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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 8



 その判断が無情なものであるということは、私も自覚していました。

 ケイリスくんがどれほどの覚悟をもって私にその話を持ち掛けたのかは、彼の表情を見れば一目瞭然です。


 そしてその上で、私は彼の“トーレットを守りたい”という願いを一蹴したのです。


 ケイリスくんが通訳をしなくても、『だめ』という二文字くらい、私たちのやり取りを見ていたネルヴィアさんやレジィにも伝わったみたいでした。

 「トーレットに寄りたい」というケイリスくんの願いを無条件で聞き入れた私が、「トーレットを守りたい」という彼の願いを無条件に一蹴した様子を見て、みんな驚いているみたいです。


 ……私だって、できることなら手の届く範囲にいる人たちはみんな救いたいですよ。

 最優先は家族や親しい人たち、次点で自分自身、次にその他の人たちという明確な優先順位こそ存在しますが、だからといって目の前で命の危機に瀕している人たちがいれば、迷わずに助けることでしょう。


 しかし、今の私にはみんなを守るだけの力がないのです。

 敵はエルフ族が最低でも十人。どう楽観的に考えても、これが総勢ということはないでしょう。

 あちらから攻めてくるのを待つのであれば、あと何週間ここに留まっていればいいかわかりません。かと言ってこちらから攻めれば、戦闘場所は敵のホームグラウンド。地の利は敵にあり、かつ罠も張り放題。

 おまけに一人一人がレジィ並みの特殊能力を持ち、連携までしてくるとなれば……


 こちらは人族の中ではかなり強い方、という程度でしかないネルヴィアさん。獣人族の分靈体エステリアであるレジィ。戦闘能力はほぼ無いであろうケイリスくん。そして、護身程度の魔法しか使えない私。

 戦力差は歴然。正面からぶつかれば、レジィ以外は全員足手まといになる可能性すらあります。


 まともに戦っても勝ち目が薄い……かどうかはさておき、たとえ一割でも負けて殺される可能性があるのなら、私はそれを看過できません。

 かつて私はネルヴィアさんを引き連れて獣人討伐に出かけたこともありましたが、あれは放っておけば私の村や帝都にいずれ侵攻してくることが、目に見えていた状況でした。

 その上で私も全盛期の力がありましたし、あらかじめ自分とネルヴィアさんに防御魔法までかけていました。だからこそレジィという強力なイレギュラーにも対応できたのです。


『せめて私の首輪が外れない限りは、エルフ族とは戦わないよ』


 私の言葉を聞いたケイリスくんは、弱弱しい態度で「……はい」と呟きました。

 ……まるで親に激しく叱りつけられた子供のように打ちのめされてしまっているようです。

 そんな彼の様子に罪悪感が刺激されないでもありませんが、だからといって大幅に低下した現在の戦力で強敵の集団へと挑む愚行は犯せません。


 ……私は痛む胸を抑えつけ、“トーレットを見捨てる”という選択を下しました。


 広告塔プロパガンダとしての勇者にはなりましたが、本物の勇者になった覚えなど微塵もありません。

 見ず知らずの他人のために命を賭してまで戦うというのは、ある種の狂気だと思います。

 私が何が何でも守ると決めているのは、数少ない親しい人たちだけ。それ以上を望むのは高望みというやつでしょう。無茶をして本末転倒になってしまっては、元も子もないのです。


『今 私が一番守りたいのは、ネルヴィアさんと、レジィと、それからケイリスくんだよ。その三人を危険に晒すような真似は、絶対にしたくないの』


 私の断固とした態度と発言に、もはや返事さえ返すこともできず俯くケイリスくん。

 そしてネルヴィアさんが心配そうな顔で見守る中、やがてケイリスくんは私へと頭を下げました。


「……出過ぎたことを言って、すみませんでした。もう陽が沈んでいますから、明日の朝、すぐにここを出発しましょう」


 明らかに、渋々といった風な遵従じゅんじゅう

 今回のやり取りは、もしかすると今後の私とケイリスくんとの間に深い溝を刻むことになったかもしれません。

 最近ようやくいろいろな表情を見せてくれるようになっていたケイリスくんが、再び以前のような遠い目をするようになってしまうかもしれません。


 それでも……やっぱり私の家族なかまの安全には、決して代えることはできないのです。

 少なくとも私はこの時点で、これが最善の選択だと信じて疑いませんでした。


 そう……のちに、もっとケイリスくんと話し合っておけばよかったと後悔するとは、この時は微塵も思っていなかったのです。



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