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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 13



 ララさんはケイリスくんへ敵意の籠った視線を向けると、


「……あいつらは、“人攫い”だよ。うちの里の小さな子供が一人、攫われそうになったの。……もし、ちょっとでも気が付くのが遅れてたら、今頃あの子は……!」


 そう言って、怒りで歯を食いしばるララさん。私を抱きしめる手にも、自然と力がこもります。


 ……彼女が嘘を言っているようには、断じて見えませんでした。

 間近で彼女の表情を観察していた私には、この怒りは本物だろうという確信がありましたし、彼女の言葉が事実であれば、これほどの怒りを覚えるのも順当だと言えるでしょう。


 けれども私は念には念を入れて、ケイリスくんにこっそり追加の指示を飛ばします。

 ケイリスくんは小さく頷いて、


「それは、大人たちから聞かされたことですか? それとも、あなたも実際に見たことですか?」

「私も見たよっ!! あいつら、最後は子供の首にナイフを当てて……もしもルローラさんが駆けつけるのが遅れてたら、あんな怪我じゃすまなかった……」


 これでララさんが演技の達人とかでない限り、私はトーレットで聞かされた話よりも、彼女の言っていることの方が信憑性が高いと感じました

 というのも、私たちはトーレット襲撃の際に外壁から放り込まれた自称・行商人たちから、直接話を聞けたわけではありません。なんでも彼らは故郷で療養すると言って、馬車でさっさとトーレットを去ってしまったらしいのです。


 これについてはケイリスくんも私と同じような感想を抱いたらしく、やや同情的な感情を瞳に浮かばせながら、最後に気になることを訊ねました。


「じゃあ、行商人たちを攻撃した後、トーレットを襲ったのは……?」

「ルローラさんが人攫いをボコボコにしてくれた後、そいつらの心を読んで、まだ仲間がトーレットにいるってわかったんだよ。だから攫われそうになった子の親族たちが、残りの奴らも叩き潰してきたんだって」

「街の火災については?」

「……火災? なにそれ、そんなの私、聞いてないけど……」


 どうやら火災については、大方の予想通り倒壊した建物から運悪く出火してしまっただけのようです。

 まぁ、街を潰すつもりだったのなら、火災が起きてる時にわざわざ撤退するのはおかしいですからね。


 これが、エルフ族のトーレット襲撃の真実……ですか。


 ……あと、ララさんがあまりにもサラッと言ったので聞き流しそうになりましたが、『心を読む能力』を持つルローラさんというエルフがいるとのことです。

 ここに来てから嘘ばっかりの私は、絶対に会いたくない相手ですね。それでなくとも、“前世”のことがあるので会うわけにはいきませんが。


 ララさんは私を抱き上げると、ケイリスくんから守るようにちょっと距離を取りました。


「これでわかったでしょ? 人間は酷いんだよ。昔から、エルフは人間に攫われては酷い目に遭ってきたの。……でも」


 少しだけ語調を和らげたララさんは、胸に抱いた私をそっと撫でて、


「赤ちゃんに、罪はないもんね。私たちがこれからちゃんと愛情をもって育ててあげれば、そんな酷い人間に育つはずないもん。ね、リリちゃん?」


 ええっと、ごめんなさい。すでに『鮮血の処刑人』とか呼ばれて恐れられてます。


 ……でも、そっか。盗賊の襲撃がなければ、私は今もアルヒー村でみんなと平和に暮らしていたんでしょうね。それこそ人を傷つけることも、激昂に身を委ねることもなく、まるで普通の幼児みたいに。

 お兄ちゃんに止められなければ盗賊をなぶり殺しにしていたであろう私が、人攫い共を根絶するために街を襲ったエルフ族をどうこう言う資格はないでしょうね。


 むしろ、よく人攫いを半殺しで済ませてあげたものだと感心しちゃうくらいです。族長さんか、あるいはルローラさんとかいう人が、今後のことを考えて仲間にブレーキをかけたのでしょうか?

 だとすれば、私たちが今回の事実をトーレットに伝えて再発防止に努めれば、今度エルフ族が積極的に街を襲う心配はしなくても良さそうです。


 と、ケイリスくんも同じような結論に達したらしく、私が指示を出す前に言って欲しい言葉を口にしてくれました。


「……事情はわかりました。じゃあ、ボクがトーレットの住人たちに真相を伝えます。そしてエルフ族に二度とちょっかいをかけないような呼びかけを喚起するようにします。なので、ボクをここから出してもらえませんか?」

「そんなの、私に言われても困るけど……。でも、人間をいつまでも里に置いとくとは思えないし、いずれは解放されるんじゃないかな」

「いずれ、というのは?」

「それは知らないってば。族長に訊いてよ」


 そう言って、ほっぺを膨らませるララさん。まぁ、当然と言えば当然の解答ですね。

 とはいえ、これから処刑を執り行うとかそういうわけではないようで安心しました。

 これなら今後よっぽどの事態にならない限りは、エルフ族と本格的な戦争になることはなさそうです。


 今ならまだ、痛み分けということで決着がつけられると思います。

 実際、エルフ族が人攫いを殺さなかったのも、トーレットを滅ぼさなかったのも、それによって引き起こされるであろう血みどろの未来を回避するためでしょうし。


 エルフ族というのはプライドが高くて取っつきにくい種族かと思っていましたが、想像していたよりもずっと心優しくて理性的なようです。

 これなら、私がいろいろな犠牲リスクを度外視してまで、ケイリスくん確保のためにエルフの里へ飛び込んだのは愚策だったでしょうか? いえ、まぁ結果論ではありますが。


 さて。できることなら穏便に、このまま族長さんがケイリスくんを解放してくれるのを待ちたいところではありますが……しかし里のすぐ近くでネルヴィアさんとレジィを待たせてしまっている手前、あまり時間をかけるわけにはいきません。

 もたもたしていれば、あの二人が里に攻め込んでくる可能性もあります。特に最近のネルヴィアさんは、私に危険が及ぶような命令は無視する傾向にあるので不安です。


 どうにかして二人と連絡を取るか、あるいは多少のリスクは受け入れてでもケイリスくんと脱走してしまうか……


 そんなことを考えていた私は、そこで座敷牢小屋の入り口から入ってくる人影に気が付きました。


 その人物とは、先ほどもお会いしたエルフ族の族長さんです。

 わざわざ里の最高権力者であろう彼女が座敷牢へ足を運んできたのは、一体どういった理由によるものでしょうか?

 ケイリスくんの話をきちんと聞いて、解放してくれるため? それとも逆に……

 私がにわかに期待と不安の入り混じった感情を抱いていると、そこでふと、彼女の後ろにもう一人、見知らぬ人物がいることに気が付きました。


 他のエルフたちと同様に恐ろしく整った顔立ちと、地面に引きずりそうなほど長い金色の髪。

 やけにブカブカな緑色のワンピースを着ている彼女は、パッと見で中学生ほどか、下手をすれば小学生くらいの少女にも見えます。

 右目を眼帯で覆い、無気力な蒼い左目を眠そうに細めている彼女は、大きなクッションのようなものを抱きしめたまま、ちょこちょこと族長の後について歩いていました。


 あの子供はどういう立場の子なんだろう……と私が疑問に思うと同時に、私を抱きかかえているララさんが、思わずといった風にぽつりと漏らしました。


「あ……ルローラさん」


 ルローラさん……?

 えっ、ルローラさん!? さっきの話に出てきてた『心を読む能力者』!?


 それって私が一番で会っちゃいけない人じゃないですか!!



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