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神童セフィリアの下剋上プログラム  作者: 足高たかみ
第三章 【イースベルク共和国】
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1歳3ヶ月 6



 トーレットへ向かう森の中で簡単な食事を済ませた私たちは、できるだけ木々が少なく見晴らしのいい場所で野営の準備をしていました。

 と言っても、食事にしても野営の準備にしてもほとんどはケイリスくんが済ませてくれるため、私を含めた他の三人は、もっぱら周囲の警戒しかしていないのですが。


 基本的にネルヴィアさんとレジィは戦闘専門、ケイリスくんがその他すべてを担当という割り振りになってしまっているため、どうにもケイリスくんの負担が大きいような気がするんですよね。せめて私が自由に魔法を使えたなら、いろいろとお手伝いできることもあったのでしょうけど。

 ケイリスくん本人は気にしなくていいと言っていますが、しかし他の人にたくさんお仕事があって私だけ楽をしていると、どうにも落ち着かないというか……

 はっ!? いけないいけない! うっかり前世の奴隷時代の癖で……


 しかし彼らは私にとって、ほとんど第二の家族みたいな存在です。できるだけ負担を減らしてあげたいと思うのは、私の社畜根性ではなく親心みたいなものです。

 そのため私はみんなに、「私にもできることはないかな?」みたいなことを訊いてみたのですが、返ってきた答えは満場一致で『そこにいてくれるだけでいい』というものでした。やだ、この子たち優しい……。


 しかしネルヴィアさんとレジィが口にした『そこにいてくれるだけでいい』と、ケイリスくんが口にした『そこにいてくれるだけでいい』では、大きく意味が異なります。

 昼間、野獣が私を見て逃げ出したことを鑑みるに、ケイリスくんの意図はおそらく「存在しているだけで獣除けになってくれているよ」って事なのでしょうね……

 ……あるいは「余計な事はしないでくれ」という意味かもしれませんが。


 そんなわけで私たちは小さな松明に火を灯し、夜がけるのを待っていました。

 昼間はネルヴィアさんとレジィが馬車の中で代わりばんこに睡眠をとり、夜中はケイリスくんに眠ってもらうというサイクルを組んでいるため、今は全員で起きている時間なのです。

 私たち四人だけならまだ元気ですけど、ちゃんと馬も休ませてあげないといけませんからね。

 ……ところで私やレジィが馬に餌を与えようとすると全然食べてくれないのですが、なんですかこれ。

 獣人のレジィはいいですよ? でも私は? WHY?


 ちなみにこの交代睡眠制における私の役割は、眠っている子に膝枕―――というより、もも枕? 股枕?―――をしてあげつつ、眠っていない子に構ってあげるというお仕事です。……なんか保母さんみたい。

 夜もネルヴィアさんとレジィは交代で睡眠をとるので、寝ている子には添い寝をしてあげます。なぜなら、そうやって私が関わってクッションにならないと、即座に二人は衝突してしまうのです。もう、この子たちは……


 つまり私の睡眠時間は結構少なくなるわけですが、私は一日に三十分ずつ、六回くらい眠れば健康でいられるので、そんなサイクルで生活していても体調に支障はきたしません。

 ……ただしそれは、体重軽減の魔法を使い続けているうえに、帝都に残してきた魔導洗濯機や、逆鱗屋敷に張り巡らせてある魔導セキュリティ、そしてアルヒー村に設置してある無数の魔導罠と、村人全員に個別に付与してある多重防御魔法……それらすべての魔法を二十四時間ずっと維持し続けている上での話ですが。

 あれ? もしかして全部の魔法を解除したら、一週間くらい寝なくても平気なんじゃないでしょうか? 前世では最高で六日連続徹夜とかもやらされたことがありますし。


 馬車の隣でパチパチと燃える松明を四人で囲みながら、私は対面に座っているケイリスくんに見えるように口を開きつつ、私の右に座っているレジィに視線を向けました。

 今やケイリスくんは、さながら同時通訳のように私の言葉を即座に通訳してくれますので、他の二人ともスムーズに意思の疎通が行えます。


『ねぇレジィ。魔族は権力も地位も、美しさだって強さが基準だって前に言ってたよね?』

「んあ? まぁ、そうだな」

『じゃあ、魔族から見たらリュミーフォートさんは女神みたいな存在なの?』

「んー、鍛錬(バルビュート)は人間だから、その時点で毛嫌いする奴もいると思うけどな。でもあの強さを前にしたら、結構な奴が惚れると思うぞ」


 ふーん、やっぱりそうなんですか。

 となると、今の私はレジィから見て、以前よりずっと『美しくない』存在になっちゃってるわけですね。


 私と同じようなことを思ったらしいネルヴィアさんが、すかさずフォローを入れてくれました。


「セフィ様。私はたとえ、セフィ様が力のすべてを失ったとしても、生涯お仕えしますからね! “私は”!」

「バッ……バカお前! オレ様だってご主人にずっとついてくっての! 今のは魔族の一般論っていうか……!」

「しかし私と違って、あなたにとってはセフィ様よりユジャノン閣下の方が美しいと感じるのでしょう?」

「べ、べつに人間だって顔で全部選ぶわけじゃねーだろ! オレ様にとっては、獣人族を助けてくれて、しかも強いのに偉ぶったりしないで、オレ様にも構ってくれるご主人の方が好きだ!!」


 えっと、つまり『結婚はしてるけど、アイドルの大ファンです!』みたいな感じなのでしょうか?

 ……いえ、そのたとえだとなんか私が惨めに思えるのでやめましょう。


 私の全盛期を知っているレジィたち獣人族から見れば、今の私は『超絶美人だけど、一時的に顔に怪我して包帯巻いてます』といった感じなのかもしれません。

 きっとこの首輪が外れたら、この子たちもまた惚れ直してくれることでしょう。


 それになんだかんだで、レジィは弱い者にもわりと優しいところがありますしね。

 あの黒い少女(リルル)に唆されてリュミーフォートさんを探していた理由も、仲間の獣人族をこれ以上酷い目に遭わせないためにっていう理由だったそうですし。

 そしてその目的を後回しにしてでも、私が獣人たちを殺さないよう監視するために付き添ったりしてましたし。

 仲間の前ではツンツンした態度を取っていますけど、レジィも彼らのことはとっても大切に思っているのです。


 ネルヴィアさんのイジワルによって、私の不興を買ったのではないかと焦りまくるレジィを見ながら、私はにっこり微笑みかけます。


『私もみんなのこと、だいすきだよ』


 このタイミングでこのセリフ……ふっふっふ。なかなか効いたんじゃありませんか?

 ……なんて思いつつ、ケイリスくんが私の言葉を通訳してくれるのを待っていたのですが……しかししばらく待っていても、松明が燃えるパチパチという音しか聞こえてきません。

 あれ? ケイリスくん寝落ちしちゃった?


 不思議に思ってケイリスくんの顔を見てみると……



「…………っ!?」


 ケイリスくんの顔を、かなりビッグなサイズの蜘蛛が這いまわっていました。



 私は一瞬で全身に鳥肌が立ち、もし首輪の呪いがなかったら悲鳴をあげちゃってたと思います。

 うわーっ、うわーっ! ムリ! やだやだ、キモイ!! 絶対ムリ!!

 あんなの私だったら絶対失神してます!! 見てるだけで死にそう!!

 プログラマーにとってバグは天敵なんですよぉ!!


 ネルヴィアさんも「ひうっ!?」と小さく悲鳴をあげて後ずさっています。

 レジィだけは、「おい早く通訳しろよ」とでも言わんばかりに睨み付けていましたが。


 あんな惨状でも動じないとは、さすがはいつも冷静沈着なケイリスくん……


 ……なんて感心していたのですが、しかし何やら様子がおかしいことに私は気が付きます。

 本当に動じていないのであれば、蜘蛛なんて気にせずに私の言葉を通訳してくれていたのでは?

 そうでなくとも、さっさと顔についた蜘蛛をペシッと払いのければいいのでは?

 どうして指一本動かさず、蜘蛛を顔面に這いずらせたまま放置しているのでしょうか?


 ……あっ。


 も、もしかして……!?


 私はちょっと躊躇いましたが、それでもなけなしの勇気を振り絞ってケイリスくんに飛びかかると、彼の頬っぺたについていた私の手よりも大きな蜘蛛を、手の甲で思いっきり払い飛ばしました。

 あっさりと飛んで行った蜘蛛は地面に落下すると、そのまま大慌てで森の中へと走って行きます。


 ひいぃぃぃっ!? 触っちゃったぁ! グロイ! きもい! ゲロ吐きそう! 夢に出そうゲロ!!


 私が半泣きで蜘蛛に触れた場所を服で擦っていると、不意にケイリスくんが私にしがみついてきました。えっ、何!? 何事!?

 突然のことに驚いたものの……しかし彼の身体が震えていることに気が付くと、私はすぐに冷静になりました。

 うん……いきなり顔面をでかい蜘蛛が這って平気とか、それもう人間じゃないよね。


 よく見れば、ケイリスくんはちょっと涙ぐんでいました。わぁ、初めてケイリスくんの感情っぽいものを見た気がします。よっぽど虫が嫌いなのでしょう。

 まぁ、帝都で貴族の使用人なんてやっていたら、虫なんてほとんどお目にかかることは無いのかもしれません。

 それにケイリスくんが公園で走り回ってセミとかカナブンを捕まえてる絵面なんて想像できませんし、ちっちゃい頃も虫とは無縁の生活だったのでしょう。すっごい育ちが良さそうですしね。


 私は『よしよし』とケイリスくんを撫でてあげて落ち着かせてから、彼の手を引いて馬車に連れ込みます。

 そして髪が顔に触れるたびにビクッとしちゃってるケイリスくんと、ついでに青い顔をしてるネルヴィアさんの手を握ってあげながら、私は二人が眠るまでそばで付き添ってあげました。


 ……で、私はというと、あんなショッキングなものを見た後では眠れる気が全くしなかったので、その日は一晩中レジィと二人で見張り番を務めたのでした。



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