表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
99/284

1歳3ヶ月 26 ―――宗教の街 ルーンペディ



 ケイリスくんが言っていたように、トーレットを出てからちょうど一週間目のお昼頃、私たちは次なる中継地点となる街に到着しました。

 もちろん、ここがトーレットから最も近い街というわけではありませんけれどね。目的地までに経由する街という条件さえなければ、もっと近場で、かつ観光に適したような賑やかな街もあったことでしょう。


 そこは歴史を感じさせる古めかしい石造りの街並み。街の随所に背の高い建造物が建てられており、そしてそのどれもが宗教的な意味合いの強い建物なのだそうです。

 街の名前はルーンペディ。これまでケイリスくんが街の関所をパスする際に言っていた「ルーンペディからの巡礼です」という言葉は、この宗教色の強い街に ちなんだものだったのですね。


 一週間ぶりに馬車から解放された私たちは、一応 最低限の変装はしつつも、街を満喫すべくみんなで大通りを歩いていました。

 とはいえ、七歳くらいになっているルローラちゃんは「歩くのめんどい」と言って馬車から降りようとしなかったので、現在はケイリスくんの背中で寝息を立てていますけど。

 ちなみに私は現在、ネルヴィアさんに抱かれています。そして今日は珍しくレジィが髪型のリクエストをしたため、髪型はポニーテール。首元が涼しくて快適です。


 私はポニーテールを揺らしながら、ルーンペディの街並みを見渡しました。

 通りを歩く人たちの多くは、現在レジィが変装しているような巡礼服か、あるいは修道士がほとんどみたいです。

 とはいえ男は戦場に駆り出されているようで、だいたいがシスターさんのようですね。


 そんな街の人たちですが、なんとなくせわしないというか、慌ただしいというか、浮かれているというか……やけに活気に溢れているように見えます。

 お祭りでもあるのでしょうか? それとも宗教的な祝日とか?

 ちょっと気にはなりましたが、それよりも久しぶりに保存食ではない食事にありつけるということで、私は大興奮で食事処へとみんなを急かしました。


 この世界の人たちはいまいち栄養バランスという概念に疎いみたいですが、私は違います。適度にさまざまな種類の食べ物を摂取してこそ健康な肉体が作られるというものです。

 間違っても、栄養ドリンクや栄養調整食品なんかで空腹をしのぎ続けてはならないのです。そうじゃないと、誰かさんみたいに惨めな死を迎えることとなりますからね。

 ああ、『家族のように親しい人たちと、のんびり食事をする』……なんと幸せなことか!


 ネルヴィアさんの膝の上で、私は運ばれてきた料理に思わず瞳を輝かせてしまいます。

 さぁさぁ、楽しいお食事タイムといこうではありませんか!


『いただきます!』

「いただきます」


 私が手を合わせて食前の儀礼を行うと、ネルヴィアさんとレジィ、それとケイリスくんが私に続きました。

 美味しそうな食事の匂いでようやく起きたらしいルローラちゃんが、そんな私たちのやり取りを見て怪訝そうに目を細めています。

 そんな彼女に、ネルヴィアさんが事の経緯を説明しだしました。


「これは、セフィ様がいつも食事の前に行う儀式なのです」

「儀式……?」

「すべての食材は、元は“命あるもの”でした、それを頂いているのだという意識で食事に臨もうという宣誓です」


 なんかそんな風に言うと、すごく高尚こうしょうな人みたいですね……そこまで宗教色の強い認識で口にしているわけではないのですが……

 しかしネルヴィアさんの尊敬の眼差しを前にして、そんな水を差すようなことを言えるはずもなく今日に至ります。む、胸が痛い……!


 ネルヴィアさんの説明を聞いたルローラちゃんは「ふーん」と言いながら私をチラリと見て、それから、


「……いただきます」


 ちっちゃな手を合わせて、私たちにならうのでした。心だけでなく空気も読める幼女、ルローラちゃん。

 そして、さぁ念願のまともな食事だと私は心を躍らせながら、嬉々としてスプーンを手に取ったところで……突然私の手をケイリスくんが掴み、引き止めたのです。


『……えっと、ケイリスくん?』

「お嬢様の料理を、まずは毒味させてください」


 えっ、毒味……!?

 いやいや、大丈夫だって! そんな政府要人じゃないんですから!

 ちょっとネルヴィアさんも何か言ってやってよ! と期待して彼女に視線を向けると、


「なるほど、それはもっともですね!」


 当たり前のような表情で、ネルヴィアさんも強く頷いていました。

 えぇー!? これ、私がおかしいのでしょうか?

 さすがにこんな赤ん坊を狙って毒殺しようなんてやつはいないんじゃないでしょうか……と思ってしまうのですが、二人にとっては違うみたいです。


 っていうか、仮に私の料理に毒が入っているとして、それで毒味したケイリスくんが死んじゃったりしたら大変じゃないですか! そっちのほうが嫌ですよ!

 でも、ケイリスくんは言いだしたら意外と頑固なところがあるしなぁ……普段わがままを一切言わない分、彼の申し出を断ると大変なことになるって事はエルフの里の一件で思い知りました。きっと普通に説得したんじゃ引き下がらないだろうなぁ。

 なにかこう良識とか価値観とかそういうのに訴えて、やめさせることはできないかな……?


 あっ、そうだ!


 私は、私の料理をすくおうと伸ばされたケイリスくんのスプーンを、私のスプーンで弾きました。

 不思議そうに目を丸くするケイリスくんに、私は自分のスプーンで料理をすくうと、そのままケイリスくんに差し出しました。


『はい、あーん』


 途端に、ガタッ! という音と共にネルヴィアさんとレジィが腰を浮かせました。お願いだから座って。

 私は二人をスルーして、にっこりとケイリスくんの出方を伺いました。

 いつも冷静沈着なケイリスくんのことですから、醒めた目つきで「……何やってるんですか」とか言って強い拒絶を示してくれると踏んでいたのですが……けれども結果はじつに意外なもので、


「う、えっ、あ……!?」


 見ていて気の毒なくらいに狼狽えたケイリスくんは、ぎこちなく周囲に視線を走らせながら頬を染めていました。

 あ、あれ……? なに、このケイリスくんらしからぬ反応は……

 しばらく動揺しながら自分の三つ編みを撫でていたケイリスくんは、けれどもしばらくすると小さく深呼吸を始めました。

 そして意を決したのか、まだ若干の恥じらいを見せつつも、私に顔を近づけてきました。

 えっ、ほんとにやるの!? ……いや、まぁ、いいんですけどね? やぶさかではないですけどね?

 でもネルヴィアさんやレジィならともかく、ケイリスくんが、こんな……

 私は内心の動揺を悟られまいと平常心を装いながら、ケイリスくんの口にスプーンを運びました。


 ぱくっ。


『……どう?』

「え? ……あっ、はい! その、ど、毒は入っていないようです!」


 あたふたとそう言うケイリスくんの言葉にいろんな意味で安心しました。でもお店の中でそんな物騒なことを大声で言わないでください。店員さんの目が痛いです。


「セフィ様! 私にも毒味させてください!」


 そう言ってネルヴィアさんが私の肩を掴み詰め寄ってきますが……あなた毒味って意味わかってますか? 毒味が必要になるものだったら、ケイリスくんが大変なことになってますよ?

 ……まぁ、彼女の言葉がどういう意味かというのはさすがにわかりますから、私はスプーンで料理をすくうと、ネルヴィアさんの口にも運んであげました。とっても大満足の表情です。

 ついでにレジィにもやってあげます。マントの下で尻尾がぴこぴこ揺れているようなので、こちらもご満足いただけたようでした。


 ああ、こうしてるとほんとに仲良し家族みたい! すっごい幸せ!

 こんな風に甘えてくれるこの子たちは、さながら我が子のように可愛くてついつい甘やかしてあげたくなっちゃいます。

 いえ客観的に見たら、完全に立場は真逆なんですけどね……。


 そして私たちと行動を共にし始めたばかりのルローラちゃんは、その常識的かつ客観的な視点で私たちのやり取りを見て、困惑気味な表情を浮かべていました。


 それから私たちは食事を終えてレジへ向かい、お金を払ってくれているケイリスくんを後ろから見ていると……そこで予想だにしないことを耳にします。


「本日は『勇者様』の誕生を祝う、神聖な日です。見たところ巡礼中のお客様のようですので、お代は要りません」


 ……は?


 “勇者様”?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ