1歳3ヶ月 25
さらにそれから二日が経ちました。
ゴトゴトと揺れる馬車の中、私が膝の上で寝ているレジィの頭を撫でながら、ボーっと窓の外を眺めていると……突然、ネルヴィアさんが「ひゃっ!?」と悲鳴を発しました。
何事かと思って見てみると、どうやら彼女の膝を枕にして寝ていたルローラちゃんが、ネルヴィアさんの豊満な胸を鷲掴みにしたようです。え、なにやってるの?
あわあわと顔を赤くして困惑しているネルヴィアさんに、ルローラちゃんはジトーっと不満げな視線を向けています。それを見ていると、なんとなくルルーさんの不愉快そうな目つきが思い出されました。さすが姉妹。
でもただでさえ人見知りなネルヴィアさんに、そういうよくわからないことをして怯えさせないであげてほしいんですけど……
すでに五歳児くらいにまで身体が成長しているルローラちゃんは、胸を鷲掴みにしている指をわさわさ動かしながら「むぅ……」と唸りました。
「ねぇ、なに食べてるの?」
「え?」
「ふだん、なに食べて生活してるの?」
唐突なルローラちゃんからの質問に、ネルヴィアさんは「え、えっと、ケイリスさんのごはんを……」と返します。
それを聞いたルローラちゃんは「ふーん」とだけ言うと、今度はネルヴィアさんの輝く金髪に手を伸ばしました。
相変わらずネルヴィアさんの髪は、金属かと見まごうばかりの光沢です。
それらを見て、ルローラちゃんは深々と溜息を吐くとうつ伏せになり、ネルヴィアさんの太ももに顔をうずめました。
そして「ふこうへいだ……」というくぐもった声が聞こえてきます。
どうやらルローラちゃん、ネルヴィアさんの外見的女子力に憧れているみたいです。
へぇ、なんか意外だなぁ。そういうの興味ないのかと勝手に思ってました。
「えっと……胸なんて運動の邪魔ですし、べつに良いことありませんよ?」
ネルヴィアさんのそんなフォローに、ルローラちゃんはキッと睨みをきかせます。その突き刺すような視線を受けたネルヴィアさんは「ひうっ!?」と飛び跳ねていました。……まぁ、今のはネルヴィアさんが悪いですね。
それは“持たざる者”にとっては嫌味にしか聞こえないよ……
「エルフの美的要素は、金髪が美しいことと、胸が大きいことなんだよ! その条件を満たしてなければ、ちんちくりん扱いされるの!」
そう叫んだルローラちゃんは、ムスッとして寝返りを打ちます。
へぇ、そんな基準があるのですね。そもそもエルフ族はほとんど美形しかいませんでしたから、顔の造形の良し悪しなんて逆に気にしないのでしょうか?
うーん、しかしネルヴィアさんほどじゃないにしても、ルローラちゃんも結構綺麗な髪してると思うんですけどね。でもネルヴィアさんの、あんなキラッキラの髪を見たら自信を喪失しちゃっても無理はありませんか。
言われてみれば、里を出る時にエルフたちのネルヴィアさんを見る目に熱いモノがこもっていたような気がしないでもありません。
ではネルヴィアさんがあのまま里にいたら、その美貌で男共を骨抜きにしちゃってたかもしれないのですか。もうちょっと人族とエルフ族との溝が埋まったら、ネルヴィアさんも“霊樹の枝”をたくさんもらっちゃうんじゃないでしょうか。
こうしてルローラちゃんに面と向かって褒められているネルヴィアさんは、しかし剣術以外で褒められた経験があまりないのです。そのため反応に困り、頬を染めてあわあわ言っています。
「で、でも、ルローラちゃんも、きっと大きくなったら……」
「……大きくなっても……大きくならなかったんだよ……」
あぁ……
ルローラちゃんの告白に、私とネルヴィアさんは無言で目を逸らします。
眠ることに専念して、かつ魔法を使わなければ、ルローラちゃんは一ヶ月で三十歳くらい歳をとります。つまり自分がどんな大人に成長するのかも、見たことがあるのでしょう。
そして、その姿はルローラちゃんの期待に沿うものではなかったようで……
「え、ええっと……いっぱい食べれば、いっぱい大きくなるんじゃないでしょうか……?」
といったネルヴィアさんのフォローも、どこか空々しい響きを感じます。
そんな気休めを受けたルローラちゃんは、とびっきり胡散臭そうな目をした後、ふと私に視線を向けました。その瞳には、なにやら強い期待が込められています。
「ゆーしゃ様は、あたしの“同志”だよね?」
ど、同志……? それって、私があんまり成長に期待できないと言いたいの!?
いやいやいや! たしかに私は生まれた時から人並み外れて小さい身体でしたけど! いまだに乳幼児かと間違われますけれど! でもほら私は一応男の子ですし!? 男の子って、中学生くらいで大きくなるものなんでしょう!?
そう、私は大器晩成型なのです! ゆくゆくはスラリと長い手足を手に入れて見せるのです!
私が全身で『意義あり!!』と叫んでいると、ルローラちゃんの言葉にネルヴィアさんがちょっと怒ったような表情で口を開きました。
おおっ、言ってやってくださいネルヴィアさん!
「セフィ様は小さくたっていいんです! むしろ小さいのがいいんです!」
チガウヨ……ソウジャナイヨ……
ネルヴィアさんの残念なフォロー力に私が肩を落としていると、ルローラちゃんはちょっと考えるような仕草をしてから、
「そういえば、ゆーしゃ様の言う“年齢指定子”っていうのが見つかったら、ゆーしゃ様自身にも使えるんだよね?」
ルローラちゃんが何気ない感じに言ったその言葉に、私は強い衝撃を受けました。
た、たしかに……! ルローラちゃんの呪いを中和することしか考えていませんでしたが、その魔法を応用して私自身の年齢を操ることも可能……!
そうしたら、二十歳くらいの姿に変身したりとかもできるのでしょうか? わおっ、夢が広がります! テクマコマヤコン!
このセフィの姿で大人になったら、どんな風になるのかなぁ……すっごい楽しみです!
大人になったら、さすがにもっと男らしくなってるでしょうか? むふふ、イケメンになってたらどうしましょう!
私が夢のある想像に口元を緩ませていると、なにやら「やれやれ」みたいな表情を浮かべているルローラちゃんが冷めた声で言いました。
「ふっ……ざんねんだけど、ゆーしゃ様は貧者同盟なんだよ。さぁ、いっしょに革命を成し遂げようじゃないか!」
ち、違うもん! そんな悲しい同盟に加わった覚えはないよ!?
私はもうちょっとしたら人並み程度には成長する……はずだし! ま、万が一の時は、魔法でどうにでもしてみせるしっ!
だからルローラちゃん、その「わかってるわかってる」みたいな生温かい目をやめなさい! その視線、なんだか無性に不安になるから! 不気味に手招きをするのもやめて!?
ひぃぃ、私を悲しき同盟軍に呼び込まないでぇ……!!




