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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 12



「あ、あの……!」


 私がこんな場所からさっさと脱出しようとしていると、ケイリスくんがおずおずと声をあげました。

 何事だろうかと首を傾げると、ケイリスくんは小屋の出入り口へチラリと視線を走らせて、


「いつでも脱出できるというなら、もう少しだけ……待ってくれませんか?」

『どういうこと?』

「あのエルフたちの断片的な発言から、今回の事件の経緯がだいたい見えてきたんです」


 今回の事件の経緯……それはつまり、エルフ族が突然トーレットの街を襲撃した件についてでしょう。

 こうしてケイリスくんが座敷牢なんかに入れられているところを見ると、きちんとエルフ族と対談をしたりしたわけではないはずです。

 しかしそれでも、ついさっき私が接してきたエルフたちの様子を見るに、完全に話の通じない相手ではないように思います。

 ケイリスくんがこうして捕らえられるまで……いえ、あるいは捕らえられてからも、ある程度エルフ族と言葉を交わす機会があったのでしょう。


 そういえば私も、彼女たちの発言で引っかかった言葉がありました。

 それは族長さんが口にした「彼らが私たちにしてきたことを、知らないわけではないでしょう?」という言葉。

 これをそのまま受け取れば、エルフ族はかつて……


「おまたせーっ!」


 思索の海に沈もうとしていた私の意識は、小屋に駆け込んできたララさんの元気な声で吹き散らされました。

 そしてララさんは私の姿を見るなり―――正確には、ケイリスくんが私の手を握っている状況を見た途端、怒りの表情を浮かべました。


「ちょっと、人間!! なにリリちゃんに触ってるの!?」


 そう言いながらララさんが格子木を蹴っ飛ばし、ケイリスくんを威嚇しました。

 エルフ族は多くの個体が特殊能力を持っているらしいので、攻撃を加えられないうちに私たちは急いで距離を取ります。

 ……っていうか、リリちゃんって誰? もしかして、私のこと?


 猫の威嚇みたいにフーフー言ってケイリスくんを睨み付けていたララさんは、そこで私の牢を開錠して、手にしていたものを私の目の前に差し出しました。


「はい、リリちゃん! おなかへってるでしょ? ごはんだよ!」


 そう言って差し出されたのは、一見するとお粥のようなものでした。

 そういえばさっき、私の体重があまりにも軽いため、まともな食事にありつけていないと思われていたんでしたっけ。


「どうしたの? あ、『リリちゃん』っていうのはね、あなたのお名前だよ。酷い人間につけられた名前なんて忘れて、これからは新しい名前で生きていこうね!」


 私の名前はお父さんとお母さんがつけてくれた大事なものなので、“酷い人間”という言葉に軽くムッとしてしまいましたが……ララさんが善意百パーセントで言っているのはわかっているので、すぐに気を落ちつけました。

 ケイリスくんを確保するという目的を達して、自分の演じている役どころを忘れてしまうところでした。まだ敵陣のど真ん中なのですから、気を抜くには早いですね。


 ララさんはお粥のようなものを匙ですくって、息を吹きかけて冷ましてくれています。

 そして彼女はそれを「はい、あーん」と差し出してくれたので、私は小さな口を開いて食べました。


 ……途端に、私の頬を流れ落ちる涙。


「え、あれ!? 美味しくなかった!? だいじょうぶ!?」


 慌てふためくララさんに、私は涙を流したまま抱き付きました。

 すると私の涙の意味を深読みしてくれたらしいララさんが、すぐに私を抱き返してくれます。


「……もう、だいじょうぶだからね。リリちゃんは私たちが守るから……もう、こわいことなんて、なんにもないからね」


 私の頭の上から降ってくる、穏やかで優しい声。

 背中をゆっくり撫でてくれる彼女の手つきからは、本当に心から私のことを案じてくれているのが伝わってきます。


 ……だからこそ、彼女がこんなにも優しい子に育つことのできるこの里の人たちが、一方的に街を襲うなんてことはどうしても考えられませんでした。


 私はララさんに抱き付いたまま、こちらを見ているケイリスくんにこっそり視線を投げかけます。

 そして、唇を動かしました。『この子から、情報を聞きだして』と。

 私がこうして彼女に抱き付いている間は、彼女もこの場を離れることができないでしょう。


「エルフ族は、人族が嫌いなんじゃないんですか?」


 突然口を挟んできたケイリスくんに、ララさんはちょっと不機嫌そうに目を細めました。

 しかしそれでも、律儀にその問いには答えてくれました。


「べつに……人族だから嫌いなわけじゃないよ? でも、だいたいの人族は酷いやつらだもん」

「エルフは里から滅多に出ないはずなのに、どうしてそんなことがわかるんですか?」

「昔から、人間は私たちに酷い事ばっかりしてきたでしょ! こないだだって……!!」


 悲壮な顔つきとなったララさんが、辛そうに俯いてしまいました。まるで、なにか嫌なことを思い出してしまったかのように。

 けれど、それでもケイリスくんはその先を追及します。しないわけにはいかないのです。


「それって、トーレットのことですよね? ボクたちは、森でキノコを採集していた行商人をエルフが一方的に襲って、そのまま街を破壊したと聞いていますけど」

「なっ……なにそれ!? そんなの、酷い!!」


 顔を真っ赤にして叫んだララさんは、しかしすぐにハッとして、「お、おっきな声だしちゃって、ごめんね」と私に謝ってきました。

 けれども彼女は憤懣ふんまんやるかたないといった態度を隠そうともせず、怒気を滲ませています。

 ……どうやらこの様子を見るに、やはり私たちの認識と彼女たちの認識には、大きな隔たりがあるようですね。



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