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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 9 ―――エルフの森



 ―――私たちは、夜の森を全力で駆けていました。


 ランタンがなければ一メートル先すらおぼつかない闇の中、私はレジィの背中にしがみつきながら、ネルヴィアさんはトーレットで手に入れた騎馬を駆りながら、立ち並ぶ木々をかろうじて避けつつ、もう何時間も走り通しています。


 私は後悔の念に押し潰されそうになりながら、“いなくなってしまった”ケイリスくんの無事を必死で祈っていました。




 ……この夜、かろうじて火災を免れたトーレットの宿屋は避難民でいっぱいということで、私たちは街中にもかかわらず馬車で寝泊まりすることとなっていました。

 今日は見張り番を立てる必要性も特になく、四人でいっしょに雑魚寝していた、そんな折。

 私が夜中にふと目を覚ましたのは、なにか虫の知らせのようなものが働いたのかもしれません。


 いつの間にやらケイリスくんの姿が見えないことに気が付いた私は最初、それなりに楽観視していたように思います。きっと、トイレとかだろうと。

 けれども十分待って、二十分待って、三十分が経とうとした時、さすがにおかしいということで私は彼を探しに行こうとして、そこで馬車の扉の外側に手紙が張り付けられているのを発見しました。


 嫌な予感にかられた私はすぐにネルヴィアさんを起こして手紙を読んでもらうと、私の悪い予感がどうしようもなく的中してしまっていたことに否応なく気づかされます。

 私たちはすぐにレジィを叩き起こすと、ケイリスくんの不在を伝えて、匂いで彼を追ってくれるように頼みました。


 街の出入りを見張っていた兵士によると、ケイリスくんは馬貸しから借りたと思しき騎馬で、倒壊した南側の外壁からまっすぐにエルフの森の方面へと消えていったそうです。


 ……最悪だ。どうしようもなく最悪すぎる。


 きっとケイリスくんは、エルフの里に行って彼らと交渉するつもりなのでしょう。どうして人間の街を襲うのか、どうすれば襲わなくなるのか、それを確かめるために。

 無論、エルフ族がそんな話し合いに乗ってくれる保証なんてどこにもないどころか、可能性としては絶望的。有無を言わさずに捕らえられたり殺されたりしてもなんらおかしくはありません。


 ケイリスくんだってそんなことはわかりきっているはずなのに、それでも彼はエルフの森へ向かいました。

 私は、彼の“トーレットを守りたい”という想いの強さを、侮っていたのでしょう。

 私の説得によって納得してくれたと。納得はしなくとも、折れてはくれたと。そう思い込んでしまったのです。

 ケイリスくんは私が頼りにならないと見限り、それならば自分だけでも戦うという覚悟の元、飛び出していったのです。


 迂闊でした。間抜けでした。最悪の失態でした。

 ケイリスくんのことをよく知りもせず、彼は冷静で思慮深く、短慮な判断や行動を冒さないと勝手に決めつけて、こんな事態になるまで彼の気持ちに気が付けなかったのです。


 ケイリスくんが残した手紙には、身勝手な行動に対する謝罪と、それから「もしもボクが帰らなかったら新しい御者を雇って、ボクはいなかったものとしてください」なんて不吉な文言まで記されていました。


 これで、ケイリスくんにもしものことがあったら……


 私が不安のあまり思わず涙を滲ませて、レジィの背中に顔をうずめた……その時でした。

 不意にレジィが減速したかと思えば、後続で馬を駆るネルヴィアさんを片手で牽制。速やかに制止すると、静かに木の陰へと身を潜ませました。

 それからネルヴィアさんが下馬して馬留柵うまどめさくを設置している間に、レジィは私を背中に括りつけていた戒めを解いて、胸に抱き直しました。


「……見張りがいる。エルフだな。しばらく待って、やり過ごすぞ」


 真っ暗な森の中にちらほらと差し込む月の光。それでも私の目には真っ暗で何も見えませんが、レジィの野生の瞳には何かが見えているのかもしれません。

 その後、レジィがGOサインを出すまで待機して、そこからは足音を立てないように、けれども素早く、木々の陰から陰へと身を潜ませながら前進していきます。

 レジィの夜目と嗅覚があってこその芸当ですから、並みの人間ではあっさりと偵察のエルフに見つかってしまったことでしょう。


 そしてやがて前方の暗闇に、小さな明かりがポツポツと見え始めました。

 レジィの表情を窺うと、彼は神妙な面持ちで頷きながら、


「エルフの集落だな。……で、どうするご主人?」

『?』

「ケイリスを引っ張ってきて逃げるのか? それとも、エルフ族を壊滅させるのか?」


 ……それはケイリスくんの扱われ方次第でしょうか。

 もしもケイリスくんが客人としてもてなされていれば、まぁ、それでよし。

 ケイリスくんが捕らえられていたなら、奪還して即座に脱出。


 万が一にでも、重傷を負わされていたり、殺されていた場合は……


 私は不穏な想定を頭から追い出すと、二人に向かって大きく口を動かし『に・げ・る』と伝えます。

 二人が頷いたことを確認してから、私は改めて集落へと視線を向けました。

 どうやらまだこちらの接近には気づかれてはいないようです。


 この場所まではレジィの嗅覚を頼りに、ケイリスくんが駆っていたと思しき馬の匂いを追ってきました。つまりケイリスくんがすでにここへたどり着いていることは、ほぼ確実。

 こんな真っ暗な森の中、大した目印もなくエルフの里を探し当てることができたケイリスくんは、方向感覚が並はずれているのか、それともよほど運がいいのか……


 ともあれ、ここにケイリスくんがいることはほぼ間違いないのです。

 ならば当然、助け出さなければなりません!


 私はネルヴィアさんを指さして、それからレジィを指さして、最後に足元を指さしました。


 次に、私は自分自身の顔を指さすと、続いてエルフの里を指さします。


 つまり、『二人はここで待機。私は単騎突入』という指示です。

 当然ながらネルヴィアさんは悲壮な表情で「セフィ様……!」と反対してきますが、私はそれを強かに睨み付けることで黙らせます。

 まともに戦っては、まず甚大な損害は避けられない戦力差なのです。ならば絡め手で行くしかありません。


 すなわち、私が魔法の次に得意とする技術を最大限利用するのです。

 なに、いざとなれば私が使うことのできる七つの魔法を駆使して、自分の身くらい守れます。

 しかし、私がこの七つの魔法を設定した状況は、私一人の安全を確保すれば事足りるというものでした。当然ながら、私以外の誰かを守ることには適しません。


 つまりこれは無茶や無謀などではなく、現状最も合理的な判断なのです。


 ……という細かくて複雑な事情を、言葉を発することなくジェスチャーだけで伝えろというのは無理難題です。そのため二人にはいろいろと察してもらうしかありません。

 私は二人の頬をそっと撫でると、彼らを安心させるように優しく微笑みます。


 それから私はエルフの里を振り返ると、緊張を押し殺して覚悟を決めました。

 ……お願いだから、無事でいてね……ケイリスくん。



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