1歳3ヶ月 22 ―――秘密
それからしばらくして……
私はエルフの里を一人でふらふら歩いていると、ようやく目当ての人物を見つけて彼へと近づいて行きました。
その彼は……ケイリスくんは、馬小屋に繋がれて休憩している馬に、水やエサをあげていたようです。
どうやら彼は動物に好かれる性質らしく、彼に撫でられている馬たちは気持ちよさそうに目を細めています。ケイリスくんの方も穏やかな笑みを口元に浮かべていて、そんな表情を向けられたことのない私はちょっぴりジェラシー。
私が近づいて行くと馬たちはビクリと飛び上がり、できるだけ私から距離を取ろうとします。
それによって私の接近に気が付いたらしいケイリスくんは「あ……」と小さく声を漏らし、表情を強張らせました。
『ケイリスくん。ちょっと話があるの」
「……は、はい」
その話というのが何なのか、どうやらケイリスくんには察しがついているようです。彼は気まずそうに目を逸らすと、落ち着きなく自らの三つ編みを撫で始めました。
そんな反応をされると話しづらくなってしまいますが、それでも話さないわけにはいきません。これからのみんなの安全のためにもです。
『初めて訪れたイースベルク共和国。そして初めて訪れたトーレット。そんな街のために、ただの帝国民、ただの使用人であるケイリスくんが、職務も身の安全も投げ出して、危険なエルフの里に一人で突撃。……どう考えても、普通じゃないよね?』
「そ……それは……」
『別に怒ってるわけじゃないよ。いや、危ないことをしたことは怒ってるけど、隠し事をしてること自体には怒ってないの。だって、私たちはまだ出会って数ヶ月。ケイリスくんが私を信頼してくれてなくても、それは仕方のないことだし、悪いのは信用に足らない私だと思うから』
「そ、そんなことないです……!」
私の言葉に、珍しくわりと必死な勢いで否定してくるケイリスくん。
えーっと、うん。まぁ仮にも現在の雇い主がこんな風に言ったら、内心はどうあれ否定せざるを得ないでしょうね。イジワルな言い方しちゃったかもしれません。
『ううん、事実だから気にしなくてもいいよ。でもね、私はケイリスくんが危険な場所に行ったら絶対に助けに行っちゃうし、そしたらネルヴィアおねーちゃんとレジィもついて来ちゃうんだよ。つまりケイリスくんの命は、もう一人だけのものじゃないの』
そしてケイリスくんが殺されたら、多分……その関係者はみんな私の手で死ぬことになります。そういう意味でも、ケイリスくんの命は一人分ではないのです。
『だからお願い、もう勝手に危ないことはしないで。……それから、ケイリスくんの気持ちも知らずに、トーレットを救いたいっていうお願いを無視しちゃって、ごめんなさい。もうお願いを断ったりなんてしないから、今度からはしっかり話し合おう?』
私は謝りながら頭を下げると、それから彼の瞳を真摯にまっすぐ見つめて、
『ケイリスくんのことは何があっても命に代えてでも守るし、できる限りお願いだって聞いてあげたいの。だって、私はケイリスくんのことを家族だと思ってるから』
私がそう言うと、ケイリスくんは目を見開いて、しばらくポカンと口を開けていました。
そして彼はその場にへたりと座り込むと、瞳に涙を浮かばせます。
えっ、何!? なんで!?
狼狽える私に構わず、ケイリスくんはぐすぐすと涙を零しながら震える声で、
「ごめっ、ごめん、なさいっ……! ひっく……お嬢様……!」
『あ、あの、こっちこそごめんね!? なにか、変なこと言っちゃった? な、泣かないで……?』
私はケイリスくんに慌てて駆け寄ると、座り込んでしまった彼に寄り添って、背中を撫でてあげました。
しばらくそうしてあげていると、やがてケイリスくんはゆっくりと私に手を伸ばして、私をギュッと抱きしめました。
それから、
「……ボクの秘密は、いつか必ず……そう遠くないうちに、必ず説明します……。だから……」
『うん、いいよ。話したくなるまで、話さなくっていいからね。だから、もう危ないことはしないで。もっと私を頼ってね』
「……はいっ……!」
その後、私はケイリスくんが落ち着くまで彼に身を任せて、一緒にいてあげました。
―――やがて空は白み始め、森には鳥の囀りが木霊し始めます。
まだ目元は腫れているものの、ちょっとは元気を取り戻してくれたらしいケイリスくんは、私を大事そうな手付きで抱き上げてくれると、ネルヴィアさんやレジィが休んでいるルローラちゃん宅の空き部屋に向かいながらポツリと、
「……お嬢様が、ボクの本当の家族だったらよかったのに」
その言葉を聞いた私は、彼の家庭環境に何やら不穏なものを感じながらも、じゃあそこまで言ってくれるのなら、いつかケイリスくんを養子にでもしてあげようかなどと適当なことを考えながら、
『なんなら、これから本当の家族になってみる?』
なんて軽い気持ちで言ってみると、ケイリスくんは数秒ほど固まってから、ぼんっ! と顔を真っ赤にして、黙りこんでしまいました。
えっ、な、何? どういう反応なのそれは?
それからしばらくの間、ケイリスくんはまた私と顔を合わせてくれなくなってしまいました。