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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第一章 【アルヒー村】
8/284

0歳7ヶ月 4



 そこは、村から一歩も外に出たことのない私には衝撃的な景色でした。


 村のすぐ近くの林を抜けてしばらく進むと、突然地面が無くなっていました。

 この場所は切り立つ断崖絶壁の頂上となっていて、遥か彼方まで広がる下界を見下ろすことができました。まったく知りませんでしたが、どうやら私の村はそれなりに標高の高い場所にあったみたいです。山の中腹でしょうか?

 崖から見える景色を見下ろすと、右側には鬱蒼と生い茂る森。左側にはどこまでも続くような草原。

 その向こうには険しい山々が聳え立ち、地平線の辺りには海のようなものまで見えます。


 そしてそれらの景色を背景に、お兄ちゃんは一人で立ち尽くしていました。


「ログナ」


 お母さんが優しく声をかけると、小さく肩を跳ねさせたお兄ちゃんが恐る恐る振り返ります。

 その表情には、寂しさや後ろめたさのほかに、若干の安堵が混じっているようにも見えました。

 目元を少し腫れさせたお兄ちゃんは、お父さんの本をギュッと胸に抱きしめました。


「心配したのよ、ログナ。村のみんなでずっと探してたんだから」


 お母さんはそう言いながら歩み寄ると、私を抱えたままお兄ちゃんを抱きしめます。

 抱かれたお兄ちゃんの目元に涙が浮かぶのを見て、私はとても申し訳ない気持ちに襲われました。


「おにーちゃん、ごめんなさい」


 お兄ちゃんの服の裾を掴みながら私が謝ると、お兄ちゃんは少し驚いたように目を見開いて、


「……いや、わるいのは、おれだ。……ごめんな」


 濡らした布を巻いた私の頭を、お兄ちゃんはそっと撫でました。

 それからお兄ちゃんは、大事に抱えていた本を私にそっと差し出しました。


「……おにーちゃん?」

「まじゅつしさまになったら、戦争にいかなきゃだめなんだぞ。わかってるのか?」


 お兄ちゃんが投げかけてきた唐突な質問に、私はちょっと面食らいながらも考えました。

 今は人族と魔族が全面戦争をしているそうです。

 ならば当然、魔法を扱える魔術師は強大な戦力になるに違いありません。

 特に取り柄もない成人男性を徴兵で集めるくらいなのですから、帝国が魔術師に声をかけないはずがありません。

 必然的に、魔術師になれば戦争に駆り出される、ということをお兄ちゃんは言いたいのでしょう。

 ……しかし、なにも魔術師にならなくたって、いつか徴兵されるのではないでしょうか。


「おとこのこだから、せんそうにはいかなくちゃ」

「そうだけど、それは十五歳になったらだろ」

「え?」

「でも、まじゅつしさまは、子供でもたたかうんだぞ」


 お兄ちゃんの言いたいことがよくわからず、私は困惑していました。

 そんな私に構わず、お兄ちゃんは昔の記憶に思いを馳せるような遠い目をして呟きます。


「とーちゃん、前に少しだけ帰ってきた時に言ってたんだ。おれたちが大人になるまえに、戦争はおしまいにするからって」


 私のすぐ隣で、お母さんが息を呑みました。

 これはお母さんも知らない、お父さんとお兄ちゃんだけの話みたいです。


「だからとーちゃんがまた かえってくるまで、みんなを守っててくれってとーちゃんに言われて……おれ、やくそくしたんだ」


 私たちが大人になる前に、ということは、つまりあと十年以内に戦争を終わらせるということでしょうか。

 戦争というのは、数年で終わることもあれば数十年続くこともあります。十年という期間が長いか短いかは、何とも言えないところではあります。

 しかし幼い子供を持つ父親としては、自分の子供を死地に向かわせるようなことは何としてでも避けたいはずです。

 だからこそ、その覚悟をお兄ちゃんに表明したのでしょう。

 私はお父さんの顔も見たことがありませんけど……私のお父さんはとっても立派な人みたいで、嬉しくなりました。


 それと同時に、いつも無愛想なお兄ちゃんがそんなことを考えてくれていたんだと知って、心が温かくなりました。

 つまり今戦っているお父さんたちが十年以内に戦争を終わらせることができれば、お兄ちゃんも私も徴兵されずに済みます。

 しかし私がもし十年を待たずに魔術師になってしまったら、戦争に駆り出されてしまうかもしれない。

 お兄ちゃんはそれをさせたくなくって、私からお父さんの本を取り上げた……ということなのでしょう。


 お兄ちゃんの告白を聞いたお母さんは、お兄ちゃんを抱きしめていた腕に、さらに力を込めました。


「パパと、そんな約束していたのね……ありがとう、ログナ」

「……うん」

「でも、もう一人で抱え込まないで。家族なんだから……これからは、みんなで支え合っていきましょう。ね?」


 慈しむようなお母さんの声色に、お兄ちゃんは何も言わず、静かに頷きました。

 そしてお兄ちゃんは私の背中に腕を回して抱き寄せると、


「もし、まじゅつしさまになっちゃっても……おれが守るからな、セフィ」

「……ありがとう、おにーちゃん」


 そんな風に返事をしたけど……ごめんねお兄ちゃん。

 やっぱりお母さんもお兄ちゃんも、それからお父さんも、村のみんなも。


 みんな、私が守ってみせるよ。



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