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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 7 ―――商業の街 トーレット



 ほとんど丸二日かけて、ようやく森を抜けた私たち。そこからさらに半日ほど進んで日が傾きかけた頃、ようやく目的地を前方に見据えることが出来ました。


 『商店街トーレット』

 獣や魔物避けのために築かれている防壁の内側には、背の高い建物はないようです。

 きっと敷地内には、一階建てや二階建ての商店が所狭しと軒を連ねているのではないでしょうか。


 さて……森を抜けたことで、虫対策として着込んでいたらしい厚着を脱いで涼しげな格好となったケイリスくん。

 蜘蛛の一件からしばらく恥ずかしがって顔を合わせてくれなかった彼ですが、ようやく立ち直ったようです。

 そんな彼は前方を見据えながら、神妙な顔つきで呟きました。


「……普段なら、もっと行商や他の街から訪れた客が、街を活発に出入りしているはずです。やはり噂は本当みたいですね」


 確かにざっと見渡す限り、トーレットの周辺に馬車は見当たりません。

 それに、ここへ来るまでの森では一度も他の馬車とはすれ違いませんでいた。森は一本道になっていますので、森を通る馬車があれば見落とすはずはないでしょう。


 私たちはある程度トーレットの街に近づいてきたところで、魔導洗濯機で綺麗にした変装用の服に着替えました。すなわち、ネルヴィアさんは傭兵っぽい私服と鎧、レジィは巡礼服、ケイリスくんはスーツと厚着で、私は首を隠すためにマフラーを巻きます。


 ちなみにこの魔導洗濯機は、私が帝都にいた頃ケイリスくんにプレゼントしたものですが、せっかくなので馬車に積み込んじゃいました。

 重さは五キロくらいに設定してあるのですが、意外と場所を取るので邪魔だったりします。

 今度造るときは、ボタン操作で大きさを五センチから二メートルまで伸縮自在にしよっと。


 と、そうこうしているうちにトーレットの出入り口の一つに辿り着きました。

 例によってケイリスくんは「ルーンペディからの巡礼中です」という言葉で警備兵をやり過ごそうとして、しかし今度はがっつり引き止められてしまいました。

 一瞬ヒヤリとしたものの、けれどそれは私たちへの警戒というよりも、むしろ私たちへの配慮といった感じです。


 警備兵のお兄さんは申し訳なさそうな表情で、「今はほとんどの商店が機能してないから、買い物に来たのなら入るだけ無駄だよ」と教えてくれました。

 少し考えるように押し黙ったケイリスくんは警備兵のおじさんに、マフラーで隠した口を開きました。


「……いえ、近くを通ったついでに、知り合いが無事かを見に来たんです」

「どこの地区の知り合いですか?」

「あっちの方ですね」

「東地区ですか。襲撃は南西地区だったので、きっと大丈夫だと思いますよ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 丁寧な応対をしてくれた警備兵のお兄さんに頭を下げながら、私たちはトーレットの街へと入ることができました。

 こんなに警備がザルで良いのか? とも思いましたが、よくよく考えたら現在は人族と魔族の戦争中で、しかも人族同士は軍事同盟を結んでいるわけで。人間を街に入れないなんて、帝都や首都みたいな最重要都市以外ではそうあることではないですよね。


 ちなみにケイリスくんに『この街に知り合いがいるの?』と訊いてみたところ、「いませんけど」という答えがあっさりと返ってきました。……あなた、涼しい顔して平気で嘘つきますよね。


 エルフ族による襲撃があったのは南西地区で、まず数メートルはある防壁が吹っ飛ばされており、そこから十数メートル以内の商店が全壊ないしは半壊の憂き目に遭っていました。

 さらに、おそらくは倒壊した商店のどこかから出火してしまったらしく、商店が密集しているトーレットは瞬く間に延焼が広がってしまい酷い火災となってしまったのだとか。


 不幸中の幸いだったのは、まだ住民が寝静まる前の襲撃だったため、近くにいた民間人が逃げる猶予があったというところでしょうか。

 それでも、兵士たちや民間人の一部に怪我人が出たものの、死者が一人もいないというのは奇跡としか言いようがありません。

 火災の隙に乗じてエルフ族が撤退したため、その後消火活動に専念することができたのというのも僥倖ラッキーでした。


 襲撃してきたエルフ族は、すぐ近くの森でキノコの採集を行っていたという数人の行商人に瀕死の重傷を負わせた上で、破壊した防壁から投げ込んできたということです。きょ、凶悪ですね……

 その行商人たちによると、エルフ族は何の前触れもなく、突然自分たちに襲いかかって来たのだとか。


 大方のエルフのイメージに反して、この世界のエルフ族はあまり積極的に魔法を使うことはないそうです。使えないということではないそうですが。

 しかし魔族でいうところの“開眼シャンテラ”にも似た特殊能力を備えているという彼らは、魔法なんか使わずとも、中途半端な魔術師よりもよっぽど厄介な戦士なんだそうです。


 ケイリスくんが街の人たちに聞き込みをしてくれたところ、襲撃してきたエルフ族は十名ほど。

 それが、南西地区を警護していた合計二百名ほどの自警団を終始圧倒し続けていたというのですから、その練度の高さがうかがえるというものです。

 魔族の戦闘強度に換算すれば、ざっと“二十人級”以上です。うわぁ、絶望的。


 しかもそんなに強いエルフ族が、“エルフの森”にはまだどれくらいいるのやら。

 その上、今回の襲撃からもわかるように、エルフ族はどうやら中立という立場を捨て、人族へ完全に敵対する意思を見せているようです。

 それがどのような理由によるものかはさっぱりわかりませんが、今度またエルフ族が襲来してくれば、今度こそトーレットは滅ぼされてしまうかもしれません。

 むしろ今回の襲撃の被害がこれだけで留まったことが奇跡とも言えます。もしも全勢力を送り込まれていたら、あるいは火災の間も襲撃を続行されていたら、この街が滅んでもおかしくはありませんでした。

 街を半壊させることで目的を達したのか、はたまた撤退せざるを得ない事情ができたのかはわかりませんが。


 私たちはあらかた街の中を見て回って、さまざまな人たちの話を聞き終わりました。

 すると馬車を操るケイリスくんが私を振り返り、陰鬱な表情でぽつりと漏らしました。


「……お嬢様。この街は、どうなると思いますか?」

『エルフ族の目的がわからない以上は、なんとも。ただ万が一、もう一度エルフ族が襲撃してくるようなことがあれば、今度こそ……』


 私の答えに対し、ケイリスくんが目を伏せて唇を噛みました。

 私に聞くまでもなく自明なその結末を、彼としては受け入れがたいようです。


 そしてケイリスくんは何度か口を開いては閉じを繰り返すと、非常に躊躇いつつもその言葉を口にしました。




「お嬢様……エルフ族の襲撃から、この街を守―――」

『だめ』




 そして私は、彼が勇気を振り絞って吐きだした訴えを、即座に棄却したのです。



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