引き摺られるかのように極上だった。


 アイリーン・シュバルツァー。


 シュバルツァー伯爵家の長女で、長い栗色の髪と、柔らかい表情が印象的な僕より二つ年上の姉。

 昔から優しさの塊のような人で、親分風を吹かせているガキ大将の兄や、インテリ風眼鏡の兄にいじめられた僕を、よく庇ってくれた。 

 一度は婚約していたが、それが破談になってからはずっと僕を支えてくれている。



「……アイリーン様」

「これなら、手も使わないで済むでしょう。はい、あーん」

「あーん」



 うん、美味い。



「はあ……ペンと判子をもう一つか二つ、追加いたしましょうか?」

「いや、ある場所はわかる。自分で持ってくるよ。……فقط في حالة السلطةبدء」



 術式起動。演算、開始。



「よっとっ……」



 魔術を展開し、24の羽ペンを動かしてゆく。 

 見る人が見ればかなり嘆くであろう魔術の無駄遣いだが、正直便利だ。魔道の深淵に辿り着くよりも、その過程にあるもののほうが役に立つと師匠は言っていたが、全くその通りだと思う。


 

「でも本当に何とかならないのアルヴィオーネ。この量が続けばイーサじゃなくても逃げ出したくなるわ」

「畏れながら申し上げますが、シュバルツァー領にとって今は最も重要な時でございます。この地は前御当主様をノイローゼ寸前にまで追い込んだ坊ちゃま……いえ、失礼いたしました。旦那様のおかげで、ようやく長き不毛の時代を越え盛え始めたばかり。多くの技術が発展し、新しいルールが定着しつつあり、今ようやく安定の時を迎えようとしております。

 今さえ乗り越えれば教育中の人材も育ち、旦那様のお仕事も格段に少なくなるでしょう」

「つまりその“今”を越えるまでは、イーサに耐えてもらうしかないと?」

「そういうことになります」



 あはははは、鬼メイド。こんなもの後一秒でもやってられるか。



「姉様」

「どうしたの、イーサ?」

「シュバルツァー家、現当主の名において命じます。僕に変わってこの地を治める新しき領主となり――」

「お断りさせて頂きます」

「断るのはやっ」



 こちらに見向きもせず、淡々と断られる。

 仮にも領主、腐っても弟である僕の言葉を歯牙にもかけず、記載が終わった書類を静かに整える様は美しい。美しく、澄まされている。

 伯爵令嬢としての教養、作法、佇まい。

 どう考えてもどこぞの放蕩息子より領主向きだ。

 


「だいたいイーサならともかく私が領主になんてなったら、あの馬鹿と眼鏡が何と言うか……」

「僕としては領主変わってくれなら、馬鹿でもメガネでもいいんだけどね」


 

 譲れるものならアイリ姉様に譲りたいところだが、元々家を継ぐ役目は長男、もしくは次男の役目だ。引き渡せるものならノシつけて渡してやりたい。

 そして僕はどっかの土地で適当に農家でもやりながら暮らすんだ。仙人のように山に籠ってもいいし、師匠のように森に籠ってもいい。とにかく領主やめたい。



「駄目よ」

「不許可です」

「なんでさ!?」



 が、両隣の女がそれを許さない。



「彼らはどちらも大器とは言い難い。このシュバルツァー家を正しく引っ張っていけるとは到底思えません。それに彼らが領主になったら、私は必ず政略に利用されるでしょう。どこの誰とも知らない輩の所へお嫁に行かなければならないのです。イーサ、あなたはそんなことを望むのですか?」



 ぬぐ、いや別に結婚相手くらい僕が探してやるし。

 優しくて、頭良くて、年収が高くて、高身長で、イケメンで、それでいて姉様の事を大事に思っていて、ちゃんと姉様を守ってくれるような奴じゃないと許さないけど。



「シュバルツァー家には騎士がおりません。理由をお忘れになりましたか?」

「……僕が追い出したからです」

「その通りです。旦那様が民に対するあまりの横暴にお怒りになり全員解雇されました。いつ外敵に襲われるか分からないシュバルツァー領において、専門の戦闘職の不在は重大な欠陥です。頼みの綱は旦那様が各国を渡り歩いて集めた私兵ばかり。彼らが、旦那様以外に従うとでも?」



 まあ、無いだろうな。特に兄貴達に従うのはない。

 僕が集めた私兵というのは、その殆どが奴隷身分や素性を語れない訳ありの人間だ。特権階級の意識が強かった兄貴達に散々奴隷部隊だの卑賤な奴らだの言われていたし、お世辞にも関係は良好と言い難い。



「であればお分かりでしょう。兄君に領主の座を譲ったシュバルツァー領の未来がどうなるか。もはや旦那様以外の方に、この地の領主は務まりはしないのです」

「うぐぐっ……いや、アイリ姉様ならあいつらも――」

「お断りします」

「だから断るのはやっ!」

「わたしは見てみたいのです。貴方が導くこの領がどのように変わってゆくのかを。あなたという存在を得たこの国が、これからどうなってゆくのかを……」

「僕は国を変えるような器じゃないよ」



 辺境一つでてんてこ舞いだ。国とか無理。マジ無理。死ぬ。



「ふふっ。ほら、手伝いであればいくらでもしてあげますから……もう少し、頑張りましょう?」

「シャーリーが旦那様にとケーキを半分届けてくれました。もうひと段落すれば休憩にいたしましょう。具体的にはあと千枚ほど処理した後に」

「……長い、長いよアルヴィー」



 殺す気か。



「大丈夫。あなたならやれるわ」

「はい。旦那様なら出来る筈です」



 ……ちくしょう。


アイリーン・シュバルツァー Age20

T154

B65‐74 W54 H80


筋力D

敏捷D

耐久F

生命力C

魔力D



シュバルツァー家の長女。

差別意識が強い貴族の中では珍しい、平等を重んじる女性。

心やさしく、凛とした態度は、学生時代にかなりの人気を誇ったらしい(男女問わず)

父と兄、上の弟を嫌っている節があるが、三男の弟だけは溺愛している。

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